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現場を知る者

本編第一部の約一週間前

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「出港用意ッ!!」

 今回の号令は、怒号に近かった。
 これは、しょうがない。自然とそうなってしまうのだ。なぜなら、航空自衛隊のF-4の後継として導入したLockheedロッキード MartinマーティンのF-35A ライトニングⅡのレーダー航跡が消えたのだ。
 機体価格が割高で、維持費もかかる。加えて、アメリカ合衆国海空軍海兵隊の最高機密を満載した戦闘機が墜落したとなれば大事おおごとだ。
 ちなみに、俺は呉の『かが』の艦長なのだが、丁度横須賀で補給を受けていたため、東北地方太平洋沖へ行くこととなった。

「両舷後進微速。と~りか~じ」
「と~りか~じ」

 かがは順調に、浦賀水道に入った。

「両舷前進強速。よ~そろ~」

 航海士は、俺のこれを復唱した。
 かがは、鈍足のタンカーや小型の漁船等をどんどん追い越しながら、太平洋に出た。
 ここから目的地まで、第三戦速で直航だ。



 辺りには、海上保安庁の巡視船や海上自衛隊の艦艇、極めつけには、アメリカ合衆国海軍のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の8番艦『アンティータム』と16番艦『チャンセラーズヴィル』がいる。北方海域に派遣されていた空母打撃群から送られてきたのだろう。どちらも、横須賀が母港だ。

「よし!早速だ。出し惜しみは無しにするぞぉ!SH-60、全機発艦!」

 俺の号令で、遂に艦内が慌ただしくなった。航海中に発艦準備を整えていたSH-60Kの飛行隊は、ものの数秒でエンジンに火を入れている。回転翼は回りだし、ヒュンヒュンという特有の音が何層にも重なり、艦橋でも少し声を張らないと自分の声が聞こえない程になった。SH-60Kの前に立っている航空機整備員が、合図を送り右舷の方に駆けた。
 そうして、艦首に近い機から発艦を始めた。

「捜索は、絨毯状に行う。効率良く、隙間が無いように捜索しろ。ディッピングソナーを使ってだ。第111飛行隊は、現在の捜索範囲の更に外側を目視で捜索。絶対に見つけるぞ!」
〈了解!〉

 無線からは、各機長から威勢の良い返答が返ってきた。



 捜索開始から、一週間と二日ほど経った。今は夜だ。
 SH-60は、数時間前から翼を休めている。搭乗員と機体、双方の負担を考えた決断だ。
 斯く言う俺も、真紅の艦長席で休憩している。
 もういっそのこと、このままここで夜を明かそうか。そう思い始めた時、突如様々な機器がブツン、と大きな音を立てて光を失い、艦内を薄暗く照らしていた赤色灯も消えてしまった。かがは、何かしらの動作音も鳴らさなくなった。俺の耳に入るのは、波が船体に打ち付けられる音だけだ。
 段々と増幅しつつあった眠気が一気に吹っ飛んだ。
 わざとらしい程の足音を立てつつ、艦内放送のマイクへ手を伸ばした。

「艦長より達する!…ん?艦長より達する!」

 艦内に俺の声が響くことはなかった。
 少し考えれば分かることだった…なにせ、赤色灯が切れているのだ。電源が完全に落ちている事など明白だ。だが、あせりと習慣でやってしまった。

「古賀!何で、放送が出来ない!?」

 頭では分かっているつもりでも、体は説明を求めているようだ。

「そ、そんな…俺に聞かれたって分かりませんよぉ…」
「そうだよな、すまん」

 どうすれば良い…とりあえず、電源を復旧させなければならない。原因を探るのはそれからだ。電源を戻すのに、一番手っ取り早いのは機関の始動だ。これが敵の攻撃だった場合、停止していては演習における標的だ。速やかに行動し、安全を確保しなければならない。しかも、機関を動かすことで発電も出来る。
 だが、それを簡単に伝える手段がない…
 ここから機関室へ行くとすると、数分かかってしまう。
 俺が考え込んだ直後、すぐ横で誰かが喇叭を鳴らした。隣にいるのは、古賀だ。

「誰が喇叭を鳴らして良いと言った!?」

 最早、俺に余裕など無い。

「こ、これは、帝国海軍時代の戦闘配置に付くことを命令する喇叭です!」
「だからなんだ!」
「ですから、これが機関室の方たちへ届かなくとも、この喇叭の意味を知っている人が機関室に知らせてくれれば…」

 古賀の独断の判断だが、希望はある。ある程度有効な策だろう。
 今回は見逃そう。
 一分程待った。すると、有り得ないことに、かがのガスタービンが動き始めたのだ。
 徐々にその他の機器も動き始める。

力久りきひさ艦長!やりましたね!」
「ああ。ああ!良くやった!陸に上がったら飯おごってやる!」
「言質とりましたよ。力久艦長」

 俺は嬉しさで思わず口にしまったことを心中で悔やみながら、古賀の言葉で笑った。

「艦長!!」

 航海科の一人が、艦内電話を手にしている。突然血相を変えて、俺の方に振り向いた。

「救難信号を確認しました!」
「ありあけからです!」

 救難信号?こんな時にか?いや、こんな時だからこそか?
 ちょっと待てよ…かがの全動力が止まり、ありあけから救難信号が。そうなると、ありあけは少なくとも電力は復旧しているということか。

「ありあけは何処にいる?!」
「ここから、約1キロ!」
「じゃあ、向かえ!ヘリは、先発!」

 もし、救難信号を受信しているのが我々だけだとして、ありあけが沈みかけているのだとしたら…出来るだけ、早く現場に着く物を向かわせた方が良いだろう。
 夜のため、10キロメートル離れたありあけを視認することが出来ない。



 救難信号が発せられている付近へ到着したようだ。艦橋からは当然、ありあけが見えている。
 だが…

「目視にて、ありあけの外部損害を確認中。しかし、現在のところでは損害を確認せず。傾斜も無い模様」

 ありあけは、きちんと浮いていた。
 一体何があって、信号を。

「ありあけより発光信号!」
「何?!」

 発光信号はこうだ。〈我、無線機ガ使エズ。更ニ、各種レーダーモ使用デキズ。我カラハ、かがヲ確カニ見ルコトガ出来ナイ。SOS。SOS。〉
 英文と片仮名を組み合わせるなど到底、発光信号の内容とは思えない文だ。拙い。そんな文を書かせるほど、ありあけには危機的状況が迫っているのだろうか。
 “かがを確かに見ることが出来ない”とは、一体何なのだ?

「艦長!視界が悪くなっていきます!ありあけの目視確認が困難になる可能性!」
「サーチライト照らせ!それで、ヘリからの情報は?」

 先発隊のヘリコプターがいたはずだ。

「ありあけの周りに雲のようなものがあり、その中心部にありあけがいるような形。ヘリからも、損傷等は確認できていないとのこと」

 何なんだ?この現象は?
 とにかく、何かあったときのために、ありあけをずっと確認しておかなければならない。

「今の状況を、映像かなんかに収めておけ!」

 今はこれしか手がない。

「――っ?!り、力久艦長…」

 いつの間にか、航海長の古賀が操艦を別の者に任せ、双眼鏡を使ってありあけを見ていた。
 驚いているのか…いや、驚いているのだ。双眼鏡より目を大きく開けている。
 俺は、息を呑んで古賀の報告を耳に入れた。

「ありあけが…消えました……!」
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