俺の幸せの為に

夢線香

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本編

12. 恐ろしい子……!

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 ギャジェスに乗ってやって来た解体場は、野球場の四倍位の広さがあった。

 床と壁は、灰白色の石板を敷き詰めたもの。天井はないけれど、雨が降っても魔法で弾かれるから、中が雨で濡れたりしないんだって。天井がないから開放感が半端ない。

 もっと血生臭い感じを想像していたけれど全然違った。浄化魔法で常に清潔を保っているので、血や脂のこびり付きもなければ、悪臭もない。改めて魔法の凄さを実感した。

「場所は、ここでいいか?」

 床よりも、一メートル程高くなったステージのような所がいくつもあって、其々大きさが違う。

 手が空いている解体人達が、ちらほらと集まってくる。

 ギャジェスが示した台場は、縦五メートル、横七メートルの長方形の台場。

「もう少し、広い所が良いです」

 シュザークが答える。

「へぇ? これよりデカいのか? じゃあどの台場なら乗る?」

 ギャジェスが、ニヤリと笑って聞いて来る。

「えっと……一体だけ乗る大きさですか?」

 シュザークが尋ねると、ギャジェスが頷いた。

 頷くのを見てから、シュザークが辺りを見回す。大男に抱き上げられているので、すこぶる見通しはいい。

「たぶん――あそこなら乗るかな……?」

 シュザークも自信はないようだけど、タキートが助け舟を出す。

「シュザーク様、もう少し広い方が良いかと。あちらの台場の方が、よろしいのではないでしょうか?」

 タキートが示したのは、一片が十五メートル程の正方形の台場。

「――おいおい、本気か? 本当に、何を狩ってきたんだ?」

 ギャジェスは、戸惑いながらも示された台場へ足を向ける。解体人達も少しずつ増えて来た。

 目当ての台場の側に来る。

「ハル、ここにそっと出してあげて?」

 シュザークに言われるがまま、ハニエルは天空鳥をそっと台場の上に出した。

「――――おいおい…………嘘だろ…………?」

 ギャジェスは、啞然として蒼体を凝視する。

 周りに居た解体人達も、口を開けて固まっていた。

「また皆、固まった……」

 ハニエルが呟く。

『いくら珍しい鳥とはいえ……ここまで驚くか?』

「ねえ、ねえってば!」

 ハニエルはギャジェスの三、四センチ程の長さの髭を、わしゃりと掴んでぐいぐいと引っ張った。

「イだだだだっ……!」

 漸く、戻って来たギャジェスに満足して、ハニエルは髭から手を離す。

「ったくっ……痛えじゃねぇか……!」

 悪態をつくギャジェスに気を留めることなくハニエルは言った。

「ねえ、もう一体は何処に出せば良いの?」

「は……?」

 ハニエルをがん見しながら固まったギャジェスの髭が、もう一度、ハニエルの手によってぎりぎりと引っ張っられるのだった。



「お前達……天空鳥なんて、どうやって狩ってきた?」

 俺達は今、ギルドマスターの執務室に来ていた。

 ギャジェスはあまりにも度肝を抜かれたせいか、ハニエルとシュザークを腕に乗せたまま、ソファにドカリと座り込んでしまった。俺とシュザークは、ギャジェスの右と左の太腿に向き合って座っていた。
 
 意外にも、ギャジェスの太い筋肉の上は安定感があり、座り心地が良いので二人は大人しく座っている。

 俺達の向いのソファには、ミーメナとタキートが距離を開けて座っていた。

 シュザークが簡単に説明を始める。

 その間ハニエルは、ギャジェスの腕の筋肉を触ったり撫でたり揉んだりと忙しい。

 腕、すごい太いっ!

『ああ、そうだな。どんだけ鍛えたら、ここまでになるんだか。ハルも、こう成りたいのか?』

 うーん、ここまでじゃなくてもいいかな。タキート位がいいなっ!

 シュザークが一生懸命説明している間、俺とハニエルは、筋肉談議をしていた。

「はあぁ~~~……とんでもねぇおチビさんたちだな……天空鳥、二体も狩って来る奴らだ……俺にビビる理由ねぇな」

 あの後、解体場は大興奮の渦だった。一生お目に掛かれないと思っていた天空鳥が目の前にあり、しかも傷一つない最高の状態に興奮は高まるばかりだ。皆、目を輝かせて作業に取り掛かっていた。

 扉がノックされ、ティーワゴンを押した三十半ば位の男性が入って来た。彼はギャジェスを見て目を見開いている。

「――俺、目がおかしくなったのかな……お前の脚の上に、子供が二人も乗っているように見えるんだが……」

 そう言って、目頭を指で揉む男性。

「相変わらず失礼な奴だな、お前は。コイツはサブマスターのショーンだ」

「初めまして。キディリガン辺境伯爵家、当主ミーメナ・キディリガンよ。その子達は、私の息子です。シュザークとハニエル。彼は執事のタキートよ。よろしくね、ショーン」

 互いに会釈を交わしてご挨拶。

 サブマスターのショーンは、タキートよりは背が高くないが彼よりは筋肉質だ。黒髪を後で束ね、黒に近い眼の色をしている。一見、寡黙な武士のように見えるが、口を開くと不遜な感じだ。主にギャジェスに対して。

 紅茶とチョコレートの掛かったドーナッツの皿を並べると、一人掛けのソファに落ち着いた。

「ギャジェスを見れば、子供は怯えて泣いて逃げるのに……衝撃的な絵面だ」

 沁み沁みと失礼なことを言うショーンに、ギャジェスは鼻で嗤った。

「天空鳥、二体も狩って来るおチビさん達だぞ? 肝の据わり方が違うっつーの」

「え、あれ獲って来たの君達なの……? 嘘だろ……?」

 ショーンが手に持ち掛けたドーナッツが、皿に落ちる。

「どうして皆、そんなに驚くの?」

 ハニエルがギャジェスを見上げ、首を傾げた。

「はあぁ……何も知らなかったのか? 天空鳥はな、今迄誰も狩った奴なんていねぇんだよ」

「……もしかして、殺しちゃ駄目だった……?」

 ……嘘……指定保護動物なのか? それとも、神様的な……? でも喰った奴はいるんだよな……?

「そんなことはない。誰も狩れなかったんだ」

「でも、極上の珍味だと言われているんですよね? ってことは、捕まえたから食べられたんじゃないの?」

 シュザークが尋ねる。

「それはな、落ちて来た奴を拾って喰っただけだ」

「落ちて来る……」

「天空鳥は、かなり高い所を飛び続ける生き物だ。何処かに止まって羽を休める、なんてことはしない。彼奴等は、常に飛んで風を感じていないと死んでしまう生き物だ」

 なんか……マグロみたいだな……

「だが、奴等にだって寿命はある。死んだ奴が地上に落ちて来るのさ。何処に落ちて来るかも分からないし、もの凄い高さからあの巨体が落ちてくるんだぞ? 地面に激突して潰れるから、まともな状態の天空鳥なんて見たことがない。落ちて来て飛び散った肉を腐る前に見付けられれば喰えるからなぁ。見付けた奴は幸運だ」

 マジか……そんなにレアな天空鳥を無傷で二体も持って来れば、そりゃあ騒ぎにもなるよな。

「取り敢えず、お前たちには冒険者登録をして貰う」

「待って! 勝手に決められては、困るわっ!」

 ミーメナは、ギャジェスを睨みつける。

「完璧な状態から採る、天空鳥の素材だぞ? しかも、今迄出廻ったことのない代物だ。あれはギルド主催のオークションで、バラして売ればとんでもない金額になる。ギルドのオークションに出すには、冒険者登録は絶対だ。こんなことは、言いたくはないが……伯爵家の負債が、全額返済出来るかも知れないんだぞっ!」

 ギャジェスは、真剣な眼でミーメナを睨みつける。

「――それはっ……!」

 ミーメナは、唇を噛んだ。

「――母上、私は冒険者登録をしてもいいですよ」

「ぼ、僕もっ……!」

 シュザークとハニエルが、ミーメナに追い込みを掛ける。

 ミーメナの顔が歪んだ。

「――貴方達は冒険者がどういうものか、ちゃんと理解していないでしょう?」

「……それは、そうですが……」

「…………」

 シュザークとハニエルが口籠った。

「――ギャジェス。ちゃんと説明して。冒険者の責務を」

「わかってる。冒険者になるメリットとデメリットは、ちゃんと説明するつもりだったさ」

 ギャジェスは、幼い二人にちゃんと理解出来るように噛み砕いて説明してくれた。

 メリットは、ダンジョンに入る権利を得られること。冒険者以外は、大規模討伐でもない限りダンジョンに勝手に入ることは出来ない。

 実力さえ有れば、かなりの金額を稼ぐことが出来ること。

 ギルドに、口座を作ることが出来ること。

 これは貴族にはあまり旨味はないが、平民などはギルドに口座を持つことで社会的信用を得られ、家を借りたり銀行から金を借りたり出来るようになる。

 冒険者登録で発行されるカードが有れば、何処の国でも入れること。勿論、入国の際に関税を支払わなければならないけどな。

 ダンジョンから採ってきたものを売る時は、買い取り価格が多少高くなること。解体を頼む時は、多少安くなり、薬、武器、防具等、ギルドが運営している店であれば、割引で購入することが出来る。

 ここまでがメリット。

 そして、デメリット。

 ランクにも依るが、月毎に決められた回数の依頼を受けなければならないこと。出来なければ即ギルドカードの没収。

 有事の際は強制で招集されること。招集に応じなかった場合は、ギルドカードの没収。口座の停止措置か、没収。

 これは魔物が溢れた時、或いはダンジョンを鎮めるための討伐隊が組まれた時のこと。招集が掛かった場合、その時点で基点にしているギルドが、招集の掛かったギルドと同じ国にあること、東西南北の隣国に居た場合も対象。

 ダンジョン内外で、他の冒険者に危害を加えたり、物を奪う行為の禁止。これを破った場合はギルドカードの没収、ギルドからの永久追放。ギルドに口座があった場合は、全て没収。

 それでも、これを破る輩は一定数いるらしい。ダンジョン内の犯行だと証拠が出にくいからだ。例え人を殺しても、魔物に殺られたと言われれば、目撃者もいないので手が出せないのだとか。

 一度、冒険者登録してしまえば身体的に動けない状態等の理由がない限り、十年は辞めることが出来ない。強制招集から逃れる為に、辞めることが出来なくなる。

 以上が、冒険者の縛りらしい。

 うーん……十年間辞められないということ以外は、ゲームに出て来るギルドと大差ないように思う。

「僕、冒険者になる」

「分かりました。やります」

 ハニエルとシュザークが同時に答える。

「シークっ! ハルっ! 駄目よっ!!」

 ミーメナが駆け寄って来て、ギャジェスから二人を奪い取るように引き寄せ、細い腕の中に抱き込んだ。

「貴方達がこれ以上、辛い思いをする必要はないのっ! これ以上、痛い思いもさせたくないのっ……!」

 そうか……ミーメナは、虐待されて酷い傷を負ったハニエルとシュザークの姿が、トラウマになっているのか……

 トラウマ……?

『ハルやシュザークの傷付けられた姿が、凄くショックで頭から離れないんだ。またあんな風に傷付けられるんじゃないかと思うと、不安で不安でどうしようもないんだと思う』

 でも、冒険者にならないと、ご飯一杯食べられないんでしょう? お金も貰えないし……

 ハニエルが、うんうん悩んでる。

「母上、辛くなんかありません。私は、ハルにご飯を一杯食べさせてあげたいんです。ハルだけじゃありません、屋敷の皆にも……だって、ハルはお腹が空き過ぎて天空鳥を狩りに行くような子ですよ? ほっといたら、今度はドラゴンを狩りに勝手に行ってしまうかもしれません」

 シュザーク兄さんの、ハニエルの認識がおかしなことになっている……

 それって……アシャのせいだよね?

『うっ……すみません……』

 じゃあ、アシャがなんとかしてっ!

 ハニエルがそう言った瞬間、突然、俺の意識が外に放り出された。

「確かに……ハニエルは、ちょっと何するか分からないわね……」

 ミーメナまで……酷い……

「母様、大丈夫です」

「……何が、大丈夫なの?」

 あ、信用のない目だ。

「ダンジョンには、兄さんと行くから大丈夫です!」

 俺の言葉に、ミーメナは深く溜め息を吐いた。

「ねぇ、ハル。貴方がシークのことを大好きなのは、よく知っているわ。だけど、シークは貴方より二つ歳上なだけで、まだ子供なの。シークが一緒だからって安心出来ることではないのよ?」

「母様、そんなことはありません。兄さんと一緒なら殆ど最強です。それに、僕も死にたくないので、危ないと思ったら兄さんを連れて逃げますっ!」

 ミーメナが、益々困惑してシュザークを見る。

「シーク、貴方……ハニエルの前で何かしたの……?」

 シュザークが首を振る。

「ねえ、ハル。どうして私が一緒だと最強なの?」

「え? だって兄さんは、全属性魔法使えるし、回復魔法も出来るし……俺と一緒と言うよりは、兄さん一人で最強ですよ?」

「「「「「…………」」」」」

 皆が、黙り込んでしまった。

「……ハル? 私は、回復魔法なんて使えないよ?」

 困り切った顔で、シュザークが言ってくる。

「今は使えないだけで、兄さんなら直ぐに出来るように成りますから、大丈夫です!」

「うーん……私はむしろ、ハルがいれば最強だと思っているんだけど?」

「俺は、五属性しか持ってないし……あ、でも、空間魔法と無属性魔法があるから、大概のことは何とかなると思います……たぶん……」

 シュザークは、益々首を傾げる。

「何とかなるって、どういうこと?」

「うーん……例えば、兄さんは雷魔法を持っているけど、俺はないです。――でもたぶん、雷じゃない、雷のようなものなら出せると思うんです」

「今、出来る?」

「やったことはないですけど……」

 俺は、ミーメナとシュザークから距離を取る。

 雷だけど雷じゃない、云ってしまえば強烈な痺れ。心臓を止めてしまう程の痺れだ。色は青、赤、黄色、緑、紫、白……どれも、元の世界の電光掲示板が連想されてしまう……なら黒か? そんな漫画を何度か見たことあるかも……

「――黒電くろでん……」

 なんか黒電話みたいな響きになったけど……出来た!

「「「「「……っ!」」」」」

 俺の掌の上に、パリパリと音をたてる小さな黒い稲妻が縦横無尽に走っている。それに、もう片方の掌をかざすと、ピリピリと痺れる感覚がある。うん、上手く行った。

 シュザークが、同じように掌を翳した。

「――ピリピリする……」

 そうしたら、全員が掌を翳して来て同じことを呟いた。

「ハル……これ、どうやって出したの?」

「雷のように動くけど雷じゃない。だから、雷じゃあり得ない黒を想像しました。そこに痺れを――今は弱い痺れを想像しましたけど、実践では心臓を止めるほどの強烈な痺れを付けようと思います。勢があるから裂傷も付けれるかな……」

 俺が説明すると、皆が真剣な顔で自分の掌を視ながら考え込んでいる。

「――黒稲妻……あ、出来た!」

 シュザークは、あっという間に習得した。

「流石です! 兄さん!」

 その後は、シュザークよりは時間が掛かったけれど全員が使えるようになった。皆、無属性持ってたんだな。

「なんかハルに教わると、簡単に出来るようになるんだよね……」

 シュザークは、不思議そうに首を傾げた。

「すげぇな……無属性に、こんな使い方があったのか……」

 ギャジェスが自分の掌の黒稲妻を見ながら、呆然と呟いている。

「まあ、心臓を止めるだけなら、強烈な麻痺を掛ければいいだけですけどね」

 こんな、派手な見た目は要らないよな。俺が苦笑すると、皆がこちらをばっと見た。



 ……恐ろしいものを視るみたいな目で……











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