ゆるゾン

二コ・タケナカ

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「で?アンタはゴールデンウイークどこかに出かけたの?」
「ふむ。やっと回ってきたね。真打の登場といきますか」
ふーみんが呆れた顔で見てくる。
「アンタの話は長いから、最後に回してあげたのよ」
「それはどうも。」
満を持してアタシの充実した休暇を披露しようと教壇に向かった。けど、ホワイトボードの上に掛かる時計はもうすぐ5時を指そうとしているじゃないですか。今日はそれぞれに濃い内容だったからなぁ。仕方がない。
「やっぱり今日はやめておくよ。ふーみん、もう帰らないといけないでしょ」
「いいの?」
「うん。今から話し始めても中途半端に終わりそうだし」
「アンタ、どれだけ話すつもりよ・・・・・・」
「明日はアタシ一人で嫌というほど、オタクの正しい休日の過ごし方というものをレクチャーしてあげよう。」
今日のところはお開きという事で。

「はなっち、行こ」
「うん」
どうやら彼女の闇落ちも収まったようだ。その声はいつも通り明るい。まあ、お腹がいっぱいになれば、大体収まるんだけどね。
かいちょがきりの良い所までペンを走り終わらせるのを見届けてから、戸締りをして部室を出た。
廊下の電気は既に落とされている。陽は傾き、後一時間もしないうちに暮れるだろう。それでも床も天井も壁も真っ白なこの廊下は夕暮れ時でも光を反射して十分明るい。窓だって床から天井までガラス戸がはめられているので、光は潤沢だ。
解放感があって居心地がいいから学校だと言うのに、つい長居してしまうんだよなぁ。
「そう言えば」と玄関に向かいながら、ふーみんが聞く。
「アンタ達いつも一緒にいるけど、家が近所なの?さっきも一緒にアニメ見ているとか言ってたじゃない」
「近所なんかじゃなく、家が隣同士なんだよ」
「月光ちゃんとは幼なじみなんだぁ」
「幼稚園、小学校、中学校、高校まで一緒なんてまさに腐れ縁。ゾン研なだけに」
「プッ!」
くだらない事を言いつつ、やってきた玄関は更に開放的だ。天井がとても高く吹き抜けになっていて、正面の一面はガラス張り。そこはどこか美術館のホールを思わせる。もしくは陳列されている下駄箱をどかして長椅子でも並べれば、先鋭的なデザインの教会といってもいいくらいに立派なエントランスだ。公立の高校にしてはよく頑張ったなと、生徒である私からでも褒め言葉が出てしまう。

靴に履き替え外へ。
まだ下校のチャイムには時間がある。部活帰りの生徒はおらず、正門までの敷地内には人影はなかった。生徒もいないので、レンガ敷きの道や芝生の囲み、1本だけデカデカと生えているシンボルツリーなど、広々とした空間はまるで学校なんかじゃなく、公園の様だ。
散策する様に4人で歩くと、はなっちが指をさした。
「私達が通った幼稚園はこの高校のすぐ南側だよ」
「なに?家って学校の近くなの?」
「そうだよ。小学校もお隣の商業高校の更に向こう隣だし、中学校は正門を出て道路挟んだ向かい側だよ」それぞれに東へ西へと指をさしてみせるはなっち。
「二人ともここが地元だったのね」
中高一貫校ではないのだけれど、近所に高校があるので(しかも中学校の向かい側)アタシ達の中学では自然と誰もがその高校を目指すことになる。普通科と商業科の2校が隣接して建っている為、どちらにするか選択する事になるのだけれど商業科は男子が多く受けるイメージだったからアタシは普通科にした。はなっちも同じような理由だったと思う。私達以外にも中学の同級生で何人か同じように普通科へ入学はした。けど、クラスが違う為なんとなしに疎遠になっていて、今でも付き合いがあるのははなっちだけだ。

斜めに突き刺さったモノリス(アタシはそう呼んでいる)の前まで来たところで「私はバスなのでこれで」ぺこりと頭を下げたかいちょは正門に向かって歩いていった。
「アンタ達は?」
「アタシ達は北門から出るよ」
ふーみんのカモメンも北側の駐輪場に停めてあるという事で、一緒に北校舎をぐるりと回り込むように北門を目指す。
途中ふーみんが「フッ」と鼻でわらった。
「いつもここを通るたびに思うんだけどアレ何なの?」
「たぶんみんな変に思ってるよ」と、はなっちも苦笑に同意する。
彼女達が笑ったのは植え込みの中に鎮座するオブジェだ。さっきのモノリスもそうだけど、学校というのはちょっと変な・・・・・・オホン!少し先鋭的なオブジェが飾られたりするものだ。
「あれはだね、大うつせみ童子と呼ばれるものだよ。風香君、知っとるかね?」
今日の部活は聞き役に回ってしまったので、少し物足りなさを感じていたアタシは講義モードに入った。
「入学した時の学校案内で聞いた気もするわ」
「うつせみと言うのはセミの抜け殻の事。童子は子供。合わせて空蝉童子」
「見たまんまね」
彼女が言ったようにセミの抜け殻から裸の子供が飛び出したブロンズ像はタイトル通り見たまんま。なんでセミなのかという疑問はあるのだけれど、もしかしたら桃太郎が桃から生まれる時の様子に着想を得たのかもしれない。
「セミの様に殻を脱ぎ捨て、若者よ飛びたて。というメッセージが込められているのさ・・・・・・たぶん」
子供の像は2,3歳くらいの幼い見た目で、等身大と言っていい。けど、その子供が脱ぎ捨てたセミの殻は子供が収まっていたサイズなので、大きさの不釣り合い感がハンパない。それに足元はまだセミの中だし完全に飛び出してはいないから、その姿はまるで半身人型のクリーチャー。セミの足の鋭さは見ようによっては蜘蛛を思わせ、アラクネの変種と言ってもいい。
「ちょっと不気味に見えるよね」はなっちから率直な感想が漏れた。
虫から生まれると言う点にそんな感情を抱いてもしょうがない。それに、あの子供の顔。目線が定まらないというか見ているのに見ていないような掴みどころがないのもうっすら恐怖を感じさせるのだろう。
「はなっち、そんな事言ってると怒られるよ?アレの作者、彫刻界では超が付く有名な人だから」
「そうなの?」
「うん。せん○くんって奈良県のゆるきゃら知らない?アレのデザインした人だよ」
「あ~ぁ」二人とも納得したようだ。童子の顔はせん○くんと双子の様に瓜二つとはいかないまでも、親戚同士くらいの類似性がある。
「私には芸術は分からないわ」ふーみんが歩きだした。

駐輪場でカモメンにまたがり、そのままエンジンは掛けないで足で漕いでいるふーみんと一緒に北門を出た。
はなっちがまた指をさす。
「ほら、私達の家すぐそこだよ」
ここからでは他の家が遮って見えないけど、アタシが全力疾走すれば(運動が苦手という要因は考慮するべし)30秒で駆け抜ける程には近い場所に私達の家は建ってる。
「ちかっ!」
「学校が近いと便利だよね。朝はギリギリまで寝ていられるんだから。深夜アニメも見ようと思えばなんとか見られるし、予鈴が鳴り始めて家を出てもダッシュすればギリ間に合うんだよ。それに帰りは遅れても夕方のアニメを見逃すことがない」
「アニメとかは別にいいけど、学校が近いのはとても羨ましいわ」
ついでに見ていく?と誘いかけ、でもこれ以上付き合わせたら時間をとらせるだけだと思い止まって校門の前でふーみんと分かれた。
「じゃあね。」
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