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『節制』

明日、仮面ライダー誕生

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 山積みのクーラーボックス、投げ捨てたゴミ。
 あてがわれた待機室が私色に染める。

 かじかんだ手でクーラーボックスいっぱいの氷の中からソーダ味の氷菓子を手探った。
 私の前にはひっくり返って中身をぶちまけた箱が五つ転がっている。
 冷たいとも思わない。むしろ温かさを感じるほどだ。
 甲にひと際大きな氷に当たる。見つけた。

「奥播磨……」

 と、似ている丸坊主のキャラクター。
 袋のギザギザの真ん中を摘まみ、力任せに開封した。
 割れた氷菓子の固まりが床に落ち、丸坊主のキャラクターがこめかみから二つに引き裂かれる。
 クツクツと笑いがこぼれる。愉快愉快。
 アイスのバーを摘まんで、齧り付く。
 味覚は死んでいる。ゴリゴリという音だけが脳に届き、あの痛みが私を襲う。

「——————————————————————ォォォオオオおおお奥播磨ぁぁああアアアア!! アァ……ハァ……ハァ……あは、あははは……キャハハハハハハハハハ!! 耐えたぞッ! 耐えたぞ六箱目ェ……んふふッ、ハハハハッ……ギャハハハハハッ!! 奥播磨ァァアアはははははははははははははははは!!」

 殺せるぅ……殺せるぞ、殺すぅ……奥播磨ァ……。
 ………………いやちょっと待て、本当殺せるか?
 そこら中に散らばったゴミ。丸坊主のキャラクターが無惨に引き裂かれている……これは私の未来……?
 私がこめかみから引き裂かれる……顎を割られる……肺を潰される……首を折られる……息を止められる……殺されたのは私。

「違う! ハァ、ハァ……違う……」

 まだ、明確なイメージが出来てない。想像力を働かせろ。
 精神をもっと研ぎすまして、殺意をもっと育んで。
 次。七箱目だ。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……指が……動かない……!」

 来る、播磨が来る。イヤダイヤダッ! 死にたくない!

 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 クーラーボックスの鍵が! 早く、早く開けよッ!

「ッ——アァッ!!」

 鍵ごと蓋を引きはがす。
 急げ! いちいち探してる時間ない!
 クーラーボックスをひっくり返して中身をぶちまける。
 青いパッケージに飛びつき、封を破く。
 こめかみから、耳から、口を、頭から斜めに、首と胴を切り離し――——貪る。
 両手があかぎれして赤い縞縞模様を作る。体温を失って体が痙攣を始める。粘性のない赤い鼻水が氷を解かす。

「———————————————————————!!!? ギョフッ、ァフンッ、アアァ、コッ、ッ、アッ、ハァァ……ヒュッ、ああぁ……ンクッ……ハァ、ハァ……」

 足音が聞こえる。周りを警戒して見てみれば、床中に広がる無数の空虚な目が私を見つめていた。

「ああ……ああ……ああ……」

 鉄の匂いがする。血の味がする。鼻血が顎から滴っている。
 私は明日、奥播磨を殺す。そのために――——。

「次だ」

「死ぬぞ、キッド」
「久保田か……私、精神統一中だから出てけ」
「方法が斬新すぎるだろ、怖えよ」
「……何しにきた?」

 そんな私の問いを無視して、久保田はホテルマンに例を述べていた。
 あろう事かそのホテルマンは宿泊客である私を化け物でも見るような目で一瞥して去っていきやがった。おかげで大切に育てた殺意が暴走を起こす。
 
「スマホ」

 その三文字は我が子を沈めるには十分な響きを有していようだ。

「連絡が付かないからわざわざ来てやった。で、スマホどうした?」
「フフ、洗剤でシェイクしたわ」
「これで二桁の大台に乗ったな」
「ありがとう、久保田のおかげねぇ」
「ナチュラルに巻き込むな。あと臭い、風呂くらい入れよ」
「このホテルの風呂に魅力を感じないね」

 私はクーラーボックスに。ついでに七箱目の蓋を開けてまさぐる。
 扉の前に入室の許可を待つ幸神会の人間、あれは講演会の講師をしていた元人間か。目ヤニが溜まっている。私は久保田にあれは何だと顎をしゃくった。
 それで久保田は思い出したようにシトに手招きした。

「ご報告がございます。明日、私の講演会に参加している会員が一同に集まる大規模な決起集会を行ないます」
「決起? 何のこと?」

 それには久保田が答えた。

「お前が羽根を全部持ってただろ。だからプランを変更して、会員には輸入禁止されたと嘘を付いたんだ。その時のアイツらの政府に対する敵対反応から、十分に人心を掌握したと確信し、制度を内側変える為に政治家になるって宣言、シト連中には投票から選挙活動の無料奉仕をお願いした。あーゆー集団をコントロールするのは楽でいい」
「あそ。じゃ、時間はド深夜、場所は天文館にして。そのくらい出来るんでしょ?」
「まぁ可能だが……それで播磨を釣れるのか?」
「釣る。奥播磨は、期限切れで反転したグリフォンを解き放って、幸神会の存在を明るみに出すと同時にパンピーからのヘイトをこっちに向けさせるのが目的でしょ、どうせ」
「……本当に播磨が盗んだと? 俺も現場を見たが、血痕はシーツの上だけだった。盗る時に争うはずだ、それであの血の量は……」
「グリフォン、えと、雨寺拓也は幸神会に特に恐怖心を抱いていた候補者の一人だったって記録がある。シンキ化改造から数年経った今、恐怖が恨みに変わってても可笑しくない」
「播磨に協力した、か」
「間違いなく。んで? スマホの連絡はそれだけ?」
「いや……お前のとこに瀧次郎が来たろ」
「ああ……聞かせろ。上は何を考えてる?」
「計画の前倒しだ」
「それは分かってる。だが、何故このタイミングで? まさか表に出るって言わないよな」
「もう出るしかない。ただ最高の形で出る。明日が仮面ライダーHoxの初舞台だ。お前はお守り役」
「あ————瀧ぃ邪魔だなぁ」
「ハッ、同情するよ、キッド」
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