上 下
61 / 108

第61話 苦行合宿ビギニング

しおりを挟む

 ⋯⋯何故こうなった。

 狭めの部屋に窮屈そうに鎮座する飾り気のない二つのベッド。

「ごめんね。木金は休みが取れなくて⋯⋯」

「いえ、論点はそこじゃないような」

「でも、しょうがなくない?」

「しょうがない⋯⋯かもしれません」

 迷いなく奥のベッドに座ったルイさんに、視線を虚ろに彷徨わせてしまう。

 提案したのは、コマンド入力モードにしたスマホを持つのはルイさんで、詠唱するのはイヤホンマイク装備で対面する俺というアイディアだ。

 軽く検証した結果、スマホの持ち手を変えると持っている人のアカウントになってしまうが、持ち手を変えずに別人が無線マイク経由の詠唱であれば、仮定通り詠唱に成功した。
 しかしながら、MPに余裕のないルイさんではMP10を消費する消火ファイアファイティングを300回詠唱するには最短でも10時間はかかる。10時間詠唱するのも苦行だが、10時間ただ何もせず、コマンドモードにするためだけにスマホを垂直に維持し続けるのも意外と苦行だ。

 平日昼間と木金の夜は不可というルイさんが出した答えは、二人で二日間ホクダイエリアのビジネスホテルに泊まりこむ強化合宿。それでこのビジネスホテルのツインルームだ。

「寝る時は別の部屋でも良かったのではないかと」
「ごめんね。私、何もしないと起きていられる自信ない」
「さいですか」
 こやつ、寝る気まんまんでござる。既に着替えてショートパンツのジャージ姿だ。

「でも、なるべく漢字とか覚えるから!」

 ベッドの隣をポンポンしているので、仕方なく隣に腰掛けて同じスマホ画面を覗き込む。ルイさんの体温感じる距離感に少し心臓がうるさくなった。


 しかし、いざ始めてしまえばそんな事も気にならなくなった。

 厨二漢字の解説や噛み噛み詠唱失敗も交えつつ、2分に一度のペースで順調にこなしていく。
 一人、黙々とやるより誰かがいてくれた方が張り合いが出るなと考えつつも、2時間を過ぎるころには飽きたのかうつらうつらと、ルイさんのコマンドモード維持が怪しくなってきた。

「横になっていて下さい。もう少し進めておくので」
「ごめんね。さいとーさん。ごめん」

 まだ2時間ちょっと。72回だ。火曜日の今日中に倍の150回は稼いでおきたい。
 横になりぼんやりとした眼差しを向けるルイさんに、スタンドを付けたスマホを立て掛けるように置く。眠たげな視線はこちらも眠くなるので、寝るならとっとと寝て欲しい。


 100回を超えるころには、すっかり寝息を立てるルイさんだったが寝返りでスマホが傾いてしまう。
 スマホに触れないようにスタンドをつかみ、位置を直した。

「……まぶしい」

 明るいと眠りが浅いタイプだろうか。はっきりとした寝言だ。スマホの明かりもあるので照明を落とす。視覚がなくなると余計に息遣いを意識してしまう。……詠唱を続けよう。

「むー。うるさい」

 寝言がいちいち理不尽。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

夢のステータスをこの身に!

刹那冥夜
ファンタジー
あらすじ 突然夢の中の能力を現実で主人公が身につける。 すると突然目の前に女の子が現れ、その女の子は狙われているという…助けるため、いろいろ準備をしていく中、その女の子にキスをした責任……いや、好きになってしまい恋人に… 設定、 主人公は可愛い感じの男の子。かなり積極的で、恋愛は数日話している相手で、主人公に好意を持っている女の子がいたなら、普通に気づく。 妹は、主人公の事をお兄様と呼んでいる。もちろん実の兄の主人公を愛していて、すこしオタクっぽい? 最初に書いた、突然女の子に出会い……その女の子は「……………ん………わかった……」とかそんな感じの対応をする。自分では可愛く書いてるつもりで書いている。 ちなみに主人公最強物です。負けることは……ないかな はっきり言ってご都合主義でいく。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...