俺の幸せの為に

夢線香

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本編

43. ノルフェント (上)

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 私がキディリガン家に来てから、一年近くが立ちました。私は一つ年を取り、十五歳になりました。

 ─あ、敬語は駄目だった。

 敬語を使うと、ハーシャは直ぐに敬語で話し出すんだよ…。

 ちょっと、意地悪だよね……?

「うーん、人によって違うだろうけれど……俺は、親しい人には敬語を使われたくないんだよ。何か、一線を引かれているみたいで寂しいじゃないか……。敬語で話して貰いたい、って人もいるだろうけど。──でも、無理にとは言わないよ」

 ──親しい人……。

 そんな風に言われたら、敬語では話せないよ…。

 だって、裏を返せば私と親しい関係に成りたいって事だよね? だったら尚更、使わないようにしないとね。

 それに、ハーシャに敬語で返されると私も同じ様に感じるから。

 敬語で話されると、急に余所余所よそよそしく感じて…凄く悲しくなるから…。

 ノルフェント殿下と呼ばれるのが嫌で、ノルフェと呼んで欲しいとお願いしたら、直ぐにそう呼んでくれるようになった。─とても照れ臭くて…でも、嬉しかった…。

 ─そっか、意地悪じゃなかったんだ…。

 ハーシャが私の事を気に掛けてくれているのは分かっている。

 何かと心配して、色々してくれる事も。

 ──きっと、私を幼い子供だと思っているんだ。

 だから、頭を撫でたり、矢鱈やたらと食べ物をくれたり、私が落ち込んでいると抱き締めて背中をぽんぽんしてくれる…。─まるで、子供を安康あやすように…。

 キディリガン家の食事を摂っているお陰で、背丈だって伸びた。今は、ハーシャの胸の真ん中辺りなのに…ハーシャの態度は変わらない。

 私がハーシャに対して感じる様には、感じていない。

 魔力の相性って…一体、何だろう?

 私だけが一方的に、彼の魔力を心地良いと思っているだけなのかな…?

 片方だけが、心地良いと感じる魔力ってあるの…?

 やっぱり、“神結糸の仲”なんて…全然、違うのかな…。

 其れとも、私が一人で浮かれているだけなの?

 私は、ハーシャに惹かれているのではなくて、彼の魔力に惹かれているの…?

 ハーシャがユリセスと、ガッチリと抱き合っていたことがあった。

 ただ、喜び合って居ただけだと分かっているのに…何だか、モヤモヤした。…なんでだろう…? 

 本当の子共のように、お気に入りのものを取られたくない、と謂う感情かな…?

 シュザーク殿と常に一緒に行動をしているし、よく、一緒に寝ているみたい…。仲の良い兄弟なんだね…。

 ──なのに私は、何だか…モヤモヤする。

 私の色香とやらは、彼にだけは……いえ、キディリガン家の方々には、全く通用しないようだね。

 其れは、喜ぶべき事なのに…やっぱり、モヤモヤするんだよ…。




 ある日、シュザーク殿が銀色の大きな猫を腕に抱きながら食堂に現れた。

 ──まるで、ハーシャみたい…。

 猫は、皆に撫で回されていて、とても可愛い。

 私も触れたいけれど……皆が可愛がっているので触れずにいた。ソワソワしていたら、猫の方が私に近付いて来て膝の上に乗って来た。

 あ……眼までハーシャと同じ色。

 逃げられないか、ビクビクしながら背中を撫でる。

 …何だか、微妙な顔をしているような…。

 猫は、私の身体に擦り寄ってきた。

 か、可愛い……。

 良かった…嫌がってはいないみたい。

 抱き締めると、柔らかくて暖かい。

 ハーシャの魔力と、よく似ている…。



 自分の部屋に連れ帰って、ベッドに降ろして撫で回すと、猫は…うとうとと眠ってしまった…。

 本当に、ハーシャの魔力とそっくり。猫とも魔力の相性が良いなんて…不思議。

「本当に、ハーシャにそっくりだね…」

 独り言を漏らしていたら、猫が顔をあげて私を見る。

 思わず、私と一緒に居るかと、猫に聴いてしまった…。

 そしたら、短く鳴いて、そっぽを向かれてしまった。

 何だか、そんな…つれない処もハーシャにそっくりで…。

 そうしたら、猫がそろりと顔を近付けて来て私の唇にそっと、其の小さな口を押し当ててきた。

 其の瞬間、眼の前には…ハーシャの美麗な顔が…。

 私が驚きで声も出せずに居ると…顔をハーシャの胸に押し当てられて、抱き込まれた…。

「……そんな顔するなよ……」

 落ち着いた低い声で囁かれて、背中を撫でて来る。

 私は、どんな顔をしていたんだろう…?

 でも、例え子供扱いだったとしても……こうして、ハーシャに抱き締められるのは…………好き…………。




 目覚めると朝だった。

 私は、ハーシャの腕に抱かれて、彼の胸に額を押し付け、其の逞しくて大きな身体に……抱き着いていた。

 ──魔力だけじゃない……。ハーシャの身体は、こんなにも暖かくて…何よりも…落ち着く…。

 僅かに身動ぐと、頭上から掠れた声が降ってきた。

「…おはよ…」

 まだ、眠そうな声。

「…おはよう。──どうやって、猫になっていたの?」

 恥ずかしいので、顔は上げずに尋ねる。

 ハーシャは、何やら…ごそごそと手を動かし、一本の瓶を取り出した。紫と緑の…毒々しい液体の入った瓶…。

「……これ。猫になる薬……」

 猫になる、薬?

 そんなものが…あるの?

 其れを飲んだら…私も猫に…? 猫になったら……傍にいられるかな……?

 そんな事を考えていたら、ハーシャから瓶を受け取って目を瞑って飲み干していた。

 目を開けると、黒い猫の前足が目に入った。

 本当に、猫になった…?

 繁々と自身の黒い毛並を眺めていると、あっという間に身体を攫われた。

「っミャァ…!」

 気が付けば、ハーシャの腕の中で…わしゃわしゃ撫でられ、お腹に顔を埋められて頬擦りされ、全身を撫で回された。

「ッ…! ミャア~…! ニャア~…! ンナァ~…!」

 な、な、何っ……? 

 だ、駄目っ…! そこ、くすぐったいからっ……!

 あ…、首……気持ちいい……。

「……ニャアァ…ン……ニャゥ……!…ゴロゴロ……」

 あ、喉がゴロゴロ鳴っちゃう!

 身体の力が…抜けてきた…。

 ぁあ…凄く……気持ちい…い……。

 散々、撫で回されて…くったりとして居ると、抱きかかえられて連れて行かれた。

 何処に行くのか分からないけど、いいや。

 尻尾が勝手にハーシャの腕に巻き付いてしまう。

 皆が集まる部屋で、真面目な話しをしているけれど…ハーシャに頭や、首や、耳の後ろを撫でられて背中も撫でられ…何の話をしているのか全然分からない。前足の肉球をぷにぷにされて、気持ちいい…。

 ハーシャの腕を尻尾できゅむきゅむ締めてしまう。

 シュザーク殿が言った。

 人に戻るには、一日経つか好きな人にキスをすれば元に戻るって……。

 ──じゃあ、昨夜…ハーシャが私にキスして人に戻ったのは、私が好きだから…?

 でも、どの位の好き…?

 友達とか家族とか、色んな好きがある…よね…?

 ハーシャの好きは……どんな好き……?

 私の……ハーシャへ感じる好きは……どんな好き……?

 ──分からない……。



 夜、眠っているハーシャの唇に……そっと、猫の口を当てると……人の姿に戻った。

 どんな好きでも……私がハーシャの事を好きなのは…確かだよね……。




 いつも、ハーシャと一緒…と謂う訳にはいかない。

 私はまだ文官科を履修していないから。

 其れでも、ハーシャに教えてもらいながら……一年分は飛び級する事が出来た。

 飛び級したのは、煩く絡んでくる者から逃れる為だ。

 私が学園で話す人達は少ない。ハーシャ達、キディリガン家の方々とランドラーク殿、サドラス・オクトバリ。

 サドラス・オクトバリは、トネリコルト国の侯爵家の次男。自国は荒れているから、パラバーデ国の…この学園に学びに来たのだと言っていた。

 サドラス殿と話すようになったのは、私が理由の分からない人達に囲まれて困っていた処を彼が助けてくれたのが始まり。

 其れからは、出会えば挨拶を交わすようになり、少しずつ雑談をするようになった。

 サドラス殿は私の一つ年が上で、飛び級したことで話す機会がぐっと増えた。

 彼は、私よりも拳一つ分背が高く、身体も騎士程ではないけれど鍛えていてバランスよく逞しい方。白髪で…両サイドの蟀谷こめかみの辺りから紫色のメッシュが入っている。

 ─いつも笑顔だけれど…まるで、笑顔の仮面を着けている様な…不自然な笑顔なんだ。笑っている様で笑っていない鋭い眼は、黄蘗きはだ色。鼻が普通よりもずっと高いのが特徴的な、スッキリと整った男性らしい顔立ち。少し、何を考えているのか分からない方なんだよ。

 悪い方ではないんだけれど……正直、慣れる迄は苦手だった。─今も、ちょっと苦手。

 サドラス殿もそうなんだけど、彼の連れている方達も何だか…。

 彼はいつも、二人の女性と一人の男性を連れている。

 恐らくは、サドラス殿と同い年だと思うのだけれど…皆さん、目が死んでいるんだよね。目だけじゃなく、表情も…。

 この学園に入ってから、よく見掛ける服装なんだけれど…私には、どうにも良さが分からない。女性なのに、制服のスカートが…その…異常に…短いんだよね…。

 他にもスカートを短くしている方は居るけれど…サドラス殿が連れている女性達ほどじゃない。

 貴族令嬢なら、絶対に履かない。

 あんなに…脚を見せるなんて。太ももまで剥き出しにするなんて…。破廉恥過ぎる…。少し屈んだら、見られてはいけない場所まで見えてしまいそうで…本人達は、平気なのかな…。

 貴族令嬢なら、社交に出れない程の致命傷だけれど…。

 脚だけじゃない。胸も…その…。

 貴族のご婦人達の中には、大胆に胸元の開いたドレスを着る事も有るけれど……流石に、ここまでじゃない。

 …胸の頂きが…かろうじて…隠れているだけ…。

 娼婦だって、こんな格好はしない。

 人の服装に文句は付けたくないけれど、これは…流石に…。

 濃いめの金髪碧眼の可愛い女性と、銀髪碧眼の美人な女性。──立ち居振る舞いは、貴族の様に思えるんだけれど、大丈夫なの…?

 死んだ顔をしている彼女達を見ると…全然、大丈夫じゃない様に見えるんだけど…。

 そして、男性も…。柔らかそうな明るい茶髪、緑目の…可愛いと美人の狭間のような中性的な男性。男性よりも少年かな…? 背は、私よりも頭一つ低い。

 制服の…胸元のシャツのボタンを三つも外していて、白い華奢な胸板が見える程。

 死んだ顔をしているのに、頬を紅潮させて…潤んだ虚ろな目をして、僅かに震えている。女性達も似たような感じ…。いつも、こんな状態だ。大丈夫なの…?

 この方達と一緒に居るのは、居た堪れない。

「ノルフェント殿下、ガーデンで一緒にお茶をしませんか?」

 サドラス殿が誘って来た…。

「いえ…私は……」

 断ろうと思ったのに…サドラスに私の背を押すようにして促される。

 ぞわり、と悪寒が奔った。

 気持ち悪い……。

 思えば……私に触れて来るのはハーシャだけ……。ハーシャに触れられて、こんな風に不快に感じたことなんて……一度も無い。

 ハーシャは、悍ましい眼で……私を見たりしない……。

 嫌悪感を感じた瞬間に私のスキル、堅固な外殻が発動した。触れられた感触が無くなって、ほっとする。

 チッ…。

 え…? 舌打ち、された…? ……気の所為……?

 正直に言えば、この方達と歩くのは…厭なんだけれど…。

「─あの、私は用が…
「知っていますか? ガーデンで人気のお茶を?」

 断ろうとしたら…私の言葉に被せるように、サドラスが話し出す。

「──いえ……」

「薄紅色のお茶で、酸味と甘味のあるお茶なんですけどね。─これが、なかなか癖になる味わいでして。是非、ノルフェント殿下にも味わって頂きたいのですよ」

 サドラスは、貼り付けた笑みを浮かべたまま話す。

「いえ…私は、
「色々なお酒で割ると、味わいが変わりましてね? 今、学園生の間では、どの組み合わせが一番なのか探すのが流行りなんですよ」

「……はあ、私はそういうものには
「中には、お互いの相性が分かる、なんて組み合わせもあるらしいですよ? どうです? 一度だけ、試すぐらい…いいでしょう?」

「──相性……?」

「やっと、興味を示して貰えましたか。──そのお茶にあるものを混ぜて、相性を確かめたい相手と一緒に魔力を流すのです」 

「─どう…なるのですか…?」

 思わず、聞き返してしまった。

「ふふっ、─お茶の色がね、……変わるんですよ。相性が良いと…薄紅色から鮮やかな、透き通る様な深紅に変わるそうですよ?」

 うっかり話しに乗って仕舞ったせいで、ガーデンに着いてしまった。

 手入れの行き届いた庭に、等間隔で小洒落た白い丸テーブルと椅子が置かれている。

 サドラスに促され、余り人の居ない隅のテーブル席に着いてしまった。

 席に着くなり、給仕の男性がやって来る。

 サドラスは、慣れた様子で注文を終えてしまった。

 どうしよう…。

 ハーシャの言葉が思い出される。

『──いいか? ノルフェ。学園内では、自分で持っている食べ物や飲み物以外、絶対に口にしたら駄目だからな。自分で出したものでも、一時でも目を離したものは口にするなよ? キディリガン家の皆がくれたものならいいけれど、それ以外の人から貰ったものは、絶対に口にするな。絶対だぞ』

 一体、私を何歳だと思っているのだろう? 食べ物に釣られて、誰かに着いて行ってしまうと思われているの…? 私だって、鑑定魔法位使えるよ?

 あっ…と。サドラスの話しを聴いていなかった……。

 其れにしても…席に着くサドラス以外の三人が気になる…。頬を上気させ、息も僅かに荒い…。体調が悪いのかな……?

 鑑定しても、状態異常にはなっていない…。

 給仕がケーキスタンドとお茶を並べて行く。小さな小瓶を幾つか置いて下がっていった。

 鑑定して…どれも問題は無い事を確認した。

 此れなら、飲んでも大丈夫だよね。

「さっき、話していた相性が分かるフレイバーは…これですよ。この学園のオリジナルらしくて、成分は秘密らしいです」

 サドラスは一つの瓶を取り上げて、私の前に置いた。

 其れを手に取り鑑定してみる。

 数種類の果実と、幾つかのお酒が混ざっただけのものだった。

「折角ですから、試してみますか? ティースプーンで二杯、お茶に混ぜると良いですよ」

 ちゃんと鑑定して問題が無かったのだから、大丈夫。

 言われた通りティースプーンで二杯、お茶に落とす。

「そのお茶に、魔力を少しだけ流してみて下さい」

 魔力を流したけれど…特に、変りはない。

「ノルフェント殿下さえ良ければ、私との相性を視てみますか?」

 サドラスとの相性なんて、どうでもいいのだけれど……どんな風になるのかは、少しだけ興味がある……。

「そんなに悩まなくても……。ただの、お遊びですよ?」

 サドラスがくすりと笑った。

 それに頷く。サドラスは、私のお茶に魔力を流した。

 すると、薄紅色だったお茶が深紅に変わった。

「ふふっ、深紅に変わりましたね。─どうやら、私とノルフェント殿下の相性は良いみたいですね」

 嬉しそうに笑っているサドラス。

 相性が良い…? サドラスと…?

 全然、そんな風には感じられない。やっぱり、ただのお遊びでしかないのだ。柑橘系の入ったフレイバーだったから、それで色が変わる仕組だったのだろう。

「ただの、お遊びでしょう?」

 私は、その一言で片付けた。

「──ふっ…。そうですね、お遊びですよ……ふふっ…」

 サドラスは意味深に笑いながら、私を見詰めてくる。

「さっ、冷めない内に頂きましょうか。お前達も好きなフレイバーを選ぶと良い」

 サドラスが仕切り直して、他の三人の前に小瓶を置いていく。

 三人は微かに震える手で、小瓶を手に取ってお茶に混ぜていく。

 そして、全員が私を見た。

 この場で一番身分が高いのは私だから、私が口を付けなければ他の者は飲むことが出来無い。

 ティーカップを持って口に近付ける…。

『──いいか? ノルフェ。学園では──』

 また、ハーシャの言葉が頭を過る。

 ──唇を…濡らす程度に止めよう…。そう思ったのに、急に背中に何かが打つかってきて前のめりになった。

「ノルフェント殿下っ…!? 大丈夫ですかっ!?」

 隣に座っていたサドラスがティーカップを持った私の腕を掴んだ。

「えっ…? かフッ……!?!?……ん゙…グッ…‼」

 私が言葉を発して口を開けた途端、腕をグイッと押されて、ティーカップのお茶が勢い良く口の中へと流れ込んだ。

 むせそうになって、お茶を吐き出そうとするとサドラスにナプキンで口を塞がれた。其のせいで、口に入ったお茶を…無理矢理飲みくださなければならなくなった。

「大丈夫ですかっ…!? ノルフェント殿下っ!?」

 心配してくれるのは有り難いけれど…手を離して。

 まるで、拘束するかのように…口を強い力で押さえ付けられた。余りの苦しさにサドラスの腕を叩く。

 其処で漸く、腕が離れて行った。

「ゲホッ……!!……ゲホゲホッ……!」

 咳き込んでいると背中を擦られた。ざわり、と鳥肌が立って…また、堅固な外殻が発動してほっとする。

 チッ…。

 また……舌打ち……?

 咳き込んだせいで…涙が溜まった眼で、サドラスを見ると……彼の喉が……ゴクリと上下した。

「も、申し訳ございませんでしたっ…! 私が…打つかったせいでっ……! お怪我は、ございませんか…!?」

 見れば、給仕の男性が深々と頭を下げていた。

 ──彼が……私に打つかってきたのか……。

「──大丈夫です……。次からは、気を付けなさい……」

「は、はいっ…! 本当に申し訳ございませんでしたっ! 直ぐに、代わりの物をお持ち致しますっ!」

 要らない、と言おうとしたのに男性は慌てたように足早で立ち去ってしまった。

 テーブルを見ると、他の三人は席に着いたまま。其々のティーカップは空になっていた。サドラスのカップは地に落ちて、割れていた。私のカップも同様に割れていた。

 サドラスが浄化魔法で飛び散った液体を綺麗にした。

「大丈夫でしたか? ノルフェント殿下…? 取り敢えず、隣のテーブルに移りましょう」

 促されて、全員で席を移る。

 何だろう…? 咳き込んだり慌てたせいか……身体が暑い……。呼吸が、早くなる……。

 喉が、渇いた。

 喉を押さえていると、サドラスが水の入ったコップを差し出して来た。

「喉が渇いているようなので、給仕に貰いました」

 受け取ると一気に飲み干した。

 他の三人にも渡されたようだ……。三人も同じ様に飲み干していた。

 でも……身体はどんどん、熱くなっていった……。

「ノルフェント殿下……? お前達も……どうしたんだ……?」

 サドラス以外が顔を赤くし、荒く息を吐いていた。

 お茶に何かが…入っていたの……? サドラスだけは…お茶を飲まなかったから……平気なの……?

 熱い……。股間が……熱い……。胸の……頂きが……熱い……。

 ここに…居たら、駄目だ……。

 ガーデンで良かった……。ガーデンは外だから……転移が使える……。

「………帰り……ます……」

「ノルフェント殿下っ……!!!」

 其れだけ告げて、キディリガン家の自室に転移した。

 サドラスに慌てた様に呼ばれたけれど、





 ──其れどころじゃない。

 








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