俺の幸せの為に

夢線香

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本編

37. 大胆なのですね…?

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 俺が隠しダンジョンに、一ヶ月籠もって居た間に我が家に来ていたノルフェント。

 見知った顔が一人も居ない中に突然送り込まれて、本人もかなり戸惑ったに違いない。

 しかも、ほぼ一ヶ月の間、其の状態だったのだ。気の毒に。

 執事のタキートに、この一ヶ月のノルフェントの様子を尋ねると、苦笑を浮かべた。

「気に掛けては居たのですが…やはり、見知った方が居ないのは…お心も休まらないのか、部屋に籠もりぎみでしたね」

「─そうか。食事はどうしてた?」

「お部屋で摂られておりましたよ。流石に、他国の王族を私共と一緒に…と謂う訳には行きませんから」

「ノルフェント殿下は、そう謂った事を気にする方では無いけれど、顔見知りが居ないんじゃ…仕様がないね」

 俺もシュザークも居ないのに、家の他の皆と食事をするのは、ハードルが高いだろう。

「部屋は、ハーシャ様の隣に御用意致しましたが…宜しかったですか?」

「ああ、それで良いよ。ありがとう」

 礼を言うと、タキートは薄っすら微笑んで去って行った。




 ノルフェントに、会いに行かなきゃな。

 もう直ぐ昼食の時間だ。

 部屋で摂るとしても、責めて一緒に摂るべきだよな。

 ずっと、話す人も居なかっただろうし。


 其れに…こんな事に成ってしまった罪滅ぼしに。

 俺の保身の為に吐いた嘘が、こんな風に返って来るとは…思いもしなかったよ…。


 ノルフェントの部屋の前で、静かに溜め息を吐いてから扉をノックすれば、何処か堅い声が返ってきた。

「ハーシャです。少し、お話しをしたいのですが…宜しいでしょうか?」

 了承の返事とともに、扉が開いて部屋の中に招かれる。

「先程は…母上が失礼致しました」

 胸に手を宛、貴族の礼を執る。

「─頭を上げて下さい。私は、気にしておりません」

 促されるままソファに座ると、ノルフェントは隣に腰掛けた。三人掛けのソファが一つだけだからだ。

「ノルフェント殿下がいらっしゃるとは知らず……一ヶ月の間、不在にしていた事、深くお詫びします。見知った顔がない場所で過ごすのは、さぞ、心細かったでしょう……申し訳ありませんでした」

 座ったまま頭を垂れて、貴族の礼を執る。

「やめて下さい…私の方こそ、突然押し掛けるような事に成ってしまい…心苦しく思っております…。その…迷惑では…無いでしょうか…?」

「いえ、そんな事はありません。我が家の者は他国の王族を迎える栄誉に預かるとは……思いもして居なかったので、粗相が無いか緊張して居るだけです。─ご不便はありませんか?」

 ノルフェントに笑い掛けると、困った様に眉を寄せた。

「──あの…、畏まって話すのは、止めて頂けませんか? 私は、王族と謂っても…妾腹の第五王子で継承権も持っていません。──其れに……あの厄介なスキルのせいで、成人までは第五王子を名乗る事が出来ますが、成人後は…唯の平民です。──国に戻ることも、許されていません……。ですから…普通に話して頂けると、有り難いのですが…」

 ノルフェントは寂しそうに俯いた。

 あのスキルのせいで……国から追い出されて……捨てられたのか……。

 本当に……薄幸なんだな……。


「─本当に、宜しいんですか?」

 そう謂う事なら、俺としても…貴族仕様の丁寧な言葉は疲れるから有り難いが…。一応、念には念を入れて確認する。

「─はい」

 よし、言質は取ったぞ。

「─じゃあ、ノルフェント殿下。昼食を一緒に食べない?」

「っ! は、はいっ」

 がらりと、掌を返すように砕けて話し掛けると、ノルフェントはとても嬉しそうに笑った。

「でも、俺だけ砕けた口調だと、気が引けるから…ノルフェント殿下も普通に話して?」

「あ、あの…私は…元からこう謂う口調なので、気にしないで下さい」

「うーん、でも俺が敬語を使っていないのに、ノルフェント殿下が敬語を使っていたんじゃ、俺が何様だ?って感じだろ?」 

「え、と…でも、私は、この話し方しか知らなくて……」

 ノルフェントは、慌てたように訴えてくる。本当に知らないんだろうな。

「ふーん……じゃあ、こうしよう。殿下が敬語を使ったら、俺も敬語で話すよ」

 俺は、にっこりと笑ってみせた。ぽっちゃりジト目の姿で。

「そ、そんな…」

「嫌なら頑張って。─平民になった時に、役に立つと思うよ?」

「っ…!……わ、分かりました」

「─そうですか」

「っ…!! ─わ、分かった…」

「うん」

 ノルフェントは、頬を染めて俯いた。

 ちょっと意地悪だったかな? でも何でかからかってしまうんだよな…。

 取り敢えず、昼食はタキートが部屋に運んで来てくれたので、そのまま部屋で摂ることにした。

 本日の昼食は、ダンジョンに行く前にソーンが作り置きをしたもの。俺以外の合宿組は、お休み。きっと部屋で爆睡して居るだろう。

 メニューは安定の肉、肉、肉。

 貧乏貴族にあるまじき豪勢な食事だ。肉一択だが…。踊り鳥のチキンレッグ。氷兎のピリ辛スープ。痺れ鰐のさっぱりサラダ。白パン。オレンジ。

 最早、肉の種類があり過ぎて…違いがよく分からなくなっている。ソーンが全て美味しく作ってくれるので、もうそれで十分だ。

「─ここの食事は、本当にどれも美味しいですね」

「─ええ、御口に合って良かったです」

「あ…う…、美味しい…ね…?」

「だろ?」

 うっかり出た敬語に敬語で返してやると、態々わざわざ言い直す。そんなに敬語で話されるのは嫌なんだろうか?

「ダンジョンのものを食べていると、身体の成長も進むみたいなんだ」

「だから、ハーシャ殿はそんなに身体が大きいんですか…あ、…えっと…大きいの…?」

「そう。七歳の頃なんか、同じ年の子に比べて随分と小さかったよ」

 栄養失調のせいでな。

「想像がつきま…付かない…な」

「タキート、さっきの執事だけど…タキート何て、三十過ぎて成長が止まっている筈なのに…其れでも伸びたからな…。二メートルを余裕で越えてるもんな」

「す、凄い…」

 ノルフェントは、眼を丸くしながら驚いている。 

「ノルフェント殿下も、ここの食事を食べていれば、直ぐに大きくなるよ。保証する」

「本当に? 嬉しい、…な…」

「大きく成りたいの?」

「は…うん。ハーシャ殿みたいに大きくなれば…おかしな眼で見られなくなるかなって…」

 敬語にならないように支えながら喋るノルフェント。

「おかしな眼…」

「えっと…なんて言うか…どろっとした…嫌な…眼…」

 ノルフェントは俯いて暗い表情をした。

 ん…? 身体から何か赤黒い靄が…出てるな…。

 シュザークの出す黒い靄と同じか…?

 無意識にノルフェントの頭や身体をぽんぽん叩いていく。

「ゎ…わっ…! えっ……?……ちょっ……!」

 ノルフェントは、顔を真っ赤にして慌ててわたわたしている。

「良し」

 靄が無くなったので手を引っ込めて、デカいチキンレッグにかぶり付く。

「あ…あの……今のは……?」

 身体を小さくしながら上目遣いで聴いてきた。

「あっ、あー…。ごめんね……つい兄上にやる癖で……」

 いつも、シュザークが靄を出したらやるから…完全に条件反射だった…。

「─シュザーク殿に…?」

 ノルフェントは首を傾げる。

「そう、兄上も偶に黒い靄を出すから、其れが出た時はこうして払ってたんだよ」

「─黒い靄……」

 ノルフェントは俯いて動かなくなった。

「ほら、温かい内に食べなよ」

 俯いたままのノルフェントの手に、デカいチキンレッグを持たせる。

「………」

 其れでも、チキンレッグを持ったまま固まっているので、頭をぽんぽんしてやるとハッとして俺を見た。

「食べて」

「あ、は、……うん……」

 顔を赤くして、デカいチキンレッグに齧り付いた。

 あ、ナイフとフォークを持たせれば良かったな。

 デカいチキンレッグに一生懸命、齧り付いているのを見てそう思ったが、今更だな。

 美味しそうに食べてるから、いいか。

 他愛もない話をしながら昼食を済ませ、夕食を皆と一緒に食べないかと誘ったら頷いたので、時間になったら迎えに来ると約束して別れた。


 部屋に戻って俺も休むことにしよう。一ヶ月のダンジョン生活はやっぱり疲れたしな。



 夕食の時間になって、ノルフェントの部屋に迎えに行った。

 初めて、キディリガン家の皆と食事を共にしたノルフェント。最初は何処と無く緊張していたが、俺とシュザークがちょいちょい話し掛けている内に、強張りも解れていった。


 夕食後に、寝支度を済ませてからノルフェントの部屋を訪ねた。

 ノルフェントは驚いていたが部屋に入れてくれた。

「こんな時間に、ごめんね。少し話しがあって」

 昼と同じくソファに隣り合って座る。

 ノルフェントも寝支度を済ませた後だった。
 明るいベージュ色のゆったりとした上下にグレーのガウンを纏っている。ゆったりと波打った黒髪を後ろから前に持って来て緩く編んで垂らしていた。

 俺も色が違うだけで、似たような格好だ。俺は紺色の上下に黒いガウンだ。髪も前に垂らして、長すぎるので毛束の先を輪になるように上に持って来て縛ってある。因みにぽっちゃりジト目姿だ。

 収納空間からお茶を出してノルフェントの前に置く。

「─ノルフェント殿下に、伝えておこうと思って」

「─何を、…?」

 敬語が出そうだったのを堪えたようだ。

 其れに微笑みながら伝える。

「ノルフェント殿下は、魔王候補なんだ」

 出来るだけ、何でもない事の様に軽く話した。

「? 魔王候補…?」

 キョトンとしながら首を傾げる。

「そう、魔王候補」

 ノルフェントの顔にじわじわと動揺が拡がっていった。

「──だから……あんな物騒なスキルが……?」

 揺れる朱紅の眼を見詰めながら、頷く。

「でも怖がらなくても良いよ。我が家には、あと二人魔王候補が居るから」

「──え…?」

「─内緒だよ」

 口の前に人差し指を立てて、しーっと、囁いて笑う。

「其れは…何方どなた…?」

「兄上とヴァークリス」

「っ!?」

 ノルフェントは驚いて眼を見開いた。

「びっくりした?」

 ノルフェントは眼を見開いたまま、頷いた。

 動揺しているノルフェントが落ち着くまで、お茶を飲んで待つ。

「─私は、……一体、どうすれば……?」

 ノルフェントが蒼い顔で俯いて、微かに震えている。膝の上で握り締めていた両手が白くなっていた。

「そんなに、怯えるなよ…。大丈夫だから」

 まるで、小動物がカタカタ震えているみたいで、思わず震える両手の上に手を重ねた。

「物騒なスキルは、俺が封じただろ?」

 冷たくなっているノルフェントの手を、ぽんぽんとあやしながら顔を覗き込む。

 ノルフェントの眼が頼りなく揺れた。

「何で、こんな話しをしたかと言うと、──自分で自分の身を護れる位には、強くなって欲しいからなんだ」

 もし、ノルフェントが闇堕ちするとしたら…恐らくは、…凌辱だろうしな。そんな胸クソ展開にはしたくない。身を護る術を身に付けて欲しい。

 だから、ノルフェントを強くする。

「─強く…?」

 聞き返してくるノルフェントに、頷いてみせる。

 ノルフェントは眼を揺らしながら思案して、力強く頷いた。

「─強く、成りたい」

 ノルフェントは、俺の眼を見詰めてはっきりと言葉にした。

「うん。先ずは、魔力量を増やそう」

「魔力量を? そんな事が出来るの…?」

 不思議そうに首を傾げるノルフェントに笑い掛ける。

「出来る。今日は、俺と一緒に寝てもらうよ?」

「はい…。──え…? は…?」

 ソファから立ち上がった俺に釣られて、返事をしながら立ち上がったノルフェントは、狼狽えていた。

 俺は、構わずに寝室に向かって歩き出す。

「ちょっ…! 待って下さいっ…あ、待ってっ…!」

 ノルフェントは慌てて俺の腕を掴んだ。

「何?」

 足を止めて腕に縋り付くノルフェントを覗き込む。身長が違い過ぎるのでそうなる。

「っ、一緒に寝ると謂うのは…どういう事ですかっ…?」

「言葉通りの意味ですが?」

 敬語で訴えて来たので敬語で応える。

「な、何故っ…一緒に寝るんですかっ?」

「先程、申し上げましたよ? 魔力量を増やす為だと。了承したではありませんか。何か不都合でもお有りですか?」

 困った様にノルフェントを見ると、口をパクパクさせて混乱している。言葉が出ないみたいだ。

 何故、そんなに動揺するのか分からない。

 別に、疚しい事などしないのに。

「あ、あのっ…!…私は、誰かと一緒に寝たことはなくてっ…!」


 ん? 童貞の申告か…?


 …なんてね。そんな訳ないよな。

 んー、何かこのやり取り…面倒だな…。

 其処で思い付いた。姿変えのペンダントを握って元の姿に戻る。

「っ…!」

 ノルフェントが息を呑んで押し黙った。

 ノルフェントが固まっている内に、さっさとベッドへ誘導して寝かせ、その隣に俺も横になって布団を掛けた。

 ノルフェントは、茫然としたように俺を見たままだ。

「ほら、収納空間を出して?」

 小声で言うと、ノルフェントはゆっくりと手を上げて”収納…“と呟く。

 ノルフェントの前に光の線が現れた。

「─収納空間を拡げる為に、魔力を流して?」

 ノルフェントは、呆けたまま魔力を流し始める。

「目眩がするまで、流し続けて? 目眩がしたら直ぐに止めるんだよ?」

 ノルフェントは小さく頷いた。

 言っておくけど、俺が怪しい魔法を使って居る訳じゃないからな。

 ノルフェントが茫然としているのは、どうやら本来の俺の顔に弱いらしいからだ。

 毎日、傾国級の自分の顔を見ているんだから…今更、俺の顔に驚く事もないだろうに…。おかしな子だ。

 ノルフェントは無言のまま魔力を注ぎ続けて、やがて気を失うように眠りに落ちていった。


「おやすみ」


 気を失う間際に声を掛けると、微笑んでいた。

 序だから、部屋全体と俺達に浄化魔法を掛けてから明かりを消して、俺も眠りに就いた。



 ─身体の上で、何かがモゾモゾしている。

 まだ…眠いのに……。

 自分の上に、何かが居るのは分かるけれど…暖かくて…嫌なものじゃ無かったから…驚きはしなかった。


 もう…ちょっと…眠っていたい……。


 ──だから…あんまり動くなよ……。


 いつ迄も…モゾモゾと動くから…抱き込んで動きを封じた。

「っ…!」

 ピタリと動かなくなった事に満足して、眠りに落ちた……。




「──ぃ、……くださ…ぃ…。──お、起きて…下さいっ…!!」

 何処か、泣きそうな…必死さも混じったような声に目が覚めた。

 ゆっくりと眼を開けて、自身の胸の辺りに視線を向ける。

「っ!」

 うるうるの朱紅の眼と眼が遭った。


 うわぁ……。朝っぱらから…何て、エロい顔してるんだ…。


 黒の長いまつ毛は涙で濡れて艶めいて、うるうるの朱紅の眼は困惑と羞恥でゆらゆらと揺れている。白い肌を薄紅色に染めて、戦慄わななく唇は肌よりも紅く色付き、吐息さえ薄紅色に染まっているのでは…と錯覚する程に熱い息を吐き出す。片方の肩に寄せて垂らした黒髪は乱れ、反対側の剥き出しの…項の後れ毛が、堪らなく艶っぽい……。


 傾国級の魔王候補は……やば過ぎる……。


 淫靡妖艶のスキル無しでこれだ……。もし、このスキルが完全解放されたら─一体…どうなるんだろうな…?

 本当に、俺じゃなかったら…今直ぐ、この場で犯されているからな?

「─お早う御座います」

 さっき敬語だったからな、俺も敬語で話すよ?

「──私の上に乗って……随分と、大胆なのですね……?」

「っ!! ち、違っ…!! ……違いますっ……!!!」

 ノルフェントの顔が益々紅くなるので……段々にノルフェントの身体が心配になってきた。

 血圧が上がり過ぎるのは、身体に悪い。

 ノルフェントを抱いたまま身体を起こし、解放してやる。姿変えのペンダントを握って、ぽっちゃりジト目に姿を変えた。

「ああ、ちゃんと魔力量が増えてますね。此れから、毎晩、収納空間に魔力を注いで下さいね」

「──はい…」

 俺がにっこりと笑って見せると、ノルフェントは茫然としたまま小さく頷いた。

「では、朝食の時間にお迎えに上がります」

「は…、わ、分かった……」

「じゃあ、自分の部屋に戻るよ。後でね」 

 敬語を外して其れだけ言うと、転移で自分の部屋に戻った。



 あんな、傾国級の美少年でも……。




 ──やっぱり、朝勃ちはするんだな……。 







 

 

 
 

 
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