願わくは

十八十二

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除け者達のファンファーレ

飲酒後入浴絶対駄目

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 ここは地獄だ。
 湿度百パーセントの温泉湖では、汗は流れど蒸発せず、ただ流れ落ちるのみ。体の中から水分が失われるだけ。
 今日の分の水分はとうに飲み干した。今はからの水筒に湯気立つ温泉水を入れてのむ。まさに悪循環の極み。

 湯気で温泉湖の終点が見えないことが、気力を削いで行く。
 ついさっきまで極楽極楽と湯につかっていたのが、本当に極楽浄土に行ってしまいそうだ。
 三人ともうつむきながら黙々と歩いていた。

 もしかしたらここは湖じゃなくて三途の川かもしれない、……なんちゃって。
 冗談めかして、口に出してみようか。
 いや、やめておこう。喉が渇くだけだ。

 地図を持つホスセリを先頭に、俺、シラの順で一列になって進んでいた。
 俺は思考を停止させて、ヒヨコのようにホスセリの後ろについていると、突然ホスセリの足が止まった。
 急に止まるから、俺はホスセリの背にぶつかる。そしてシラも俺の背にぶつかる。

「んた……急に止まんなよ」

 シラも抗議の目を向ける。
 ホスセリは口を半開きにして足下を見ている。
 俺とシラもそれに習って視線を下げると、赤黒く濁った汚い水が流れていた。

 ホスセリが鼻を鳴らして、何か臭うと呟いた。形容しがたい悪臭だ。胃の中のものがせり上がってきそうな臭いだ。
 俺達は引っ張られるように汚水の元へ向かった。

 バシャバシャバシャ————。
 暑さを忘れていた。熱さを感じていなかった。冷たい汗が額から流れる。
 バシャバシャバシャ…………バシャ。

 臭いの発生源は同業者の遺体だった。頭部が無く、代わりに瓦礫が置かれた遺体が四つ、輪になって横たえていた。あまりの惨状に言葉が出ない。
 最初に動いたのはホスセリだった。カメラを構えシャッターを切り始めた。

「お前、何してんだよッ!?」

 行き場のない黒い感情とぶつけるようにホスセリを責めた。

「報告すべきだろう! もうお遊びで妖怪退治なんか言ってられない状況になったんだ。それを分からすにはこの惨劇を見せるしかないだろう!」

 その声は凍てつくように冷たく、俺に向けた目は使命感に燃えていた。
 シラが遺体に近づいていって傍らにしゃがみ、手を合わせ、遺体からギルド証を抜き取った。身元確認に必要になるものだ。俺もすぐに手伝いにいった。

 遺体は全て首がない。瓦礫の下に毛髪が揺らめいていたことから、きっと頭部を強い力で潰されたのだろう。ということは敵妖怪は鈍器を使うものの可能性が高い。

 俺の脳裏に一人の妖怪が浮かんだ。カラカサだ。ヤツの武器は番傘だった。
 番傘でこんな真似ができるか? 俺の神力は物の硬度に関係なく切断できるから固さが分からない。
 それにカラカサは好戦的な妖怪だったが、死体で遊ぶようなヤツだろうか。面倒くさいと言って、さっさと次の相手を探しに行きそうな気がする。

 散らばった遺留品の中に、武器があった。
 剣で何度も敵の鈍器の攻撃を受けたのだろう、刃がぼろぼろだ。
 盾もあった。これもでこぼこだ。

「……このへこみ方」

 盾に出来た深いくぼみ。それはクレーターのようだった。
 普通、鈍器はぶん回す物だ。突き攻撃なんてするだろうか。
 もしかしたら、瓦礫を投げて……。

「ヒルコ、今回はギルドに戻ろう」

 ホスセリが真面目なトーンで言った。俺は頷き立ち上がる。

「ホスセリ、この盾を一枚撮っといてくれ」

 シラの腰に巾着袋が下がっていた。その口を広げれば三つのギルド証が見える。俺も取っておいた最後のギルド証をその中に入れた。これでパーティーメンバーがまたそろった。シラが巾着をそっと撫でた。
 シャッター音がなった。
 最後に手を合わせて踵を返した、その時。

 ————ねぇ、待って。

 背後から俺達を呼び止める女の声。
 全身に鳥肌が立った。
 俺達の後ろに誰かいる。

「誰だ!」

 抜刀しながら振り返る。しかし人影はない。
 三人そろって空耳か? そんな偶然あるものか。
 シラは矢を番え、いつでも撃てる状態にしていた。ホスセリも盾と銃を持ち警戒している。

 ————うふふ、うふふ、うふふ。

「どこだ! どこにいるんだ!」

 ホスセリが湯気に向けて銃を乱発したが、銃声が空しく響くのみ。

「湯気邪魔! 腹立つわぁ!!」

 恐怖が怒りに変化してきた。
 相変わらず、薄気味悪い笑い声が聞こえる。

「ヒルコ、湯気の中じゃない。もっと近くだ」

 ホスセリの言う通り声は目の届く範囲の中から聞こえる。
 声が聞こえて姿が見えない。考えられるのは一つしかない。
 ホスセリとシラが見える範囲に弾幕を張った。
 そして、静まり返る。

 ————私の髪、綺麗でしょ?

「むぐっぐんんんんん!?」

「ホスセリ!?」

 ホスセリの顔面に髪が絡み付いていた。慌てて黒縁に神力を込め、髪を切る。
 髪はたこの足のようにうねり、俺の義手にまとわりついた。
 顔に絡まった髪を取り払ったホスセリがまた声を上げた。

「シラ、後ろだ!」

 シラが振り返ったが遅かった。飛来した瓦礫がシラの左腕を強打した。弓がシラの手から滑り落ちる。
 俺がシラの身を案じた時、義足の膝からメキッと音がした。瓦礫が水しぶきを上げて落ちる。
 義足の膝にひびが入り、あらぬ方向に曲がった。ヒビから膿が垂れる。

 ————うふふ、私を見て。

「ヒルコッ!」

 髪が顔を覆った。かろうじて出来た髪の隙間から見えたのは、お歯黒の女の首だった。
 ひと際大きな打撃音が耳を打った。
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