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『勤勉』

お話し合いはポテチとともに

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 夕食前にも関わらず、ミコがポテトチップスの袋を空けた。みんなで摘まめるパーティー開けだ。

 幸神会が管理する薩摩学園に通うようになって一月が経とうとしている。今のところ貴四以外の幸神会員の接触はなく、影から覗かれているような視線を感じたことも無かった。俺だけならそれも理解できるが、ミコもそういったことは一度もなかったと話している。
 これはどういうことかと貴四に伺いたてれば、「そもそもシンキの存在を知っている人間が少ない」という答えが帰ってきた。

「学校に入れる前に話したと思うが、幸神会は人間社会の形成と運用を目的としている」
「それで神様に人類存続をお願いしてるんでしょ?」

 ミコがポテトチップスを頬張りながら言った。

「誰もが欲しがりそうなものを撒き餌みたいにばらまいて、よってきた人間をいけすに放り込んで人類存続か」

 俺が皮肉を吐けば。

「いけすじゃなくて箱舟と言ってくれよ」

 貴四が冗談めかして言う。

「そんなんで神様は喜ぶの?」

 ミコが一番大きなポテチを摘まむ。

「さあな。もし俺が神だったら「そうじゃねえ」って言うだろうな。でもまだ撒き餌を作っている準備段階だけどな」
「どういうことだ?」
「ワーウルフの鱗粉やグリフォンのリンゴとか撒き餌にするんだよ」
「守ろうとしてる人間で撒き餌を作るなんて本末転倒じゃないのか?」

 貴四が顎をさする。一日で伸びた髭がジョリジョリ鳴る。その音に紛れて呟いた。
「箱舟にも定員があると思わないか?」

 ニヤリと訳あり顔で貴四がコートの袖に腕を通した。

「外食!?」

 ミコがガバッと立ち上がり「ちゃんこ!? ねぇちゃんこでしょ!?」とポテチの脂ぎった手を貴四のジャケットに伸ばす。ゾンビみたいだ。貴四は「何でちゃんこなんだ!?」とツッコミながらミコの脂ぎった手を叩き落とす。しかし飢えた『ちゃんこ・ゾンビ・ミコ』の猛攻は止まらない。俺も止めない。チャンスとばかりにポテチを摘まんだ。

「触るなバカ! 聞けバカ!」
 
 必死の防御の末、貴四がミコの腕を抑えることに成功した。ようやく瞳に光が戻ったミコは「もうお店決まってるの? ってことは予約制のお店?」と期待の籠った目で貴四をを見上がるが、当の貴四は無慈悲に「仕事だ」と告げる。

 俺が何の気なしに「どっちの?」と聞くと「幸神会」の三文字が返ってきた。それを聞いて、俺はポテチに手を伸ばし、手伝う気が無いことを示した。貴四も俺とミコを連れて行く気が無いようで、鞄を手に持った。

「播磨はまだ亀戸鈴をシンキだと思ってるか?」

 貴四の口からそんな名前が出た。いきなりだったために、すぐに顔が浮かばなかったが、俺は「思っている」と答えた。
 貴四が時間を確認する。

「幸神会は人を怪人にする装置を持っている」

 一瞬、話題が変わったのかと思ったが、たぶん亀戸鈴に関係があることだ。怪人にする、シンキのことだろう。
 俺は額に二つの瘤を作ってみせた。しかし貴四は「シンキじゃなくて怪人だ」と首を振った。俺は瘤を引っ込め、両者の違いを問えば、「シトを作れるかどうかだ」という答えが返ってくる。

「シトにできるかどうかとも言えるな」

 貴四がニヤリと口元を歪ませ髭をジョリジョリとならした。

「それでその装置で何しに行くの?」

 ミコがカーペットで指を拭きながら疑問を口にした。

 ここでこの話題は途切れた。貴四がミコを叱り始めたのだ。
 貴四がミコにカーペットに汚れを擦り付けるなと言い聞かせているが、ミコは何で何でと言うばかりで、なかなか理解を示さない。

「じゃあ何でデッカいタオル敷いてるの?」
「フローリングに傷が付くから! ここ借家なの!」
「まあいいや。オッケー、そういうことにしとくよ」

 そう言いながら、ミコはまた指をカカーペットに押し付ける。

「コラ! 今のはわざとだな!」
「ただのデッカいタオルに新たな役割を与えたのです!」

 ミコがドヤ顔で胸を張った。

「カーペットだっつってんだろ!」

 遂に貴四が手をあげた。スパンと小気味良い音ともにミコの髪が舞う。

「痛っ! 先に手ぇ出した方が負けなんだよ! だから負けた貴四はミコにちゃんこ食べさせる刑ね!」

 ミコがプリプリ怒っている。その頭頂部を俺はいつの間にか見下ろしていた。さっきまでポテチを食べていたのに。

「あれ? にぃにどうしたの?」

 ミコが振り返ると、くりくりの瞳に俺の顔が映り込んだ。

「……いや、大丈夫か、ミコ」
「う……」

 ミコはヘラッと笑ってみせた。
 その後ろに俺を凝視する貴四の姿。振り抜いたままの手に恐る恐るゆっくりと視線を落として「……すまない、ミコ」とわずかに口が動いた。
ミコは俺と貴四の様子がおかしいことに動揺しながら首を縦に振った。

 貴四のコートから電話の呼び出し音が鳴った。

「播磨、俺は暫く帰れないと思う。その間、冷蔵庫のものを勝手に食べていい。あと足りなくなったらこれも使え」
 と、貴四はスマホではなく財布を取り出した。俺に三万円を押しけて、とぼとぼと玄関に向かう。その背中をミコが呼び止めた。

「待って、まだミコの質問に答えてないよ」

 ミコの指がもじもじと絡み合っている。視線を落としながら振り返った貴四は、フッと緊張の糸をほどいた。
 貴四の背筋が伸びる。

「その装置で何かやろうって訳じゃない。ただ、その装置が輸送中に暴発したんだ。その原因解明と暴発による被害確認で呼ばれた。
 播磨、さっき亀戸鈴をまだ疑ってるか聞いたよな。彼女にはシンキの可能性はないが、怪人の可能性ある。彼女だけじゃなく人間全員にな。
 幸神会はまず暴発した場所と時間を特定するはずだ。それが分かるまでは油断するな、ミコもな」

「う。いってらっしゃい」とミコが手を振る。

「まったく、誰のイタズラなんだか……」

 貴四が玄関を開けて天に向かってため息を吐いた。
 落ち込んだと思ったら、父親面。いい加減ウザったい。
「ずっと電話鳴ってんぞ」
 有無を言わさず玄関を閉めて鍵も掛けた。耳障りだった呼び出し音が消えた代わりに、家主が外からやいやい文句を言っているが無視。
 ミコはすでに冷蔵庫を開けていた。

「ミコ、学園に行くぞ。まだ亀戸鈴が部室にいるはずだからな」
「う! 夜の学校楽しみだね!」
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