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本編
38. ノルフェント・ハイゼンボルク (上) ☆
しおりを挟むノルフェント・ハイゼンボルク。
ハイゼンボルク国の第五王子。十四歳。其れが私。
父であるハイゼンボルク国王は、賢王とまでは言いませんが、善くも悪くも無難に国を治めています。善い王か悪い王かと聞かれれば、善い王と言えるでしょう。
ただ、色事にだらしないのです。
正妃の他に側室が五人、妾が七人居ます。妾は入れ替わりが激しく、人も人数も頻繁に替わります。
正妃の産んだ子供のみが王位継承権を持ちます。ですから、三人の王子と二人の王女の五人が今現在王位継承権を保有しています。
私は、妾腹の子供なので継承権は持っていません。国王に成りたいと思ったことは一度もないので、私にとっては継承権争いなど無縁な事です。
成人すれば王族ではなくなるので、身の振り方を考えねばなりません。
私の母は、旅芸人だったそうです。自由を愛する方で、芝居小屋で女優をしながら、色々な国を旅することを生き甲斐にしているような方だったとか。
私の黒い髪も、紅い眼も、顔立ちも、母によく似ていると言われます。
母は、とても美しいと評判の女優だったそうです。
だからこそ、父である国王の眼に止まったのでしょう。父王は、母に執着しておりました。
父王は、母を囲う心算でしたが、自由を愛する母は其れを拒み、産まれたばかりの私を置いて外の国へと旅立ってしまいました。そういう訳で、私は母を知りません。
母に対して私が思うことは、何もありません。だって、知らないのだから。何かを思うことなど無いのです。
父王は、母に似た私を溺愛しました。
私を小さな別宅に住まわせ、物心が付く前から頻繁に会いに来て下さったようです。
其れは、私が成長しても変わりませんでした。
お陰で、なんの不自由もなく暮らすことが出来ました。
──ただ…いつ頃からでしょうか。
周囲の私を視る眼が、おかしくなったのは……。
何と表現すれば良いのか…。じっと凝視するような、どろっとしたような、ねっとりと絡み付くような…粘着質な眼で、食い入るように見てくるといいますか……身体中に怖気が奔るような……厭な眼です。
一番最初にその眼を感じたのは、父王からです。
其れは、成長するごとに強く、熱を孕み、より悍ましくなっていきました。
私に触れる手も、慈しむものから……何と謂えば良いのか……執拗に肌を撫で上げると謂うか…熱で湿った手で、じっとりと身体を這うと謂うか…不必要に触れてくると謂うか…何か、慈しむものとは違う意図を持って触れられると、全身に鳥肌が立つような悍ましさを感じるのです…。
父王から与えられる服は、シルクのぴったりとした白いシャツばかりで、寒いから上着が欲しいのですが…寒さを訴えると抱き込まれるか、周囲の温度を魔法で調節したりします。
羽織るものを一枚着れば済むことなのに…父王も使用人たちも、決して服を渡してはくれません。
私が七歳の頃に気が付いたのですが、父王に抱っこされたり、膝の上に乗せられたりした時に、腹に手が回されるのではなく……胸に手が置かれるのです……。
いつも、指先が胸の二つの頂の上に置かれていて…指先で擽って来るのです…。思えば、此れまでもずっとそうでした…。そこを擽られると…何だか変な感じがするのです。…ざわり、とするような…ぞわぞわする感覚に…何だか怖くなってくるのです…。
─その時の父王の顔も…全然知らない人に視えて、……怖いのです……。呼吸が僅かに荒く…食い入るように私の胸を視る…その顔が…その眼が……悍ましい……。
それに気が付いてからは、他の者も同じように悍ましい眼で私を視ている事に気付きました。
一日に何度も着替えをさせる使用人達。
浄化魔法が有るのだから必要無いと思うのに…父王に会うのに着替えなくては失礼になるとか、私の為に買い与えられたものを着ないのは礼儀がなっていないとか、ああだ、こうだと理由を付けて着替えさせるのです…。
着替えの度に、身体を掠めていく手が……本当に嫌なのです……。
十歳になったある日、父王に抱っこされて庭を散歩していると、突然、バケツをひっくり返したような雨が降り出しました。父王は、近くのガゼボに駆け込みました。
「凄い雨だな…。だが、直ぐに上がるだろう…」
父王はカウチに腰掛けて、私を向かい合わせに膝を跨がせて座らせました。
ゴクリ。
父王が唾を呑み下した音がしました。
父王を見ると、その視線は私の胸に縫い付けられていたのです。
自身の身体を見ると、白いシルクのシャツは雨でびしょ濡れで、ピタリと身体に貼り付き肌の色が透けて見えていました。…僅かに紅い胸の頂きまでも…。
「──お前の、ここ……。少し紅過ぎないか…?」
父王は、私の二つの胸の頂きを両手の親指で、ぐりっと擦ったのです。
「ㇶッ…!」
ぞわりと怖気が奔り、悲鳴が喉に詰まりました。
「─どうした…? 男のここは…何も感じない筈なんだがな…? 何か……感じるのか……?」
瞬き一つしない父王に、恐怖を覚えます…。
──でも…。男は感じない?
幼い私は、その言葉に急に不安になりました。
──私の身体が、おかしいの…?
父王の指は、確かめるように胸の頂きを擦ってきます。
その度にざわり、ざわりと鳥肌が立つのです。
──気持ち悪い……。
「おかしいな…? どれ、ちゃんと見せてみろ」
父王は、私のシャツのボタンを外して…胸を顕にしました。
ゴクリ。
瞬きもせず、眼を爛々と光らせて鼻息を荒くして、また、喉を鳴らしました。
その様子に…私は…怖くて動けなくなってしまったのです。
やけに熱い父王の指が、直に触れてくる。
私は、恐怖に震えました。怖くて声も出ません。
父王は、私を視ているけれど……視ていませんでした。
……いや、イヤ、嫌、厭。止めて。触らないで。
恐怖で固まる私の胸を、暫く弄り回した後……。
「やはり、おかしいな…? 紅過ぎるし…舐めておけば治るか…?」
私の顔など見もせずに…胸だけを見据えたまま、私の胸の頂きに…しゃぶり付いて来ました。
「ヒッ…!!」
ぬるりとした感触、………蠢くなにか………。
余りの恐怖と悍ましさに……私は気を失いました…。
目が覚めると、ベッドの上でした。
悍ましい感触が…まだ続いています。胸に視線を落として──。
「ひっいイィィッ…!!!!」
喉が裂けるんじゃないかと思う程の悲鳴が出ました。
父王が私の胸に…未だにしゃぶり付いていたからです。
悲鳴を上げる私になど目もくれず…飢えた獣のように、一心不乱でしゃぶり付いている姿は……異常でした。
父王が、人の皮を被った、得体のしれない化け物のように感じたのです。
「いやっ! いやあぁぁぁっっ!! 気持ち悪いっっ!!」
私は、恐怖に錯乱して、有りっ丈の声で叫びながら泣いて暴れました。
父王は、私の叫びなど聴こえていないかのように、私の腕を押さえ付け、自身の身体で私の身体を押さえ付けました。
無言で私の胸をしゃぶり、吸って、舐め上げてくる父王は…父王の皮を被った化け物にしか視えませんでした。
身体を駆け巡る怖気が止まりません。
いやっ! 触るなっ!! 気持ち悪いっ!! 気持ち悪いっ!!! 私にっ…触れるなっ!!!!
心の中で叫んでいたら、突然、私の身体が透明な何かに包まれ、父王が軽く弾かれたのです。
「っ!? 何だ…?」
父王は、驚きながらも私に手を伸ばして来て触れました。私の身体は、ピクリと震えましたが…触られた感触はしません。父王も首を傾げています。
私の体と父王の手の間に、見えない壁が在るようでした。
「? 何だ? 固有のスキル…か…?」
暫く、ペタペタと触っていた父王ですが、諦めたのか不機嫌そうに大きな溜め息を吐いて、手を引きました。
父王は、私を毛布で包んでそのまま抱え上げ、王宮の父王の自室に連れて帰りました。
鑑定師が呼ばれ、スキルを調べられました。
”堅固な骸殻“
そのスキルが顕現したようです。
私を抱き上げたままの父王が、舌打ちしました。私の身体が、ビクリと震えます。
父王が何を考えているのか分からないから、余計に怖いのです。……私は、これからどうなるのでしょう…?
父王が人払いをして寝室に入り、ベッドへ腰掛けると私の腕に黒い腕輪を嵌めました。
毛布を剥がれ、シャツの前合わせが開いたままの胸へと手を滑らせ、頂きに触れて来ました。
「やっ……!!」
ぞわりと悪寒が奔ります。
「フフ、感じるのか…?」
父王の眼が…怪し気な光を孕みながら、満足げに細められました。
そのまま軽々とベッドに押し倒されて、胸に吸い付かれました。
「や、やめてっ……! 父上っ…やめてっ…!!」
無言のまま…クチュクチュと舐められる。もう一つの頂きには、太い指が擦り、摘み、撫でられ、転がされる…。
「やだッ…! やだっ!! やめて、やめてっ…!!!」
どれ程泣いて懇願しても父王の耳には全く届かず、その異常な行為は続けられたのです。
どの位そうされていたのか…声は掠れ、泣き疲れて虚ろな私を覗き込んだ父王が、ドロリとした目で私を見ました。
「こんなに真っ赤に腫らして……厭らしいな…?」
父王は、厭な笑みを浮かべて…胸の頂きを指で弾きました。
ビクリと身体が震えます。その様子を見て…喉で笑う父王。
まだ止める気がないのか…両方の頂きを指で弄られます。
いや…もう…イヤ……。触らないで…触らないで…触らないでっ!! もう……サ…ワ…ル…ナ…っ…!!!!!
パキリッ!
何かが割れた音がして、弾かれた父王がベッドから落ちました。
「っ…!」
父王は、打ち所が悪かったのか、腰を押さえて呻いていました。
私は、シャツの前合わせを重ね合わせて、ぎゅっと握り締めたまま、気を失いました。
スキル“堅固な骸殻”に…“金剛不壊”が付いた瞬間でした。
気が付いた時には、別宅に戻されていました。
使用人が言うには、私が球体のようなものに護られていて、誰も私に触れられないのだと聞かされました。
球体には触れるので、其のまま球体ごと此処へ戻されたのだと。
使用人は、着替えをしようと言ってきましたが断りました。使用人を部屋から追い出し、着替えの服を出します。
──白いシルクのシャツ。
あの父王の…私の胸に対する執着は、何だったのか…思い出すだけで身体が震えます。
着ている皺だらけのシャツを脱いで、新しいシャツに着替えます。浄化魔法も忘れません。
ボタンを締めていくと、胸の辺りのボタンが閉まりません。ヒリヒリ、じんじん痛む胸の頂きが、シャツに擦れてぞわぞわします。
胸を見ると…真っ赤になって…ぷくりと膨らんでいました……。父王の感触が残っていて掻き毟りたくなります。
元に戻るように、強く念じながら治癒魔法を掛けました。
暫くの間、胸に残る父王の…悍ましい感触に悩まされる事になりました。
其れからは、父王はパタリと私の元に来なくなりました。使用人達も、私に触れることは出来ません。
私の胸は、何度も何度も治癒魔法を掛けたおかげか、腫れがなくなり元に戻ったのでとても安心しました。使用人達の私の胸を視る眼が…父王の眼と同じ位…悍ましかったから……。
今は、薄手の毛布を切って…ストールのように羽織っています。
暫くすると、使用人がカーディガンとちゃんとしたストールを渡してくれました。
父王が来なくなってから何年か経ち、突然、王妃様に呼び出されました。国を出てパラバーデ国の学園に通うように言われたのです。
大金を渡されて、もう、この国には戻って来るなと言われました。
王妃様の私を見る目は、嫌悪に満ちていました。
──汚いものを、悍ましいものを視るような眼。
「─成人までは…ハイゼンボルクの第五王子を名乗ることを許します。─其の後は、ハイゼンボルクを名乗ることも、二度と我が国に戻ることも禁じます。──何処へ也と消えるが良い。──穢らわしいっ…!」
王妃様は、そう吐き捨てて足早に部屋を出て行きました。
──穢らわしい……? 私……が…………?
其の言葉が、頭から離れませんでした。
其れからは、ガッチリとした大柄な騎士二人に連れられて、パラバーデ国の王宮へ転移しました。与えられた部屋で何日か待たされました。
その間に、国から付いて来た騎士達に話を聴きました。騎士達は、厭々ながらも話してくれました。
私がスキルを使って父王を誑かし、おかしくしてしまったのだと。
──私が……? スキル……?
“堅固な骸殻”の他に“淫靡妖艶”と“不幸招来”のスキルが有ることを教えられました。
淫靡妖艶……。何ですか……其の、如何わしいスキルは…。
私の胸にしゃぶり付いた時の、父王の異常な様子……あれが私のスキルのせいだったと言う事ですか……?
悍ましい眼で見て来る使用人達も…其のスキルのせいで……?
不幸を招く呪われた王子を…人を惑わす王子を国に置いてはおけない。其れが、ハイゼンボルク国が出した答えだそうです。
眼の前が真っ暗になったようでした。
私が持つ、スキルのせいで……私の……せい……で……。
だとしたら、このパラバーデ国にも悪影響が出るのでは……?
ちゃんと、此方の事情を説明した上で引き取って貰うのだと騎士は言いました。
本来ならば、こんな手に負えないスキルを持った私を生かして置くのは危険過ぎる。臣下達は、私の処分を求め騒いだのだと謂う。ですが、父王が庇ったのだと……。
我が国よりも技術があるパラバーデ国であれば、何か手立てがある筈だ、と仰って下さったのだと。
騎士達は陛下に感謝しろと言って、其れっ切り、口を開く事はありませんでした。
─私の存在、其のものが…父王を狂わせ…周りを狂わせた……。
其の事実は、ずっと被害者だと思っていた私に重く伸し掛かり……潰れてしまいそうでした……。
十日を過ぎた頃、漸くパラバーデ国が、条件付きで私を受け入れることに承諾して下さったようです。
魔力封じの腕輪を着ける事、其れが条件でした。
私は了承し、腕輪を着けたのですが……少し経つと腕輪は壊れました。そして、更に強力な物を渡されますが……其れも壊れてしまいました。ならば、数で抑えようと也、結局、一番強力な腕輪を三つ着けて落ち着きました。
魔法が一切、使えなくなるので、其れを補う魔道具を着けて…漸くパラバーデ国に受け入れられたのです。
パラバーデ国には、私と同い歳の王太子、ランドラーク・パラバーデ殿がいらっしゃいます。
彼は、国を脅かすスキルを持った私とは違い、国を泰平に導くスキルをお持ちのようでした。入学式には間に合いませんでしたが、今年から学園に一緒に通う事となります。
ランドラーク殿は何かと私を気遣って下さって、その優しさに随分と助けられました。
何れ、平民になる私は、冒険者に成る為に其の講義を取りました。ランドラーク殿も一緒です。
王太子殿下である、ランドラーク殿がダンジョンに入るのは危険なのでは? と思いましたが、ランドラーク殿にはランドラーク殿のお考えが有るようでした。
学園に入学すると、矢鱈と押しの強い者たちが寄ってきました。
私と行動を共にしようとする者達や、何処其処に一緒に行きましょうとか、一緒に冒険者になろうとか、私を救うだとか……。断っても、断っても、しつこく付き纏い、辟易します。段々に私の表情が固く、声が低くなるのは仕方がありません。
ランドラーク殿も似たような状況でした。
煩く寄って来た者達の大半が、魅了魔法の持ち主だったと聴き、驚きました。私も魅了魔法を持っていますが、ずっと幼い頃に申告済です。
彼等は一斉検挙されて、私の周囲も大分静かになりました。其れでも、寄って来る者は居ましたが…。
周囲が落ち着くと、あの悍ましい眼で見て来る者が……複数人いることに気が付きました。
魔力を封じているので、私の厄介なスキルは発動していない筈ですが……。また、周りを狂わせているのでは無いかと不安になります。ランドラーク殿に私のスキルが漏れていないか聴いてみると、苦笑いをされました。
「スキルが発動しているのではなく…ノルフェント殿自身の魅力に……惹かれているのだよ」
私、自身の…? 見た目の話しでしょうか?
「─ノルフェント殿は…幸か不幸か、人を惹き付ける容姿なのだよ…」
首を傾げていた私に、ランドラーク殿は憐れみにも似た眼差しで苦笑しました。
入学して暫く経ってから、学園のダンジョンで五日間の冒険者講習が行われる事になりました。
私は、ランドラーク殿とパーティーを組むことになりました。王太子であるランドラーク殿がダンジョンに五日も入るのです。護衛を、より万全にしなければなりません。ランドラーク殿は護衛の騎士の他に冒険者を護衛に頼むようです。
「我が国の辺境伯の子息が二人、高ランク冒険者となっているのだ。─その者達に、護衛を頼むつもりだ」
いつもよりも、幾分楽しそうにランドラーク殿は仰った。
辺境伯の子息が冒険者を? 騎士ではなくて?
この先、平民となる私にとって……色々と冒険者に付いて教わる良い機会かもしれないですね。
貴族で冒険者。─お会いするのが楽しみです。
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