上 下
173 / 305
第7章

7-2

しおりを挟む
7-2「ユウのターン」

早朝。
身支度を終え、部屋のドアを開けると、
「あっ、」
短く声を発して人が倒れ込んできた。

ボフッ!
「え?」
固まるオレに抱きついたのはチェアリーだった。
「あ、ゴメン。いるとは思わなくて」

抱きつかれたことで密着し、押し当てられた胸から柔らかな感触が伝わる。
慌てて、すぐに体を離した。
「ううん、大丈夫。ちょうどノックしようと思って立ってたの」
少し照れたように彼女が笑う。

(今日も付けてないのかな・・・・・・)
服の上からでも分かるフワフワとした肉圧だった。一気に妄想が膨らむ。
オレの視線は笑顔を向ける彼女の顔から、徐々に下へ・・・・・・
(ダメだ!見ないようにしないと)

欲望を振り払い、部屋から出て言った。
「朝ごはん食べに行こうか」
歩きだそうとしたが、彼女は付いてくる様子が無い。
「ねぇ、そんなに急がなくても、よくない?」
「そう?」

早朝ではあるけど、もう外は明るくなりはじめている。急いでいるつもりなどなかったのだが、
(時計が無いのって不便だな・・・・・・)
太陽の光だけで時間を判断するというのは難しいものだ。この世界での困り事の1つかもしれない。
(そうだ、時計を作ったら売れるんじゃ・・・・・・ダメだ!わざわざ時間に追われる生活に戻ろうなんて)
明るくなったら起きて、暗くなったら寝る。今まで無縁だった健全な生活に慣れてきたのに、それを壊すわけにはいかない。

彼女は何か奥歯に物が挟まったように、歯切れ悪く喋りはじめた。
「うん、出かける前にその・・・・・・ゆっくりしてもいいんじゃないかなって。あ、ユウが良ければだけど」
「でも、今日はまた門が閉まるかもしれないし、もたもたしてると食堂が満席になるんじゃないかな?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「それに早く行かないとおかみさんが呼びに来るよ」
渋る彼女をせかす。

(ゆっくりか・・・・・・)
チェアリーは気遣ってくれたが、オレとしてはここに来てからの生活は毎日が日曜日のようなものだった。スライムに襲われた時は危うく死にかけたりもしたが、それ以外は見るもの聞くもの全てが新鮮で楽しい。
街はヨーロッパの観光地のようだし、食べ物もおいしい。お金が無いのは正直キツイが、今のところ生活には不自由していない。昨日などは釣りを楽しむことも出来た。ここ何年かろくに休む事の出来なかった分を一気に取り戻しているような感覚だ。
しかし、チェアリーからしたらオレは落ち着きがない様に見えているのだろうか?

(ここの人達って、いつ休むんだろう?)
宿に来てもう1週間が経つ。
おかみさんはいつも仕事にせかせかと動き回っている。チェアリーもオレに付き合って休みをとっていない。
(臨時休業みたいに、休みたいときに休むのか?)
この世界に曜日という習慣があるのかも知らないが、日曜日、つまり休みの日が無い気がする。休みたくなったら休めばいいのだろうか?
だとすると日本でキッチリ曜日ごとに働いてきたオレからしたら羨ましく思える。

とにかく、この世界の休みの取り方は分からないが今は朝ごはんを食べに行かないと、そろそろおかみさんが呼びに来るような気がしてきた。
「どうする?」
「うん、そうだね。朝ごはん食べにいこうか」
チェアリーは渋々、食堂に向かい歩き出した。

(そうか、チェアリーの方が休みたかったのか、)
オレを心配してくれていたのではなく、こちらに気を遣って彼女自身が休むことが出来ないでいたのかもしれないと、今頃気が付いた。
これでは上司が帰らないから仕方なく残業に付き合う、日本のブラック企業のようだ。
(ちゃんと休ませてあげないとな)
今日は毛皮を売りに行かないといけないから休めないが、チェアリーがゆっくりしたいのなら次はそうさせてあげよう。

食堂に入るとウェイターが忙しそうに開店前の準備に追われていた。おかみさんもカウンターの中で準備していたが、オレの事を見つけ手招きする。
席に着いた目の前に幾つもの皿が並べられていく。葉物野菜、スライスされたトマトにチーズ、ソーセージやハム、などなど。

「今日もお客さんが多くなるといけないから簡単に食べられる物にしておいたのさ。自分たちで好きな具を、好きなだけ包んでお食べ」
そう言って、円形の薄焼き生地が目の前に出された。見た目は”ナン”の様だ。
「味付けも自由におし。これがサワークリーム、こっちはチリソース、後はジャムもあるよ」
説明を終えるとおかみさんは慌ただしく厨房へ戻っていった。

(ジャム・・・・・・)
ジャムというと、この前の甘いおかゆが思い出される。
何を包もうか迷っているうちに、チェアリーが迷うことなくジャムを手に取った。
生地にジャムを塗り付け、そこにリンゴやオレンジ、イチゴといった果物を乗せるとハムを挟み、最後にサワークリームをほんの少し付けて包む。
(クレープのようなものか)
ハムを持ってくるあたり、やはり味覚の感覚がオレとは違う気がする。

オレは葉物野菜にソーセージ、あとチーズを挟んで、たっぷりとチリソースをかけて包んだ。
(好みの味付けで食べられるなんてありがたい)
きっとおかみさんはコック達に三食パンが続くのは嫌だと言われた事と、オレの味の好みを考えてこのスタイルにしたのだろう。
(今日は当たりだったな)
おかみさんの気遣いに感謝しながらオレは朝食を食べた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...