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第10章

10-14

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10-14ユウのターン

シエルボの住宅街を抜けると、そこには周りの家とは一線を画した大きな建物が建っていた。
「あれがエルフの長が住む屋敷よ」
後ろから説明するリンカの声にオレは振り返らず、その建物に目が奪われていた。
その建物の作りは、どこか日本的だったのだ。

今まで見てきた家は三角のとんがり屋根で隣同士がピッタリくっ付いて小窓も多い、いわゆるヨーロッパの街並みそのままだったが、エルフの長の屋敷だと言うその建物は、どっしりと地面を這うようになだらかな瓦屋根とそれを力強く支える太い柱が印象的な日本の神社の様な建物だ。

(キタ、キタ、キタ、キタァ!)
オレは興奮した。中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジーものには、日本っぽいキャラなどが登場するのはお約束といってもいい。
ラノベでも度々、はるか東の国から渡ってきた侍や忍者だとか、日本刀や甲冑など日本を思わせる装備などのジャパニーズスタイルが唐突に放り込まれる。

ツリーハウスが見れなかった事など忘れ、オレは目の前に現れた日本様式の建物に興奮と共にちょっとしたノスタルジーを感じていた。
(こんな所で日本の建物が見られるなんてな・・・・・・)
建物に見とれていると、横から慌てる声がした。
「ユウ!ひだりっ、左に曲がって」
そう言いながらチェアリーは手綱を握るオレの手を取り、馬を左へと曲げていた。
「ごめんっ、よそ見してた」
左に曲がり馬車が入っていったのは塀で囲まれた広い敷地だった。
小屋の前に馬車が何台も並び、奥では競馬場の様なコースがあって馬にまたがり駆けている人が見える。
「ここは?」
「?・・・・・・馬車組合の本部だよ。ここで馬を調教してるの。リアムおじい様は馬車組合の元締めなんだよ。ユウ、手綱貸して」
オレが手綱を譲ると、彼女は馬車が並ぶ一角に馬を止めた。

「さあ、行きましょ」
リンカが身軽に馬車から飛び降りる。
「では、私は返却の手続きを済ませてきます」
アンスも軽快に馬車を飛び降り、小屋の方へと向かって行った。チェアリーも荷物をまとめている。
一人、取り残された格好のオレは聞いた。
「馬車はこのままでいいの?」
「え?」
「いや、コッレで借りたんだから、どうするのかと思って・・・・・・」
「組合の施設ならどこに返してもいいんだよ。便利でしょ?」
「へぇ」
それはまるでレンタカーの様なシステムだと思った。
(決められた場所なら、どこで乗り捨ててもいいなんて確かに便利だな)
ギルドで借りた剣もそうだ。必要な時だけ借りられるのは効率がいい。

「あ、」
「どうしたの?」
剣で思い出した。シエルボには何日ぐらい滞在する日程なのかも知らないまま出てきたせいで、剣を借りっぱなしだっだ。この前、期間延長はしてもらったが、更新するのにまたコッレへ帰らなくてはいけない。
「剣を借りっぱなしだった。借りられるのは7日間だから、それまでにコッレに戻らないと延滞料金が、」
「?・・・・・・大丈夫だよ。シエルボの街にも冒険者ギルドはあるから。そこに行って延長してもいいし、返却も出来るよ」
「そうなの?」
剣も馬車同様どこで返してもいいなんて便利なことだ。
(もしかして、これって・・・・・・)
この痒い所に手の届くきめ細やかなサービスに、オレは少し違和感を覚えた。

「お待たせしました」
手続きを済ませたアンスが戻ってきた。
「さあ、パパ。ぼさっとしてないで行くわよ」
「あ、あぁ・・・・・・」
リンカが先頭を切って歩きだす。向かうのはあの神社の様な屋敷だ。
シエルボの街の中を突っ切ってきた街道の西側にはエルフの長の屋敷。東側には馬車組合。どちらも木の塀で囲まれており、街道筋の両脇をズラーっと塀が立ち並ぶのだから、それだけで広大な敷地を有しているのがうかがえる。

オレがきょろきょろと見回していた為か、チェアリーが歩きながら説明してくれた。
「馬車組合ではね、馬の飼育から調教、加工まで全部仕切っていてね、さっき言った様にリアムおじい様が元締めで、実際に経営してるのは私のおじさん達なんだよ」
「へー」
この世界の交通の要である馬を全て仕切っているのだとしたら、毎日馬の貸し出しだけで相当な額が動くはずだ。必要な時だけ借りられるのは便利だと言っても、その反面、馬の生産を抑えられていたら借りるしか方法が無い。となると黙っていても長の手元にはお金は入ってくる。
「キミのおじいさん、かなり儲けているみたいだね」
「たぶんね。でも、がめつい訳じゃないよ。いま通ってきた街道の石畳は全部リアムおじい様が出資して、作らせたものなんだから。みんなから感謝されてる人だよ」
「ふーん」

街道を整備すれば更に流通は発展する。
(馬車の利用も増えるから、益々儲かるな)
エルフの長は相当なやり手のようだ。だから、あんな大きな屋敷も建つわけだ。チェアリーが言っていた。長は庭いじりをしているか本を書いて過ごしていると。
(悠々自適な隠居生活か、)
何もしなくてもお金は入ってくるなんて羨ましい。暇を持て余して庭いじりに精を出しているのだろう。
オレはどんな凝った日本庭園が出てくるのか、期待して屋敷の門をくぐった。

(あれ?イメージと違う・・・・・・)
塀の中に広がっていたのは、庭というより畑だった。
野球場くらいの広さがある広大な敷地に細かく区分けされた畑が几帳面に収められている。
畑で作業しているのはきっとエルフ達だ。日よけの大きな帽子をかぶって作物の世話に精を出していた。
「スゴイでしょ?全部おじい様が作らせてるんだよ」
「ああ、すごいね」
チェアリーは今のエルフの仕事は農業中心だと教えてくれたが、これも長が主導しているのだろうか?
「早く来なさい」
畑を眺めるオレに、前を行くリンカが振り返り催促した。
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