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航海の終着点

邂逅

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 俺は恐怖に負けて、9mm拳銃の遊底を手前に引いた。忘れかけていた装填の鈍い音が、天井や壁のパイプに反響した。
 扉が開いた音はしたが、足音がしない。この不気味さは異常だ。

「鈴木、一人偵察を出してくれ」
「了解。渋谷しぶたに、飛行甲板の扉を確かめてきて」
「…はい」

 渋谷という射撃員の64式小銃が、ミシミシと音を立てて軋んだ。
 無理もない。敵がいるかもしれない場所に、一人で送り込まれるのだから。
 しかし、渋谷は一歩一歩着実に歩を進める。曲がり角に差し掛かり、一旦顔だけを出して安全確認をし、通路を曲がった。俺の視界から消えてしまった。
 タラップから、あと二人も降りてきた。未だ、安全の確認報告を受けていない為、円城寺をタラップから降ろすのはよろしくないだろう。

「動くな!直ちに退艦するか、降伏しなさい!」

 渋谷の方から、震えた声が聞こえた。発言からして、渋谷で間違いないだろう。ということは、彼は接敵した。よって、飛行甲板にいた侵入者は、十数人の壁を突破して艦橋構造物にまで侵入したということが想定出来る。

「動くな!これ以上、近付いたら――」

 渋谷の震えた声が途切れ、直後にドサッという音と共に64式小銃特有の銃尾部の木材とクロムメッキの衝突音が艦内を狭く見せているパイプを共鳴してきた。
 それを聞いた鈴木は、目を大きく開きその目力をそのまま射撃員にぶつけた。

嘉瀬かせ北側きたがわ!行け!」
「「はい!」」

 意図していないのだろうが、二人は声を合わせて返事をし、走って渋谷の元へと駆けていった。
 駄目だ。こんなことをしてはいけない。何をされて戦闘不能になったのかが分からない、即ち敵の戦力が分からない状態でむやみに人を送ってはならない。これでは二人諸共、戦闘不能になってしまう。

「止《や》めろ!鈴木!」

 俺の叫びは既に遅く、宙に消えていった。
 鈴木は驚いた様子で俺を見ている。
 そして、予想していた事態がそのまま発生してしまった。今度は、射撃員が何も喋らない内に、人が倒れたであろう音と小銃の落ちる音が聞こえたのだ。

「くそ!」

 事前に俺が言っていなかったのが悪かった、と自分の不甲斐なさに苛立った。

「力久…?何があったの?」
「司令は、そこにいてください!」

 今、司令がタラップを降りたら、司令と艦長《おれ》という指揮官が消えることになる。少なくとも、派遣支援隊を指揮する円城寺だけは、護らなくてはならない。
 ……足音が近付いてきた。思えば、初めて確認できた不明な足音だ。革靴を軽快に鳴らしている。あと一つ、サンダルのような音もある。二人とも艦内に侵入してしまったようだ。話し声も聞こえる。片方は男で片方は女、というより少女の声をしている。口論しているかのような気もするが……そんな考察はいらない。もう既に、足が見えた。
 瞬時に俺は、9mm拳銃を構えた。撃鉄に親指を添える。鈴木が同じだった。
 相手が完全に体を見せた。こちらに気付き、少し驚いた様子だ。だが直ぐに真剣な眼差しにすぐ戻した少女は、大人でも真似出来ないような鋭い目線を我々に向けた。

「おぬしは、この船の中でも偉い立場にいると見た」

 日本語……喋れるのか?

「われらビルブァターニ帝政連邦海軍は、日本国海上自衛隊との親密な関係を望む」

 その容姿からは、想像出来ないようような難しい言葉が連なっている。しかし、やつらは俺の部下を、自衛隊の仲間を殺したのだ。何が親密だ。
 俺は、9mm拳銃を構えたまま、強い口調で反論した。

「お前ら、俺達の部下を殺しておいて、よくも親密とか言えたな」
「ち、違う!おぬしは勘違いしておる。わらわは、殺しておらぬわ。ただ、眠ってもらっているだけじゃ」

 眠ってもらっているだけ、か。信じることは出来ないが今はこいつらの話しか聞けないから、早く確かめて真偽を明らかにしたい。

「まず、君達の素性明らかにするのが礼儀じゃないかな」

 円城寺がタラップから、降りてきてしまっている。

「そうじゃな。わらわは、ビルブァターニ帝政連邦の守護神であるヴィレッキュアじゃ。そして、隣のこやつが、聯合艦隊司令官で帝書記長の息子、シクシン・リュ・シュ・チルグスじゃ。こやつは、日本語が喋れんが、容赦してくれ」

 良かった。もしかしたら、本当に敵対する者では無いようだ。だが、気になったのが、「帝書記長」というワードと日本語が喋れない人もいるということだ。
 これでも、大学は修了しているのだが、一度も帝書記長なんて官位や称号は聞いたことはない。日本語が喋れない人がいるということは、外国人であることは間違いないだろう。そういえば、「海上自衛隊」とも言っていた気がする。
 それより、ビルブァターニ帝政連邦とは何ぞや。連邦国家であれば、国土はそれなりに大きいはずだし、現在の連邦国家は数え切れる程しかない上に有名な国ばかりだ。つまり、俺の知る限り存在しない国ということになる。となるなと、神を自称するヴィレッキュアとやらははったりをかませているのか。

「申し訳ありませんが、私が知るところにビルブァターニ帝政連邦という国はありません。一体どういうことなのでしょうか」

 タラップを完全に下りた円城寺は、丁寧に相手に問い掛ける。その間に俺は、更に下りてきた射撃員に三人の安否を確認するよう命じた。
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