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第11章 第6章 二人の愛は永遠に~ あおいの秘密のパスワード
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今日は11月11日。あおいは学校が休みの日だ。あおいは今、養護施設にいて、奏太が来るのを待っている。
奏太は今日、あおいと一緒に岩場の海岸に行く約束をしていた。もちろん、養護施設の川上さんと施設長も喜んで了解してくれた。
午前10時30分、養護施設の前に奏太の車が止まった。川上さんは二階の談話室で座って待っているあおいに、大きな声で伝えた。
川上「あおいちゃん、奏太さんが来たわよ!」
あおい「わかったわ! 今すぐ行くね!」
たたた……
二階からあおいが、階段を走って降りてくる。すると……
ずっとーん!
あおいは足を踏み外して、こけてしまった。
「あおいちゃん、だいじょうぶ!?」
川上さんが心配そうに、あおいの近くにかけつけてきた。
いたたた……
するとあおいがすぐに起き上がって、玄関に走っていった。
川上「ふう、どうやら大丈夫のようね」
あおいの元気そうな様子を見て、川上さんは安心した。
あおいは玄関までやってきて靴を履こうとしたとき、おばさんは気づいた。
川上「あれ? あおいちゃん、バッグはどうしたの?」
あおい「あー! すっかり忘れてたあ」
たたた……
あおいは慌てて二階に戻り、談話室の机に置き忘れたバッグを持って、再び1階に降りて来た。
あおい「あはは、バッグには携帯も入っていたんだあ」
川上「もう~あおいちゃん。なんだかここ数日、転んだり、頭を角にぶつけたり、忘れ物したりと……ずいぶんそそっかしいよ。活発で明るくなったのはいいけど、かなりのどじっこになってしまい、別の意味で心配してるよ!」
あおい「えへへ、これから気をつけるね! じゃあ、行ってくるね!」
あおいは頬をポリポリかいて、奏太の車の助手席に入っていった。奏太は軽く会釈をして、あおいを連れて九十九里の岩場の海岸に向けて出発した。
川上さんは、見送りにやってきた施設長に話しかけた。
「しかしまあ、この1週間で、あおいちゃん、すっかり元気になったね」
「学力も上位に入り、不思議なこともあるんですね」
川上さんも施設長も、あおいが元気になったことにとても喜んでいた。
10時50分。二人は九十九里の岩場近くの駐車場に着いた。
車を駐車場に止めて、二人は岩場を並んで歩いて行く。
……やがて海岸線にやってきた。今日は快晴だ。風も緩やかで11月にしては、とても心地よい陽気だった。
あおい「わあ、やっぱり何度来ても、この海岸、きれいね」
奏太「ああ、いつ見ても素敵な眺めだね」
二人はしばし、静かに海岸線を眺めていた。
今日は11月11日。
この日は、奏太がもともといた最初の世界で、あおいにプレゼントを渡して告白する予定だった日でもある。
奏太は今日、ある重大な決意をし、あおいに伝えることを考えていた。
「ところで、あおいちゃん……」
「ん? なあに?」
あおいはいつものようにリラックスしているのに対し、奏太は緊張気味のようだ。
「あおいちゃんは……高校を卒業したら、何かやりたいこととかあるの?」
「うーん。学校卒業まであと1年半かあ。実はまだ何も決めてないし、何もわからないんだあ。あはは」
それはそうだろう。あおいはつい最近までは、ずっと施設でふさぎ込んでいて、不登校だった。学校も進学さえ危うく、とても将来を考えるどころではなかった。
しかし奏太と出会ってから、あおいは明るくなり、成績も急上昇している。精神面では、年齢相応でない子供のようなところもあるが、それも次第に回復しているようだ。この様子なら普通に学校を卒業できるだろうと川上さんも話していた。
おっほん。
奏太は珍しく、緊張している。何か大事なことを話そうとしている様子だ。
「あおいちゃん、あのさ……もし……君がよければだよ」
あおいは目を大きくして奏太を見つめた。純粋な目でまっすぐ見つめられて、奏太はますます緊張した。
「あおいちゃんが高校を卒業するとき、俺はまだ大学4年だけどさ。俺、大学卒業したら、会社に勤めず、おじいちゃんの研究所を使って、自分で仕事をすることにしたんだ」
「へえ~、やっぱり奏太ってすごいんだね」
あおいはいつの間にか、「お兄ちゃん」でなく、「奏太」と呼ぶようになっていた。
ただ奏太にとって「お兄ちゃん」と呼ばれることには違和感があり、やはり「奏太」と呼ばれる方がしっくりくる。
「俺、大学4年になったら週に3,4日は実家に戻って、研究をするつもりなんだ」
「そうなんだあ」
「そこでなんだけど……あおいちゃん……」
奏太の緊張はピークに達した。
「あおいちゃんが高校を卒業したら……俺の家に来ないかい?」
――ついに言ってしまったあ。あおいちゃん、どう思ったかな。やはり言うの早すぎたかな。もし変に思われたらどうしよう。
ドキ、ドキ
奏太は心の中で焦っていた。
しかしあおいは、いつもどおりの表情をして、奏太をじっと見つめていた。
「い、いや、別に深い意味はないんだよ。俺の家、広いしさあ、母もいるしね。あおいちゃん、高校を卒業したら仕事を見つけて養護施設を出ていかないといけないだろ。
だったら、俺、仕事の助手がほしいなあって思っててね。その助手をあおいちゃんにしてほしいなあって。まあ、新しい家族ができたと思ってさ、気楽に過ごしてくれればいいかな。なんちゃって、あはは」
「いいよ」
え?
あおいからあっさりと、OKの返事が出た。
「あたしも……これからずっと奏太と一緒にいたいもん」
実は奏太は、今日の雰囲気次第では、婚約の話をしようと考えていた。ただ奏太もまだ学生の身分であり、あおいも高校2年だ。しかもまだ出会って1週間しか経っていないので、現実的でない。
そこで奏太は、あおいが高校を卒業したら、あおいを実家に家族のように迎え、家の仕事の手伝いをするように誘うのが妥当なラインと考えていた。しかしそれを言うのもさすがに緊張する。
あおい「だって、奏太と一緒の家に住んでいたら、会いたいときに会えて、いつでも話ができるんでしょ」
――ふう~やっぱりまだ早いかあ
奏太はあおいの返事に嬉しくもあったが、少しため息をした。
あおいは、記憶喪失の後遺症から回復してきているものの、恋愛的な理解については、全然高校生に達していなかったのだ。
……ひょっとしたら……まだ恋愛や結婚とかの意味はわからないのかなあ。男の家に住むことの意味がよくわかってないみたいだ。まあ、気長に待つか……
しかしそれでも、高校を卒業して、あおいが実家に来てくれることにOKをもらえただけでも、奏太は幸せだった。
「そうだ、ところであおいちゃん。実はプレゼントがあるんだ」
「ええ! 本当、うれしい!」
「あおいちゃん、じゃあ目を瞑(つむ)って」
「目を瞑るの?」
「うん」
「じゃあ、目を瞑るね!」
あおいは目を瞑って、顔をやや上にあげて奏太の方を向いていた。
……おいおい、これって「キスして」っていうポーズじゃないか。あおいちゃん、本当はもうわかっていて、俺のことからかっているんじゃないだろうな。
奏太はそんな気持ちまで起きて来た。
……う~ん、あおいとの初キッスは以前に済ましているし、いっそこのままキスしようかな。
しかし奏太は考えた。
……いや、この世界のあおいは、そのことを覚えていない。それでどさくさにキスをするなんて、男として最低だろ。
奏太はキスをするのをやめた。そしてジャケットの内ポケットからペンダントを取り、あおいの首にそっとかけた。
「あおいちゃん、目を開けていいよ」
あおいは目をあけた。すると首元に神秘的な光を灯っている宝石がついたペンダントがかかっていた。
「この宝石きれいー。あたし、この宝石、とても気に入ったよ。ありがとう!」
「この宝石はね、心から願った思いを実現する、不思議な力があると言われているんだよ」
「そうなんだあ」
「あおいちゃんの願いだってきっと叶えてくれるよ。どんな願い事をしたいかい?」
「うん、そうだなあ。これからもずっと奏太と一緒にいたいなあ」
「その願い、俺も同じだよ」
「あ、そうだね。えへへ、私はもうそれだけで満足だよ」
ベガ光石はすでに魔法のエネルギーを宿していない。しかし今、奏太の最大の願いだった、あおいとの再会が実現したのだ。
それから奏太はもう一つ気になることがあった。あおいが時々、眺めている携帯のことだ。
奏太は今、アナンとの最後の別れのときに聞いた、アナンからのアドバイスを思い出している。
……
アナン「奏太さん、二つ言い忘れたことがあるけど、あおいさんの記憶障害は、時空線病と関係しているかもしれません」
奏太「時空線病っておじいちゃんもかかっていたあの症状か」
アナン「あくまで推測なのですが、可能性は極めて高いと言えます。時空線病は三次元と四次元の狭間に長く接することで起きる症状で、代表的な症状として記憶障害があるんです。きっとあおいさんが消えてしまったとき、あおいさんの魂は、しばらく時空間をさまよっていたのでしょう」
奏太「記憶が蘇ることはあるのか? 俺のおじいちゃんのように?」
アナン「道徳的なことや学校や仕事で学んだことは、近いうちに取り戻せるでしょう。しかしあおいさんの様子を伺った限り、以前の世界で暮らしていた記憶までは取り戻せないしょう。あなたのおじいちゃんは三次元と四次元の狭間にいた時間はわずかだったため、数十年後に完全に記憶を取り戻せたと考えます。しかしあおいさんの魂は、その空間でさまよっていた時間が長すぎたように思えます。精神エネルギーにとてつもない影響を与えることがない限り、以前の世界に住んでいた記憶はもう蘇ることはないでしょう」
奏太「なんだい、そのとてつもない大きな影響って……」
アナン「例えば、元々あおいちゃんがいた世界にタイムマシンで戻って、その世界の様子を直接見てしまうとかです。この世界にいる限りはそのようなことは起きませんが。
ただここでもう一つ、気になることがあるんです……」
奏太「それは……」
アナン「これも仮説なんですが、あおいさんがもし記憶を取り戻した場合、あおいさんの魂と肉体は、本来あるべき場所に戻ってしまうんではないかということです」
奏太「本来あるべき場所に戻る? どういうことだ?」
アナン「私たちはそれを霊界と言います。つまり、あおいさんは本来、すでに亡くなっている状態です。しかし肉体が蘇生して、しかも魂まで宿してこの世界に現れたんです。これを人は奇跡というんです。なにせ死者が蘇って、失った肉体まで蘇生してしまったんですから。そしてこの世界にあなたまでやってきた……。これは、私たち24世紀の科学でも到底、解明は不可能です。
ベカ光石が最後の魔力を振り絞って、二人の願いを叶えたとしか説明のしようがありませんからね」
……
アナンの助言を振りかえると、このような感じだった。これを踏まえて、奏太はあおいに、携帯のことについて質問してみた。
「ところであおいちゃん、いつも携帯を眺めているけど……もう壊れて直らないんだよね。その携帯、いつまで持ってるのかなあ」
「う~ん、今まではこの携帯日記のことを考えると、心が安らいでね。きっと、とても幸せな思い出がここに書かれているような、そんな気がしてたんだ。だから寂しくなった時、この日記のパスワードが解けて、日記の中身が読めたらいいなあってよく考えていたの。
それと……このパスワードが解けて、日記を読むことができたら、すべてを思い出しそうな気がしてね。
でもね……自分の過去を知りたいなあと思いつつも、すべてのことを思い出してしまうと、なにもかも失ってしまうような気もしてね……」
――やはりそうか。
奏太は、あおいも本能で感じ取っていると思った。
アナンの言った仮説が正しければ、あおいがすべての記憶を取り戻したら、この世界にいられなくなる。あおいの携帯に保存してある日記は、けっして解いてはいけないパスワードかもしれない。前の世界では、あおいは俺に正体がばれないようにしていたけど、この世界ではまるで逆の立場になってしまったようだ。
あおいが唯一、この世界に持ち込んだ携帯に、あおいの記憶を甦らせてしまう恐れのある日記があることを、奏太は知っている。
その日記のアプリには、パスワードがかかっていたが、あおいは三年間、そのパスワードを解くことができなかった。しかしそのパスワードを解いて、あおいが日記を見てしまったとき、あおいの記憶が甦るのではないかと思った。
アナンの話を踏まえると、あおいに記憶障害があるからこそ、あおいは本来行くべき霊界に行かずに、この世界、いわゆる異空間とも言えるこの世界に投げだされたではないかと、奏太は考えている。そしてそれは、奏太自身にも言えることだ。奏太もある意味、特別な存在になってしまっている。
もしあおいがあの日記をきっかけに記憶を取り戻せば、あおいがこの世界からいなくなる。あの携帯日記だけは、あおいに絶対、開かせてはならないパンドラの箱だ。
奏太はそのように思っていた。
「あおいちゃん、あのさ、今でもその携帯がないと寂しいのかい?」
あおいはしばらく考えて答えた。
「うんうん、奏太がそばにいてくれるから、今は寂しくないよ。
でも……奏太が近くにいないときはやはり寂しいなあ。そのときは、つい、携帯日記のことを思い出してしまうなあ。
だから早く……高校を卒業して奏太の家に行きたいな。
いつも一緒にいれたら、この日記に何が書かれているかなんて、忘れてしまうかも」
「確かに、高校を卒業するまで、まだ時間があるなあ」
奏太は考えた。
「じゃあこうしようか! あおいちゃんが高校を卒業するまでの間、そのペンダントを俺と思って大事にしてくれないかな。それならもう、その壊れた携帯はいらないよね」
「うーん、奏太がそういうなら、このペンダントを奏太と思って、大切にするね!」
「いっそのこと、今、この携帯を海に捨ててしまうかい?」
「うん!」
「それじゃあ、一緒に一斉のせいで海に投げようか!」
「うん、わかった!」
あおいと奏太は二人で携帯を握った。奏太は左手で、あおいは右手で携帯を握った。
それから二人は、携帯を海に投げ出した。
「いっせいのせい!」
ちゃぽん
携帯は海に沈んでいった。
あおい「あーあ、これでもう、あの携帯、取り戻せないね」
奏太「なんだい、まだ少し寂しいのかい?」
あおい「うんうん、もう大丈夫。でもそれよりも奏太の方が……なんだかあの携帯と別れ惜しんでる気がするよ」
奏太「ああ、そりゃ、あおいちゃんがいつも気にしていた携帯だったからね」
あおい「じゃあ、今から潜って取りに行こうっか?」
あおいは半分笑いながら言った。
奏太「もういいよ。俺は今、世界で最も大切なものを取り戻せたんだから」
あおい「ん? それってなあに?」
奏太「やだ、教えない」
あおい「ええ、教えてよー」
奏太「だーめ!」
あおい「奏太のケチ!」
奏太「あはは」
奏太は心の中で思っている。世界で最も大切なもの……それは、おおいちゃん、君だよと……。
あおい「ねえ、あたしたち、前世で縁があったのかな?」
奏太「どうして、そう思うんだい?」
あおい「だって、あたし、ずっとずっと奏太を待っていた気がするんだよ。
この岩場の海岸も……あたし、ここで待っていれば、きっと誰かが……私を幸せにしてくれる誰かがやってくるのかなあって思ってた」
奏太「ああ、俺もそう思うよ」
あおいは、奏太の右腕を両手でぎゅっと掴んできた。
あおい「あたし、とても幸せだよ。奏太に会えて……」
奏太「俺もだよ……もうしばらく、こうしていようか」
あおい「うん!」
あおいはさらに深く腕を組んで、奏太に寄り添ってきた。
奏太は今、携帯が沈んだ海を眺めながら思っている。
あのタイムマシンは二度と使うまい。そして俺はずっとこの世界で生きることにした。
あおいと一緒に。やっと二人で出会えたこの世界で……。
奏太は、合わせて3つの世界の記憶を持っていた。
自分が霊界通信機の事故で死んだ未来の世界。
あおいがタイムマシンでやってきた過去の世界。
そして今、新しくできたこの世界。
奏太は、この三つの世界の記憶を同時に持っている。
しかし奏太は今、自分は最高に幸福者だと思っている。
あおいとこうしてまた、恋愛ができるなんて……。
奏太は自分が死んでしまった未来の世界で、最初にあおいに恋をした。
未来からあおいがやって来た過去の世界においても、あおいに恋をしてしまった。
そしてまた、この新たな世界であおいとゼロから恋ができる。
奏太は3度も、あおいと最初から恋ができるなんて、自分は本当に幸せと思い、あおいとこの世界でずっと暮らすことを決意した。
奏太は、携帯が沈んでいった海を見て思った。
これであおいの記憶は、もう二度と戻らない。
タイムマシンも二度と動かさない。
でもこれでいいんだ。
奏太は、あおいを見つめながら、自分を救ってくれた、あおいのタイムマシンの五文字のパスワードを、今、静かに振り返っていた。
【奏太へ 私と海と電話】
私➡️I
海➡️sea
電話➡️tel
I sea tel
あいしてる(愛してる)……
奏太は今日、あおいと一緒に岩場の海岸に行く約束をしていた。もちろん、養護施設の川上さんと施設長も喜んで了解してくれた。
午前10時30分、養護施設の前に奏太の車が止まった。川上さんは二階の談話室で座って待っているあおいに、大きな声で伝えた。
川上「あおいちゃん、奏太さんが来たわよ!」
あおい「わかったわ! 今すぐ行くね!」
たたた……
二階からあおいが、階段を走って降りてくる。すると……
ずっとーん!
あおいは足を踏み外して、こけてしまった。
「あおいちゃん、だいじょうぶ!?」
川上さんが心配そうに、あおいの近くにかけつけてきた。
いたたた……
するとあおいがすぐに起き上がって、玄関に走っていった。
川上「ふう、どうやら大丈夫のようね」
あおいの元気そうな様子を見て、川上さんは安心した。
あおいは玄関までやってきて靴を履こうとしたとき、おばさんは気づいた。
川上「あれ? あおいちゃん、バッグはどうしたの?」
あおい「あー! すっかり忘れてたあ」
たたた……
あおいは慌てて二階に戻り、談話室の机に置き忘れたバッグを持って、再び1階に降りて来た。
あおい「あはは、バッグには携帯も入っていたんだあ」
川上「もう~あおいちゃん。なんだかここ数日、転んだり、頭を角にぶつけたり、忘れ物したりと……ずいぶんそそっかしいよ。活発で明るくなったのはいいけど、かなりのどじっこになってしまい、別の意味で心配してるよ!」
あおい「えへへ、これから気をつけるね! じゃあ、行ってくるね!」
あおいは頬をポリポリかいて、奏太の車の助手席に入っていった。奏太は軽く会釈をして、あおいを連れて九十九里の岩場の海岸に向けて出発した。
川上さんは、見送りにやってきた施設長に話しかけた。
「しかしまあ、この1週間で、あおいちゃん、すっかり元気になったね」
「学力も上位に入り、不思議なこともあるんですね」
川上さんも施設長も、あおいが元気になったことにとても喜んでいた。
10時50分。二人は九十九里の岩場近くの駐車場に着いた。
車を駐車場に止めて、二人は岩場を並んで歩いて行く。
……やがて海岸線にやってきた。今日は快晴だ。風も緩やかで11月にしては、とても心地よい陽気だった。
あおい「わあ、やっぱり何度来ても、この海岸、きれいね」
奏太「ああ、いつ見ても素敵な眺めだね」
二人はしばし、静かに海岸線を眺めていた。
今日は11月11日。
この日は、奏太がもともといた最初の世界で、あおいにプレゼントを渡して告白する予定だった日でもある。
奏太は今日、ある重大な決意をし、あおいに伝えることを考えていた。
「ところで、あおいちゃん……」
「ん? なあに?」
あおいはいつものようにリラックスしているのに対し、奏太は緊張気味のようだ。
「あおいちゃんは……高校を卒業したら、何かやりたいこととかあるの?」
「うーん。学校卒業まであと1年半かあ。実はまだ何も決めてないし、何もわからないんだあ。あはは」
それはそうだろう。あおいはつい最近までは、ずっと施設でふさぎ込んでいて、不登校だった。学校も進学さえ危うく、とても将来を考えるどころではなかった。
しかし奏太と出会ってから、あおいは明るくなり、成績も急上昇している。精神面では、年齢相応でない子供のようなところもあるが、それも次第に回復しているようだ。この様子なら普通に学校を卒業できるだろうと川上さんも話していた。
おっほん。
奏太は珍しく、緊張している。何か大事なことを話そうとしている様子だ。
「あおいちゃん、あのさ……もし……君がよければだよ」
あおいは目を大きくして奏太を見つめた。純粋な目でまっすぐ見つめられて、奏太はますます緊張した。
「あおいちゃんが高校を卒業するとき、俺はまだ大学4年だけどさ。俺、大学卒業したら、会社に勤めず、おじいちゃんの研究所を使って、自分で仕事をすることにしたんだ」
「へえ~、やっぱり奏太ってすごいんだね」
あおいはいつの間にか、「お兄ちゃん」でなく、「奏太」と呼ぶようになっていた。
ただ奏太にとって「お兄ちゃん」と呼ばれることには違和感があり、やはり「奏太」と呼ばれる方がしっくりくる。
「俺、大学4年になったら週に3,4日は実家に戻って、研究をするつもりなんだ」
「そうなんだあ」
「そこでなんだけど……あおいちゃん……」
奏太の緊張はピークに達した。
「あおいちゃんが高校を卒業したら……俺の家に来ないかい?」
――ついに言ってしまったあ。あおいちゃん、どう思ったかな。やはり言うの早すぎたかな。もし変に思われたらどうしよう。
ドキ、ドキ
奏太は心の中で焦っていた。
しかしあおいは、いつもどおりの表情をして、奏太をじっと見つめていた。
「い、いや、別に深い意味はないんだよ。俺の家、広いしさあ、母もいるしね。あおいちゃん、高校を卒業したら仕事を見つけて養護施設を出ていかないといけないだろ。
だったら、俺、仕事の助手がほしいなあって思っててね。その助手をあおいちゃんにしてほしいなあって。まあ、新しい家族ができたと思ってさ、気楽に過ごしてくれればいいかな。なんちゃって、あはは」
「いいよ」
え?
あおいからあっさりと、OKの返事が出た。
「あたしも……これからずっと奏太と一緒にいたいもん」
実は奏太は、今日の雰囲気次第では、婚約の話をしようと考えていた。ただ奏太もまだ学生の身分であり、あおいも高校2年だ。しかもまだ出会って1週間しか経っていないので、現実的でない。
そこで奏太は、あおいが高校を卒業したら、あおいを実家に家族のように迎え、家の仕事の手伝いをするように誘うのが妥当なラインと考えていた。しかしそれを言うのもさすがに緊張する。
あおい「だって、奏太と一緒の家に住んでいたら、会いたいときに会えて、いつでも話ができるんでしょ」
――ふう~やっぱりまだ早いかあ
奏太はあおいの返事に嬉しくもあったが、少しため息をした。
あおいは、記憶喪失の後遺症から回復してきているものの、恋愛的な理解については、全然高校生に達していなかったのだ。
……ひょっとしたら……まだ恋愛や結婚とかの意味はわからないのかなあ。男の家に住むことの意味がよくわかってないみたいだ。まあ、気長に待つか……
しかしそれでも、高校を卒業して、あおいが実家に来てくれることにOKをもらえただけでも、奏太は幸せだった。
「そうだ、ところであおいちゃん。実はプレゼントがあるんだ」
「ええ! 本当、うれしい!」
「あおいちゃん、じゃあ目を瞑(つむ)って」
「目を瞑るの?」
「うん」
「じゃあ、目を瞑るね!」
あおいは目を瞑って、顔をやや上にあげて奏太の方を向いていた。
……おいおい、これって「キスして」っていうポーズじゃないか。あおいちゃん、本当はもうわかっていて、俺のことからかっているんじゃないだろうな。
奏太はそんな気持ちまで起きて来た。
……う~ん、あおいとの初キッスは以前に済ましているし、いっそこのままキスしようかな。
しかし奏太は考えた。
……いや、この世界のあおいは、そのことを覚えていない。それでどさくさにキスをするなんて、男として最低だろ。
奏太はキスをするのをやめた。そしてジャケットの内ポケットからペンダントを取り、あおいの首にそっとかけた。
「あおいちゃん、目を開けていいよ」
あおいは目をあけた。すると首元に神秘的な光を灯っている宝石がついたペンダントがかかっていた。
「この宝石きれいー。あたし、この宝石、とても気に入ったよ。ありがとう!」
「この宝石はね、心から願った思いを実現する、不思議な力があると言われているんだよ」
「そうなんだあ」
「あおいちゃんの願いだってきっと叶えてくれるよ。どんな願い事をしたいかい?」
「うん、そうだなあ。これからもずっと奏太と一緒にいたいなあ」
「その願い、俺も同じだよ」
「あ、そうだね。えへへ、私はもうそれだけで満足だよ」
ベガ光石はすでに魔法のエネルギーを宿していない。しかし今、奏太の最大の願いだった、あおいとの再会が実現したのだ。
それから奏太はもう一つ気になることがあった。あおいが時々、眺めている携帯のことだ。
奏太は今、アナンとの最後の別れのときに聞いた、アナンからのアドバイスを思い出している。
……
アナン「奏太さん、二つ言い忘れたことがあるけど、あおいさんの記憶障害は、時空線病と関係しているかもしれません」
奏太「時空線病っておじいちゃんもかかっていたあの症状か」
アナン「あくまで推測なのですが、可能性は極めて高いと言えます。時空線病は三次元と四次元の狭間に長く接することで起きる症状で、代表的な症状として記憶障害があるんです。きっとあおいさんが消えてしまったとき、あおいさんの魂は、しばらく時空間をさまよっていたのでしょう」
奏太「記憶が蘇ることはあるのか? 俺のおじいちゃんのように?」
アナン「道徳的なことや学校や仕事で学んだことは、近いうちに取り戻せるでしょう。しかしあおいさんの様子を伺った限り、以前の世界で暮らしていた記憶までは取り戻せないしょう。あなたのおじいちゃんは三次元と四次元の狭間にいた時間はわずかだったため、数十年後に完全に記憶を取り戻せたと考えます。しかしあおいさんの魂は、その空間でさまよっていた時間が長すぎたように思えます。精神エネルギーにとてつもない影響を与えることがない限り、以前の世界に住んでいた記憶はもう蘇ることはないでしょう」
奏太「なんだい、そのとてつもない大きな影響って……」
アナン「例えば、元々あおいちゃんがいた世界にタイムマシンで戻って、その世界の様子を直接見てしまうとかです。この世界にいる限りはそのようなことは起きませんが。
ただここでもう一つ、気になることがあるんです……」
奏太「それは……」
アナン「これも仮説なんですが、あおいさんがもし記憶を取り戻した場合、あおいさんの魂と肉体は、本来あるべき場所に戻ってしまうんではないかということです」
奏太「本来あるべき場所に戻る? どういうことだ?」
アナン「私たちはそれを霊界と言います。つまり、あおいさんは本来、すでに亡くなっている状態です。しかし肉体が蘇生して、しかも魂まで宿してこの世界に現れたんです。これを人は奇跡というんです。なにせ死者が蘇って、失った肉体まで蘇生してしまったんですから。そしてこの世界にあなたまでやってきた……。これは、私たち24世紀の科学でも到底、解明は不可能です。
ベカ光石が最後の魔力を振り絞って、二人の願いを叶えたとしか説明のしようがありませんからね」
……
アナンの助言を振りかえると、このような感じだった。これを踏まえて、奏太はあおいに、携帯のことについて質問してみた。
「ところであおいちゃん、いつも携帯を眺めているけど……もう壊れて直らないんだよね。その携帯、いつまで持ってるのかなあ」
「う~ん、今まではこの携帯日記のことを考えると、心が安らいでね。きっと、とても幸せな思い出がここに書かれているような、そんな気がしてたんだ。だから寂しくなった時、この日記のパスワードが解けて、日記の中身が読めたらいいなあってよく考えていたの。
それと……このパスワードが解けて、日記を読むことができたら、すべてを思い出しそうな気がしてね。
でもね……自分の過去を知りたいなあと思いつつも、すべてのことを思い出してしまうと、なにもかも失ってしまうような気もしてね……」
――やはりそうか。
奏太は、あおいも本能で感じ取っていると思った。
アナンの言った仮説が正しければ、あおいがすべての記憶を取り戻したら、この世界にいられなくなる。あおいの携帯に保存してある日記は、けっして解いてはいけないパスワードかもしれない。前の世界では、あおいは俺に正体がばれないようにしていたけど、この世界ではまるで逆の立場になってしまったようだ。
あおいが唯一、この世界に持ち込んだ携帯に、あおいの記憶を甦らせてしまう恐れのある日記があることを、奏太は知っている。
その日記のアプリには、パスワードがかかっていたが、あおいは三年間、そのパスワードを解くことができなかった。しかしそのパスワードを解いて、あおいが日記を見てしまったとき、あおいの記憶が甦るのではないかと思った。
アナンの話を踏まえると、あおいに記憶障害があるからこそ、あおいは本来行くべき霊界に行かずに、この世界、いわゆる異空間とも言えるこの世界に投げだされたではないかと、奏太は考えている。そしてそれは、奏太自身にも言えることだ。奏太もある意味、特別な存在になってしまっている。
もしあおいがあの日記をきっかけに記憶を取り戻せば、あおいがこの世界からいなくなる。あの携帯日記だけは、あおいに絶対、開かせてはならないパンドラの箱だ。
奏太はそのように思っていた。
「あおいちゃん、あのさ、今でもその携帯がないと寂しいのかい?」
あおいはしばらく考えて答えた。
「うんうん、奏太がそばにいてくれるから、今は寂しくないよ。
でも……奏太が近くにいないときはやはり寂しいなあ。そのときは、つい、携帯日記のことを思い出してしまうなあ。
だから早く……高校を卒業して奏太の家に行きたいな。
いつも一緒にいれたら、この日記に何が書かれているかなんて、忘れてしまうかも」
「確かに、高校を卒業するまで、まだ時間があるなあ」
奏太は考えた。
「じゃあこうしようか! あおいちゃんが高校を卒業するまでの間、そのペンダントを俺と思って大事にしてくれないかな。それならもう、その壊れた携帯はいらないよね」
「うーん、奏太がそういうなら、このペンダントを奏太と思って、大切にするね!」
「いっそのこと、今、この携帯を海に捨ててしまうかい?」
「うん!」
「それじゃあ、一緒に一斉のせいで海に投げようか!」
「うん、わかった!」
あおいと奏太は二人で携帯を握った。奏太は左手で、あおいは右手で携帯を握った。
それから二人は、携帯を海に投げ出した。
「いっせいのせい!」
ちゃぽん
携帯は海に沈んでいった。
あおい「あーあ、これでもう、あの携帯、取り戻せないね」
奏太「なんだい、まだ少し寂しいのかい?」
あおい「うんうん、もう大丈夫。でもそれよりも奏太の方が……なんだかあの携帯と別れ惜しんでる気がするよ」
奏太「ああ、そりゃ、あおいちゃんがいつも気にしていた携帯だったからね」
あおい「じゃあ、今から潜って取りに行こうっか?」
あおいは半分笑いながら言った。
奏太「もういいよ。俺は今、世界で最も大切なものを取り戻せたんだから」
あおい「ん? それってなあに?」
奏太「やだ、教えない」
あおい「ええ、教えてよー」
奏太「だーめ!」
あおい「奏太のケチ!」
奏太「あはは」
奏太は心の中で思っている。世界で最も大切なもの……それは、おおいちゃん、君だよと……。
あおい「ねえ、あたしたち、前世で縁があったのかな?」
奏太「どうして、そう思うんだい?」
あおい「だって、あたし、ずっとずっと奏太を待っていた気がするんだよ。
この岩場の海岸も……あたし、ここで待っていれば、きっと誰かが……私を幸せにしてくれる誰かがやってくるのかなあって思ってた」
奏太「ああ、俺もそう思うよ」
あおいは、奏太の右腕を両手でぎゅっと掴んできた。
あおい「あたし、とても幸せだよ。奏太に会えて……」
奏太「俺もだよ……もうしばらく、こうしていようか」
あおい「うん!」
あおいはさらに深く腕を組んで、奏太に寄り添ってきた。
奏太は今、携帯が沈んだ海を眺めながら思っている。
あのタイムマシンは二度と使うまい。そして俺はずっとこの世界で生きることにした。
あおいと一緒に。やっと二人で出会えたこの世界で……。
奏太は、合わせて3つの世界の記憶を持っていた。
自分が霊界通信機の事故で死んだ未来の世界。
あおいがタイムマシンでやってきた過去の世界。
そして今、新しくできたこの世界。
奏太は、この三つの世界の記憶を同時に持っている。
しかし奏太は今、自分は最高に幸福者だと思っている。
あおいとこうしてまた、恋愛ができるなんて……。
奏太は自分が死んでしまった未来の世界で、最初にあおいに恋をした。
未来からあおいがやって来た過去の世界においても、あおいに恋をしてしまった。
そしてまた、この新たな世界であおいとゼロから恋ができる。
奏太は3度も、あおいと最初から恋ができるなんて、自分は本当に幸せと思い、あおいとこの世界でずっと暮らすことを決意した。
奏太は、携帯が沈んでいった海を見て思った。
これであおいの記憶は、もう二度と戻らない。
タイムマシンも二度と動かさない。
でもこれでいいんだ。
奏太は、あおいを見つめながら、自分を救ってくれた、あおいのタイムマシンの五文字のパスワードを、今、静かに振り返っていた。
【奏太へ 私と海と電話】
私➡️I
海➡️sea
電話➡️tel
I sea tel
あいしてる(愛してる)……
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