俺の幸せの為に

夢線香

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本編

25. 十一歳の出来事

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 十一歳になった。


 俺とシュザークは、まだまだ成長期。俺は百六十センチを超えたし、シュザークは百七十五センチを超えている。同じ年頃の子供達と居ても、同い年とは思われなくなった。

 キディリガン領のダンジョンを完全攻略して暫く経つと、ギルドマスターのギャジェスに呼ばれた。

「キディリガン一家のパーティは、今後暫く、ダンジョンに立ち入ることを禁ずる」

 は?

 全員の声が揃ったと思う。

「何で? 困るよ。ダンジョンに入れなきゃ稼げないじゃないかっ……!」

 俺が食って掛かるとギャジェスに頭を撫でられた。

「まあ、落ち着け。――実はな、お前達が冒険者になる前辺りから、ダンジョンの魔力が溜まり過ぎていてな。あと数ヶ月もすれば魔物が溢れるんじゃないかと言われていた。これは、管理者でもある領主様もご存知のはずだ」

 ギャジェスがチラリとミーメナを見ると彼女は頷いた。

「だが、お前達がダンジョンに入るようになってから魔力値の上昇が止まり、階層を進める毎に数値は少しずつ下がって行った。お陰で今は安全なところまで数値が下がっている。良くやってくれたぜ!」

 ギャジェスが俺とシュザークの頭を褒めるように撫でる。

「――だがな? これ以上、お前達にダンジョンで暴れられるとダンジョンが失くなっちまうんだよ」

「失くなる……?」

 シュザークがポツリと呟く。

「そうだ。ダンジョンの魔力値が下がり過ぎると魔物の数が減るし、更に下がるとダンジョン自体が消滅しちまう。ダンジョンは云ってしまえば素材や食料、アイテムの宝庫だ。失くすよりも、上手く付き合った方が断然利益が得られる。だから、数値がヤバイくらい上がるまでは出入り禁止だ。お前らは倒し過ぎるからなぁ……他の冒険者が立ち行かなくなっちまうよ」

「「そんな……」」

 俺とシュザークが、がっくりと肩を落とす。

「だが、安心しろ!」

 ギャジェスが俺とシュザークの肩を抱き込んでニヤリと笑った。

「魔物が溢れそうな別のダンジョンから、お前達に討伐依頼が来ているっ!」

「――別のダンジョン?」

「そうだ、そこなら思う存分暴れて来て良いぞ!」




 ギャジェスに言われてやって来たのは、パラバーデ国のキディリガン領とは、真逆に位置するワナミリア領にある特級ダンジョン。

 このダンジョンは、薄暗い山の中にある。

 ギャジェスが居るギルドからワナミリアのギルドに転移してやって来た。

 目茶苦茶背の高い、ヒョロリとした動く木みたいな中年の男が出て来て、ギルドマスターのウディックだと名乗った。

 ギルドの中は閑散としていて活気がない。

「ワナミリアのダンジョンは人気がなくてね……この通り冒険者が寄り付かない……特級ダンジョンなのに出るアイテムもイマイチで……しかも、ダンジョンは真っ暗闇で難易度が高いから冒険者が嫌がるんだよ」

 椅子に座っても、座高の高いウディックが愚痴り始める。

「真っ暗闇?」

 俺が聴くとウディックは溜息を吐いた。

「そうなんだ。灯りを点けてもすぐ消えるし、精神攻撃が多いから気が滅入るし……管理者のワナミリア領主様も困り果てているんだ……領主様は、このダンジョンを消滅させたいと望んでいるよ。だから、好きなだけ暴れて良いから」

 ウディックは、そう言うと縋るように俺達全員を見詰めた。


 そうしてダンジョンに来るとここのダンジョンの外観は、吸血鬼が住んでいるんじゃないかと思うような寂れた古城だった。辺りは夜みたいに暗く陰気な雰囲気。

 西洋のお化け屋敷のような廊下を進むと……彫刻の施された天井まである立派な扉があった。

 キディリガンのダンジョンは壁画に入れば良かったが、こちらは扉を開けて入るみたいだ。

 内側に扉を押すと難なく開いたが、眼の前は真っ暗だった。

「何だか……気味が悪いわね……」

 ミーメナは、カドリスの袖を握って震えた。

 メルとシリアも手を繋いでいる。

 中には入らず鑑定して見ると。

「うわっ、この暗闇に見えているのは……全部魔物ですよ?」

 皆が、え? と声を揃えて聴き返す。

 俺は結界魔法で、眼の前の暗闇を出来るだけ全部包むようにしてから結界の中に炎を放った。

 結界の中で黒いものがジュワリと焼けて、あっという間に燃え尽きた。結界の中には、黒いビー玉みたいなものがたくさん残る。結界を縮めて収納空間へ入れる。一旦は開けた場所に、ざわり、ざわりと暗闇が押し寄せて、また真っ暗になった。

 シュザークが同じように結界を張り始めている間に、黒いビー玉のような玉を取り出して鑑定して観ると、気付け薬だった。

「気付け薬……? これを飲んで頑張れってこと?……ん?」

 鑑定画面を観ていたら、気付け薬の説明が書かれた下の空白の隅に小さな下を指した矢印が。それに意識を向けると画面が下に移動して、よく冷えた水に入れると黒ビールになる、と書かれていた。

 まじか。黒ビール……飲みたいっ……!

 因みに……この世界、飲酒の年齢制限はない。酒は薬扱いだからだ。根本的に、元の世界の酒とは成分そのものが全くの別物。そして飲み過ぎたとしても直ぐさま魔法で浄化されるので身体に害はない。アルコール中毒になる人もいない。成長に影響もない。――飲むしかないでしょう!

 俺は、いそいそと木のコップを取り出して中に黒い玉を入れると、キンキンに冷えた水を魔法で注いだ。

 シュワシュワといい音を立てて泡が湧いてくる。

 そして、ゴクゴクと飲むと。

「くはぁ~っ! 旨いっ……!」

 染みる~! 黒ビールなので、ちょっと癖はあるけれど久々に飲むビールに大興奮の俺。

 皆が唖然として俺を見ていた。

 俺は、コップを人数分出して皆に作って渡した。

「シュワシュワしてる……」

「酒なのか……?」

「でも、このシュワッとした感じが喉に気持ちいいな」

「独特の癖はあるけれど……なにか癖になりそう……」

 皆も、気に入ってくれたみたいだ。

 黒よりも黄金色の方が好きだけど、贅沢は言わない。

 俄然、やる気を出した俺は魔法を撃ちまくる。交代で皆も同じように蹂躙しまくった。

 気付け薬と云うだけあって、皆もノリノリだ。

 少しずつダンジョンの中に入って行って、其々距離を取りつつ魔法を繰り出す。皆の魔力が少くなくなって来た辺りで、その日は引き上げることにした。

 ギルドに戻ってギルマスに黒ビールのことを教えてあげると、情報料を貰った。

 このダンジョンは魔物が鮨詰すしづめ状態で溢れているから、ガンガン魔法で殲滅していった。

 ドロップするアイテムも、酒や酒の肴になるようなものが多かった。スルメが出た時は笑った。装備品なんかも精神に耐性が付くものが多く、重宝しそうだ。

 魔力量が三割増える指輪が出たのでユリセスに渡した。指輪を嵌めたまま、寝る前に魔力を使い切ってもらい増えた量を検証してみた。

 指輪で増やした魔力総量の1%が増えていた。指輪を外しても増えた分の量は変わらなかった。それならば、ユリセスには指輪を嵌めたまま鍛錬してもらうことにした。

 六百十八しかなかったユリセスの魔力量は、今では二万を超えている。ユリセスは本当に嬉しそうだ。

 そんなこんなで、新しいダンジョンを攻略中だ。




 今年も王太子のお茶会に出席した。

 今回は、挨拶の場で殿下に話し掛けられることはなかった。

 ただ、俺達がデカくなってしまったので浮いている。

「今年も、どうやら珍獣扱いみたいだね?」

 シュザークが優雅な仕草でお茶を飲む。

「麗しいだけでなく、体付きも男らしさが出て来ましたからね?」

「お前もね」

 そうやって戯れながら、微笑み合う。

「それにしても……流石に視線が鬱陶しいですね……」

「散歩して来るかい?」

「そう言えば、まだ散歩したことはありませんでしたね」

 二人で席を立ち、庭を散策することにした。

「このお茶会は、いつまで続くんでしょうね?」

「母上の話しだと……もう大体の候補は決まっていて、偶に選ばれた者達を招いて、お茶会を催しているようだよ?」

 シュザークがなんてことないように言う。

「なら、このお茶会を催さなくても良いんじゃないですか?」

「そうなんだけれどね。なにかお考えがあるんじゃないかな?――わからないけど」

 シュザークは苦笑する。

 薔薇の咲く見事な庭園をぐるりと歩いて会場の入り口に辿り着く。

 会場の中央辺りでは王太子殿下が人に囲まれているが……何か様子がおかしい。

「……王太子殿下のご様子がおかしくないですか?」

「そうだね……魅了の魔法を掛けられている……?」

 シュザークの言葉に鑑定して観ると……確かに魅了を掛けられていた。

「掛けられていますね」

 殿下は、冷や汗を流しながらも頻りに一つの方向を気にしている。その先を辿ると派手なピンク色のフリフリのドレスに、ピンク色の髪をした女の子が居た。

 あんな有り得ない髪色の女の子なんて……いかにもヒロインにいそうな感じだな……アレは、シュザークに近付けては駄目な気がする。

「あのピンク色の女の子ですね。――しかも男爵令嬢ですよ? どうやってここに入って来たんでしょう?」

 今、ここに居るのは伯爵家以上の貴族家。呼ばれてもいないのに勝手に入って来るなど有り得ない話しだ。

「これは、拙いね……隣国の王太子殿下のようじゃないか?」

「兄上は、アレに関わっちゃ駄目です」

「分かった。だけど、騎士には知らせよう」

「殿下の護衛も魅了を掛けられてますよ?」

 俺とシュザークは、辺りにいる騎士を片っ端から鑑定しまくった。

「あ、あそこにいる騎士は副団長みたいです。彼、精神耐性を持ってますよ」

 殿下の横方向、離れた場所でじっと厳しい顔で殿下を見ている騎士を示す。

「なら、彼にしよう」

 シュザークと二人で彼の元に近付いて行く。

「ご機嫌よう。私はシュザーク・キディリガン。こっちは弟のハニエル・アシャレント・キディリガンです」

「ご機嫌よう……」

 副団長は、訝しげに俺達を見た。

「王太子殿下は魅了の魔法を掛けられているよ。掛けているのは、あそこのピンク色の髪をした女の子だ。何故、男爵令嬢がここに居るのかは知らないけれど、殿下の護衛も魅了に掛かっているみたいだよ?」

「何だって……? 何故、分かるのです?」

 副団長が疑ってる。

「私と弟は鑑定魔法が使える。王太子殿下の様子がおかしかったので鑑定した。……貴方は精神耐性があるようだから、貴方に声を掛けた」

「王太子殿下は、必死で抵抗しておられる。早く助けて解呪した方が良い」

 俺が畳み掛けるように言うと副団長は殿下の方を見た。

「――ご忠告、感謝する」

 副団長は、礼を執ると魔法で連絡を取り始めたので俺達は席に戻った。

 暫くすると副団長が殿下を抱き上げて連れて行った。そして、ピンク色の女の子も数人の騎士に囲まれて連れて行かれた。殿下の護衛も他の騎士に腕を掴まれて連れて行かれた。

「何とかなりましたね」

 暫く、会場はざわついて居たけれど王妃殿下が現れてお茶会の終わりを宣言した。

 それを受けて、俺達も帰ろうとしたら王宮の執事が傍に来た。

「――お待ち下さい。王妃殿下が、お二方にお話があるそうです。こちらへ……」

 俺達は顔を見合わせ、そっと溜息を吐いた。




「王太子の異変をそなた達が警告してくれたと聞いた。――感謝する」

 王妃殿下は薄く微笑んだ。その斜め後ろには副団長が控えている。

「はっ、恐れ多いことでございます。王太子殿下はご無事でしょうか……?」

 シュザークが礼を執ったまま尋ねる。

「楽にして良い。……王太子は無事ではあるが……大分消耗しておってな。まさか魅了を使って紛れ込むとは……」

「恐れながら、お尋ね致します。魅了を防ぐ物はお持ちではありませんか?」

「王宮には陛下と私の分しかないのだ……」

「宜しければ、お譲りすることも出来ますが……」

「持っておるのか? 何故、そのようなものを持っておる……?」

 あ、兄上……? 何か疑われていますよ……?

 このタイミングで魅了を防げる指輪を持ってます~なんて言ったら、売り付ける為に騒ぎを起こしたと取られても仕方ないですよ……? 兄上?

「はっ、私達キディリガン家の者は冒険者としても活動しております。最近はワナミリア領のダンジョンを攻略しているのですが、そのダンジョンからは精神耐性のある装備品が良く出ますので所持しております」

「ほう……キディリガン領にもダンジョンがあったと思うが?」

「はっ、御座います。ギルドからの依頼により、ワナミリアのダンジョン攻略を請け負いました」

「成る程、ならば見せてみよ」

「収納空間から取り出しますが……ここで出しても大丈夫でしょうか?」

 後ろに居た副団長が王妃殿下より前に出る。

「――許す」

 王妃殿下の了承を得たのでシュザークは収納空間から指輪を取り出した。

 白金と白銀の指輪で中央に透明な石が付いた物だ。それを、俺達の斜め後ろに居た騎士に差し出す。

 受け取った騎士は、じっと指輪を見詰める。鑑定をしているのだろう。

「偽りなく、魅了を防ぐ指輪です」

 騎士は、隣にトレイを持って立つ執事に渡した。

 執事は、王妃殿下の元へ行き指輪を乗せたトレイを掲げて差し出す。王妃殿下は、それを受取り眺めた。

「何故、これを譲ろうと思った?」

 立場上、仕方がないが……かなり疑り深いな。

「はっ、我が領に接する隣国の王太子殿下のようになって欲しくはないからで御座います」

「キディリガン領の……成る程、相分かった」

 王妃殿下の纏う雰囲気が和らいだ。

「因みに、この指輪は他にも持っておるのか?」

「私は、その他に三つ……」

 シュザークが俺に目配せする。

「私は、五つ持っております」

「――ならば、それらを譲って貰えるか?」

「お心の儘に」

 俺達は、持っていたすべての指輪をトレイに出した。

「ふむ、帰りに代金と謝礼金を受け取ると良い。大義であった。下がって良い」

「「はっ、御前、失礼いたします」」

 礼を執って退室する。

 部屋を出て、深く溜息を吐いた。

「兄上、下手したら共犯と勘違いされてましたよ……?」

「はぁ、でもね……隣国の王太子みたいになられたら私達が大変だろう……?」

「それはそうですが……兄上、兄上もピンク色には気を付けて下さいね?」

「彼女と会うことなどないだろう?」

「いえ、彼女だけではなく、ピンク色の人には気を付けて下さい。男でもです」

「よく分からないけれど……ハーシャがそう言うなら気を付けるよ」

 俺は力強く頷いた。

 その後は、指輪の代金と謝礼金をたんまり貰って帰った。




 荒れ地の開発は、手探りながらもそれなりに上手く行っていた。

 最初にオクシトロンの領民達を荒れ地に連れて来たときは、皆、絶望したように荒れ地を見ていた。

 だがシュザーク、カドリス、ガルド、シリアが土属性魔法でざくざく広い土地を耕し、残りのキディリガン家の皆で土の中の石や木の根を結界魔法で取り除き、あれよ、あれよという間に広大な畑が出来ると表情が和らいだ。

 取り除いた石を魔法で加工して簡易な建物を建て終わった頃には、皆の表情は明るくなった。

 そこへ、キディリガン領の大工や土木屋、建築屋等を連れて来て難民を雇用しながらの作業を依頼する。他は畑の種蒔き。元々、何かしらの技術を持っている者にはここで使うものを作らせた。

 最初は暗かったオクシトロン民も徐々に明るさを取り戻し、皆、せっせと働いてくれた。

 元騎士や冒険者登録をしている者は、ダンジョンへ無理なく行ってもらい、彼等の生活の足しにしてもらった。

 今の所、順調に開発は進んでいる。




 そして、シュザークが精通を迎えた。

 ミーメナから閨教育を頼まれたユリセスが、シュザークを王都の貴族御用達しの娼館に連れて行ったらしい。


 戻ってきたシュザークに、どうだったか聞くと……


「――ああ、秀麗騎士団物語を熟読しておいて良かったよ。とても上手く行ったよ」

 そう言って、綺麗な笑顔を見せた。



 そっかー、秀麗騎士団物語が役に立ったのかー。

 ハニエルの愛読書だもんなー。





 ――って、いつの間に読んでたんだよっ……!?












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