15 / 18
除け者達のファンファーレ
飲酒後入浴絶対駄目
しおりを挟む
ここは地獄だ。
湿度百パーセントの温泉湖では、汗は流れど蒸発せず、ただ流れ落ちるのみ。体の中から水分が失われるだけ。
今日の分の水分はとうに飲み干した。今はからの水筒に湯気立つ温泉水を入れてのむ。まさに悪循環の極み。
湯気で温泉湖の終点が見えないことが、気力を削いで行く。
ついさっきまで極楽極楽と湯につかっていたのが、本当に極楽浄土に行ってしまいそうだ。
三人ともうつむきながら黙々と歩いていた。
もしかしたらここは湖じゃなくて三途の川かもしれない、……なんちゃって。
冗談めかして、口に出してみようか。
いや、やめておこう。喉が渇くだけだ。
地図を持つホスセリを先頭に、俺、シラの順で一列になって進んでいた。
俺は思考を停止させて、ヒヨコのようにホスセリの後ろについていると、突然ホスセリの足が止まった。
急に止まるから、俺はホスセリの背にぶつかる。そしてシラも俺の背にぶつかる。
「んた……急に止まんなよ」
シラも抗議の目を向ける。
ホスセリは口を半開きにして足下を見ている。
俺とシラもそれに習って視線を下げると、赤黒く濁った汚い水が流れていた。
ホスセリが鼻を鳴らして、何か臭うと呟いた。形容しがたい悪臭だ。胃の中のものがせり上がってきそうな臭いだ。
俺達は引っ張られるように汚水の元へ向かった。
バシャバシャバシャ————。
暑さを忘れていた。熱さを感じていなかった。冷たい汗が額から流れる。
バシャバシャバシャ…………バシャ。
臭いの発生源は同業者の遺体だった。頭部が無く、代わりに瓦礫が置かれた遺体が四つ、輪になって横たえていた。あまりの惨状に言葉が出ない。
最初に動いたのはホスセリだった。カメラを構えシャッターを切り始めた。
「お前、何してんだよッ!?」
行き場のない黒い感情とぶつけるようにホスセリを責めた。
「報告すべきだろう! もうお遊びで妖怪退治なんか言ってられない状況になったんだ。それを分からすにはこの惨劇を見せるしかないだろう!」
その声は凍てつくように冷たく、俺に向けた目は使命感に燃えていた。
シラが遺体に近づいていって傍らにしゃがみ、手を合わせ、遺体からギルド証を抜き取った。身元確認に必要になるものだ。俺もすぐに手伝いにいった。
遺体は全て首がない。瓦礫の下に毛髪が揺らめいていたことから、きっと頭部を強い力で潰されたのだろう。ということは敵妖怪は鈍器を使うものの可能性が高い。
俺の脳裏に一人の妖怪が浮かんだ。カラカサだ。ヤツの武器は番傘だった。
番傘でこんな真似ができるか? 俺の神力は物の硬度に関係なく切断できるから固さが分からない。
それにカラカサは好戦的な妖怪だったが、死体で遊ぶようなヤツだろうか。面倒くさいと言って、さっさと次の相手を探しに行きそうな気がする。
散らばった遺留品の中に、武器があった。
剣で何度も敵の鈍器の攻撃を受けたのだろう、刃がぼろぼろだ。
盾もあった。これもでこぼこだ。
「……このへこみ方」
盾に出来た深いくぼみ。それはクレーターのようだった。
普通、鈍器はぶん回す物だ。突き攻撃なんてするだろうか。
もしかしたら、瓦礫を投げて……。
「ヒルコ、今回はギルドに戻ろう」
ホスセリが真面目なトーンで言った。俺は頷き立ち上がる。
「ホスセリ、この盾を一枚撮っといてくれ」
シラの腰に巾着袋が下がっていた。その口を広げれば三つのギルド証が見える。俺も取っておいた最後のギルド証をその中に入れた。これでパーティーメンバーがまたそろった。シラが巾着をそっと撫でた。
シャッター音がなった。
最後に手を合わせて踵を返した、その時。
————ねぇ、待って。
背後から俺達を呼び止める女の声。
全身に鳥肌が立った。
俺達の後ろに誰かいる。
「誰だ!」
抜刀しながら振り返る。しかし人影はない。
三人そろって空耳か? そんな偶然あるものか。
シラは矢を番え、いつでも撃てる状態にしていた。ホスセリも盾と銃を持ち警戒している。
————うふふ、うふふ、うふふ。
「どこだ! どこにいるんだ!」
ホスセリが湯気に向けて銃を乱発したが、銃声が空しく響くのみ。
「湯気邪魔! 腹立つわぁ!!」
恐怖が怒りに変化してきた。
相変わらず、薄気味悪い笑い声が聞こえる。
「ヒルコ、湯気の中じゃない。もっと近くだ」
ホスセリの言う通り声は目の届く範囲の中から聞こえる。
声が聞こえて姿が見えない。考えられるのは一つしかない。
ホスセリとシラが見える範囲に弾幕を張った。
そして、静まり返る。
————私の髪、綺麗でしょ?
「むぐっぐんんんんん!?」
「ホスセリ!?」
ホスセリの顔面に髪が絡み付いていた。慌てて黒縁に神力を込め、髪を切る。
髪はたこの足のようにうねり、俺の義手にまとわりついた。
顔に絡まった髪を取り払ったホスセリがまた声を上げた。
「シラ、後ろだ!」
シラが振り返ったが遅かった。飛来した瓦礫がシラの左腕を強打した。弓がシラの手から滑り落ちる。
俺がシラの身を案じた時、義足の膝からメキッと音がした。瓦礫が水しぶきを上げて落ちる。
義足の膝にひびが入り、あらぬ方向に曲がった。ヒビから膿が垂れる。
————うふふ、私を見て。
「ヒルコッ!」
髪が顔を覆った。かろうじて出来た髪の隙間から見えたのは、お歯黒の女の首だった。
ひと際大きな打撃音が耳を打った。
湿度百パーセントの温泉湖では、汗は流れど蒸発せず、ただ流れ落ちるのみ。体の中から水分が失われるだけ。
今日の分の水分はとうに飲み干した。今はからの水筒に湯気立つ温泉水を入れてのむ。まさに悪循環の極み。
湯気で温泉湖の終点が見えないことが、気力を削いで行く。
ついさっきまで極楽極楽と湯につかっていたのが、本当に極楽浄土に行ってしまいそうだ。
三人ともうつむきながら黙々と歩いていた。
もしかしたらここは湖じゃなくて三途の川かもしれない、……なんちゃって。
冗談めかして、口に出してみようか。
いや、やめておこう。喉が渇くだけだ。
地図を持つホスセリを先頭に、俺、シラの順で一列になって進んでいた。
俺は思考を停止させて、ヒヨコのようにホスセリの後ろについていると、突然ホスセリの足が止まった。
急に止まるから、俺はホスセリの背にぶつかる。そしてシラも俺の背にぶつかる。
「んた……急に止まんなよ」
シラも抗議の目を向ける。
ホスセリは口を半開きにして足下を見ている。
俺とシラもそれに習って視線を下げると、赤黒く濁った汚い水が流れていた。
ホスセリが鼻を鳴らして、何か臭うと呟いた。形容しがたい悪臭だ。胃の中のものがせり上がってきそうな臭いだ。
俺達は引っ張られるように汚水の元へ向かった。
バシャバシャバシャ————。
暑さを忘れていた。熱さを感じていなかった。冷たい汗が額から流れる。
バシャバシャバシャ…………バシャ。
臭いの発生源は同業者の遺体だった。頭部が無く、代わりに瓦礫が置かれた遺体が四つ、輪になって横たえていた。あまりの惨状に言葉が出ない。
最初に動いたのはホスセリだった。カメラを構えシャッターを切り始めた。
「お前、何してんだよッ!?」
行き場のない黒い感情とぶつけるようにホスセリを責めた。
「報告すべきだろう! もうお遊びで妖怪退治なんか言ってられない状況になったんだ。それを分からすにはこの惨劇を見せるしかないだろう!」
その声は凍てつくように冷たく、俺に向けた目は使命感に燃えていた。
シラが遺体に近づいていって傍らにしゃがみ、手を合わせ、遺体からギルド証を抜き取った。身元確認に必要になるものだ。俺もすぐに手伝いにいった。
遺体は全て首がない。瓦礫の下に毛髪が揺らめいていたことから、きっと頭部を強い力で潰されたのだろう。ということは敵妖怪は鈍器を使うものの可能性が高い。
俺の脳裏に一人の妖怪が浮かんだ。カラカサだ。ヤツの武器は番傘だった。
番傘でこんな真似ができるか? 俺の神力は物の硬度に関係なく切断できるから固さが分からない。
それにカラカサは好戦的な妖怪だったが、死体で遊ぶようなヤツだろうか。面倒くさいと言って、さっさと次の相手を探しに行きそうな気がする。
散らばった遺留品の中に、武器があった。
剣で何度も敵の鈍器の攻撃を受けたのだろう、刃がぼろぼろだ。
盾もあった。これもでこぼこだ。
「……このへこみ方」
盾に出来た深いくぼみ。それはクレーターのようだった。
普通、鈍器はぶん回す物だ。突き攻撃なんてするだろうか。
もしかしたら、瓦礫を投げて……。
「ヒルコ、今回はギルドに戻ろう」
ホスセリが真面目なトーンで言った。俺は頷き立ち上がる。
「ホスセリ、この盾を一枚撮っといてくれ」
シラの腰に巾着袋が下がっていた。その口を広げれば三つのギルド証が見える。俺も取っておいた最後のギルド証をその中に入れた。これでパーティーメンバーがまたそろった。シラが巾着をそっと撫でた。
シャッター音がなった。
最後に手を合わせて踵を返した、その時。
————ねぇ、待って。
背後から俺達を呼び止める女の声。
全身に鳥肌が立った。
俺達の後ろに誰かいる。
「誰だ!」
抜刀しながら振り返る。しかし人影はない。
三人そろって空耳か? そんな偶然あるものか。
シラは矢を番え、いつでも撃てる状態にしていた。ホスセリも盾と銃を持ち警戒している。
————うふふ、うふふ、うふふ。
「どこだ! どこにいるんだ!」
ホスセリが湯気に向けて銃を乱発したが、銃声が空しく響くのみ。
「湯気邪魔! 腹立つわぁ!!」
恐怖が怒りに変化してきた。
相変わらず、薄気味悪い笑い声が聞こえる。
「ヒルコ、湯気の中じゃない。もっと近くだ」
ホスセリの言う通り声は目の届く範囲の中から聞こえる。
声が聞こえて姿が見えない。考えられるのは一つしかない。
ホスセリとシラが見える範囲に弾幕を張った。
そして、静まり返る。
————私の髪、綺麗でしょ?
「むぐっぐんんんんん!?」
「ホスセリ!?」
ホスセリの顔面に髪が絡み付いていた。慌てて黒縁に神力を込め、髪を切る。
髪はたこの足のようにうねり、俺の義手にまとわりついた。
顔に絡まった髪を取り払ったホスセリがまた声を上げた。
「シラ、後ろだ!」
シラが振り返ったが遅かった。飛来した瓦礫がシラの左腕を強打した。弓がシラの手から滑り落ちる。
俺がシラの身を案じた時、義足の膝からメキッと音がした。瓦礫が水しぶきを上げて落ちる。
義足の膝にひびが入り、あらぬ方向に曲がった。ヒビから膿が垂れる。
————うふふ、私を見て。
「ヒルコッ!」
髪が顔を覆った。かろうじて出来た髪の隙間から見えたのは、お歯黒の女の首だった。
ひと際大きな打撃音が耳を打った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【毎日20時更新】銀の宿り
ユーレカ書房
ファンタジー
それは、魂が生まれ、また還るとこしえの場所――常世国の神と人間との間に生まれた青年、千尋は、みずからの力を忌むべきものとして恐れていた――力を使おうとすると、恐ろしいことが起こるから。だがそれは、千尋の心に呪いがあるためだった。
その呪いのために、千尋は力ある神である自分自身を忘れてしまっていたのだ。 千尋が神に戻ろうとするとき、呪いは千尋を妨げようと災いを振りまく。呪いの正体も、解き方の手がかりも得られぬまま、日照りの村を救うために千尋は意を決して力を揮うのだが………。
『古事記』に記されたイザナギ・イザナミの国生みの物語を背景に、豊葦原と常世のふたつの世界で新たな神話が紡ぎ出される。生と死とは。幸福とは。すべてのものが生み出される源の力を受け継いだ彦神の、真理と創造の幻想譚。
examination
伏織綾美
ファンタジー
幽霊や妖怪が見える主人公・大国くん。
ある日、危ない所を助けてくれたクラスメートの羽生さんに目を付けられ、彼女の“商売”の手伝いをさせられることに!
マゾっ子属性の主人公と不謹慎すぎる毒舌のヒロインが織り成す、ハートフルラブストーリーです(ハートフルラブストーリーとは言ってない)
所々、HTMLタグを消し忘れてるところがあるかもです。申し訳ない。
うつほ草紙
遠堂瑠璃
ファンタジー
俺は、何処から来たのだろう。
桃から生まれた桃太郎は、幾度となく己に問いかける。母の胎内からではなく、何もない空洞、うつほの中から生まれ出でた己は何者なのか。人の姿をしていても、人成らざる者なのだろうか。
そんなある日、都に竹から生まれた娘が居るという噂を耳にした桃太郎は、おそらく己と同じ場所からこの現世に生まれ出でたであろうその娘に会う為に村を旅立つ。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる