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『節制』

This is Kid

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 困ったな~、困った困った困ったな~。
 真っ暗な寒空、困ったな~。お先真っ暗、困ったな~。
 ここみたいに街灯一つあれば少しは安心して進めるのに、困ったな~。
 よやっと見つけた今日の宿、二十四時間ネットカフェ。
 今日から連泊二週間だからもはや私は住人様よ。

「はい、ただいま」
「……え、あ、いらっしゃいませ」

 バイトの兄ちゃん愛想笑い。歩き続けて二十分、私の両足は棒状態。
 そんなことはどうでも良くて、ピースで滞在時間をお告げしよう。

「とりあえず、十二時間で」

 わーいラッキー、角部屋だー。
 入って早々、パスタをオーダー。メロンソーダも忘れない。

「はてさて……『鹿児島 講演 幸せ』で検索検索」

 グーグル先生、教えてチョ。日程一覧が秒でダーン、さすが早いっスね。
 クリック、アーンド、スクロール。下へ下へ、マウスのクルクルをクルクルと。
 鹿児島、本州端のくせして連日どこそこよくやるものよ、勤勉ですな~。

 「愛」に「魂」「エネルギー」それから「潜在意識」「イメージ」と続いて「ポジティブ」「ありがとう」。
 どうしよ背中が痒うなってきた。この中から探すてマジですか? 骨折り損のくたびれエンドが目に浮かぶ。

 そうだ、紙紙配られた。確かあれに描いてあったんだ、期限切れのシンキの情報。
 どれどれ、リュックに入れたはず……これはあの子の寄生虫、あーもーこれも違うヤツ。

 あったあった、これだこれ。
 神器候補番号41番、雨寺拓也。モデルはグリフォン!? カッコいい。
 右翼の羽根をペンとして、血液由来のインクで化粧すると想像した通りの顔が出来る。ほへ~。
 インクは水分に反応して皮膚の中に侵入、使用者の体内で凝集し種子になる。うわ~。
 種子はグリフォンの任意のタイミングで発芽する。米印、第三者が発芽を促す条件と技術は確立済み。スッゲ欲しい。

 この子が次の期限切れか~。いつだ? あと一週間か。
 ナニナニ廃棄通告に返信なしと、あいたよコイツは欲に溺れたな。
 小物のくせに支配者側に回れたと思ってからに。ホント、笑わせてくれる。

 ウチは今、重要な時期なんだけど。先人達が深く広く伸ばした根で養分をうんと吸い上げ、細心の注意を払って、じっくりゆっくり枝を伸ばし葉を茂らせる、そんな時期なんだけど。

 困るんだよ~、私もあなたも、ゆくゆくはみんなが困るんだよ~。
 期限切れのシンキが暴れ出して、あちこちで人間が発芽する事態だって困るよな~。
 幸神会のデビューとしては最悪、敵が増えちゃう。

「あー、ダル」

 シンキを持ち逃げ中の幸神会員は美容師だったらしいから、そういう経歴の人の講演会に潜入したろう。
 てなことで、一番上から一つ一つ開いて見まヒョか。
 わお、ホームペジがパステルカラー。目がチカチカする。

 スクロースして講師の経歴をチェック。
 ……あった。美容師の人。三十代で店舗を五つ展開してる。『明確なイメージとほんの少しの我慢があなたを本来の美しさに戻す』とな、まずはこの人の講演に行ってみるかな。

 申込を……おん? 『この講演が最後です。急な報告でごめんなさい! 詳細と今後の活動について講演中におはなし致します』三日前に更新とな、ビンゴですな、間違いなく。
 申込はネットでオッケーのよう。名前は熊野時子、幸神会が行きますよっと。

「住所……不定なんだけど。そだ、偽造免許のやつ打ち込んどこ」

 よし、よし、よぅし。申込完了。
 今日、汗かいてないからシャワーはいいや。

「……寝よ」

 190センチ越えの私でも足を伸ばせて寝れるなんて、いいとこじゃないの。

 脊椎腰椎捻りでおはようございます。さて行くか。

 十二時三十分、熊野時子、宝山ホールに立つ。
 いいのか私、いいやキッドよ。この立派な自動ドアを抜けたらキッド、もう5時まで出られないわ。開始時刻は十三時、三十分あるわ。

 しかし続々と人が入っていくじゃない。
 ラスト講演だからって宝山ホールを貸し切っちゃって、プププなんて考えていたのに、立ち見客も出るかもしれないわ。
 そもそも講演を聞く必要あるかしら。だって私は講師がシンキを隠し持っているのか確認しにきたのよ、そうでしょ、キッド?
 ええ、目的はそれなのよ。だったら講演を聞かず、今から問いつめてやればいいのだわ。

 キャラに会わない口調は疲れるわ。
 じゃ、入るか~。気をつけろ、私が行くってね。

 おばさんの目線が私の顔から下にスライドしていく。見られてんね~。デカい女は珍しいかい? 
 アハ! 見られても怖くない。謝る必要もないつってね。

「This is Kid」
「は? なんですか?」
「あだ名です私の」
「そうなんですね、アハハ」

 愛想笑いに年が出るな。顔面の若さとのギャップで高得点。
 ただ、資料を渡してくれた手があまりも……細い。肌の張りなんて皆無。お婆ちゃんの手だ。顔面の肌年齢とのギャップで大幅減点。

「ありがとう」
「いいえ。どうぞ中へ、席は自由だからね」

 手袋をいそいそと嵌めながらお婆ちゃんは言う。
 講演に来ている人たちは、顔だけ見れば三十から四十に見え、どこかテレビで見たことあるような顔立ちが九割を占めている。

 こんなにシトを作ったのか。勤勉だな。シンキを持ち逃げしようとしなければそれなりの地位と報酬が約束されたのに、もったいない。

「さてと行くか~」

 講師の幸神会員は私の申込をもみ消すことはせず、受付に特別な指示も出して無かった。何を考えているのか。
 講師の控え室はどこかな? さっきのお婆ちゃんに聞くか。

「ちょっと聞きたいんですけど、講師の控え室ってどこですか?」
「……いや、ちょっと……」
「親戚です、私の名前を出してもらえば分かると思うので」
「……はあ……」
「じゃ、お願いしまぁす」

 お婆ちゃんが席を外し、数分。

「控え室に案内します」
「は~い」

 お婆ちゃんの後頭部、白髪、頭皮共に確認できず。徹底した白髪染めかヅラ? それしては自然すぎる気がする。まさか毛髪も羽根のインクで描けるとか? すご~。
 ちょっと待て、あれはあの人はまさか……。

「ヒュー・ジャックマン!?」
「お! 姉ちゃん知ってんの、俺のこと?」
「……マジかよ」

 ちっちぇーしガリガリじゃねぇか。これを見間違えるってないわぁ。
 このオッサンは頭がデカいから、もう首振り人形じゃん。
 ガッカリもいいとこよ。ガラにもなく色めいちゃってさ~。はっず。ちょっとバク付いてるし……。心臓握りつぶしてやりたいわ、糞爺。何か絡んでくるしよ。

「あんまり気付かれんでよ。姉ちゃんが第一号! なあ!」
「お婆ちゃん案内急いで、開演前だから」

 腹立つ。でもスゲー。ジジイがハリウッド俳優になれる羽根ペン、絶対欲しい。
 交渉だ。強情な劇作家を落とすような交渉を。
 DVD借りてきてあの交渉シーンを何回もリーピトしたから、いける。

 コン、コン。
「……どうぞ」
「やぁ、キッドだよぉ」
「……お初にお目にかかります。このたびはシンキの——」
「ここで今、君に提案があるだ。謝罪を聞きにきた訳じゃない。
 私に羽根ペンをくれないか? そしたら君を許してやる。つまらない講演や後ろめたいことは忘れられるよ。
 人々の賞賛がなくなるのが嫌だったんだろう? でも私なら君にふさわしい地位を与えられる。だから、羽根ペンを渡すんだ。君を人の上に立たせてやる。違う世界を見せてやるよ」
「なるほど、あなたは羽根ペンが気に入ったようだ。言いたくありませんが、それは出来ません。感謝はしています、でもノーです。なぜって、羽根ペンを貰った人は喜んでくれるからです。この嬉しさが分からない訳ではありませんよね? 地位なら既に興味なし。だから羽根は上げられません。違う世界に興味はありません」

 ……みたいな感じ。

「こちらです」
「あ、はぁ~い」

 コンコン。

「やぁ、キッドだよぉ」
「は、初めまして、キッド様。このような講演会にわざわざあ足を運んで頂いて恐縮です」
「うん。目見て言って」
「は、はい。効果は絶大です。しかし、広げるは苦労しました。凄すぎますから、慎重に人選とタイミングを」
「羽根ペン頂戴」
「それは出来ません。羽根は、彼らを虜にする道具と同時に彼ら同士を結びつけている絆でもあるのです。それを奪われては今まで集団を育てたい意味がなくなります」
「もう十分育ってるじゃん。それにグリフォンは期限切れだ。もうただの怪物だよ」
「しかし、ここに来ている人間は皆、羽根を貰いに来ています。それなのには羽根が無いとし知れたら、怪物になるのは彼らですよ」
「発芽させればいい」
「で、ですが」
「羽ぁ根」
「……そこのケースの中にあります」
「グリフォンは連れてきてるの?」
「い、いえ。マンションに隔離しています。住所は——ここです」
「オッケーぃ。じゃ貰ってくねぇ」

 目ため凄く重そうなケースだけど、かっるい。
 やったやったー。いいものを貰ったぞ~。

「あそうだ。ねぇ、ずっと落ち着き無いけど、緊張してる?」
「それはもう。荒れるのは目に見えてますから」
「そだよねぇ……羽根のお礼に『勇気』をあげよう」

 開演二分前。早起きしたのに結局一歩も会場に入らなかったな~。

「ここかな?」

 比較的新しいマンションじゃんか。駅近だし。防音もちゃんとしてそう。
 五階のエレベーターに一番近い部屋、ここね。
 鍵が……開いてる。拳銃に一発分弾を込めて6発フル装填。あとナイフも抜いとく。

「雨寺君~。雨寺拓也く~ん」

 返事なし。嫌に静かだ。人の気配がまるで無い。だがここに人がいたのは確か。壁に描かれた妙にリアルは絵からそれがはっきり分かる。
 
 リビングを除いて、全ての部屋の扉はしまっている。
 拳銃を構えて直す。
 誰もいない。キッチンにある総菜の食べ残しはまだ腐ってない。
 そして出しっ放しの牛乳と飲みかけのコップ、両方とも水滴が付いていた。
 腕がだらんと垂れた。背負っている羽根の入ったケースがやけに重い。

「攫われた……?」

 誰に?
 血の気が引いた。早鐘で体が震え始めた。
 誰だ誰だ誰だ。
 誰だ誰だ誰だ。
 誰だ誰だ誰だ。
 私がここに来るちょっと前、それまではここにグリフォンははずだ。

 あの幸神会員はアリバイがある。
 他に考えられるのは。久保田。でもアイツは幸神会の上層部だ。メリットが無い。シンキを持ち出して自分の進退に悪影響をもたらすような真似はすまい。

 何かヒントがあるはずだ。
 リビングをでてすぐの部屋に入る。寝室だ。高そうなベッド。掛け布団をめくるとあった。

「血痕……」

 争った形跡はない。証拠隠滅の線も薄い。隠すなら真っ先にこのシーツを捨てる。

「何だこれ……絵?」

 色とりどりの珊瑚とイソギンチャク、その間を子供の落書きチックな魚が遊泳している。
 そんなヘンテコな海の中で楽器を持った子供達が笑っている。
 一番大きく描かれているのはおかっぱ頭の女の子。彼女の名は——。

「ミコちゃん」

 ビビッと脳に電流が走った。
 いるじゃないか。期限切れのシンキを相手に出来て、幸神会に恨みを持ったヤツが一人。

「……奥播磨」

 無価値な男だから無視していたが、邪魔をするならぶっ殺そう。まだ遠くには行っていないはずだ。
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