シーフードミックス

黒はんぺん

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長くたなびくアンモニアの雲

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「この星のことをだいぶ気に入ってくれたようだ。うちも鼻が高いよ。ちょっと寄ってみましょうかね」
 急発進。ボールがぐんぐん迫ってきた。危ない。視界いっぱいに惑星が迫ってきた。
 放射能が致死量でやばいんじゃなかったっけ?
「あ、放射能帯、通りすぎた。てへ」
 てへじゃないよ、大丈夫か?
「やばいところは、サッサと過ぎればいいんだ」
 私の行く手をさえぎる壁と考えるより、惑星の方向を「下」と考えるほうがやっぱりに落ちる。白い帯は長く長く続く雲なのだ。それは例えば道路に引かれた白線をイメージしてはいけない。雲の晴れたあたりは地球なら青い海が見えるはず。
 しじみさまが愛してやまない青い地球。青く透明感のある球体。
 ここでは不思議な褐色をしている。海が赤いのか。白い雲は褐色の領域に大きく張り出したり、褐色が深く食い込んだり、激しい空気の動きが想像された。楕円形の雲もひとつやふたつではない。いびつな真珠のネックレスが途方もないスケールで再現されているのだ。
「そーだよ。白いところと赤いところでは東西に流れる気流の速さが違うから乱流が起こる。そして渦になる。あれは大気の渦、台風が群れをなしていると思っていい」
「台風だらけじゃないですか」
 雲を突き抜け下に着陸したら、大変だろうな。台風一過で息つく暇なく次の台風だ。台風が押し合いへし合い。もう、冗談みたいだな。
「うんうん。そのイメージだね。いい線いってるよ。ただしお前の乗ったカプセルが雲の下に着陸はできない。陸地がないんだから。どこにもとどまれず、沈んでいくよ」
「嘘!」
「なにをいう。嘘は言わないよ。このお姐さんは正直メアリと呼ばれるすごく偉いひとなんだぞ。おまけにミス・ユニバースにノミネートされたこともあるんだから」
 メアリさん?  欧米のかたでしょうか。
「グランプリを取ったとまでは言わない。敢闘賞だったが、でも大したものでしょう?」
 はあ。敢闘賞ってなんだい?
「ともあれお前がうちを疑うなら……そうか、地表がないことに疑問を呈したのか。なんにしても、うちは嘘つかないであるよ」
 日本語おかしいぞ、このひと。そう思ったけど、外国のかただから、目くじら立てなくてもいいか。
「ともあれ、ところで、お前」
 普段お目にかかれないような景色を眼下にしながら、ムズムズするような違和感を覚えていたのは、単純な話でずっと「お前」呼ばわりされていたからだと気づいた。つまんない話でごめんなさい。しじみさまからも叱責しっせきするような口調をされたことがあるし、されてもしかたがなかったのだけれど……。
 しじみさまの場合、私を「君」と呼んでくれていたんだよね。上下関係でいえば、明らかに私が下であるが……。
「待て。ちょい待て。お前、うちに対して不満をつのらせているのか。お前をおとしめるつもりはない。そもそもお前は誰だ、せっかく保護カプセルに閉じ込めてあげたのに、もとい、収容してあげたのに、未だこちらのセンサではお前の姿を捉えられていないのだよ。不思議なやつだ。もしかしてお前、巷間こうかん云われるところの物質的肉体を持たないエネルギー生命体か」
 ひゃあ、私ってそんな物々しいもんだったのか?  いや、私には物質的な本体は……ある。あるのだよ。だいたいそんなにエネルギッシュなタイプじゃないもん。
「メアリさんこそ……メアリさんとお呼びしてよろしいのでしょう?」
「ああ、うちのことか?  よろしい。お呼びしてくれ。もしかして『小石川しじみ』もお前のような存在なのか」
「私のようなというと……しじみさまは、いいえ、こんなもやもやしたものではなく、ちゃんと血肉を備えた、普通の、可愛らしい、でも標準サイズよりはやや小さめ、S.L.M.でいうならS.ですか、でも彼女の前ではあまりそれに触れないでほしいな、いくらかコンプレックスがあるようなので」
「わかった。しじみは標準的な地球人だな。よしよし。お前は気遣いがあるようで、地雷があるなとわかっていながら、地雷を踏んじゃうタイプと見た」
 自分のタイプを分析されたくないな。
「お前は……しじみからはどう呼ばれている?  しじみの下僕なんだろ」おい!「奴隷だっけ」あのなあ!「女中」職業差別になるわよ。「メイド」あらやだ。
「もやもやさんと呼ばれていました」
「それはお前の個体識別ネームか。登録番号とかはあるのか」
「どうにも調子のくるうひとだな、メアリさんって。親愛の情を込めたニックネームですよ」
「ぷふ」
 お前を貶めるつもりはないとかいってたよね、このひと。
「恒星間はまったく空っぽな空間ではない。空間そのものが持つ量子的なエネルギーを考えなくても、さまざまな分子が漂っている。そのほとんどは水素。後はヘリウム。真空とまるで変わらない密度だけど空間の広さを考えれば、相当な量だね。雲のように背後の恒星を覆い隠してしまうこともあるほどだ。実際、銀河の主役は星ではなく、分子雲、星間ガスではないかと思うぞ」
「ハロー」
「そうそう、銀河はたっぷりひたひたのガスに浸かっているんだ。宇宙における根本的な力のひとつ、重力。重力の効果は森羅万象しんらばんしょうあらゆる局面に現れる。恒星間空間におけるガスを考えるよ。星間ガスは水素やヘリウムだけのピュアなものじゃなくて、チリやアクタ、ダストなどがたっぷり含まれているね。それどころか生命のもととなる複雑な有機分子もたくさん漂っている。だが待て。重力は質量と質量を引き寄せるだけ。それが単純な元素だろうが、複雑な分子だろうが、区別はしないのだ。ガスは均等にひろがっているわけではなく、多少の濃淡がある。ゆらぎだ。ガス分子はそれぞれ勝手な方向に動いている。冷たくのっぺりとした闇。重力は忌むこともなく質量に働き続ける。いくらか濃かったあたりのガスが重力によって、さらに濃さを増す。質量が集まればさらに重力が増す。ポジティブフィードバックってやつさ。非常にガスの濃い部分ができる」
「でっかい塊ができる」私は口をはさんじゃう。
「そうそう、でっかい塊はどうなる」
「もっとたくさんのガスを集めて、お星さまになる」
「オーケー、はなまるをあげよう。巨大なガスの塊の中心部は超高圧になって核融合反応が始まり、やがてその球体は輝き出す。太陽になるのだ」
 この太陽系の中心の星だ。ギラギラと眩しい、遥かに望む私のものではない太陽。
「そして、この惑星も太陽と同じ材料で作られている。あれと……成分は同じなのね。ただ、光れるほどには材料が集まらなかった」
「しじみさまも話してくれました。残りカス。でも美しく愛おしいカスなんだって」
「重力によってこれだけのガスが集まった。その経過はあれもこれも同じなのさ。ガスが集まるときの落下エネルギーが熱エネルギーに変わって、惑星の中心核が高温になる。そのために惑星の構成物質が対流、大循環してやがて表層から惑星の外へ放出される。その時に表層のガスがかき乱されて、嵐を起こすのさ。駆け足の説明でした」
「くすっ」最後のところはしじみさまも言いそうだったので、笑ってしまった。
 それから今のは私の「惑星ってなんですか」の質問に答えていたんだと気がついた。メアリさんもほっといたらいくらでもしゃべるタイプだと思った。そしてたぶん分析されるのはきらいなタイプだ。
 メアリさんのおしゃべり、いや、講義の間にもカプセルは惑星に近づいてる。これ堕ちてるといったほうが正確じゃないんですか。保護カプセルとかいってたよな。私にはカプセルそのものはまったく見えていないのだ。このカプセルってどれほどの機械なんだろう。再び惑星から浮上できるんだろうな?
「どうもお前……もやもやのなかには不安が湧き上がっているようだ。もやもやと」
「そりゃ、見えないんだもん、見えない機械を信じていいのかわからないでしょ」
「なるほど、まともな推進システムもついてないただのカプセルじゃないかと疑ってるな」
 そうです。
「よく見抜いたな。そのとおりだ……なんてね冗談ジョーダン。あは」
 コノヤロ、時と場合を考えて冗談いえよ。
「うちも同型のカプセルに乗り組んで、もやもやと並走してるんだ。どちらも安全ね」
 並走?  するとメアリさんのカプセルもそばにいるのか。私はあちこち見回すが、どちらあたりを探せばいいのかまるでわからないから、見つからない。
「中からも船殻が透明になっているが、外からもステルス機能がはたらいているからね、見つけられないはずだよ」
 結局どう見ても見えないわけか。スケルトン宇宙船ってわけだ。するとメアリさんだけが宙に浮いているように見えるわけかな。ミス・ユニバースの敢闘賞のメアリさん。それはそれで、見てみたい。
 あえて言わせてもらえば、私には性欲はないからね。男の子たちがそれを抱いていることは知っている。男の子たちのエネルギー源だし、これがないと彼らは機能しなくなっちゃう。制御できないと女の子たちに迷惑をかける。しじみさまにストーカー行為を働いたとはいえ、そういう目で彼女を見ていたわけではない。しじみさまにきちんと弁明しそびれているので、それがいささか気がかりなのだが……しかし、そんな私でも、少年少女やおっさんおばさんに接しているうちに、そういう気分に染められてきている自覚はある。
 どんな美女なのだろうという好奇心は私にもあるわけ。
 そんな気分とうらはらに、なんとなく少しずつ、私は気味の悪さを感じ始めているのだ。
「メアリさ~ん。私にはわからないことだらけなんです。メアリさんってそもそも誰なんですか。私が口にしてないことまでわかってる、みたいだし」
「そりゃ誰だってわからないことだらけさ。全てを知っている奴なんて、いないさ。気に病むな。うちにもお前……もやもやがわかんないし。あいこだろ。喧嘩両成敗けんかりょうせいばいってやつだ」
 夏の入道雲、積乱雲。輪郭も明瞭に、力強く湧き上がる雲。気象変動とかで、昔より天気の荒れる度合いが高まっているとか。ところがこの惑星、入道雲なんてひっきりなしの大量発生、つくだ煮にするほどだ。あたかも雲の下ではぐらぐら煮立っているのではと疑うくらい。
 雲が高大に盛り上がり、果てしのない山なみを作り、深く落ち込んで谷間を作って、それが幾重にも幾重にも続いて、そんな景色が……「そうだよ、東西にぐるり惑星を取り囲んでいる」……気がつくと私たちを見下ろすように雲がそびえていたり、空は抜けるような青空、陽の光を受ける雲は白く輝く。この惑星を照らす太陽は暗い虚空に寂しく光っていると思っていたら、意外なほどあたりは明るい。
 雲の間を抜けながら進むのはもちろん初めてで、どうしてもこの景色に目を奪われる。赤黒い惑星だと思っていたのに、その色はどこに行ってしまったのだろうな。でも雄大な景色はこの際、問題ではない。
「メアリさん。近くにいます?」
「ニアミスというほどには近くはないがネ」
「メアリさんは私がなにかいう前に、あらかじめわかってるんではないですか」
「はい?  未来予知的な意味ではわかんないよ。ただもやもやの心の動きはモニターしているよ。うちに、いたらぬことがあったかしら」
「そうじゃなくて」エビハラ星人はテレパシーなどの研究も進んでいて、いわば心的なセキュリティにもけているという話だった。メアリさんも私の心を読んでいるのではないかと思ったのだ。
「あぁ……読まなきゃ会話が成立しないじゃん。なにか不満かな」
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