暗闇

月詠

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目が合う。

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新学期
クラスは久しぶりに会う友達同士、春休みにあったテレビの話、クラブの練習がしんどかった話、色んな笑い話に華を咲かせていた。
 僕は、クラスの窓側一番後ろの席だ。荷物を机に置いて椅子に座った。雅紀は僕の席の前だ。もうすぐ新学期のHRのチャイムが鳴る時だった。
 僕の右ポケットに入れていたスマートフォンが揺れた。母からの着信だ。その前にメールも入ってる、「急用 電話出て。」僕は今朝の夢もあったので不安になり普段は出ない電話に出ようと椅子から立ち上がった瞬間
「もうチャイム鳴んぞ。」雅紀の声だった。その事は僕も充分に分かっている。でも、母がひどく心配なのだ。咄嗟に「すまん、お腹痛てーからトイレ行ってくる。先生に聞かれたら言っといて。」そんな嘘が簡単に出た。

 僕は急いでクラスを出て、トイレに向かった。教室を出ると廊下の奥を担任の大野先生が歩いて僕のB組のクラスに向かっている。先生に事情を話そうと声を出そうと思った時、先生の後ろに一人の女性が居るのが見えた。彼女は学校の制服を着ている、僕はあまり目が良くないから、遠くに居る彼女の顔の判別までは出来なかった。多分B組に転校生が来たのだろう、それぐらいしか僕の中では思っていなかった。僕が先生に近づくにつれて彼女の顔がはっきりと見えてくる。あいにく、僕は急いでいる。先生に用件を伝えるため彼女の顔を見るのは二の次だった。先生に用件を伝えトイレに向かおうと先生の隣を過ぎようとした時、すれ違い様に僕は彼女の顔を見た。「えっ、」一言声が漏れた。その瞬間僕の血の気は一気に引いて気道が詰まって息苦しくなった。彼女は長い綺麗な黒髪で、綺麗な目で、耽美な顔を持ち主だった。目尻の下にはホクロがある。僕は何度も彼女の顔を確かめた。
僕は信じたく無かった、それは今朝見た血塗れの殺人鬼女と彼女の顔が瓜ふたつなのだ。
 顔色を悪くした僕は急いで立ち去ろうと彼女の隣を過ぎた時、「杉野、」先生に呼び止められた。不安の中僕は先生の方を振り返った、「今日からB組に転校してきた中村 紫苑さんだ、よろしく頼むよ。」先生は淡々と彼女の自己紹介をした。すると彼女が僕に近づき「中村 紫苑です。よろしくね、杉野君。」僕の顔を見て笑顔で接してくれた。僕は今、彼女と目が合っている。僕は引き攣った顔で「よ、よろしくね、中村さん。」とだけ会話を交わした。

 会話を終わらし急いでトイレに向かう、もう頭の中は真っ白だ。頭の中でループするのは今朝夢で見た血塗れの殺人鬼女と先ほどの彼女の笑顔。僕は何度もトイレの水道のシンクに向って吐いた。忘れかけていた、思い出したくない悪夢がまた戻ってきてしまった。
 僕は水道の蛇口をひねった、水が流れ出し僕の吐き出したものは排水口の深い所に流れていった。僕は夢で見たものもや、今起きたもの、すべて排水口の深い、もう取ることの出来ない所に流し込んで、無かったことにしたかった。
 苦しめば苦しむほど彼女の笑った顔が浮かび上がる。底なし沼のように僕の気持ちはどんどん下に沈んでいった。彼女に沼の底に引きずり込まれるような気さえした。

 僕は母からの電話に出るとこさえ忘れて恐怖と不安に押しつぶされそうになった。

 彼女の笑顔にある目の奥には冷徹で暗闇の感情が見えた。
 
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