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少し疲れましたねと言って、ジョージ先生は椅子に座りました。
「先生は魔力操作によって、手を触れずに物を引っ張る事は出来ますか?」
「それは無理ですね。魔力は放出されるものですから押す力はあっても、引く力はありませんよ。上手く扱えば浮くことはできますが」
「そうですよね……」
あれからジャスパーにアイラが犯人ではないことを伝えると『もうお手上げだと』捜査を打ち切ってしまいました。
実は昨晩も本が散乱する事件が起きたのです。もうこれで4日目です。考えられるのは思いもよらない方法で本を散乱させているか、意外にもあの先生が犯人なのか、後は外部から侵入した窃盗事件の可能性ですが、兄の見立てでは外部から侵入する可能性は低いとの事でした。ここは魔法学校なのです。魔導士相手に一般人が勝てる訳がありません。見つかればただじゃすまないリスクを取ってまで本の為に盗みを働くとは思えないとのことでした。
ならば同じ魔導士が盗みに入ったのでは?と問うと、貴族同士、ほとんど顔見知りなのにそんな事はしないというのです。既に2回予想を外しているのであまり当てには出来ませんが……
取りあえず、無くなっている本がないか分かるまでは、様子を見るしかないという事になりました。
「ところで、何の用かな?」
朝日が応えるより早く、先生は膝を打ち、立ち上がりました。
「そうだ、この前のお仕置きの件ですね!」
先生が両手を出してきます。
「丁度、魔力を放出したところです。あなたの魔力を分けてください」
「いっ、嫌ですわ!今日はその件で来たのではないのです」
「おや、そうですか」
先生はまた椅子に腰を下ろしました。
「それで?」
「今日、伺ったのはバーストマスターの件です。火球の威力を上げるにはどうしたらいいのか、行き詰っておりますの。何かご教授いただけませんか?」
「ふむ、キミは既にヴァーミリオン・ボムを撃てるではありませんか。バーストマスターとはボムを撃てる者という意味です。ただの肩書なので実際、選ばれたとしてもボムを撃てる生徒はまずいませんよ。キミのお兄さんは優秀ですから毎年ボムを撃ちあげてくれましたが」
「その兄から全力でやりなさいと言われましたの。こんな機会はもう訪れないかもしれませんわ。わたくしがどれだけ成長したのか兄に見て欲しいのです」
「そうですねぇ……」
先生は足を組みその膝を抱えると、どっしりと腰を据えました。
「まずは基礎を確認しましょうか」
「基礎ですの?」
先生が目の前に右手の人差し指を立てます。
「例えば1の魔力が必要な火球へ、更に1の魔力を込めると威力はどうなりますか?」
左手の人差し指も立てました。
「威力は二倍にはなりませんわ」
「そう。ほんの少し威力が上がる程度です。1と1の二つ火球を撃った方がまだ強いと言える」
「常識ですわ」
先生は立てていた指をバッテンにクロスさせました。
「昔は1+1ではなく、掛け算の様に魔法の威力を上げる研究が盛んだったのですよ」
「それです!それを教えて欲しいのです!」
「あなたはもう出来ているじゃありませんか」
メイベールが首をひねると、先生は笑いました。
「呪文ですよ」
「どういうことですの?」
「呪文とは魔力を高める行為です。高めた魔力はそのまま魔法の効果として威力が上がる。なぜだか分かりますか」
「いえ、」
メイベールお嬢様はヴァーミリオン・ボムを完ぺきに扱うことが出来ますが、その理由は少し変わったものでした。彼女は幼い頃より、魔導の基礎を教わっています。しかし、その溢れる才能は基礎では満足せず、兄が練習する高等魔法をコッソリ覗き見て覚えてしまったのです。だから本来魔法学校に入学してから教わる高等魔法について、彼女は扱う事は出来てもその理論はまだ教わっていません。
「呪文詠唱を行うと、魔法陣が現れるでしょう?あれは魔力を高める装置の様なものです」
「どういうことでしょうか?」
「先ほど言った1+1がなぜ2にならないのか?それはその火球に必要な魔力が1と定められているからですよ。1しか必要ないところへ無理やり魔力を押し込めても威力は上がらない。必要ないのだから。だったら威力を上げる為にどうするか?その答えが魔法陣です。アレは簡単に言ってしまえば器です。1しか入らないのだから器を増やして1をもう一つ入れているのです。これで2倍の威力が出せる様になるのです」
「だったら威力を上げる為には魔法陣を増やせばいいのですわね!」
先生が首を振ります。
「そんなに単純ではないのですよ。魔法はそれぞれの貴族の家系で何百年もかけて研鑽し受け継がれてきたものです。魔法とはイメージの力です。長い時間かけて少しずつ改良してきたところへ、新たに魔法陣を加える事は容易ではありません。その魔法のイメージは魔導士達の中で確立されている為です。一人の魔導士のイメージと何人もの魔導士が重ねてきたイメージ。比べるまでもありません。魔法とはそういうモノなのです。逆に威力を弱めることは比較的容易です。呪文を省き、魔力を弱め、その代わりに発動が簡単になりました。それが今の時代に広まっている魔法です。今の子が言う魔法とは簡単便利に使えるものという認識でしょうが、便利と引き換えに威力は落ちているのです。その魔導の根本的な理論を熟知し、呪文を唱える事こそが威力を上げるすべなのです。まあ、これは3年生に進級し魔法を専門分野として履修すると習う事なので、取りあえず、心に留めておくだけでいい」
「では、呪文の完全詠唱が最大威力ということですか……」
「先生は魔力操作によって、手を触れずに物を引っ張る事は出来ますか?」
「それは無理ですね。魔力は放出されるものですから押す力はあっても、引く力はありませんよ。上手く扱えば浮くことはできますが」
「そうですよね……」
あれからジャスパーにアイラが犯人ではないことを伝えると『もうお手上げだと』捜査を打ち切ってしまいました。
実は昨晩も本が散乱する事件が起きたのです。もうこれで4日目です。考えられるのは思いもよらない方法で本を散乱させているか、意外にもあの先生が犯人なのか、後は外部から侵入した窃盗事件の可能性ですが、兄の見立てでは外部から侵入する可能性は低いとの事でした。ここは魔法学校なのです。魔導士相手に一般人が勝てる訳がありません。見つかればただじゃすまないリスクを取ってまで本の為に盗みを働くとは思えないとのことでした。
ならば同じ魔導士が盗みに入ったのでは?と問うと、貴族同士、ほとんど顔見知りなのにそんな事はしないというのです。既に2回予想を外しているのであまり当てには出来ませんが……
取りあえず、無くなっている本がないか分かるまでは、様子を見るしかないという事になりました。
「ところで、何の用かな?」
朝日が応えるより早く、先生は膝を打ち、立ち上がりました。
「そうだ、この前のお仕置きの件ですね!」
先生が両手を出してきます。
「丁度、魔力を放出したところです。あなたの魔力を分けてください」
「いっ、嫌ですわ!今日はその件で来たのではないのです」
「おや、そうですか」
先生はまた椅子に腰を下ろしました。
「それで?」
「今日、伺ったのはバーストマスターの件です。火球の威力を上げるにはどうしたらいいのか、行き詰っておりますの。何かご教授いただけませんか?」
「ふむ、キミは既にヴァーミリオン・ボムを撃てるではありませんか。バーストマスターとはボムを撃てる者という意味です。ただの肩書なので実際、選ばれたとしてもボムを撃てる生徒はまずいませんよ。キミのお兄さんは優秀ですから毎年ボムを撃ちあげてくれましたが」
「その兄から全力でやりなさいと言われましたの。こんな機会はもう訪れないかもしれませんわ。わたくしがどれだけ成長したのか兄に見て欲しいのです」
「そうですねぇ……」
先生は足を組みその膝を抱えると、どっしりと腰を据えました。
「まずは基礎を確認しましょうか」
「基礎ですの?」
先生が目の前に右手の人差し指を立てます。
「例えば1の魔力が必要な火球へ、更に1の魔力を込めると威力はどうなりますか?」
左手の人差し指も立てました。
「威力は二倍にはなりませんわ」
「そう。ほんの少し威力が上がる程度です。1と1の二つ火球を撃った方がまだ強いと言える」
「常識ですわ」
先生は立てていた指をバッテンにクロスさせました。
「昔は1+1ではなく、掛け算の様に魔法の威力を上げる研究が盛んだったのですよ」
「それです!それを教えて欲しいのです!」
「あなたはもう出来ているじゃありませんか」
メイベールが首をひねると、先生は笑いました。
「呪文ですよ」
「どういうことですの?」
「呪文とは魔力を高める行為です。高めた魔力はそのまま魔法の効果として威力が上がる。なぜだか分かりますか」
「いえ、」
メイベールお嬢様はヴァーミリオン・ボムを完ぺきに扱うことが出来ますが、その理由は少し変わったものでした。彼女は幼い頃より、魔導の基礎を教わっています。しかし、その溢れる才能は基礎では満足せず、兄が練習する高等魔法をコッソリ覗き見て覚えてしまったのです。だから本来魔法学校に入学してから教わる高等魔法について、彼女は扱う事は出来てもその理論はまだ教わっていません。
「呪文詠唱を行うと、魔法陣が現れるでしょう?あれは魔力を高める装置の様なものです」
「どういうことでしょうか?」
「先ほど言った1+1がなぜ2にならないのか?それはその火球に必要な魔力が1と定められているからですよ。1しか必要ないところへ無理やり魔力を押し込めても威力は上がらない。必要ないのだから。だったら威力を上げる為にどうするか?その答えが魔法陣です。アレは簡単に言ってしまえば器です。1しか入らないのだから器を増やして1をもう一つ入れているのです。これで2倍の威力が出せる様になるのです」
「だったら威力を上げる為には魔法陣を増やせばいいのですわね!」
先生が首を振ります。
「そんなに単純ではないのですよ。魔法はそれぞれの貴族の家系で何百年もかけて研鑽し受け継がれてきたものです。魔法とはイメージの力です。長い時間かけて少しずつ改良してきたところへ、新たに魔法陣を加える事は容易ではありません。その魔法のイメージは魔導士達の中で確立されている為です。一人の魔導士のイメージと何人もの魔導士が重ねてきたイメージ。比べるまでもありません。魔法とはそういうモノなのです。逆に威力を弱めることは比較的容易です。呪文を省き、魔力を弱め、その代わりに発動が簡単になりました。それが今の時代に広まっている魔法です。今の子が言う魔法とは簡単便利に使えるものという認識でしょうが、便利と引き換えに威力は落ちているのです。その魔導の根本的な理論を熟知し、呪文を唱える事こそが威力を上げるすべなのです。まあ、これは3年生に進級し魔法を専門分野として履修すると習う事なので、取りあえず、心に留めておくだけでいい」
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