乙女ゲームの悪役令嬢になった妹はこの世界で兄と結ばれたい⁉ ~another world of dreams~

二コ・タケナカ

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声をかけてきたのは、笑みをたたえた男性でした。
きらびやかで高級そうな衣装をまとい、見るからに貴族と分かる格好をしていていても、その顔に浮かぶ笑みに嫌味はありません。美しい銀髪と赤い眼が印象的な美青年です。
その人物にも朝日は見覚えがありました。ゲームに出てくるメインキャラの一人、ジャスパー・ケステルです。朝日いち推しのキャラです。

ジャスパーが分かりやすく、少し大げさなくらいに首を振って見せます。
「いくら婚約者同士とはいえ、兄である僕の目の前で妹を抱きしめるのはやめてもらえないか?テオ」
この発言で朝日の疑念は確信へと変わりました。
(やっぱりここはアナドリの世界だ!)
ゲームの中でテオとジャスパーの妹は婚約者同士なのです。
(と、いう事は……)
ジャスパーがまだ抱き合ったままの二人に呆れて言いました。
「結婚前の淑女が、はしたないとは思わないのかい?メイベール」
(そっちかー!)
朝日は心の中で叫びました。
ジャスパーの妹、メイベール・ケステル。ゲームの中ではヒロインに何かと嫌がらせをする、いわゆる悪役令嬢のキャラです。
(どうせならヒロインがよかった……)
自分がメイベールだと分かり、ハズレを引いた気分です。

放心状態の朝日……いえ、メイベールから手を離し、テオである明星はどう言い訳しようか悩んでいるようです。
ジャスパーの方が見かねて言いました。
「妹もこの秋から僕達と同じ魔法学校の生徒だ。キミとの婚約なんて何年も前の話だし、丁度いいから今日の入学祝パーティーに誘ってみれば……いつの間にかそんなに仲良くなっていたんだな。兄としては少し寂しいよ」
心はまだ動揺していますが頭は理解して、朝日であるメイベールは応えました。
「お兄様……ぅッ!」
その一言を言ってしまって、メイベールは膝から崩れ落ちそうになりました。
(アタシ今、なんて言った⁉おにいさま⁉)
朝日は明星の事を昔はお兄ちゃんと呼んでいました。思春期になるとそれがなんだか子供臭くて、恥ずかしくなったのです。彼女はどう呼ぼうか悩みました。
兄貴では親しみが無い気がします。別に兄の事が嫌いな訳ではないのです。むしろ大好きでした。両親は「あきと」と、名前で呼んでいたので自分も名前呼びにしようかと思いましたが今更照れくさくて呼べません。兄さんでも良かったのですが、もう少し親近感のある呼び方はないかと落ち着いたのが「おにぃ」です。
今、彼女の中で新しい扉が開いてしまったのです。親しみより尊敬が優位に立つ「お兄様」という形容。なんと甘美で心くすぐる響き。初めての経験でした。
(なんでこんな恥ずかしい言葉が出てきたんだろう?)

気を取り直して、メイベールは言いました。
「お、おにぃ、様、わたくし達の邪魔をしないでくださる?久しぶりに会ったテオ様と愛を語り合っていたのに、酷いですわ」
酷いのは自分のセリフだと朝日は思っていました。「わたくし」や「愛」なんて言葉、普段は絶対使わないのに。不思議な事になぜか口からスラスラと出てくるのです。

ジャスパーはまた呆れて言いました。
「それは悪い事をした。けど、この嵐だ。テオも早く帰った方がいいと思って呼びに来たんだ。他の客人達もみな帰って行ったよ」
メイベールの口からまたスラスラと言葉が流れ出ます。
「あら、大切なテオ様をこの嵐の中、帰らせると?何かあったらどうしますの?お兄様」
「そうは言うが……」

メイベールは可愛く胸の前で手を合わせました。朝日ならば、そんな仕草は絶対にしません。
「そうだわ♪」
首まで可愛く、かしげています。自分でやっておいて、あまりのワザとらしい仕草に彼女は鳥肌が立ちました。それでも言葉が口を衝いて出ます。
「テオ様、今日はこのお屋敷に泊まっていかれるとよろしいわ」
テオはメイベールに向けて怪訝そうに小声でいいました。
「……おい、」
朝日がアイコンタクトを返します。
(いいから!黙ってて、おにぃ!)

ハァとため息をつき、ジャスパーは諦めた様に言いました。
「可愛い妹がそこまで言うんだ。仕方ない、部屋を用意させよう」
「ありがとうございます。お兄様。……さあテオ様、準備が出来るまでわたくしの部屋でお話いたしましょう」
去り際にジャスパーが言いました。
「テオ……分かっているよな?」
その目は笑っていませんでした。ケステル家を象徴する赤い瞳が薄暗い廊下で光っています。彼の心中を察するのなら、『妹に手を出すな』でしょう。
「あぁ、分かってる……」
そこはテオも感じ取り、頷き返しました。
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