ゆるゾン

二コ・タケナカ

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ファイル6「訓練」

よいよ志願兵だけでは対処しきれなくなり、残った男共は強制的に隊へ入隊させるらしい。
3人一組でのゾンビ駆除。一人が足を狙って転ばせ、もう一人がさすまたで取り押さえる、残りの一人が首を落とす。確実な戦い方だが、一般市民がいきなりできる事か?ゾンビといっても元は人だぞ?
隊で訓練を受けてきたオレ達でさえ頭がおかしくなりそうだというのに。恐怖で今も手が震える・・・・・・この前から震えが全然収まらない。

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「こうですか?」
「ぐえっ」
「そうそう。もっとしっかり腕は抱えてクラッチしないと逃げられるぞ」
「はい」
「ぐえっ」
「完全にロックするには相手を少し浮かせるんだ。やってみろ」
「はいっ」
「ぐえっ」
「腕の力で上げようとするな。ロックが外れる。こう、後ろにのけ反る感じで背筋を使うんだ」
「はいっ!」
「ぐえっ」
「よし!伊吹山、なかなか筋がいいじゃないか。もう一度、最初から通してやってみようか」
「ハイ!」

「ちょっと待った!」アタシは抗議の声を上げた。
「にゃんでアタシばっかり技の練習台にならにゃきゃいけないんだ!」
「ネコかお前は」パイセンが真顔で言う。
「ちょっと噛んだだけだよっ!」
怒ると早口になり、どうしてもろれつが回らなくなる。アタシだってこの癖は常々直したいと思ってるよ!
「そうだな。あまり海津ばかり練習台になってもらうのも悪いし・・・・・・」
パイセンの視線がはなっちに向く。彼女はお菓子を食べる手を止めた(止めただと⁉)その両手を頭の上に乗せテーブルに伏せる。やりたくないという無言の意思表示らしい。
はなっちもパイセンの技の餌食となった経験がある。あれは子犬が初めて外へ散歩に出かけ、そこで大型犬に出会ってしまったような光景だった。ほぼ事故。痛々しい事故。あれ以来はなっちはパイセンに絶対服従を誓っている。可哀そうに。その時の記憶が蘇えったのだろう。今の彼女は恐怖で耳が垂れてしまった犬の様だ。

パイセンも無理強いなどしない。はなっちの代わりに今度はかいちょの方を向くけど、彼女は黙々と勉強していて目を合わせてくれない。
「なあ、羽島。少し相手をしてやってくれよ」
「お断りします。」かいちょにしては強めの言い方だった。一瞥もせず、ペンを走らせている。
「なぁ、いいだろぉ」
パイセンが甘えた声を出した。こんな姿を見せるなんて珍しいな。(あれ?意外にかいちょの方が立場上だったりする?)実際、会長と副会長なわけだし。

無理そうだと思ったのか、ふーみんの方が応えた。
「もういいですよ。先輩。ありがとうございました」
「なんだ、もういいのか?もっと色々技を教えてやるぞ?」
パイセンに肩を掴まれた(やめてください)
「伊吹山は筋がいい。もっと練習すれば強くなれる!」
肩に乗せられた手に力が入る(痛いです)
「いえ、その子が嫌がってるから」
「そうか。無理強いは良くないな」(パイセン、本当にそう思ってます?)
「アンタは?」ふーみんの視線がこちらに向けられる。
「技かけたいんなら、私が練習台になってあげるけど」
「アタシもいいよ。どうせ技が極まらないから」
ブラジリアン柔術は締め上げたり、関節を極めたり、腕や足の長い方が有利に働きやすい。小柄なアタシには最初から不利なのだ。そもそもアナコンダチョークを極めようにも背の低いアタシには腕を回すのにだって一苦労だ。
「海津はちんちくりんだからなぁ」なっ!率直すぎますよ!パイセン。
「でも、お前は頭がいい。相手をよく見て技を組み立てられれば勝つ方法はいくらでもあるぞ」
パイセンがアタシの脇を抱え、持ち上げた。
「それにはまず体を作らないとな。軽過ぎだ」アタシを軽々と上下させてみせる。
「パイセン。アタシをダンベル代わりにしないでください」
「筋力も付けないとな。体格の差はどうにもならないが、それを補うのは筋肉だ」こちらの話など聞いちゃいない。上下運動が続く。
ふーみんまでアタシがおもちゃにされているのを気に留めることなく会話する。
「私、初めてブラジリアン柔術?っていうのやったんですけど、柔道とは何が違うんですか?」
「ハハッ!その質問、フッ、フッ、よく聞かれるよ。フッ、フッ、」この人・・・・・・アタシは諦めてダンベルと化した。
「そうだなぁ、伊吹山は柔道の技がいくつくらいあるか知ってるか?フッ、フッ、」
「いえ、全然。一本背負いくらいは知ってますけど」
「フッ、フッ、柔道の技は大体100くらいあると言われてる。フッ、フッ、」
「そんなにあるんですか⁉」
「驚いたか?フッ、フッ、けどな、ブラジリアン柔術の技は1000以上あるんだぞ」
「は⁉ウソでしょ?」
「ハハッ!嘘じゃないさ。フッ、フッ、柔道というのは格闘技だ。相手を倒すことを念頭に置いているから技は洗練され絞られていったんだろう。フッ、フッ、少なければ考える必要無く体に覚えさせた技が即座に出るからな。フッ、フッ、対してブラジリアン柔術は柔道を源流にしてはいるが、フッ、フッ、格闘技という側面はうすい。どちらかと言えば、フッ、フッ、頭で考えながら技を組み立てていく競技。スポーツと言った方がいいな。フッ、フッ、だから今でも新たな技が考え出され増え続けているんだ。フッ、フッ、」
これがスポーツ?パイセンなら素手で熊もねじ伏せるでしょうよ。酒場で待っていれば勇者から武道家としてスカウトされるんじゃないですか?

「フッ、フッ、フッ、フッ、」
いい加減、揺すられ続けたので気持ち悪くなってきた。アタシはパイセンの腕をタップした。
「ああ、悪かったな」そう言ってすぐに開放してくれるパイセン。
「ブラジリアン柔術の試合はポイント制なんだ。そのポイントを狙って技をかけていくんだが、タップというのは降参の意味だから柔道で言えば一本勝ちだ。タップされたら直ぐに相手を開放しなくてはいけないんだぞ」
「へー、そうなんですか」と、ふーみん。

「もーーーっ!」

間の抜けた声がした。かいちょが発したもののようだ。
「タップなんて、風香さんは知ってました?」
「格闘技は知らないけど、タップくらい誰でも知ってるでしょ?」
「私は知りませんでした!もーーーっ!」
かいちょが怒るなんて珍しいね。っていうか、それ怒ってるの?カワイイんですけど。
「ハハハッ!もういいじゃないか羽島」
「よくありません!」
「パイセン!何かあったんですか?」
「いやな、1年前の事だよ。羽島が生徒会に入りたいってやってきたんだ」
向こうからかいちょの視線がビシビシ飛んできて痛い。けど、無視しておこう。
「うちの高校、進学校だろ?生徒会って勉強の邪魔だから、なりたがる奴なんて滅多にいないんだ。だから選挙もないし、ほとんど先生か生徒会役員の推薦で決まるんだよ」
「そうなんですか。それで?」
「で、アタシが羽島を推薦してやるかどうかテストしてやったのさ」
「テスト?」
「根性テスト。さっきのアナコンダチョークを極めてな」
「うわっ、何、そのえげつないテスト」ふーみんが顔を引きつらせる。
「敬遠される生徒会でも自分から入りたいってヤツはたまにいるんだ。でもそういうのは大概、生徒達のトップに立てる優越感?みたいなイメージだけで入りたがるんだよ。後は大学の推薦が受けやすくなるんじゃないかってヤツもいるし」
アタシもアニメによく出てくる生徒会という言葉の響きに、憧れを持っていたのは黙っておこう。
「生徒会は結構大変なんだぞ?生半可な気持ちで入って来られてもこちらも迷惑だ。だから根性があるかどうか技をかけて試してるんだよ」
この人、発想が武闘派。
「まず、挨拶も出来ないようなヤツは最初から断る。その点、羽島は生徒会室に入って来た時からしっかり頭を下げて礼儀正しかったな」
「もしかして私もさっきテストされてたの⁉」ふーみんが驚く。
「ああ、見込みのありそうなやつをいつも探してるんだ。さっき一緒にいたヤツらは挨拶もしないで行っちまったからアレはダメだ。伊吹山はなんとか挨拶は出来たからアナコンダをかけた」
「私、生徒会には入りませんよ!」
「ハハハッ、お前はもう不合格だから安心しろ」
なんだか複雑な表情のふーみん。
「合格するにはどうするんですか?」
「アナコンダチョークにどれだけ耐えられるかだ。タップしないで」
ああ、それで。アタシもアナコンダをかけられたときコンマ何秒で即座にタップした覚えがある。根性のコの字も無い私は、即不合格だったわけか。別に生徒会へ入ろうとは思っていなかったけど。
「もーーーっ!」また間の抜けた声が響く。
「私は知らなかったんです!タップなんて!」
「アハハ!羽島は技をかけられた後、ずっともがき続けていたからなぁ。コイツ根性あるなって感心してたんだぞ?まさかタップを知らないとは思ってもみなかった」
テレビを置いていないような家で育ったかいちょならあり得るかもしれない。
「本当に絞め殺されるんじゃないかって必死だったんですっ!こんな変な先輩がいると知っていれば生徒会に入ったりしませんでした!」
「オイオイ、変とは失礼だな。アハハ!」
「猪野先輩のせいで生徒会がなんて呼ばれてるか知ってます?『戦える生徒会』ですよ?」
「いいじゃないか。戦える生徒会。カッコイイ!」
実際戦えるのはこの人だけだろうけど、根性のある集団というのなら生徒会は武闘派なのかもしれない。武闘派生徒会。ちょっとカッコイイかも。
「カッコイイとか要りませんからっ!」
「ハハハッ!」
先輩の豪快な笑いが響き渡った。
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