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第11章 第2節 3年後の世界~あおいの恋のパスワード

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タイムマシンが作動した。燃料はアナンがメンテしたときに補充したため、往復分はぎりぎりあるようだ。奏太は思った。

――あとは天に運をまかせ、無事に戻ってこれることを祈るだけだ。いや別に戻れなくてもいい。あおいちゃんさえ助かってくれれば……。

タイムマシンは作動し、3年後の未来に向かって発進した。



……どれくらいたっただろうか。

時間と空間の感覚さえない。まるでタイムワープ中は、時間も空間も永遠に広がっている不思議な場所にさえ感じた。奏太は昨日、一睡もしていないためか、すっかり意識を失ってしまった。





……奏太はふっと目を覚ました。するとそこは……タイムマシンの中だ。

無事に俺は……未来に着いたのだろうか。



奏太はタイムマシンから出て、地下室の時計を見た。すると時計は3年後の未来、2024年8月4日を示していた。今、午後1時を過ぎたばかりだ。

まさ到着時刻は数時間ほどのずれしかなかった。



アナンがタイムマシンの回路を調整したと聞いていたが、誤差が5時間しか生じなかった。

ちなみにあおいがタイムワープしたときは、10日ほどの誤差が生じていた。



「よし! 今から大学に行こう。今から行けば、夕方までには大学に到着する」

奏太はあおいの携帯日記を読んでみた。日記を読んで、未来の奏太の通っている大学は、港区の西凛せいりん大学てあることが分かった。そして8月4日、今日の日記を読んでみた。日記を読む限り、大学の部室には、夕方の時間、未来の奏太だけしかいない。今日の深夜、未来の奏太は一人で、あの恐ろしい実験を行う予定だ。



過去からやってきた奏太は考えていた。おじいちゃんのノートには、「違う時代で生きている人と直接、本人が出会ってしまうと、最悪、宇宙そのものが崩壊、あるいは二人が消滅してしまうかもしれん」と書かれていた。

おじいちゃんらしい、少しオーバーな表現かもしれない。しかし奏太の生きている世界で、あおいが消えてしまったことを考えると、未来の奏太と接触するのだけは絶対に避けるべきだ……奏太はそう考えていた。



奏太は、地下室にあったおじいちゃんの霊界通信機の実験ノートの他に、逆さ五芒星の実験の恐ろしさを詳しく書いた手紙をつくり、部室の目立つところに置こうと考えた。



(これをみれば必ず実験を止めるはずだ、なにしろ俺自身だ。どのように説明したら、未来の奏太が手紙の内容を信じるようになるか……)

それは奏太自身が一番、わかっていた。





――やがて奏太は、大学の部室の前に着いた。

奏太はキャップと眼鏡を身に着けて変装している。事前にネットで、部室のある場所まで調べていたため、迷わずに部室の前までたどり着いた。ただ、自分自身や知り合いと遭遇するとまずいので、10メートルほど離れた場所から部室の様子を見てみた。



部室の看板には「エジソン研究室」と書かれている。あおいの携帯日記によれば、未来の奏太は今日ここで、逆さ五芒星を使った霊界通信機の実験を行う。そして夜の10時にあおいと電話して、深夜に黒魔法の実験で亡くなる予定だ。

部室にはほんのりと明かりがついている。きっと未来の奏太が中にいるに違いない。

奏太は人目のつきにくいところで、未来の奏太が部室から出てくるのを待っていた。



(必ずトイレ休憩に行くときがあるはず……。そのとき、部室に侵入して、実験機の目の前に、この霊界通信機のノートと俺の手紙を置いておけば、奴はそれを読み、実験を必ず止めるはず……)

奏太は、未来の奏太が部室から出てくるときを待っていた。



奏太が大学に到着して40分ほど経過した。時は夕方6時になった。

ガチャ

すると、未来の奏太が部室から出てきた。未来の奏太は学校の外門に向かって歩き出し、外門に出てしまった。

(きっと今日は、深夜も部室にいる予定だから、外食に出かけたんだな)



未来の奏太が視界から完全に見えなくなったタイミングで、奏太はエジソン研究室に向かって猛ダッシュした。奏太は部室の扉をガチャっと開けた。

部屋はけっこう散らかっている。部屋は思っていたより広い。おそらく団体スポーツ用に作られた部室だろう。奏太は実験機を探してみた。



ない、どこだ……。

実験機がどこにもない。



ん?

奏太は部室の奥に、もう一つの扉があるのを見つけた。扉の向こうは製図室のようだ。

奏太は奥の部屋の扉を開けると、机の上に実験機が置いてあった。そして壁の脇に大きな魔法円が描かれた厚紙が置いてあった。

「あった、実験機があったぞ」

奏太は厚紙に描かれた魔法円を見て、あのまがまがしい出来事を思い出した。

今すぐ、この厚紙を破り捨てたい。そのような衝動が起きた。

しかしそれを破って、ノートや手紙を置いたらかえって怪しまれるだろう。



奏太は実験機の上に、霊界通信機のノート5冊と奏太の手紙を置こうとした。するとそのとき、実験機の近くに携帯が置いてあることに気づいた。

「あいつ……いや、俺自身か。携帯、忘れて出かけやがったな。まあいいか」

奏太は実験機の上に霊界通信機のノートと手紙を置いた。



「よし、これでいいだろう……」

そのときだった。

ガチャ

部室の扉の入口から、誰かが入る音がした。



「あれ~、なんで玄関の扉が開けっ放しなんだ」

それは未来の奏太の声だった。未来の奏太は口笛を吹きながら、部室内をとことこ歩いている。

「あれ~、俺の携帯、どこに置いたかなあ?」

未来の奏太は携帯を忘れてしまい、携帯を取りに部室に戻ってきたようだ。

(携帯だって……確か携帯は……)

奏太は実験機のすぐ脇にある携帯を見た。

(し、しまった。これか……)

奏太は焦ってしまい、足に何かをひっかけてしまった。

バサッ



ん?

未来の奏太は、製図室の方をじーっと見た。

誰かいる……。

未来の奏太は今、完全に警戒している。

『ひょっとしたら、俺の実験機を盗みに来た奴がいるのか……』

未来の奏太はモップをつかみ、警戒しながら製図室に近づいていった。



奏太も、未来の奏太が警戒していることに気づいた。

(どうするか……)

奏太は、どうするか迷っていた。

未来の奏太は、少しずつ製図室の扉に近づいている。そしてあと1メートル手前まで近づいた。



一方、過去からやってきた奏太は今、考えている。

(俺同士が出会ったら二人とも消滅だ。それだけは何としても避けなくてはならない。

こうなったら……俺がこの扉を開けると同時に飛び出し、未来の俺を突き飛ばすしかない。未来の俺が倒れた隙に逃げ出すしか……)



未来の奏太はゆっくり扉に近づき、ドアノブをつかんだ。そしてドアノブをゆっくり回し、回し切ったところで一気に扉を開けた。



未来の奏太「誰だ! 俺の実験室に入っている奴は!」

その瞬間、過去の奏太は一気に飛び出した。

ガツン!

二人は正面衝突した。



過去の奏太は、未来の奏太を突き飛ばして、このまま逃げ出す予定だったが、向こうも強盗と戦う気持ちで構えていたため、二人同時で床に倒れて尻もちをついてしまった。



いたたた

倒れて尻もちをついた二人は同時でむくっと、上半身を起き上がらせた。このとき過去の奏太は、衝突したことで、キャップとメガネがすっかり外れてしまった。二人が起き上がってお互いを見た時、未来の奏太はびっくりした。



未来の奏太「お、おまえは……」

奏太(し、しまった。見られてしまった! まずい)

過去の奏太は、その場からすぐに逃げ出そうとした。しかし未来の奏太は、逃げ出そうとする過去の奏太を捕まえようとした。



「ちょっと、君、待って! なんで俺が、いや俺にそっくりの人がここにいるんだ」



外に逃げようとする過去の奏太。

捕まえようとする未来の奏太。

未来の奏太が、過去の奏太の肩を強く掴んだそのとき……

お互いの頭を強くぶつけあってしまった。



ガン!!

「い、いったー」

「いってー」



二人はあまりの痛さに頭を抑えた。



その時だった。

ぐわー!!



二人が同時に頭を抑え込んだ。激しいめまいが二人を襲った。そして二人の目は見えなくなり、目の前が暗闇になった。

ぐ、ぐわー

二人の姿は、足先から徐々に消えていった。



未来の奏太「ぐわー、どうなっている!」

過去の奏太「そうか、どうやらお互いに俺自身だと認識してしまったんだな。過去の俺と未来の俺、二人は同時に存在しない虚数的存在。二人が同時に接触したら無となって消滅すると書かれてあったな。俺はこれから完全に消滅するんだな」

未来の奏太「一体どうなっているんだ!」

過去の奏太「すまんな、大学生の俺、しかしこれでいいのかもしれない……あおいちゃん、俺もこれで君の所にいけるかな……」



二人の声や思いは、お互いに聞こえない。そして二人の体は、やがて完全に消えてしまった。





――今、奏太は、意識だけになってしまった。過去と未来の奏太の意識はまるで一つになったみたいだ。過去の奏太と未来の奏太は、お互いに経験してきた歴史を共有しているようだ。本当に不思議な感覚だ。



やがて、地球の姿が見えてきた。そして地球の未来が目の前で、ものすごいスピードで展開されていく。文明の栄枯盛衰、文明が生まれては滅び、地球がやがて寿命を迎えて消滅する風景。そして宇宙が一巡し、また新たな宇宙が誕生するシーン。

ごくわずかの時間の風景だったが、その光景は無限遠点の遠い未来を通過し、一巡して過去に戻ってくるような、不思議な感覚を奏太は感じていた。



「……これが、おじいちゃんが言っていた、宇宙を滅ぼすと言っていた意味なのかな……」

奏太は意識の中で不思議な光景をずっと見ていた。そして奏太は、次第に意識が薄れていった。

「できれば最後に一つ、たった一つでいい。俺はもうどうなってもかまわないです。神様、どうかあおいを助けてください……あおいを……」



パリーン!

このとき、奏太のポケットに入っていた何かが砕けた。ポケットに入っていたのはあおいのペンダントの宝石だ。そして砕けたのはあのベガ光石だった。まるでベガ光石は、残りわずかの生命を振り絞って、奏太の願いを聞き入れてくれたかのような最後の一瞬の光を放ったのだ。



しかし奏太の意識は、そのときすべてを失っていた。
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