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第11章 第1節 奏太の決意~あおいの恋のパスワード
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次の日の朝9時、アナンは研究所の地下室に行った。
今日こそ、あおいは元の世界に帰らないといけない。アナンは、あおいを元の世界に戻すために地下室にやってきた。
「あおいさん、あおいさん」
しかし地下室に、あおいの姿は見当たらなかった。次にアナンは1階の研究所を探したが、そこにもいなかったため、奏太の実家に向かった。アナンは、実家の玄関から呼び鈴を鳴らしたが、誰も出てこない。
そこでアナンは、昨日の倉庫に行くと、そこに奏太がふさぎ込むように座っていた。
「奏太さん、いったいどうしたのですか!」
「あおいちゃんが、あおいちゃんが消えてしまった」
「ま、まさか……」
アナンはこの時、「しまった」と思った。
あおいが栄一の妹であることに、奏太が気づいてしまったのだ。アナンは奏太にそのことを確かめずとも、奏太の様子から事実を悟った。
そもそもアナンは、奏太に気づかれる前に、あおいを元の世界に帰らせようと、出発を急がせていた。しかし、昨日の大事件で、アナンはすっかりそのことを忘れていたのだ。
アナン「私たちがもっと早く……いや、あの事件の後に、あおいさんを元の世界に返しておけば……きっとこの時代のあおいさんまで……ああ、なんて失態を私はしてしまったんだ」
「この時代のあおいちゃんなら……消えていない。さっき栄一に電話して、妹の声が電話の向こうから聞こえた。この時代のあおいちゃんは無事だ」
アナン「では、あおいさんだけが……」
奏太「おまえが謝る必要はない。むしろあおいちゃんは、感謝してこの世から消えていったよ。でも……あおいちゃんを失わせた一番の原因はこの俺だ。俺のためにあおいちゃんは犠牲になったんだ」
奏太はアナンにお願いした。
「アナン、お前、未来人だろ。俺をおまえたちのタイムマシンで……3年後に連れてってくれないか?」
「すみません。それだけは無理です。歴史の秩序を守る我々が、個人的な理由で歴史を変えてしまったら、タイムポリスの存在が危うくなります。今回、私たちがあなたたちに接触できるのは、特例中の特例で……」
「じゃあ、俺がおじいちゃんのタイムマシンに乗って未来に行くから、あおいの設定したパスワードを解除してくれよ。おまえならできるんだろ?」
実は昨日、あおいが消えた後、奏太は研究所の地下室に行った。奏太は、あおいが置いていったおじいちゃんのノートを見ながら、タイムマシンでワープを試みた。しかし、最後のパスワードを問われたとき、パスワードがわからず、結局、何もできなかったのだ。
「パスワードの解除は私でも無理です。これはタイムワープした人を守るための最低限のルールです。それと万が一、パスワードが解けて未来に行けて、無事に任務を果たせたとしても、あおいさんは亡くなったままなのです。
別の世界、つまり新たなパラレルワールドができるだけで、この時代で起きたことは何も変わらないんです」
しかし奏太は、アナンの回答に疑問をもった。
「では聞くが、俺は本来、3年後の未来で魔法陣の実験で死ぬはずだよな。しかし俺は、3年早めてあの魔法陣の実験を行った。そして俺は今、このとおり生きている。これって歴史を変えられるってことだよな」
「歴史をかえることは本来、極刑なのです。ただタイムワープの法律は24世紀に施行されたもので、21世紀は適応外です。だからといって、安易に歴史を変えることは許されないことなのです」
「なんだよそれ? それじゃあ、お前たちタイムポリスだけが、歴史を自由に変えられるっていうのか。俺のいる世界だって、おまえたちが勝手に干渉して、歴史を変えているではないか?」
「タイムポリスがなければ、悪用する人たちに悪い歴史を作られ、混乱したパラレルワールドが増えてしまったことでしょう。私たちの存在自体が、悪い歴史を無造作につくられることを抑止しているんです。私たちを悪く言われるとさすがに……」
「悪い、すまなかった。いいすぎた」
「いいんです。奏太さんのお気持ちはよくわかります。ただし、もちろん例外もあります」
「例外?」
「これはまだ24世紀でも明らかにされてなく、一部の変わった研究者の学術的な見解なので、参考になるかさえ、わからないのですが……」
「どういうことだ?」
「つまりパラレルワールドでもなく、どの歴史ともつながりのない、まったく新しい世界ができてしまう事例もあるということです。今の奏太さんがいるこの世界は、過去の歴史の延長上にあります。しかしあおいさんがこの時代にやってきた時点から、二つの歴史に分かれたんです。
一つは奏太さんが3年後に亡くなる本来の歴史の世界。そしてもう一つは、あおいさんが未来からやってきてあの魔法陣から奏太さんを救った、新しい世界が現れたんです。
つまり奏太さんが今、生きているこの世界は、あおいさんの本来いる世界からみれば、パラレルワールドになるんです。どちらも実在する世界なのです」
「なるほど、パラレルワールドの意味が少しわかった気がする。つまり俺が亡くなる歴史と、あおいちゃんがやってきて俺が助かる歴史の二つがあるってことだな」
「そのとおりです。その二つの歴史は、同じ過去の延長上にあります。しかし、どこの歴史ともつながりのない世界が突如、現れる例外もあるという学説です。これは極めて異例の学術論文なので、確証はないのですが……」
奏太は、わかったような、わからないような様子だった。
「ふっ、記憶にだけとどめておくよ。24世紀の科学力はタイムマシンを開発するくらいだからな。俺にはもうわからない世界だ」
「タイムマシンは、過去や未来に移動した人が、他の誰かにタイムマシンを奪われないようにするため、運転手によるパスワード設定が義務化されています。メンテや修理は我々でもできますが、運転のためのパスワードは、私たちでも確認は不可能です。
それは過去や未来に行った運転手を守るためのものです。あおいさんの設定したパスワードがわからなければ、タイムマシンはもう二度と動かすことはできません。あとはタイムポリス隊が解体し、バラバラにして、未来の世界に持ち運ぶだけです」
「あおいは……もう二度と助からないのか……」
「この時代にはもう一人の……3歳年下のあおいさんが生きています。未来のあおいさんのことはとても残念ですが、あなたはこの時代で幸福をつかむことを、亡くなったあおいさんも願われているでしょう。地下室のタイムマシンは明日、タイムポリスが解体します。これで私たちのすべての任務は完了です」
「ああ、本当にいろいろすまなかった。ありがとう」
「それでは奏太さん、気を落とさずに。この時代で生きているあおいさんを大切にして、生きてください」
アナンは倉庫から立ち去って行った。
奏太はしばらく、倉庫で考え込んでいた。奏太は、アナンの行っていた例外もあるということがずっと気になっていた。現に、この時代で魔法陣から救われて、俺は生きているということ。歴史は、世界は変えられるのではないか。あおいを助けられるのではないか……。
奏太はどうしても、あおいを助けたいと強く思っていた。
* * *
その日の夜、奏太は、再び、研究所の地下室にやってきた。明日にはタイムマシンは解体されてしまう。未来に行くには今日しかない。奏太は今、あおいがかぶっていたキャップを身に着けている。このキャップはタイムマシンを操縦する帽子だ。
日中、奏太は、あおいが置いていったタイムマシンのノートを読みこんでいた。物理の天才と言われるだけあって、奏太はおじいちゃんのノートをそれなりに理解できた。
奏太は、今から約3年後、魔法陣の実験で未来の奏太が亡くなる直前に行き、その実験を阻止しようと考えたのだ。奏太はタイムマシンの入口を開けて、タイムマシン内に入った。そして空気中に現れた映像を操作し、移動する日程を入力した。
タイムワープする日は、「2024年の8月4日、朝の8時」
その日の深夜が、魔法陣による実験で、奏太が亡くなる日だ。
奏太は考えた。未来の世界に行って、魔法陣の実験を止めることができれば、そもそもあおいは、この時代にタイムマシンでやってくることはなかったのではないかと……。
アナンの話がまるっきり理解できなかったわけではない。もちろん未来を変えたからといって、あおいが亡くなったという、この世界の事実は何も変わらないだろう。新しいパラレルワールドが増えるだけかもしれない。
しかし奏太は、ほんのわずかの可能性があれば、それにかけようと願った。奏太は、あおいがこの時代に遺していった、ペンダントの宝石と携帯を見つめながら、未来に行くことを決意したのだ。
……わずかの可能性があれば、俺はそれにかける。
ペンダントの宝石に奏太は自分の願いを込めた。宝石は、昨日のあおいとの霊界通信でエネルギーを使い果たしているようだ。宝石はもう光ることはなかった。
このペンダントは、あおいが常に携帯していたペンダントだ。奏太は、たとえエネルギーを使い果たした宝石であっても、あおいの遺したペンダントを、これからもずっと大切に持っていようと考えていた。
奏太はリュックにペンダントを入れた。そしてリュックにはもう一つのあおいの遺品である、携帯が入っていた。
奏太はタイムマシンの発進準備を進め、一通り準備は完了した。そして最後のステップとして、パスワード解除の映像が現れた。するとタイムマシンから音声が流れた。
『発進準備が完了しました。最後にパスワードを入れてください』
奏太は昼間考えた。あおいが入れそうなパスワードを……。
おじいちゃんのノートによると、2回までのミスなら大丈夫だ。パスワードの入力は5文字と書かれている。しかし3回入力を間違えてしまうと、タイムマシンはもう二度と動かなくなると書かれていた。
奏太は考えた。あおいがどのようなパスワードを設定したかを。
あおいのシンプルな性格からすると、きっと自分でもわかりやすいパスワードを入れているはず……。
奏太は、初めにあおいの生年月日を入れてみた。あおいの誕生日は2007年9月21日だから、「70921」と入力した。
しかし映像にパスワードエラーが表示された。
『パスワードが間違っています』
「ちっ、これではないか」
次に「AOI16」と入力した。これは、「あおいは今16歳」という意味だ。奏太は2度目のパスワードを入力した。
『パスワードが間違っています』
「これも間違っていたか」
そして次のメッセージが出てきた。
『次が最後の入力になります。次に間違えたらタイムマシンは完全に停止します』
奏太は考えた。あとチャンスは一回だけ……。
ふっとこのとき、奏太にあることが脳裏に浮かんだ。それは、あおいが以前、暗号のようなメッセージをラインで送ったことだった。それから、九十九里の岩場の海辺で、あおいと会話した時のことが思い浮かんだ。
奏太は自分の携帯を取り出し、あおいからの過去のラインメッセージを確認してみた。
(あおいとのラインメッセージのやり取り)
【よかったー。じゃあ、今日の5時。川の土手の公園前の木陰で待ってる♪
奏太へ 私と海と電話】
(海辺であおいと会話した時のこと)
「でもパスワードかけてるから、携帯の日記、パスワードが解けないと見れないよ」
「なんだあ、それじゃあ、あおいちゃんがパスワード教えてくれないと、見れないね」
「奏太、パスワード解けるかな?」
「うーん、俺ってそういうの苦手だからな」
「くすっ、奏太、昔から暗号やパスワード解くのって苦手だからね」
「でも……もしあたしがいなくなったらね。この携帯、奏太に預かってもらいたいんだ」
「でもパスワードが……」
「かならず解いてね。少し考えたらわかるよ!」
……私と海と電話……少し考えたらわかる……
奏太は、そのときあおいが言っていたパスワードの話を思い出した。
――きっとこのパスワードだ!
奏太は、神様にお祈りした。
「どうか、神様、お願いです。パスワードを、あおいちゃんのパスワードを俺に教えてください。俺はあおいちゃんをどうしても助けたいんです。あおいちゃんを心から愛しているから……助けてやりたいんです。あおいちゃんを愛しているから……」
このとき、ほんの一瞬だけリュックの中にしまっていたペンダントの宝石が光った。ただ奏太は、そのことに気づいていない。
「あおいちゃんを愛してる……!?」
これだ……
奏太は何かひらめいたようだ。奏太はリュックからあおいの携帯を取り出した。そして携帯の電源をオンにした。それから奏太は、日記のアプリを探し、それを開こうとした。
そのとき、パスワードの入力を問われた。奏太は今、思いついた5文字のパスワードを入力した。すると……なんと日記アプリのパスワードが解除された。
……きっとこのパスワードで間違いない!
奏太はさっそく、このパスワードをタイムマシンに打ち込んでみた。
すると……。
『パスワード認識完了。発射準備が完了しました』
奏太は、タイムマシンのパスワード、いや『あおいの秘密のパスワード』を解くことができたのだ。
今日こそ、あおいは元の世界に帰らないといけない。アナンは、あおいを元の世界に戻すために地下室にやってきた。
「あおいさん、あおいさん」
しかし地下室に、あおいの姿は見当たらなかった。次にアナンは1階の研究所を探したが、そこにもいなかったため、奏太の実家に向かった。アナンは、実家の玄関から呼び鈴を鳴らしたが、誰も出てこない。
そこでアナンは、昨日の倉庫に行くと、そこに奏太がふさぎ込むように座っていた。
「奏太さん、いったいどうしたのですか!」
「あおいちゃんが、あおいちゃんが消えてしまった」
「ま、まさか……」
アナンはこの時、「しまった」と思った。
あおいが栄一の妹であることに、奏太が気づいてしまったのだ。アナンは奏太にそのことを確かめずとも、奏太の様子から事実を悟った。
そもそもアナンは、奏太に気づかれる前に、あおいを元の世界に帰らせようと、出発を急がせていた。しかし、昨日の大事件で、アナンはすっかりそのことを忘れていたのだ。
アナン「私たちがもっと早く……いや、あの事件の後に、あおいさんを元の世界に返しておけば……きっとこの時代のあおいさんまで……ああ、なんて失態を私はしてしまったんだ」
「この時代のあおいちゃんなら……消えていない。さっき栄一に電話して、妹の声が電話の向こうから聞こえた。この時代のあおいちゃんは無事だ」
アナン「では、あおいさんだけが……」
奏太「おまえが謝る必要はない。むしろあおいちゃんは、感謝してこの世から消えていったよ。でも……あおいちゃんを失わせた一番の原因はこの俺だ。俺のためにあおいちゃんは犠牲になったんだ」
奏太はアナンにお願いした。
「アナン、お前、未来人だろ。俺をおまえたちのタイムマシンで……3年後に連れてってくれないか?」
「すみません。それだけは無理です。歴史の秩序を守る我々が、個人的な理由で歴史を変えてしまったら、タイムポリスの存在が危うくなります。今回、私たちがあなたたちに接触できるのは、特例中の特例で……」
「じゃあ、俺がおじいちゃんのタイムマシンに乗って未来に行くから、あおいの設定したパスワードを解除してくれよ。おまえならできるんだろ?」
実は昨日、あおいが消えた後、奏太は研究所の地下室に行った。奏太は、あおいが置いていったおじいちゃんのノートを見ながら、タイムマシンでワープを試みた。しかし、最後のパスワードを問われたとき、パスワードがわからず、結局、何もできなかったのだ。
「パスワードの解除は私でも無理です。これはタイムワープした人を守るための最低限のルールです。それと万が一、パスワードが解けて未来に行けて、無事に任務を果たせたとしても、あおいさんは亡くなったままなのです。
別の世界、つまり新たなパラレルワールドができるだけで、この時代で起きたことは何も変わらないんです」
しかし奏太は、アナンの回答に疑問をもった。
「では聞くが、俺は本来、3年後の未来で魔法陣の実験で死ぬはずだよな。しかし俺は、3年早めてあの魔法陣の実験を行った。そして俺は今、このとおり生きている。これって歴史を変えられるってことだよな」
「歴史をかえることは本来、極刑なのです。ただタイムワープの法律は24世紀に施行されたもので、21世紀は適応外です。だからといって、安易に歴史を変えることは許されないことなのです」
「なんだよそれ? それじゃあ、お前たちタイムポリスだけが、歴史を自由に変えられるっていうのか。俺のいる世界だって、おまえたちが勝手に干渉して、歴史を変えているではないか?」
「タイムポリスがなければ、悪用する人たちに悪い歴史を作られ、混乱したパラレルワールドが増えてしまったことでしょう。私たちの存在自体が、悪い歴史を無造作につくられることを抑止しているんです。私たちを悪く言われるとさすがに……」
「悪い、すまなかった。いいすぎた」
「いいんです。奏太さんのお気持ちはよくわかります。ただし、もちろん例外もあります」
「例外?」
「これはまだ24世紀でも明らかにされてなく、一部の変わった研究者の学術的な見解なので、参考になるかさえ、わからないのですが……」
「どういうことだ?」
「つまりパラレルワールドでもなく、どの歴史ともつながりのない、まったく新しい世界ができてしまう事例もあるということです。今の奏太さんがいるこの世界は、過去の歴史の延長上にあります。しかしあおいさんがこの時代にやってきた時点から、二つの歴史に分かれたんです。
一つは奏太さんが3年後に亡くなる本来の歴史の世界。そしてもう一つは、あおいさんが未来からやってきてあの魔法陣から奏太さんを救った、新しい世界が現れたんです。
つまり奏太さんが今、生きているこの世界は、あおいさんの本来いる世界からみれば、パラレルワールドになるんです。どちらも実在する世界なのです」
「なるほど、パラレルワールドの意味が少しわかった気がする。つまり俺が亡くなる歴史と、あおいちゃんがやってきて俺が助かる歴史の二つがあるってことだな」
「そのとおりです。その二つの歴史は、同じ過去の延長上にあります。しかし、どこの歴史ともつながりのない世界が突如、現れる例外もあるという学説です。これは極めて異例の学術論文なので、確証はないのですが……」
奏太は、わかったような、わからないような様子だった。
「ふっ、記憶にだけとどめておくよ。24世紀の科学力はタイムマシンを開発するくらいだからな。俺にはもうわからない世界だ」
「タイムマシンは、過去や未来に移動した人が、他の誰かにタイムマシンを奪われないようにするため、運転手によるパスワード設定が義務化されています。メンテや修理は我々でもできますが、運転のためのパスワードは、私たちでも確認は不可能です。
それは過去や未来に行った運転手を守るためのものです。あおいさんの設定したパスワードがわからなければ、タイムマシンはもう二度と動かすことはできません。あとはタイムポリス隊が解体し、バラバラにして、未来の世界に持ち運ぶだけです」
「あおいは……もう二度と助からないのか……」
「この時代にはもう一人の……3歳年下のあおいさんが生きています。未来のあおいさんのことはとても残念ですが、あなたはこの時代で幸福をつかむことを、亡くなったあおいさんも願われているでしょう。地下室のタイムマシンは明日、タイムポリスが解体します。これで私たちのすべての任務は完了です」
「ああ、本当にいろいろすまなかった。ありがとう」
「それでは奏太さん、気を落とさずに。この時代で生きているあおいさんを大切にして、生きてください」
アナンは倉庫から立ち去って行った。
奏太はしばらく、倉庫で考え込んでいた。奏太は、アナンの行っていた例外もあるということがずっと気になっていた。現に、この時代で魔法陣から救われて、俺は生きているということ。歴史は、世界は変えられるのではないか。あおいを助けられるのではないか……。
奏太はどうしても、あおいを助けたいと強く思っていた。
* * *
その日の夜、奏太は、再び、研究所の地下室にやってきた。明日にはタイムマシンは解体されてしまう。未来に行くには今日しかない。奏太は今、あおいがかぶっていたキャップを身に着けている。このキャップはタイムマシンを操縦する帽子だ。
日中、奏太は、あおいが置いていったタイムマシンのノートを読みこんでいた。物理の天才と言われるだけあって、奏太はおじいちゃんのノートをそれなりに理解できた。
奏太は、今から約3年後、魔法陣の実験で未来の奏太が亡くなる直前に行き、その実験を阻止しようと考えたのだ。奏太はタイムマシンの入口を開けて、タイムマシン内に入った。そして空気中に現れた映像を操作し、移動する日程を入力した。
タイムワープする日は、「2024年の8月4日、朝の8時」
その日の深夜が、魔法陣による実験で、奏太が亡くなる日だ。
奏太は考えた。未来の世界に行って、魔法陣の実験を止めることができれば、そもそもあおいは、この時代にタイムマシンでやってくることはなかったのではないかと……。
アナンの話がまるっきり理解できなかったわけではない。もちろん未来を変えたからといって、あおいが亡くなったという、この世界の事実は何も変わらないだろう。新しいパラレルワールドが増えるだけかもしれない。
しかし奏太は、ほんのわずかの可能性があれば、それにかけようと願った。奏太は、あおいがこの時代に遺していった、ペンダントの宝石と携帯を見つめながら、未来に行くことを決意したのだ。
……わずかの可能性があれば、俺はそれにかける。
ペンダントの宝石に奏太は自分の願いを込めた。宝石は、昨日のあおいとの霊界通信でエネルギーを使い果たしているようだ。宝石はもう光ることはなかった。
このペンダントは、あおいが常に携帯していたペンダントだ。奏太は、たとえエネルギーを使い果たした宝石であっても、あおいの遺したペンダントを、これからもずっと大切に持っていようと考えていた。
奏太はリュックにペンダントを入れた。そしてリュックにはもう一つのあおいの遺品である、携帯が入っていた。
奏太はタイムマシンの発進準備を進め、一通り準備は完了した。そして最後のステップとして、パスワード解除の映像が現れた。するとタイムマシンから音声が流れた。
『発進準備が完了しました。最後にパスワードを入れてください』
奏太は昼間考えた。あおいが入れそうなパスワードを……。
おじいちゃんのノートによると、2回までのミスなら大丈夫だ。パスワードの入力は5文字と書かれている。しかし3回入力を間違えてしまうと、タイムマシンはもう二度と動かなくなると書かれていた。
奏太は考えた。あおいがどのようなパスワードを設定したかを。
あおいのシンプルな性格からすると、きっと自分でもわかりやすいパスワードを入れているはず……。
奏太は、初めにあおいの生年月日を入れてみた。あおいの誕生日は2007年9月21日だから、「70921」と入力した。
しかし映像にパスワードエラーが表示された。
『パスワードが間違っています』
「ちっ、これではないか」
次に「AOI16」と入力した。これは、「あおいは今16歳」という意味だ。奏太は2度目のパスワードを入力した。
『パスワードが間違っています』
「これも間違っていたか」
そして次のメッセージが出てきた。
『次が最後の入力になります。次に間違えたらタイムマシンは完全に停止します』
奏太は考えた。あとチャンスは一回だけ……。
ふっとこのとき、奏太にあることが脳裏に浮かんだ。それは、あおいが以前、暗号のようなメッセージをラインで送ったことだった。それから、九十九里の岩場の海辺で、あおいと会話した時のことが思い浮かんだ。
奏太は自分の携帯を取り出し、あおいからの過去のラインメッセージを確認してみた。
(あおいとのラインメッセージのやり取り)
【よかったー。じゃあ、今日の5時。川の土手の公園前の木陰で待ってる♪
奏太へ 私と海と電話】
(海辺であおいと会話した時のこと)
「でもパスワードかけてるから、携帯の日記、パスワードが解けないと見れないよ」
「なんだあ、それじゃあ、あおいちゃんがパスワード教えてくれないと、見れないね」
「奏太、パスワード解けるかな?」
「うーん、俺ってそういうの苦手だからな」
「くすっ、奏太、昔から暗号やパスワード解くのって苦手だからね」
「でも……もしあたしがいなくなったらね。この携帯、奏太に預かってもらいたいんだ」
「でもパスワードが……」
「かならず解いてね。少し考えたらわかるよ!」
……私と海と電話……少し考えたらわかる……
奏太は、そのときあおいが言っていたパスワードの話を思い出した。
――きっとこのパスワードだ!
奏太は、神様にお祈りした。
「どうか、神様、お願いです。パスワードを、あおいちゃんのパスワードを俺に教えてください。俺はあおいちゃんをどうしても助けたいんです。あおいちゃんを心から愛しているから……助けてやりたいんです。あおいちゃんを愛しているから……」
このとき、ほんの一瞬だけリュックの中にしまっていたペンダントの宝石が光った。ただ奏太は、そのことに気づいていない。
「あおいちゃんを愛してる……!?」
これだ……
奏太は何かひらめいたようだ。奏太はリュックからあおいの携帯を取り出した。そして携帯の電源をオンにした。それから奏太は、日記のアプリを探し、それを開こうとした。
そのとき、パスワードの入力を問われた。奏太は今、思いついた5文字のパスワードを入力した。すると……なんと日記アプリのパスワードが解除された。
……きっとこのパスワードで間違いない!
奏太はさっそく、このパスワードをタイムマシンに打ち込んでみた。
すると……。
『パスワード認識完了。発射準備が完了しました』
奏太は、タイムマシンのパスワード、いや『あおいの秘密のパスワード』を解くことができたのだ。
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