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『勇気』
狼と七匹の子ヤギ
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鉄製の扉を見つめる。
蹴り破れない事も無い。
児童相談所『はぴねす』自立更生施設、2階7号室。
クローゼットとユニットバスが付いている狭い部屋だ。
クローゼットの中には、近くの学校のものと思われる制服と忘れられた私服が数着。
家具はベッドと勉強机と空の本棚のみ。
ミコはいない。
ミコは岩井に連れられて女子棟に行った。
ミコは強い。襲われても大丈夫と思う。
ましてや相手によって、ミコはウェルカムかもしれない。
しかし心配と言えば心配だ。
あの扉を蹴破って、ミコを救出し、さっさとおさらばとしたいが。
岩井は去り際こう言った、「ここでは三食きっちり出る」と。
ただでモーニングにランチそしてディナーだと……さらにビュッフェで楽しめると!
足元見やがって……!
どうしてくれようか……腹が鳴るぜ……。
「オイ! オイ! 新入り、オイ!」
「泣いてんのかァ!?」
「無視してんじゃねえよ!」
隣近所がさっきからうるさい。
「お前らも新入りだろうが」
そう岩井が言っていた。「仲良くしてください」は無理そうだ。
「はぁ!? 時間差でテメーが新入りだろうが!」
「先輩敬えや!」
ギャーギャー騒ぎ始めた隣人達。
声がちゃんと届くように鉄扉の前で叫んでいるんだろうか。それとも腹這いになって扉に空いている換気口に向かって叫んでいるんだろうか。
どんだけ必死なんだ。敬わずにはいられないな。
「おい、新入り。お前はどこを怪我したんだ?」
ティーンとは思えないドスの利いた低い声だ。しかし何のこっちゃ。
「……どこも」
「そうか、俺もだ」
何が言いたいんだ? 頭怪我してんのか?
「誰か身内でも捕まったのか? ここに」
何だコイツ。俺達のこと知ってんのか? ちょっとキモいぞ。
「さっきから何の話だ? 怪我とか身内とか、何が聞きたいんだ」
「あ? お前知らないのか?」
「なんがよ?」
「最近の復讐事件だよ。昔、金を借りたり、ちょっと憂さ晴らししたりした奴らが刃物や鈍器でバグったように襲って来るっつう」
他の隣人も苛立った声を上げた。この地域、治安悪いな。
「……お前は怪我して無いんだよな?」
「ああ、俺はな。でも俺の付き合ってる彼女がやられて病院送りになった。見舞いに行ったがいねえ、そんで色んなやつに聞いたら治療したあと、ここに運ばれたのさ」
「それで見舞いに来たら捕まったと」
「……ああ……あの岩井ってヤツにな」
岩井か、喧嘩強そうには見えなかったが。
朝飯待たずに逃げた方が正解そうだ。
「きゃあああああああああああああああ!」
突然、女子棟から悲鳴が上がった。
ミコの身に危険が迫っているかもしれない。
そう思った瞬間、足が動いた。
バァァァン!
大きくへこんだ扉が倒れ、3号室の扉が目に入った。
直後、鳴り響く警報。そして全ての扉の鍵が開いた。
何が起こっている?
それは部屋から出来てた収監者達も同じことを思っていた。
扉を壊したからだとか言い出し賞賛の声が飛ぶ中、俺は無視して一階に降りた。
一階の共有スペースは真っ暗だったが、食卓に椅子とテレビそれに大きな振り子時計が、無人の管理人室から漏れた明かりに照らされている。
「いやあああああああああああああああ!」
女子棟に続く扉の向こうから、別の女の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を聞いた瞬間、さっき扉越しに長々と語ってくれた男が血相を変えた。
「シズ!? どうした!! オイ!」
扉を力任せにこじ開けようとするが、びくともしない。
女子棟からは先の悲鳴以来、水を打ったような静寂が流れてくる。
ちょっと待て……ミコはどうなった……?
ペタペタペタペタッ。
この扉の向こうから誰かがこっちに来ている。
「開けて!! お願い!! 助けて!!」
「シズか!? 分かった! お前出来るよな!?」
振り返った男に目もくれず、俺は助走を付けた。
「どけ!」
バァァァン!!
両開きの扉が二枚、吹っ飛んだ。
「ア、ア、アリがとう……ありがとう、にぃに」
目の前に化け物がいた。
幸神会によって肉体を改造された同類《シンキ》だ。
「にぃにぃィイアアアアアア!!」
ワーウルフが胸まで開かれたダルダルの腹を広げ、覆い被さるように襲いかかってくる。
一つの大きな口のよう。
「うああああ!?」
腰を抜かしたさっきの男にすかさず俺は手を伸ばす。
「悪いな。囮になってくれ」
「へ?」
男の足を掴んでワーウルフの腹の中へ思いっきり投げ込んだ。
「ウガァッ!?」
横転したワーウルフ。女子棟への通路が開いた。
「ミコォォーーー!!」
最初からそれしか頭に無かった。
ワーウルフのあの変幻自在の声の発生条件は……いやまさか、そんなはずは無い。たとえ万が一、いやあり得ないがもしかしたら……。
「ミコォ! 俺だ、播磨だ! 今、女子棟にいる。出てこなくていい! 返事だけ返してくれぇ!」
荒れ放題の共有スペースにひどい目ヤニの女が二人、棒立ちで佇んでいた。
「おい、あんた! こんくらいの女の子を知らないか? 髪はおかっぱで」
女はうつろな目で地面を見続ける。肩を揺すっても無反応だ。
「はぁ……はぁ……手汗がやべぇ……。いや、嘘だろミコ? ミコ、ミコ! ミコォ!!」
「どこだ、ミコォー! 返事してくれぇーー!!」
ワーウルフの腹は再び開いている。
「……真似すんなよ」
コイツは殺す。絶対殺す。
そのダルダルの腹ァめくり上げて、四肢包んで小籠包みたいにしてやる。
蠢く額のコブに意識を向ければ、皮膚を突き破り現れる。
額から伸びるもう一対の昆虫の脚。
「跳躍型節足、キリギリス……!」
神器候補番号212番、奥播磨。
シンキ化人体改造にて、ホメオティック突然変異を起こし、アンテナペディア変異体になった男だ。
蹴り破れない事も無い。
児童相談所『はぴねす』自立更生施設、2階7号室。
クローゼットとユニットバスが付いている狭い部屋だ。
クローゼットの中には、近くの学校のものと思われる制服と忘れられた私服が数着。
家具はベッドと勉強机と空の本棚のみ。
ミコはいない。
ミコは岩井に連れられて女子棟に行った。
ミコは強い。襲われても大丈夫と思う。
ましてや相手によって、ミコはウェルカムかもしれない。
しかし心配と言えば心配だ。
あの扉を蹴破って、ミコを救出し、さっさとおさらばとしたいが。
岩井は去り際こう言った、「ここでは三食きっちり出る」と。
ただでモーニングにランチそしてディナーだと……さらにビュッフェで楽しめると!
足元見やがって……!
どうしてくれようか……腹が鳴るぜ……。
「オイ! オイ! 新入り、オイ!」
「泣いてんのかァ!?」
「無視してんじゃねえよ!」
隣近所がさっきからうるさい。
「お前らも新入りだろうが」
そう岩井が言っていた。「仲良くしてください」は無理そうだ。
「はぁ!? 時間差でテメーが新入りだろうが!」
「先輩敬えや!」
ギャーギャー騒ぎ始めた隣人達。
声がちゃんと届くように鉄扉の前で叫んでいるんだろうか。それとも腹這いになって扉に空いている換気口に向かって叫んでいるんだろうか。
どんだけ必死なんだ。敬わずにはいられないな。
「おい、新入り。お前はどこを怪我したんだ?」
ティーンとは思えないドスの利いた低い声だ。しかし何のこっちゃ。
「……どこも」
「そうか、俺もだ」
何が言いたいんだ? 頭怪我してんのか?
「誰か身内でも捕まったのか? ここに」
何だコイツ。俺達のこと知ってんのか? ちょっとキモいぞ。
「さっきから何の話だ? 怪我とか身内とか、何が聞きたいんだ」
「あ? お前知らないのか?」
「なんがよ?」
「最近の復讐事件だよ。昔、金を借りたり、ちょっと憂さ晴らししたりした奴らが刃物や鈍器でバグったように襲って来るっつう」
他の隣人も苛立った声を上げた。この地域、治安悪いな。
「……お前は怪我して無いんだよな?」
「ああ、俺はな。でも俺の付き合ってる彼女がやられて病院送りになった。見舞いに行ったがいねえ、そんで色んなやつに聞いたら治療したあと、ここに運ばれたのさ」
「それで見舞いに来たら捕まったと」
「……ああ……あの岩井ってヤツにな」
岩井か、喧嘩強そうには見えなかったが。
朝飯待たずに逃げた方が正解そうだ。
「きゃあああああああああああああああ!」
突然、女子棟から悲鳴が上がった。
ミコの身に危険が迫っているかもしれない。
そう思った瞬間、足が動いた。
バァァァン!
大きくへこんだ扉が倒れ、3号室の扉が目に入った。
直後、鳴り響く警報。そして全ての扉の鍵が開いた。
何が起こっている?
それは部屋から出来てた収監者達も同じことを思っていた。
扉を壊したからだとか言い出し賞賛の声が飛ぶ中、俺は無視して一階に降りた。
一階の共有スペースは真っ暗だったが、食卓に椅子とテレビそれに大きな振り子時計が、無人の管理人室から漏れた明かりに照らされている。
「いやあああああああああああああああ!」
女子棟に続く扉の向こうから、別の女の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を聞いた瞬間、さっき扉越しに長々と語ってくれた男が血相を変えた。
「シズ!? どうした!! オイ!」
扉を力任せにこじ開けようとするが、びくともしない。
女子棟からは先の悲鳴以来、水を打ったような静寂が流れてくる。
ちょっと待て……ミコはどうなった……?
ペタペタペタペタッ。
この扉の向こうから誰かがこっちに来ている。
「開けて!! お願い!! 助けて!!」
「シズか!? 分かった! お前出来るよな!?」
振り返った男に目もくれず、俺は助走を付けた。
「どけ!」
バァァァン!!
両開きの扉が二枚、吹っ飛んだ。
「ア、ア、アリがとう……ありがとう、にぃに」
目の前に化け物がいた。
幸神会によって肉体を改造された同類《シンキ》だ。
「にぃにぃィイアアアアアア!!」
ワーウルフが胸まで開かれたダルダルの腹を広げ、覆い被さるように襲いかかってくる。
一つの大きな口のよう。
「うああああ!?」
腰を抜かしたさっきの男にすかさず俺は手を伸ばす。
「悪いな。囮になってくれ」
「へ?」
男の足を掴んでワーウルフの腹の中へ思いっきり投げ込んだ。
「ウガァッ!?」
横転したワーウルフ。女子棟への通路が開いた。
「ミコォォーーー!!」
最初からそれしか頭に無かった。
ワーウルフのあの変幻自在の声の発生条件は……いやまさか、そんなはずは無い。たとえ万が一、いやあり得ないがもしかしたら……。
「ミコォ! 俺だ、播磨だ! 今、女子棟にいる。出てこなくていい! 返事だけ返してくれぇ!」
荒れ放題の共有スペースにひどい目ヤニの女が二人、棒立ちで佇んでいた。
「おい、あんた! こんくらいの女の子を知らないか? 髪はおかっぱで」
女はうつろな目で地面を見続ける。肩を揺すっても無反応だ。
「はぁ……はぁ……手汗がやべぇ……。いや、嘘だろミコ? ミコ、ミコ! ミコォ!!」
「どこだ、ミコォー! 返事してくれぇーー!!」
ワーウルフの腹は再び開いている。
「……真似すんなよ」
コイツは殺す。絶対殺す。
そのダルダルの腹ァめくり上げて、四肢包んで小籠包みたいにしてやる。
蠢く額のコブに意識を向ければ、皮膚を突き破り現れる。
額から伸びるもう一対の昆虫の脚。
「跳躍型節足、キリギリス……!」
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