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音楽は止んでいましたが、ルイスは手を離してくれません。向き合ったままの顔が、すぐそばで微笑んで言います。
「もう一曲どうだい?」
「わたくし、少し疲れたようです」
不意打ちで耳元で囁かれたものだから、メイベールの心臓は激しく脈打っています。これでは体がもちません。
「そうか。それは残念」
ルイスにエスコートされジャスパーとテオの元まで戻りました。
「メイベール、上手だったよ。途中足を止めた時は、やめてしまうのかと思ってヒヤリとしたけどね」
ジャスパーがからかいます。
「子供ではないのですから、そんな事いたしません!」
彼が怒る妹へ飲み物を渡しました。
「疲れただろう?顔が赤いよ」
「もうっ!」
メイベールが喉を潤していると、気づきました。テオの視線が鋭くなっている事に。
(また睨んでるし、)
自分の眉間をコツコツと指さし教えてあげます。
テオは目頭をほぐしました。
周りの貴族はメイベール嬢をダンスに誘いたかったのですが、ジャスパーによって彼女は休憩してしまい、横には鋭い視線のテオがいて、更に皇太子殿下も側を離れようとはしません。お近づきになりたかった貴族たちは諦めました。どうやら彼女は特別らしいと。
それから休憩するメイベールはルイスとジャスパーに思い出話を聞かされました。如何にこの子がお転婆だったか、話のネタにされるのは恥ずかしかったのですが、楽しそうに語る二人に自分もつられて笑いました。
テオだけはやっぱり視線は鋭いままです。
(緊張してるのかな?)
朝日も楽しんでばかりいられません。先ほどから話の合間に目を盗んでアイラを探しているものの、見当たらないのです。
ゲームの中のアイラはプレイヤーが感情移入しやすいようにと、目や鼻は描かれておらず顔が暗く隠されていました。アドベンチャーゲームによくある仕様です。そのうえ画面から見切れたり、背中を向けている演出がされているので、実は朝日にもアイラがどういう容姿なのか分かっていません。ただ、設定では明るい赤色の髪をした少女とされていたし、その髪色に合わせて赤いドレスを着てくるはずです。それを頼りに探しているのですが一向に見つけられずにいました。
(来てないのかなぁ?そもそもこの世界に居ないなんて事ないよね?)
何度目かの音楽が鳴りやんだ時、正面の入り口が開きました。丁度、静かになっていたため、入口に立つ女性に皆の視線が向きました。ドレスは赤く華やかであるにも関わらず、どこか自信なさげでパッとしない印象です。みなの視線に耐えかねたのか、うつむいて顔はその赤髪で隠れてしまいました。
(アイラだ!)
朝日は明星の袖を引っ張りました。
「来たよ」
彼も頷き返します。
「知り合いかい?」
不思議に思ったジャスパーがメイベールに聞いたのですが、応えたのはルイスでした。
「私の連れだ」
ルイスか彼女を迎えに入口へ向かいました。
会場はざわつきました。
ルイス殿下自らが迎えに行ったのですから、驚いて皆が小声で聞き合います。
「あのご令嬢は誰だろう?」
「さあ?お見かけした事ありませんわ」
貴族社会は誰がどの地位にいて、どこと繋がっているのか頭に入れておくのが常識です。それに貴族同士で婚姻関係を結ぶので大体どの家も先祖を遡って行けば、血の繋がりがあり、言ってしまえば大きな親戚同士の様なものです。その中で誰も顔を知らないというのは異質ではあります。
皆から奇異の視線を浴びながら、ルイスにエスコートされたアイラがやってきました。彼女はチラチラとメイベール達を見ただけで、挨拶などありません。貴族のマナーが出来ていないのは明らかです。
気を遣ったルイスが言いました。
「こちら、アイラ・ステラ嬢だ。メイベールと同じくこれから魔法学校で学ぶ同期だよ。仲良くしてあげておくれ」
「ハイ、もちろん……わたくし、赤の公爵ケステル家の令嬢メイベール・ケステルです。そのドレスよくお似合いですわ。アイラさん」
「あ、ありがとうございます……」
小声で応えた彼女はすぐに視線を外してしまいました。
(しまった……)
赤の公爵などと、わざわざ言うつもりはなかったのに口をついて出てしまったのです。
気まずい空気を流そうと、朝日は明星の脇を肘で軽く突きました。
「テオ様の目つきが怖いから彼女、怯えているんじゃなくて?」
明星が察して挨拶します。
「テオ・ベオルマだ。怯えなくていい、この顔は元々こういうモノらしい」
テオが優しく微笑んであげると、アイラは少し笑顔を見せました。
(ムッ!アタシに怯えてたっていうの?……確かに悪役令嬢だけどさ)
ジャスパーが聞きます。
「ステラか、」
それはアイラに聞いたのではなく、その後ろで見ているルイスに向けたものでした。
「ああ、そうだ。分かるだろ?」
ルイスはあえて説明しようとしません。
ステラとは聖職者に付けられる聖職名なのです。それは彼女が貴族ではなく教会出身者だという事を表しています。ここリード魔法学校に入学できる身分ではありません。しかし、ルイスが連れだと言った事から、ジャスパーはそれ以上聞きませんでした
「ジャスパー・ケステルだ。よろしくアイラ嬢」
アイラは優しそうなジャスパーにも笑顔を見せました。その事にメイベールの心がざわつきます。
(なんなの?この子、)
先ほどまで自分が彼らの中心にいて、その注目を集めていたはずです。それが遅れてやって来た子に全部奪われた気分でした。
(ハァ、ダメだ。こんなの本当に悪役令嬢じゃん)
朝日はアナドリをプレイしている時、どうしてメイベールがあからさまな嫌がらせをするのか不思議でした。ゲームを盛り上げる為の演出だからと言えばそれまでですが、こうしてメイベールの立場に立ってみるとよく分かります。彼女はアイラに全て奪われるのを恐れたのでしょう。
「もう一曲どうだい?」
「わたくし、少し疲れたようです」
不意打ちで耳元で囁かれたものだから、メイベールの心臓は激しく脈打っています。これでは体がもちません。
「そうか。それは残念」
ルイスにエスコートされジャスパーとテオの元まで戻りました。
「メイベール、上手だったよ。途中足を止めた時は、やめてしまうのかと思ってヒヤリとしたけどね」
ジャスパーがからかいます。
「子供ではないのですから、そんな事いたしません!」
彼が怒る妹へ飲み物を渡しました。
「疲れただろう?顔が赤いよ」
「もうっ!」
メイベールが喉を潤していると、気づきました。テオの視線が鋭くなっている事に。
(また睨んでるし、)
自分の眉間をコツコツと指さし教えてあげます。
テオは目頭をほぐしました。
周りの貴族はメイベール嬢をダンスに誘いたかったのですが、ジャスパーによって彼女は休憩してしまい、横には鋭い視線のテオがいて、更に皇太子殿下も側を離れようとはしません。お近づきになりたかった貴族たちは諦めました。どうやら彼女は特別らしいと。
それから休憩するメイベールはルイスとジャスパーに思い出話を聞かされました。如何にこの子がお転婆だったか、話のネタにされるのは恥ずかしかったのですが、楽しそうに語る二人に自分もつられて笑いました。
テオだけはやっぱり視線は鋭いままです。
(緊張してるのかな?)
朝日も楽しんでばかりいられません。先ほどから話の合間に目を盗んでアイラを探しているものの、見当たらないのです。
ゲームの中のアイラはプレイヤーが感情移入しやすいようにと、目や鼻は描かれておらず顔が暗く隠されていました。アドベンチャーゲームによくある仕様です。そのうえ画面から見切れたり、背中を向けている演出がされているので、実は朝日にもアイラがどういう容姿なのか分かっていません。ただ、設定では明るい赤色の髪をした少女とされていたし、その髪色に合わせて赤いドレスを着てくるはずです。それを頼りに探しているのですが一向に見つけられずにいました。
(来てないのかなぁ?そもそもこの世界に居ないなんて事ないよね?)
何度目かの音楽が鳴りやんだ時、正面の入り口が開きました。丁度、静かになっていたため、入口に立つ女性に皆の視線が向きました。ドレスは赤く華やかであるにも関わらず、どこか自信なさげでパッとしない印象です。みなの視線に耐えかねたのか、うつむいて顔はその赤髪で隠れてしまいました。
(アイラだ!)
朝日は明星の袖を引っ張りました。
「来たよ」
彼も頷き返します。
「知り合いかい?」
不思議に思ったジャスパーがメイベールに聞いたのですが、応えたのはルイスでした。
「私の連れだ」
ルイスか彼女を迎えに入口へ向かいました。
会場はざわつきました。
ルイス殿下自らが迎えに行ったのですから、驚いて皆が小声で聞き合います。
「あのご令嬢は誰だろう?」
「さあ?お見かけした事ありませんわ」
貴族社会は誰がどの地位にいて、どこと繋がっているのか頭に入れておくのが常識です。それに貴族同士で婚姻関係を結ぶので大体どの家も先祖を遡って行けば、血の繋がりがあり、言ってしまえば大きな親戚同士の様なものです。その中で誰も顔を知らないというのは異質ではあります。
皆から奇異の視線を浴びながら、ルイスにエスコートされたアイラがやってきました。彼女はチラチラとメイベール達を見ただけで、挨拶などありません。貴族のマナーが出来ていないのは明らかです。
気を遣ったルイスが言いました。
「こちら、アイラ・ステラ嬢だ。メイベールと同じくこれから魔法学校で学ぶ同期だよ。仲良くしてあげておくれ」
「ハイ、もちろん……わたくし、赤の公爵ケステル家の令嬢メイベール・ケステルです。そのドレスよくお似合いですわ。アイラさん」
「あ、ありがとうございます……」
小声で応えた彼女はすぐに視線を外してしまいました。
(しまった……)
赤の公爵などと、わざわざ言うつもりはなかったのに口をついて出てしまったのです。
気まずい空気を流そうと、朝日は明星の脇を肘で軽く突きました。
「テオ様の目つきが怖いから彼女、怯えているんじゃなくて?」
明星が察して挨拶します。
「テオ・ベオルマだ。怯えなくていい、この顔は元々こういうモノらしい」
テオが優しく微笑んであげると、アイラは少し笑顔を見せました。
(ムッ!アタシに怯えてたっていうの?……確かに悪役令嬢だけどさ)
ジャスパーが聞きます。
「ステラか、」
それはアイラに聞いたのではなく、その後ろで見ているルイスに向けたものでした。
「ああ、そうだ。分かるだろ?」
ルイスはあえて説明しようとしません。
ステラとは聖職者に付けられる聖職名なのです。それは彼女が貴族ではなく教会出身者だという事を表しています。ここリード魔法学校に入学できる身分ではありません。しかし、ルイスが連れだと言った事から、ジャスパーはそれ以上聞きませんでした
「ジャスパー・ケステルだ。よろしくアイラ嬢」
アイラは優しそうなジャスパーにも笑顔を見せました。その事にメイベールの心がざわつきます。
(なんなの?この子、)
先ほどまで自分が彼らの中心にいて、その注目を集めていたはずです。それが遅れてやって来た子に全部奪われた気分でした。
(ハァ、ダメだ。こんなの本当に悪役令嬢じゃん)
朝日はアナドリをプレイしている時、どうしてメイベールがあからさまな嫌がらせをするのか不思議でした。ゲームを盛り上げる為の演出だからと言えばそれまでですが、こうしてメイベールの立場に立ってみるとよく分かります。彼女はアイラに全て奪われるのを恐れたのでしょう。
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