ゆるゾン

二コ・タケナカ

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9月15日。
この日の事をアタシはすっかり忘れていた。そしてこの日の事をアタシはこの先、ずっと忘れないだろう。

「ほら。」
いつもの様に部活をしようと部室に入った所で、ふーみんが手に下げていた紙袋をアタシに差し出してきた。
「なに?お菓子?」
彼女は何も言わず、横を向いて髪をクルクルともてあそんでいる。
かいちょの方を見ても、はなっちの方を見てもニヤつくばかりで何も言わない。
「なんだよ、みんな気持ち悪いなぁ」
袋を開けてみてビックリした。入っていたのはアタシが欲しがっていたタイプライター風のキーボードだったのだ!
「は⁉」
ふーみんの方をもう一度見たら、彼女は目を合わせず横を向いたまま喋り始めた。
「ほ、ほらっ、アンタ前に言ってたでしょ?タイプライター欲しいって。しょうがないから、買ってあげたわよ。感謝しなさいよねっ」
「なんで!?」
「月光ちゃん忘れてたでしょ?今日、誕生日だよ」
「おめでとうございます。月光さん」
すっかり忘れていた。自分の誕生日なのに!だって自分の名前が嫌いだし、名前にまつわる誕生日も興味が無くて記憶から消し去っていたのだ。
これまでの誕生日と言えば、はなっちが自分の食べたいものを買ってきて半分づつ分けて食べたり、かーさんが一応ケーキを用意してあって夕飯に出してくれたり、とーさんが内緒でお小遣いをくれるから後でゲームを買うくらいだった。誕生日にサプライズされるなんて生まれて初めての出来事だ!

不覚にも目頭が熱くなったので、アタシは誤魔化すために大げさに喜んでみせた。
「すっかり忘れてたよ!そうか!今日、アタシの誕生日じゃないか!あはは!コレ誕生日プレゼント?」
「そうよ。私からじゃなく、”みんな”でお金出し合って買ったんだから、勘違いしないでよねっ、”みんな”からのプレゼントなんだから」
ふーみんが”みんな”という部分を強調して言っている。彼女の耳は真っ赤だ。
「プッ!」
かいちょが吹き出した。
「風香さんが初めに企画したんですよ。このプレゼント。一人では恥ずかしいからみんなで買う事にしようって、フフフ」
「ちょっと!会長!?」
「そうそう。私は食べ物の方がいいんじゃないかって言ったんだけどね、風香ちゃんがキーボードにするって聞かないんだよ」
「花まで!」

アタシも耳は真っ赤なはずだ。ジンジンと熱い。
みんなの事をまともに見れないので、背を向けて箱を開封した。取り出したソレを大げさに掲げてみせる。
「おおっ!すごい!」
それはお世辞でもなんでもなく、実際に凄いものだった。アタシが思っていたやつよりワンランク上の、ちゃんとタイプライターを模して造られたモノだったのだ。
「風香ちゃんが絶対こっちの方がいいって、ちょっと高めのモノを買ったんだよ。そのせいでお菓子を買うお小遣い、だいぶ減っちゃったよぉ」
「なによっ!いつも花にはお菓子買ってあげてるじゃない」
「えへへ、」

なんだか情緒を乱され、上手い言葉を返せない。
アタシはタブレットを取り出し、黙々とセッティングを進めた。
「どうなの?せっかく買ってあげたんだから、黙ってないで何か言いなさいよ」
「・・・・・・うん・・・・・・ちょっと待って、」
「アンタ、ゲーム以外興味ないから、最初はゲームソフト買ってあげようかとも思ったんだけど、もし持ってるソフトだったら意味ないし、何とかって言うレアなソフトなんてどこに売ってるのかも分からなくて大変だったんだからね」
「本当に大変でしたね。サプライズにするから欲しいゲームを直接聞くわけにはいきませんし。月光さんがやった事ないと言っていたゲームも名前があやふやで、どうしようどうしようって風香さんだけ慌てて、フフッ」
「なんで会長も覚えてないの?」
「すいません。ゲームには馴染みが無いもので、」

セッティングし終え、とりあえず文章を打ち込めるよう画面にメモを開いた。
Uのキーを押す。
カシャン!
心地よい打感が指先に伝わるとともに、本物さながらの音が響いた。
「結構、本物っぽいじゃない。これで花も音マネしなくて済むわね」
「ゾン研で唯一の仕事がなくなった⁉」
「プッ!」
いつもの様に喋っている声を背中に受けながらアタシは何も言えないでいた。『う』と打った文字が滲んでいる。
(おかしいな、)
言葉にするのも照れ臭いので『うれしいです』と、打とうとしたんだけど文字にするのも無理そうだ。

(ダメだ!アタシらしくない)
アタシは一心不乱に文字を打ち込んだ!カシャン!カシャン!カシャン!カシャン!カシャン!カシャン!・・・・・・

『う まい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、うまい、かゆい、』

ふーみんの呆れた声がする。
「アンタ、なに打ち込んでいるのよ。ソレ」
彼女のいつもと変わらない声を聞いて少し落ち着いた。
「知らないのかい?これは『かゆうま構文』というものさ。無印のバイオハ○ードに出てきた有名な日記の一文だよ。」
「ハイハイ。またゲームの話ね」
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