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第2章
2-17
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2-17「チェアリーのターン」
見つけたオレンジは、私では手が届きそうにない所になっている。
優しい彼のことだ、何も言わなくてもオレンジを取ってくれるだろうと期待した。
チラ、チラ、
期待の眼差しで彼の方を見る。
しかし、彼はぼんやりオレンジを見つめているだけで動こうとしない。
私はしびれを切らして言った。
「ユウ、取って(お願いしちゃった)」
「欲しいの?」
「うん!」
彼は私のお願いを不思議そうに聞き返してきた。きっと見た目がゴツゴツしていて美味しそうではないから、取るまでもないと思ったのかもしれない。
しかし私は昼ごはんの一品に、オレンジを使った料理を思いついていたのだ。料理上手な所をアピールしておきたい。
(きっと彼も喜んでくれるわ)
にっこり笑いかける私に彼は、
「何なりとお嬢様のご命令のままに」
なんと!うやうやしくお嬢様扱いした!
少し演技臭さがあったから冗談交じりだろうけど、いきなりお嬢様と呼ばれたことにあたふたする。
(はわっ!!え、なに?そんな、お嬢様だなんて!やだ、ちょっとお願いしただけじゃない!んん~ずるい!)
お嬢様なんて呼ばれたら、どんな反応していいのか分からない。
さっきのミントの時もそう。彼は私の反応を見て楽しんでいるような節がある。
(ずっとあなたに振り回されてる・・・・・・)
私はどうしていいのか分からず、固まってうつむいた。
でも、こういうのも嫌じゃない。”何なりと”その言葉に得も言われぬ喜びを感じてしまっている自分がいた。
(ハァ、)
彼にはドキドキさせられっぱなしだ。
よっ!
ほっ!!
フンっ!!!
私のお願いを聞いたユウがオレンジを取ろうと一生懸命ジャンプする。
今、私の為に頑張ってくれているのだと思うと、キューっと胸が締め付けられるようだった。
(えへへっ)
私は誰かに甘えるという事が苦手なのだと思う事がある。それは、何かをするにしても大概は自分一人でこなせてしまうからだ。
父はしつけの厳しい人だ。父は昔、冒険者をしていたので「自分の事は自分で」という冒険者のありようが、そのまま家のルールになっている。
私は物心ついたときから掃除、洗濯、炊事など身の回りの事は自分でやり、特に料理を作ることは好きだったからずっと母の代わりに私が台所を仕切ってきた。
といっても、両親が裏で手助けしてくれていたのは知っている。うぬぼれてはいない。
ソロになりたくてなったわけではないが、これまでソロでやってこれたのは自立心が子供の頃から鍛えられていたからかもしれない。
いや、ソロになってしまったのは自立心が高かったせいとも言える。
この余計な自立心のせいで、異性へ甘えるのをためらってしまう。けど、彼は私の特別。
(少しぐらい甘えたって・・・・・・えへへ)
今まで一人でこなしてきた反動かもしれない、彼にとことん甘えてみたいそんな衝動が芽生え始めていた。
フンっ!フンっ!フンっ!フンっ!・・・・・・
うっとりと彼がオレンジを取る様子を眺めていたが、ユウはなかなか実を取れずいつの間にか意地になっているようだった。
(あ、いけない)
昨日の失敗を思い出した。私のせいで彼には余計な迷惑をかけてしまったのだ。
同じ失敗をするところだったと思い、もういいからと手を伸ばした。
すると、彼は帽子と羽織っていたストールを脱ぎ、丸めて何も言わず私に投げるように渡してきた。
その背中は無言で「待ってろ」と語っているようだ。
(んん~っ!んん~っ!!)
少し乱暴に渡された事に、彼の優しいだけじゃない男っぽい一面を見たような気がして胸がときめく。
(もう少し見ててもいいよね、)
そう思ってしまった。
”私の為に”は私の一番の弱点かもしれない。
ユウが私の為に頑張る姿に目が釘付けになる。けど・・・・・・渡されたストールの方も気になり、こっそり顔をうずめた。
(むはぁー)
彼に隠れて匂いを嗅いでしまった。なんてこと!
運動したせいで汗に蒸れ、ほんのり温もりを残すそれは男臭さかった。が、言葉にはできないそそられる香りがする。
嗅いだ瞬間、ドクンっ!と心臓が脈打った。血液の塊が胸から頭へ押し上げられ脳がジンジンしびれる。一瞬記憶が飛んだのではないかと思うほどの衝撃だった。
(あぁぁ、癖になりそう・・・・・・)
もっと思いっきり顔をうずめて深呼吸したい!
そんなちょっと危ない考えをしかけた時、私の耳が反応した。
ピクピク!
(えっ!?)
いつの間にか私の横を女の子が歩き、通り過ぎていく。
人通りの多い場所ならいざ知らず、こんな開けた場所でここまで近くに寄られたのに気づかなかったのは初めてだった。
最近はモンスターが減っているとはいえ、索敵係が周りを見失うほど気を抜くなんて!
バカな事をしていたと反省した。
歩いているのが女の子ではなく、これがもしモンスターだったらと思うと背筋に悪寒が走る。
ただ、その女の子はモンスター以上の雰囲気をまとっていた。背筋に漂うざわざわとしたものが収まらない。
(ただ者じゃない!)
気配は消しているし、布擦れの音や足音などほとんどさせず歩いている。その姿は獲物を狙うハンターのようだ。
フードをかぶっていて少し見えにくいが、そこからのぞく顔は幼い女の子そのもの。羽織ったコートは大人用のものなのか、袖が長いようで腕まくりをし、裾丈も合っていなかった。
背には大きなリュックをしょっている。にもかかわらず重量を感じさせないその身のこなしは、コートの下に鍛え上げられた肉体が隠れている事を示している。
(冒険者?)
そもそも普通の女の子が街の外に1人で出歩くなど考えられない。だけど、目に付く武器といえばリュックの脇に申し訳程度に挿してある小さな手斧くらい。
「だはっ!」
オレンジを掴むことに失敗したユウが地面に崩れ落ちた。
女の子がトコトコと歩いて行き、膝をついている彼の目の前に立つ。何をするつもりだろうと思い、私は声をかけてみた。
「こんにちわ」
女の子はチラリとこちらを見ただけで、返事をしてくれない。
(きっとピコ族だわ)
ピコ族は子供の様な体格をしている。けど、見た目とは裏腹に小柄でも筋力が異常に強く、戦士向きの種族だ。
プライドが高いため他の種族に対して慣れ合うことはあまりない。その為、冒険者としてパーティーに入ることは稀で、組むとしたらピコ族だけで組むか、ソロで冒険者をしている者が多い。
(プライドが高いというより愛想が無いというか、ひがんでいるって感じね)
こちらが挨拶したのだから、せめて愛想笑いの1つでも返してくれてもいいはずだ。しかし彼女が返事もしない事にそんな印象を受けた。
ピコ族は背が低い事を、ことさら気にしているという話を聞いた事がある。ひざまずいている彼の前に立つことで、優越感でも得たいのだろうか?
ユウが立ちあがると彼女は彼の腰を指さした。言葉には出さず動作で示すその仕草は本当に子供の様だ。
「あ、」
彼は何か気が付いたような声を上げた。すると彼女は本当に何も言わず、そのまま去っていってしまった。
(何だったんだろう?)
不思議に思いながらその小さな背中を見送っているうちに、ユウは剣を抜きオレンジを枝ごと払って落とした。
(そういうことか)
私も剣を使えばいいとは気付かず、彼からオレンジを受け取りながら苦笑いする。
「ありがとっ」
「ははっ」
ピコ族は愛想はないが、悪い人ではなさそうだと私は考えを改めた。やはり人を見た目で判断してはいけない。
彼の方もピコ族の事を気にしている様子は無かった。
エルフの私とも何も気にすることなく接してくれているから、元々そういう人なのだろう。分け隔ての無いところにも改めて惹かれる。
お互い苦笑いしながら、彼が質問してきた。
「勝手に取っちゃったけど、いいの?誰かに怒られない?」
「え?いいのよ、だって旅人の木だもん」
「旅人の木?」
「そう。街道沿いに植えられている植物は誰のものでもないから自由に採ってもいいのよ」
「へぇー」
(なんで知らないんだろう?旅人の木なんて誰でも知っているような事なのに・・・・・・)
少し気にはなったが、その彼は採ったオレンジの事を気にしているようだった。目線が私の手に向いている。
今食べようと言われかねないので、オレンジの汚れを軽くふき取りコートのポケットへサッとしまう。
なおも彼の目線はポケットの中のオレンジを追っていた。
(お腹減ってるのかな?)
モンスターを狩る為に出て来たのはいいが、おしゃべりしたり寄り道したりとしているうちに太陽はもう真上に差し掛かろうとしている。
「そろそろお昼だし、河原に着いたらご飯にしましょ。私が手料理作ってあげる」
「え、マジで」
「うん!」
河原に着いてからビックリさせようと隠していたけど、これ以上待ってはくれないだろう。手料理と聞いた彼は喜んでいるようだし私も嬉しくなりつられてにっこり笑った。
よっぽどお腹が減っているのかユウは放り出していたカバンを手に取り、私に帽子を預けている事も忘れてせかせかと歩き出す。
「ユウ、帽子!」
私は呼び止めて彼に帽子を差し出した。
「ああ、」
彼は帽子を手に取ると、かぶらずにそのまま行こうとする。もうお昼の事しか頭にないのか、まるで子供の様だ。
「ダメよ!ちゃんとかぶらなきゃ。マナーでしょ」
私は注意した。
帽子をかぶることは教会によって広まった礼儀だ。
教会の「どんな種族、どんな人でも受け入れる」という教義にのっとった教えで”帽子をかぶれば皆、見た目は同じ”という考え方からきている。
特にエルフの間ではこの礼儀を厳格に守っている人が多い。それは耳を隠せるので、本当にヒューマンと同じ見た目になれるからだ。私の村でも外を出歩く時は帽子を必ずかぶっている人ばかりだ。たとえ皆顔なじみのエルフでも。
頭にかぶれれば帽子ではなくてもベールだったり、バンダナだったり、なんでも良い。さっきのピコ族もそう、フードをかぶっていた。要は教会の教えを守っていますという態度が重要なのだ。
ユウは注意され何か言いかけたが、素直に帽子をかぶってくれた。
(それでよろしくてよ)
彼を思い通りにできた私は心の中でちょっとお嬢様気分を味わっていた。
(ご褒美にわたくし自ら、このストールをかけて差し上げますわ)
彼の後ろへ回りストールを羽織らせてあげる。
さっきお嬢様と呼ばれた時、こんな風に言って返せたら彼とじゃれ合うことが出来たのかな?そう思うとまだハードルは高いように感じる。
ストールを掛けながら彼の首筋に目が留まった。運動したせいで少し汗ばみ、その首筋はしっとりと濡れている。
スゥ― ・・・・・・
彼に気付かれないように静かに首筋の匂いを嗅ぐ。
(ハァーーーぁぁ、)
全身が震えるようなその魅力的な香りに、私は抗いようがなかった。
(私はお嬢様にはなれない、あなたのしもべよ)
河原へ向けて歩き出した彼の後ろを、私もしずしずと付いて行った。
見つけたオレンジは、私では手が届きそうにない所になっている。
優しい彼のことだ、何も言わなくてもオレンジを取ってくれるだろうと期待した。
チラ、チラ、
期待の眼差しで彼の方を見る。
しかし、彼はぼんやりオレンジを見つめているだけで動こうとしない。
私はしびれを切らして言った。
「ユウ、取って(お願いしちゃった)」
「欲しいの?」
「うん!」
彼は私のお願いを不思議そうに聞き返してきた。きっと見た目がゴツゴツしていて美味しそうではないから、取るまでもないと思ったのかもしれない。
しかし私は昼ごはんの一品に、オレンジを使った料理を思いついていたのだ。料理上手な所をアピールしておきたい。
(きっと彼も喜んでくれるわ)
にっこり笑いかける私に彼は、
「何なりとお嬢様のご命令のままに」
なんと!うやうやしくお嬢様扱いした!
少し演技臭さがあったから冗談交じりだろうけど、いきなりお嬢様と呼ばれたことにあたふたする。
(はわっ!!え、なに?そんな、お嬢様だなんて!やだ、ちょっとお願いしただけじゃない!んん~ずるい!)
お嬢様なんて呼ばれたら、どんな反応していいのか分からない。
さっきのミントの時もそう。彼は私の反応を見て楽しんでいるような節がある。
(ずっとあなたに振り回されてる・・・・・・)
私はどうしていいのか分からず、固まってうつむいた。
でも、こういうのも嫌じゃない。”何なりと”その言葉に得も言われぬ喜びを感じてしまっている自分がいた。
(ハァ、)
彼にはドキドキさせられっぱなしだ。
よっ!
ほっ!!
フンっ!!!
私のお願いを聞いたユウがオレンジを取ろうと一生懸命ジャンプする。
今、私の為に頑張ってくれているのだと思うと、キューっと胸が締め付けられるようだった。
(えへへっ)
私は誰かに甘えるという事が苦手なのだと思う事がある。それは、何かをするにしても大概は自分一人でこなせてしまうからだ。
父はしつけの厳しい人だ。父は昔、冒険者をしていたので「自分の事は自分で」という冒険者のありようが、そのまま家のルールになっている。
私は物心ついたときから掃除、洗濯、炊事など身の回りの事は自分でやり、特に料理を作ることは好きだったからずっと母の代わりに私が台所を仕切ってきた。
といっても、両親が裏で手助けしてくれていたのは知っている。うぬぼれてはいない。
ソロになりたくてなったわけではないが、これまでソロでやってこれたのは自立心が子供の頃から鍛えられていたからかもしれない。
いや、ソロになってしまったのは自立心が高かったせいとも言える。
この余計な自立心のせいで、異性へ甘えるのをためらってしまう。けど、彼は私の特別。
(少しぐらい甘えたって・・・・・・えへへ)
今まで一人でこなしてきた反動かもしれない、彼にとことん甘えてみたいそんな衝動が芽生え始めていた。
フンっ!フンっ!フンっ!フンっ!・・・・・・
うっとりと彼がオレンジを取る様子を眺めていたが、ユウはなかなか実を取れずいつの間にか意地になっているようだった。
(あ、いけない)
昨日の失敗を思い出した。私のせいで彼には余計な迷惑をかけてしまったのだ。
同じ失敗をするところだったと思い、もういいからと手を伸ばした。
すると、彼は帽子と羽織っていたストールを脱ぎ、丸めて何も言わず私に投げるように渡してきた。
その背中は無言で「待ってろ」と語っているようだ。
(んん~っ!んん~っ!!)
少し乱暴に渡された事に、彼の優しいだけじゃない男っぽい一面を見たような気がして胸がときめく。
(もう少し見ててもいいよね、)
そう思ってしまった。
”私の為に”は私の一番の弱点かもしれない。
ユウが私の為に頑張る姿に目が釘付けになる。けど・・・・・・渡されたストールの方も気になり、こっそり顔をうずめた。
(むはぁー)
彼に隠れて匂いを嗅いでしまった。なんてこと!
運動したせいで汗に蒸れ、ほんのり温もりを残すそれは男臭さかった。が、言葉にはできないそそられる香りがする。
嗅いだ瞬間、ドクンっ!と心臓が脈打った。血液の塊が胸から頭へ押し上げられ脳がジンジンしびれる。一瞬記憶が飛んだのではないかと思うほどの衝撃だった。
(あぁぁ、癖になりそう・・・・・・)
もっと思いっきり顔をうずめて深呼吸したい!
そんなちょっと危ない考えをしかけた時、私の耳が反応した。
ピクピク!
(えっ!?)
いつの間にか私の横を女の子が歩き、通り過ぎていく。
人通りの多い場所ならいざ知らず、こんな開けた場所でここまで近くに寄られたのに気づかなかったのは初めてだった。
最近はモンスターが減っているとはいえ、索敵係が周りを見失うほど気を抜くなんて!
バカな事をしていたと反省した。
歩いているのが女の子ではなく、これがもしモンスターだったらと思うと背筋に悪寒が走る。
ただ、その女の子はモンスター以上の雰囲気をまとっていた。背筋に漂うざわざわとしたものが収まらない。
(ただ者じゃない!)
気配は消しているし、布擦れの音や足音などほとんどさせず歩いている。その姿は獲物を狙うハンターのようだ。
フードをかぶっていて少し見えにくいが、そこからのぞく顔は幼い女の子そのもの。羽織ったコートは大人用のものなのか、袖が長いようで腕まくりをし、裾丈も合っていなかった。
背には大きなリュックをしょっている。にもかかわらず重量を感じさせないその身のこなしは、コートの下に鍛え上げられた肉体が隠れている事を示している。
(冒険者?)
そもそも普通の女の子が街の外に1人で出歩くなど考えられない。だけど、目に付く武器といえばリュックの脇に申し訳程度に挿してある小さな手斧くらい。
「だはっ!」
オレンジを掴むことに失敗したユウが地面に崩れ落ちた。
女の子がトコトコと歩いて行き、膝をついている彼の目の前に立つ。何をするつもりだろうと思い、私は声をかけてみた。
「こんにちわ」
女の子はチラリとこちらを見ただけで、返事をしてくれない。
(きっとピコ族だわ)
ピコ族は子供の様な体格をしている。けど、見た目とは裏腹に小柄でも筋力が異常に強く、戦士向きの種族だ。
プライドが高いため他の種族に対して慣れ合うことはあまりない。その為、冒険者としてパーティーに入ることは稀で、組むとしたらピコ族だけで組むか、ソロで冒険者をしている者が多い。
(プライドが高いというより愛想が無いというか、ひがんでいるって感じね)
こちらが挨拶したのだから、せめて愛想笑いの1つでも返してくれてもいいはずだ。しかし彼女が返事もしない事にそんな印象を受けた。
ピコ族は背が低い事を、ことさら気にしているという話を聞いた事がある。ひざまずいている彼の前に立つことで、優越感でも得たいのだろうか?
ユウが立ちあがると彼女は彼の腰を指さした。言葉には出さず動作で示すその仕草は本当に子供の様だ。
「あ、」
彼は何か気が付いたような声を上げた。すると彼女は本当に何も言わず、そのまま去っていってしまった。
(何だったんだろう?)
不思議に思いながらその小さな背中を見送っているうちに、ユウは剣を抜きオレンジを枝ごと払って落とした。
(そういうことか)
私も剣を使えばいいとは気付かず、彼からオレンジを受け取りながら苦笑いする。
「ありがとっ」
「ははっ」
ピコ族は愛想はないが、悪い人ではなさそうだと私は考えを改めた。やはり人を見た目で判断してはいけない。
彼の方もピコ族の事を気にしている様子は無かった。
エルフの私とも何も気にすることなく接してくれているから、元々そういう人なのだろう。分け隔ての無いところにも改めて惹かれる。
お互い苦笑いしながら、彼が質問してきた。
「勝手に取っちゃったけど、いいの?誰かに怒られない?」
「え?いいのよ、だって旅人の木だもん」
「旅人の木?」
「そう。街道沿いに植えられている植物は誰のものでもないから自由に採ってもいいのよ」
「へぇー」
(なんで知らないんだろう?旅人の木なんて誰でも知っているような事なのに・・・・・・)
少し気にはなったが、その彼は採ったオレンジの事を気にしているようだった。目線が私の手に向いている。
今食べようと言われかねないので、オレンジの汚れを軽くふき取りコートのポケットへサッとしまう。
なおも彼の目線はポケットの中のオレンジを追っていた。
(お腹減ってるのかな?)
モンスターを狩る為に出て来たのはいいが、おしゃべりしたり寄り道したりとしているうちに太陽はもう真上に差し掛かろうとしている。
「そろそろお昼だし、河原に着いたらご飯にしましょ。私が手料理作ってあげる」
「え、マジで」
「うん!」
河原に着いてからビックリさせようと隠していたけど、これ以上待ってはくれないだろう。手料理と聞いた彼は喜んでいるようだし私も嬉しくなりつられてにっこり笑った。
よっぽどお腹が減っているのかユウは放り出していたカバンを手に取り、私に帽子を預けている事も忘れてせかせかと歩き出す。
「ユウ、帽子!」
私は呼び止めて彼に帽子を差し出した。
「ああ、」
彼は帽子を手に取ると、かぶらずにそのまま行こうとする。もうお昼の事しか頭にないのか、まるで子供の様だ。
「ダメよ!ちゃんとかぶらなきゃ。マナーでしょ」
私は注意した。
帽子をかぶることは教会によって広まった礼儀だ。
教会の「どんな種族、どんな人でも受け入れる」という教義にのっとった教えで”帽子をかぶれば皆、見た目は同じ”という考え方からきている。
特にエルフの間ではこの礼儀を厳格に守っている人が多い。それは耳を隠せるので、本当にヒューマンと同じ見た目になれるからだ。私の村でも外を出歩く時は帽子を必ずかぶっている人ばかりだ。たとえ皆顔なじみのエルフでも。
頭にかぶれれば帽子ではなくてもベールだったり、バンダナだったり、なんでも良い。さっきのピコ族もそう、フードをかぶっていた。要は教会の教えを守っていますという態度が重要なのだ。
ユウは注意され何か言いかけたが、素直に帽子をかぶってくれた。
(それでよろしくてよ)
彼を思い通りにできた私は心の中でちょっとお嬢様気分を味わっていた。
(ご褒美にわたくし自ら、このストールをかけて差し上げますわ)
彼の後ろへ回りストールを羽織らせてあげる。
さっきお嬢様と呼ばれた時、こんな風に言って返せたら彼とじゃれ合うことが出来たのかな?そう思うとまだハードルは高いように感じる。
ストールを掛けながら彼の首筋に目が留まった。運動したせいで少し汗ばみ、その首筋はしっとりと濡れている。
スゥ― ・・・・・・
彼に気付かれないように静かに首筋の匂いを嗅ぐ。
(ハァーーーぁぁ、)
全身が震えるようなその魅力的な香りに、私は抗いようがなかった。
(私はお嬢様にはなれない、あなたのしもべよ)
河原へ向けて歩き出した彼の後ろを、私もしずしずと付いて行った。
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