上 下
49 / 305
第2章

2-25

しおりを挟む
2-25「ユウのターン」

「よかった・・・・・・」
すぐ側でチェアリーの声が聞こえる。彼女の顔を探すが、視界がぼやけてよく見えない。
それに頭は重く、ぼーっとする。

暫くまばたきしているうちに徐々に意識と視界がハッキリしてきた。
彼女は仰向けになっているオレの上にまたがり、頭を抱きかかえるようにして顔を覗き込んでいた。
息づかいが分かるほど、すぐ側に彼女の顔がある。

彼女の冷たい手が頬をさする。
(気持ちいい・・・・・・)

何が起こったのか思い出そうとするが、スライムに口を塞がれたところまでしか覚えていない。
彼女がなぜオレの上に乗っているのか分からなかった。どうやら気を失っていたらしい。
(チェアリーが助けてくれたのか?)

オレがどうなったのか尋ねようとしたが、口の中はやたらと粉っぽく上手く喋れなかった。
スライムに顔を覆われた時、ゼリー状のネバネバした物体が口の中に入って来た。それはまるで水の中で溺れるような感覚だったのに、今は粉に水分を全部奪われ砂漠に居るように喉はカラカラだ。

(黒蜜をかけたきな粉餅を、喉に詰まらせたみたいだ)
ねっとりとした液体と、ぶよぶよとした塊、それに粉っぽさ、それらを合わせて丁度そう感じた。
命の危機だったのに、きな粉餅が頭に浮かんでしまいシュールな絵面に笑ってしまう。

それに対してオレの顔を優しく撫でてくれている彼女は、今にも泣きだしそで不安とも安堵ともつかない表情をしていた。
(女の子に助けてもらうなんて情けない・・・・・・しかもスライムなんかに、)

最弱だと思っていたスライムにやられた事と、彼女に助けられた事が情けなくなって、うめくように発した言葉がカラカラの喉から漏れた。
「・・・・・・っともなぃ」
喉に粉が引っ掛かって上手く喋れなかった。
「え、なに?」
彼女が聞き返す。

オレはゆっくり答えた。
「スライムに・・・・・・やられるなんて、みっともない。ゴホッ、ゴホッ!死んだ方がマシ・・・・・・ハハっ」
泣きそうだったチェアリーを心配させないよう強がってみせたつもりだったのだが、彼女はオレの言葉を聞きくとみるみる顔がくしゃくしゃになり、大粒の涙を流し始めた。それがオレの顔にぽたぽたと流れ落ちる。

そして、くしゃくしゃの顔を紅潮させると、
「バカッ!!死んだらッ、死んじゃうんだよッ!!」
オレを叱りつけた。

言っている事は何だか変に思ったが、その真剣な怒気にオレは本当に死にかけていたんだと実感した。
(本当に、みっともない・・・・・・)

彼女が馬乗りをやめてどいてくれても、死にかけていたという事実に力が抜け動けなかった。
「ごめん・・・・・・」
草の上で仰向けになりボーっとしているうちに、ポツリと言葉が漏れた。

昨日、門番に丸腰で外に出ることを心配されたが、その意味が身にしみて分かった。
自分でも「モンスター、舐めんな!」と考えていたのに、考えるのと体験するのとではまるで違う。やはり、オレはモンスターの事を舐めていた。
ゲームの世界のような感覚でいたため、本当に殺されかけるとは思ってなかったのかもしれない。

ゆっくり立ち上がり、側に転がっていた剣を拾い上げた。
(何のために持ってたんだか、)
剣を鞘に納めてから、左手をめいいっぱい、痛いくらいに握りしめてみた。ラノベでは主人公がピンチの時には、何かしらのチート能力に目覚めて乗り切るのがお約束のはずだ。
(ここの神様はいつになったら助けてくれるんだよ)
開いた手のひらには爪の後がくっきりと残っただけだった。

オレは服についている粉を払った。やけになって何度も何度も。
せっかく転生したというのに、オレの思っていたものと違う。その不満をぶつけたいのに神様も現れてくれない。

粉を払っているうちに、足元で緑に光る小石が転がっているのが目に入った。
(もしかして魔宝石か?)
彼女の話ではモンスターを倒した後には魔宝石と呼ばれるモンスターの核だったものが残ると言っていた。その核がこれの事かと思い、緑に光る小石を拾い上げた。見てみるとそれは彼女が河原で火を起こした時に使っていた小石に似ている。

スライムを倒してくれたのはチェアリーのはずだ。
彼女に見せようと思ったが、オレに背を向け泣きじゃくっている。肩が嗚咽で上下していて、かける言葉が見つからない。
取りあえず小石はポケットにしまっておいた。

死にかけたのはオレだというのにチェアリーはまるで自分の事の様に泣く。
声をかけづらく暫く待っているうちに、ようやく泣き止んだ彼女はオレの方へ振り返ってくれた。
「酷い顔だよ、川に洗いにいこっ」
無理して笑ってくれているのが分かる。彼女も涙でぐちゃぐちゃで酷い顔だ。

川で顔を洗っている時も、彼女のカバンを拾いに行くときも、自分が情けなくて何も言えなかった。

無言のまま準備を終え街へ帰ろうと歩き始めた時、後ろを付いてきていた彼女がオレの手を取った。
ギュッと力強く握り、手を引くようにオレの前を歩き始める。
(本当に情けない・・・・・・)
彼女は心配してくれているのだろう。しかし、これでは子供扱いだ。だが、手を振りほどけば、それもまた子供っぽい。また「やめてくれ」と言っても彼女の優しさを無下にしてしまう。

オレは何もできず、ただただ彼女に手を引かれるまま歩いた。
それこそ子供の様に手を引かれて。

(街の中は流石に恥ずかしいな)
門が見えてきてそんな事を考え始めた時だ。彼女が急に立ち止まり振り返って言った。
「今夜、どうする・・・・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私って何者なの

根鳥 泰造
ファンタジー
記憶を無くし、魔物の森で倒れていたミラ。テレパシーで支援するセージと共に、冒険者となり、仲間を増やし、剣や魔法の修行をして、最強チームを作り上げる。 そして、国王に気に入られ、魔王討伐の任を受けるのだが、記憶が蘇って……。 とある異世界で語り継がれる美少女勇者ミラの物語。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...