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『勇気』

週七フルタイム住込賄い付き

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 俺は今、目を皿にして『アルバイト募集』の文言を探している。
 だが辺りは一般住宅ばかりだ。
 どこかに執事でも欲しがっている家が無いものか。

 それに通学路から離れても、まだ中坊とすれ違う。
 一旦、あの道路に出ないといけない校則でもあるのか。真面目ちゃんばかりだな。

 俺だったら無視して最短ルートで行くがな。さすがに屋根の上を突っ切らんけど。
 ま、通学路なんて今日限りだがな。

 おっと、余計な事は考えずに、アルバイトパート執事アルバイトパート執事——。

「アルバイトパート執事……」
「う? 執事? にぃにが?」
「おん。金のためだからな、へーこらしてやるよ。と言っても、執事を欲しがりそうな家はなさそうだけどな」
「あっても無理だよ。にぃに礼儀がなってないもん」
「頭下げるだけだろ。一週間は騙せるわ」
「プッ、一週間? にぃにって結構自信家だよねぇ」
「は? 割と正当な評価だろ」
「ミコの方が重宝されるよ」
「ミコには働かせねえよ」

 ワシャッとミコの頭を乱暴に撫でる。肘置きにちょうどいい高さだ。
 この身長じゃ、まず働けないだろう。

「ミコ、やるよぉ!」
「無理だ! お前の身長じゃどこも雇ってくれん」
「無理じゃないもん! そこの奥様とお嬢様を籠絡してメイドの地位からのし上がるもん。そんでお嬢様の同級生と奥様のママ友にまで手を出してハーレムを築き上げるの!」
「あ、メイドの話ね」
「だよ! その話してたじゃん! そんでね、ミコは柔らかな山脈を縦走するの。足を取られるほどのたわわな山脈を越え、前途明るい平原の発展を想像しながらハイキング。大小大小って一歩一歩に魂を込めて、踏破して見せますともよ!」

 ミコは力強く宣言して勇み足になった。
 手でひさしを作ってキョロキョロしている所からしてメイド募集の張り紙でも探しているようだ。
 俺はそのせわしなく動くおかっぱ頭に拳骨した。ゴッと鈍い音を立てた。痛かった。

 ミコは抗議の目を送って来た。理不尽な拳骨と受け取ったみたいだ。
 誰彼構わず手を出した結果が今の状況だということをもう忘れてしまったようだ。
 もう一つ落とそうか。

「……冗談だもん」
「冗談だとしてもタイミングを考えろよ。昨日の今日だぞ」
「にぃに怒ってない言った」
「一度沈めた怒りをぶり返した」

 ミコは暫く俺を睨み上げ、何も言わず会話を打ち切った。
 俺の事なんか視界にも入れたくないと言わんばかりにプイッとそっぽを向き、少し前を歩き始める。
 その後頭部が「謝れ」と言っているが、俺は悪くないのでミコが謝るまで謝らない。

 無言のまま俺達は町の中心部からどんどん外れ、郊外に来ていた。
 家の数が減り、工場が増えた。

 そういや、あのボロアパートは社宅だったな、確か出稼ぎに来てる外国人用の最低ランクの。
 思い返せばなかなか好条件の職場環境だったよ。

 なんとかっていう制度で日本の技術を盗みに、いや学びに来た外国人のパスポートを取り上げて、自給缶コーヒーで働かせるような工場だった。

 えー、で。戸籍迷子の俺も彼らの仲間に加えられた訳だが、仲間達にとっちゃとんでもない労働環境でも俺にとっては十分だった。

 週七フルタイムで働かされるが、帰る家を与えられたし、弁当も出る。そして貯金が出来た。
 社長は後ろ暗い事をしているから、俺の存在を明るみに出す事は絶対にしない。つまり、俺がここにいる事は幸神会にバレない、と言う訳だったはずなんだったが。

 やっぱ、ミコが全面的に悪いわ。そろそろこっち向けよ、ミコ。

 まあ、何だ。週七フルタイムで住込賄い付きの職場を渇望するよ、マジで。
 どっかねえかな、前みたいな、見るからにヤバそうで、崖っぷちで、お偉いさんが血走った目で冷や汗かいてるような職場。

 そう思いながら歩いていると、焼きたてパンのいい匂いがして来た。
 イケボパンの工場か。
 知名度がある、壁も綺麗だ。
 ちゃんとした工場過ぎる。却下だ。
 この先にも工場はあるだろうが、国道ぞいにある工場に俺の希望に沿ったものは無いだろう。

「ハァ……ミコこっちだ」
「う……あ、フン!」

 スーパーを見つけた。売れ残りの弁当を賄いに頂けそうだが、社宅は持ってなさそうだ。向いのクリニックは門前払いだろう。

 お? おお!?
 比較的新しい建物を発見。宿泊施設っぽいが高い塀に囲まれ、窓ガラスに格子が取り付けられて窓からの逃走を阻止している。
 カーテンは全室備え付けだな。かなり厚手で中の様子を絶対に見せたくないと言った所か。

 それ以外に気になるのは建物の形。
 円柱状の壁にとんがり帽子のような赤い円錐の屋根。
 それが二棟。間に渡り廊下が渡されている。
 部屋数は分からないが、二階建てだ。

 いいねえ、どこの社宅だ。
 どこかに社名が書かれてないか。

 正面玄関の柵が開いた。
 出勤のようだ。

 違った。学ランやブレザー姿の中坊と高校生が出て来た。
 全員丸坊主で親近感が湧くが、眉毛が0.3ミリのシャー芯くらい細い。

 そんな男達が二列に並び、足並みをきっちりそろえて行進して登校を始めた。
 男の後ろから肌が薄茶色の女が同様に行進している。
 さすがに丸坊主では無かったが、黒い髪をきっちりゴムで結んでいた。

 誰一人喋らず、俺達の方をみる事もなく、微笑みすら浮かべて通学路に合流していく。

 何だこの施設は。
 柵の横に『児童相談所はぴねす自立支援更生施設』とあった。

 よっぽど恐ろしい指導員がいたとしても、あれは異常だ。
 普通のあのくらいの年の人間なら、意味不明の強制的な集団行動に対してあんな表情は出来ない。
 百歩譲って表情筋がマッチョだっとしても、監視の目が離れれば気が緩むはずだ。
 
 俺の勘が警鐘を鳴らして止まない。すぐにこの場から立ち去るべきだ。

「ミコ」
 返事は帰ってこない。
「今の見ただろ。何か変だった」
 ミコは唇を尖らせてジト目で俺の顔を見上げた。
「意地張るのもいい加減にしろよ」
 ミコは俺から視線を外した。
「いい加減にしろっちよ!」

「どうされました?」

 ジャージ姿の男が施設の入口から声をかけた。

「何かありましたか?」

 男は上履きっぽいスリッパを履いている。

「いえ、何も。すみません、うるさくして」

 ミコの頭を下げさせ、顔を見られないようする。
 俺もミコが頭を下げているのを確認するフリをして顔を隠す。

「行くぞ」
「う」

 一歩踏み出したとき、スリッパが地面を擦れる音が聞こえた。
 こっちに来る。

「おや、通学路は逆方向ですよ?」
「今日はちょっと、その、休みを」
「……そんな大荷物をもって? まさか家出とかではないですよね」

 くそ怪しまれるが、走って逃げるしかねえな。

「いえ、まさか……」
「ちょっと、学校名と学年と名前を教えなさい」

 クソッ!

「ゴーッ!!」
「う!!」

 走り出した。
 ただ、逃げ足が速いなぁ位の家出兄妹に思われるくらいに速度になるように注意。
 よし、追って来ない。

 タイボーというスーパーを通り過ぎ、橋を渡って、消防署、ドラックストア、コンビニを通り過ぎると、姶良総合運動公園の看板が出て来た。
 この辺をグルッと一周したみたいだ。
 そこまで来て、走るのを止めた。
 
 まだ、俺の方を見ないミコ。
 正直釈然としないが謝罪の気持ちを伝えるか。
 むず痒くなった額を掻きながらミコに正対する。
 ミコも唇を尖らせながら俺の方に体を向けた。

「あーっと、ミコ……」

 こっぱずかしくて目を見てなんて——なんてのは無理だ。
 でも俺が頷けば、ミコは少し頬を緩めてくれた。

「……う」

 俺の視線が道路標識の文字を拾った。
 それによればこの道は県道446号線らしい。
 この道を行けば三船という所に出るのか。
 週七フルタイム住込賄い付きのバイト、あるかな。
 まあ、無いと思うけど、なんとかするしかないか。

「にぃに!」
「あ? 何?」
「何?はこっちの台詞ぅ! ミコ……の続きはよ!?」
「分かるだろ。流れで」
「分かるけど! 言葉にする事に意味があるんじゃん!」
「悪るかったでしたッ」
「ミコもごめんなさいでしたッ」
「分かるんならいいじゃん面倒くさい」
「これが礼儀だよ、にぃに」
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