ゆるゾン

二コ・タケナカ

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(今日はまだ来てないのか、)
少しでも遅れようものならまた怒りだしそうで、放課後すぐ部室に来たというのにふーみんはいなかった。
ホームルームの後にある掃除の時間は彼女と別々の場所だったから、まだ掃除しているのか、それとも何か用事があるのかは分からない。
とりあえずアタシはタブレットを取り出し、これまでの活動内容をまとめることにした。

『ゾンビ研究部 活動報告・・・・・・』
カシャン・・・カシャン、カシャン・・・カタン、カシャ、カシャ・・・
はなっちがいつもの様にタイプライターの音係を引き受けてくれている。ナイスはなっち!
「カシャン・・・カシャン、カシャン・・・・・・あー、喉乾いちゃった」
流石にカシャン、カシャン言い続けてると喉も乾くよね。アタシは真顔で言った。
「んー、インクが切れたか。補充しないと」
「嫌だよ。インクなんて飲みたくない」
「プッ!」
側で勉強していたかいちょが吹き出した。さてはかいちょ、このタイプライターごっこお気に入りだね?

「何か飲物買ってこようか?」
「今月のお小遣いはもうお菓子に使っちゃったよ。月光ちゃんがおごってくれるなら」
「アタシだってゲームに使って、とうの昔に無いよ」
二人してかいちょの方を眺めるけど、彼女は黙々と勉強していて目を合わせてくれない。こっちの会話、聞いてるんでしょ?
しょうがなくアタシは各テーブルに設置されている水道を指さした。出番はそんなにないはずなのに必要あるのか、杓子定規で理科室にあるアレだ。
「そこの水で我慢しとけば?」
「んーーーん・・・・・・」
彼女はあまり気が進まないらしい。生返事が返って来る。
「アニメなんかだと、理科の先生がアルコールランプでお湯を沸かしてコーヒー淹れたりするんだけどね」
「白衣着てビーカーで沸かすんでしょ。ちょっとやってみたいよね」
「ダメですよ。備品を勝手に使っちゃ」
やっぱりこっちの話、聞いてたんじゃん。でも、さすが生徒会長。そういうところはちゃんとしてる。って言うか、使うなんて言ってないんですけど?
「お湯を沸かしていいなら、私カップラーメン食べたいな」
はなっちは食いしん坊だなぁ。そんなところも可愛いよ。

アタシ達がたわいのない会話をしていると、やっとふーみんが来た。
「おつかれー」
そう言って入って来た彼女がテーブルの上に袋を置く。
「みんなで食べようと思ってお菓子とか買ってきたわよ」
「いいの⁉」
はなっちが食いついた。
「花が今日もお腹すかせてるんじゃないかと思ってね」
「ありがとー、風香ちゃん」
ふむ。こういう気遣いがさらりと出来るとは。人気者は違うな。アタシならよっぽどの事が無いと他人におごったりしないのに。おごるくらいならゲーム買うし。
「ほら。アンタも遠慮しないで取りなさいよ」
では、お言葉に甘えて。
ポリポリとお菓子を摘まみながらふーみんに聞いてみた。
「早く話の続きを聞かせろって言ってくるかと思っていたのに、今日はのんびりなんだね」
「ああ、もう諦めたわ。アンタの話は長いから、お菓子でも食べながら聞こうと思ったのよ。どうぞ、好きなだけ話してちょうだい」
「そうですかい。なら飽きる程話してあげようじゃあ、ないですか」
アタシはビシッと白衣に腕を通すフリをして、教壇に上がった。

「えー、ゾンビの可能性についてだったかな?」
「議題書くの忘れてるわよ」
ム、仕切りはじめてきたな、この娘。アタシがこの部の部長なんですけど、分かってる?
忘れてしまっていたのは確かなので黙ってホワイトボードに議題を書く。
『第4回 ゾンビが街に溢れた時の対処法について』
マジックを握ったついでに、
「ゾンビの特徴をまとめておこう」
ホワイトボードへ思いつくままゾンビの特徴を箇条書きしていく。
・ウイルスに感染する事でゾンビになる。
・感染すると自我は無くなる。(元には戻らない)
・常に食べ物(主に人)を求めて徘徊している。
・ゾンビ同士での共食いはしない。
・動きはのろい(たまに走り出す個体もいる)
・ゾンビに噛まれたり、引っ掛かれたりすると感染し、その者も間もなくゾンビ化する。
・痛みは感じない。もしくは鈍感なので腕や足がもげても執拗に追いかけて来る。
・倒すには基本、頭を狙うしかない。
(ダメだぁ。あんまり細かく書きすぎるとまたふーみんに怒られる)
ほぼホワイトボードを黒く埋め尽くしてしまったところで、アタシはマジックを置いた。
「今のゾンビをまとめると、こんな感じかな?作品によっては別の要素が加わったりするけど、これくらいは一般常識として広く認知されていると思ってもらっていい」
見るとかいちょが驚愕の表情を浮かべていた。そうだ。ここにゾンビの一般知識が皆無な人がいたんだった。アンタの想像していたゾンビはどんなものだったのさ?可哀そうに。最新のリアルゾンビへと知識がアップデートされてしまったか。

言葉を失うかいちょをしり目に話を進める。
「ゾンビの存在がウイルスによって現実味を増したと昨日、説明したよね?」
「ええ、」
「思い出して。元々のゾンビは死体が動き出すというものだったんだよ」
「そうね。ウイルスによって死体が動くなんてありえないわ」
アタシは自分で見ても不気味なんだろうな、という笑みを浮かべた。
「な、なによ」
「死体が動き出すというのは、もう古いのさ。ウイルスという可能性が登場した時点でね」
コツ、コツ、コツ、と教壇の上をゆっくり歩いてみせる。
「だからっ、何よ!アンタのそういうもったいつける所、いらないのよ!」
ひどいなぁ。面白いって言ってくれたのに。
ふーみんのヤジにめげず、更にもったいつけてやるアタシ。手で顔を覆い、マッドサイエンティストが狂気の大発見をしたかのように声を絞り出した。
「クッ、クッ、クッ、」
そしてたっぷり時間をとってから、腕を広げて言い放つ。
「ゾンビは死んでなどいない!生きているのだよ!」

ピカッ!
ゴロゴロゴロー・・・・・・
脳内で雷のエフェクトがかかり、雷鳴が轟く(外は今日もいい天気だ)

白けた顔で見てくるふーみん。
「もう・・・それ・・・ゾンビじゃ、ないじゃない。」
「ふーみんはこういう分野に詳しくないだろうけど、今のゾンビはウイルスに感染した”人”という認識なのさ」
「それ、ただの病人よ。」
「病人か・・・・・・もう一度ここに書き出したゾンビの特徴を見てよ」
彼女達の視線が文字を追う。
「病人をゾンビと呼ぶのはどうかと思うけど、にしても自我が無くなるっていうのはどうなの?あと、人を襲うなんて・・・・・・」
ふーみんが言い淀んだところを切り返す。
「絶対に人を襲わないと言える?」
「あまり考えたくはないけど、病気によって錯乱していたというのなら、」
「ありえるでしょ?今のゾンビの認識というのは創作から抜け出し、限りなく現実へ近づいているんだよ」
「でも結局アンタの言ってる事は起こるかもしれない”可能性”ってだけじゃない。存在の証明にはなってないわ。それにその可能性も未知のウイルスが!とか言うんでしょ?」
「ふむ。実はウイルスもそろそろ古いんじゃないかと、アタシは考えているのだよ」喋りながらまたゆっくり歩いてみせる。あ、ふーみんが足をゆすり始めた。これ以上は本当に怒らせるからやめておこう。
アタシは教卓に手を付き言った。
「誰か、クールー病って知ってる?」
物知りなかいちょの方を見たけど、首を振っている。
「クールー病っていうのは発症すると歩き方がおぼつかなくなったり、上手く喋れなくなったり、感情も不安定で時には攻撃的になったりする病気なんだ」
「それってもう、ほとんど・・・・・・」
ふーみんが言おうとした言葉を続けた。
「ゾンビみたいでしょ?」

かいちょが「私も医療に詳しい訳ではないのですか」と前置きして、
「そんな名前の病気聞いた事ありませんが、本当にあるのでしょうか?」
「一般的ではないんだよねぇ、ある事をしなければ発症しない病気だから」
「ある事とは?」
かいちょには刺激が強すぎるかな?と思ったけど、ふーみんの視線が言わない事を許さないと圧をかけてくる。
まあ、いいか。
「カニバリズム。人食だよ」
「ふぅ、」
力が抜けた様に息を吐いて、一瞬かいちょが白目をむいてしまった。大丈夫?
ゆらりと体が揺れたので倒れるのではないかと思ったら、そのまま目を閉じゆらゆらと揺れ始めた。あー、コレ自己防衛に入ってるな?もう外界とは意識を遮断しようとしてる。

かいちょには可哀そうだけど、
「ここまで来たんだから、最後まで聞かせてあげよう」
かいちょは耳を塞いでしまった。
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