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第10章 第5節 永久の別れ~最後の戦い

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ボルトンとアナンが倉庫を出て、あおいと奏太は二人っきりになった。今、奏太は、あおいとキスしたことを思い出し、顔を赤くしている。ただあのとき、あおいが泣いてキスをした理由にうすうす感づいた。

「あおいちゃん、やはり……もとの世界に戻るんだね……」

奏太は寂しそうな表情をした。

「奏太、もうわかってるよね。あたしが奏太を助けるために、未来からやってきたこと……」

「……うん」

「歴史は少し変わってしまったみたいけど……結果として、あの恐ろしい黒魔法使いから奏太を守ることができた。目的も果たせたし……。だからあたし、元の世界にもう戻らないといけないの。……それと、違う時代の人間は、他の時代の人間と接してはいけないって、アナンも言ってたしね」

「あおいちゃん、やはり……この時代に居残ることはできないんだね」

「うん」

「いつ、出発なんだ?」

「明日の午前……」

奏太はびっくりした。こんなに早く別れるなんて思っていなかったからだった。

「もう少し……夏休みの間だけ、いるってことはできないの?」



あおいは、もう一つアナンから聞かされていた。この時代には中学二年のあおいもいる。もし奏太が中学二年の自分と、今のあたしが同一人物であることを知られた時、二人が同時に消えてしまう可能性があることを……。だからあおいは、それが奏太に知られてしまう前に、元の世界に早く戻る必要があった。



「ごめんね、奏太、あたし、この時代には長くいられないから」

「そうか、どうしても明日帰るんだね……」

「ごめんね、本当に」

「うん」

奏太はあおいの正体がだいぶわかってきた。ただ奏太は、あおいがまだ何かを隠していることに気づいたが、それが何かはわからなかった。



二人は、しばし静かにしていた。

さすがに夜も遅い。しかし、そろそろ帰ろうかとお互いに言えなかった。今日がお互いに会うことのできる最後の日。お互いにそれを口にできなかった。



……しかしそのとき……あおいの体が透けてきた。

奏太が、おおいの体の異変に気づいた。今までもあおいの体の一部が、一瞬消えかかったことがあったが、あおい自身はその異変に気付いていなかった。しかし今回は、左足と左腕の半分、そしておなかの一部が透き通っていた。しかも一瞬ではなく、消えたままの状態だ。

「あおいちゃん、君の体が!」

しかしあおいは慌てなかった。

「ふう、やっぱり、こうなっちゃったのかなあ」

「あおいちゃん、どういうこと?」

「奏太、ごめんね。もう少し話したいことがあったけど……」



あおいの体が次第に消えていく。

「あおいちゃん」

「そう……た……」



あおいは消えてしまった。

ポトッ

あおいがつけていたペンダントと携帯が床に落ちた。

あおいはペンダントと携帯だけを残して、完全に消えてしまったのだ。



……あまりの出来事に奏太は唖然とした。あおいが消えてしまった。

「あおいちゃん、あおいちゃーん」

奏太がいくらあおいの名前を呼んでも、倉庫は沈黙のままだった。

「あおいちゃん、なぜ消えてしまったんだあ。もう少し、もう少しだけ君と話がしたい。お願いだ、おあいちゃん、現れてくれ……」



そのとき、ペンダントの宝石は強く光り出した。このペンダントは……。



ピピピ

霊界通信機が何か反応している。奏太は霊界通信機の波長を調整し、言語変換を試みた。

すると、霊界通信機から声がしてきた。

「そうた……」

それはまさしく、あおいの声だった。



「あおいちゃん、あおいちゃんか」

そのとき、ペンダントの光石がさらに強く光り出したと同時に、あおいが光り輝いて霊界通信機の前に現れた。しかし、その姿はまるで映写機に映し出されるように、あおいの体は透けて見えていた。



「あおいちゃん……」

「えへ、あたし、体なくなっちゃったみたい」

「あおいちゃん、どういうことなんだ。ひょっとしてあの黒魔法使いの仕業か」

「うんうん、違うの」

「俺にできることがあるなら何でも言ってくれ。必ず君を元通りにするから。できるんだろ。俺をさっき助けたみたいに」

「もう無理なの」

「どうして、こうなったんだい」



あおいは、アナンが研究所から持ってきた、床に落ちているバッグとノートに指をさした。

奏太はバッグをあけると、ノートがいくつかあった。

「奏太、ピンクの付箋がついているタイムマシンのノートを読んでみて。奏太ならすぐに理解できると思うよ」



奏太はノートを読んでみて愕然とした。あおいが今、消えかかっている理由がはっきりわかった。

「そ、そんな……」

奏太はノートを床に落とした。

「あおいちゃん、君に助けられてばかりで、その上、君が消えてしまうなんて……俺、今、どうしたらいいかわからなくて……」

「うんうん、いいの。本当はね、今日の8時にはね、私の世界に帰る予定だったの。奏太に何も言わずに黙ってね」



さらにあおいの体が透明になっていく。

「奏太、やっぱり気づいていたんだね。あたしのお兄ちゃんが栄一だってこと」

奏太はようやく理解できた。あおいがなぜ、急いで元の世界に戻ろうとしていたかを。あおいと栄一の妹が同一人物であることを知られる前に、あおいは帰ろうとしていたのだ。



「アナンから聞いたんだけどね。実はね、霊界通信機を壊して元の世界に帰ってもね、奏太は生き返っていないの。でも……この時代の奏太はもう大丈夫と思ってね。中2のあたしもいるしね。でもね、まさか今日、あの実験を行うなんてね。元の世界に帰る前に中央研究室に行ったら、あの魔法陣の紙があってね。それを見て、はっと気づいてね。

奏太は実験の失敗で亡くなったのではない。きっとあの魔法陣が原因ではないかと思ってね。それでここにかけつけたんだよ」

「あおいちゃん……でもそのために、あおいちゃんが消えてしまうなんて……俺……」

「うんうん、いいの。私ね、あのまま、元の世界に帰らなくてよかったって思ってるよ。

あのまま帰っていたら、奏太は魔法陣の実験で命を落としていたからね。私の世界でも奏太がいなくて、この世界でも奏太が亡くなっていたらと思うと……それこそ悲しいから」

「あおいちゃん、なんでいつも……俺のために、何でそんな無茶を……」

「くすっ、さっきも言ったでしょ。奏太を二度も亡くしたくなかったからよ。そんな寂しい世界はもう二度とごめんだから……」

「あ、あおいちゃん……もう、ここにもとに戻れないのかい?」

「うん、肉体が完全になくなっちゃって、魂だけになったから。だからこうして霊界通信機を通して、お話ができたみたい。よかったね、奏太、実験がうまくいったみたいだよ」

「ちっともよくなんかない。何か……君を元通りにする方法はないのか……」

「うん、もう魂だけだから……もう肉体は戻ってこないってわかるの」

「そうだ! あおいちゃん。今度は俺があのタイムマシンで君を助けにいくよ。俺が今から3年後に行って、魔法陣の実験をする前にそれを止めれば、俺は死なず、あおいちゃんも未来に行く必要がなくなるだろ?」

「うんうん、アナンが言ってたけどね。あたしが仮にこの時代で霊界通信機を壊せて、私の世界に戻っても……奏太は亡くなったままなの。詳しくわからないけど、パラレルワールドって言うんだって。

つまり、奏太が亡くなった世界があれば、奏太が助かった世界もあるんだって。あたしの世界は……過去を変えても、奏太はずっと亡くなったままなの」

「そんなの、やってみなきゃ、わからないじゃないか。実際、この時代だって魔法陣の実験を行っても、俺は助かっている。これって歴史は変えられるってことじゃないか!」

「科学者らしくない発言だよ。奏太」

「君が生きているんなら……俺は霊界通信機の実験なんてやらない。こんな霊界通信機、未来に行ってぶっこわしてやる! 俺は……君が生きて……俺のそばにずっといてくれるだけで……もうそれだけでいいんだあ!!」



あおいはぽたぽた涙していた。

「あたし、肉体がなく、霊体なのに涙が出るんだね」

「あおいちゃん!」

「奏太の気持ち、とてもうれしいよ。でも、タイムマシンは危険なの。もう二度と使わないでね。それにタイムマシンにはパスワードを設定しているの。あのタイムマシンはあたししか動かせない。パスワードを教えなければタイムポリスだって動かせないの」

「そ、そんな……」

「この時代にはもう一人のあたしがいる。そのあたしと仲良くしてくれたら嬉しいなあ」

「さっきのノートでは、この時代のあおいちゃんだって消えると書いてある……」

「うんうん、あれってあくまで仮説だよ。あたし霊体になってるからわかるけど、この時代のあたし、消えてないよ。何か見えない魂でつながっているからわかるの。この時代のあたしは大丈夫だよ。それは間違いないよ。だからこの時代のあたしと、幸せになってほしいの」

「俺が好きなのはこの時代の君じゃない。未来からやってきた君を……君を愛しているんだあ!」



奏太は大粒の涙を流していた。

「ありがとう、奏太」

「あおいちゃん、タイムマシンのパスワードを教えてくれ」

「だめ、それだけは……」

「今度は俺が君を、助けに行きたい。俺だけ、俺だけ、ぬくぬくと生きていられないよ」

「奏太、もう気持ちだけで十分だよ」

「この時代のあたしと……幸せに生きてね……」



ベガ光石の力がさらに弱まってきた。今、最後の灯ともしびのようにベガ光石の光が消えようとしていた。それと同時に、金色のオーラに輝いたおあいの姿も消えていく。

「そろそろ本当にお別れのようね。どうやら最後の「奏太と話したい」という願いをベガ光石がかなえてくれたみたいだね」

「あおいちゃん……」

ガガ……

霊界通信機の波長が合わなくなり、雑音が次第に大きくなった。

「そ、ガガ、う、ガ、た。いままで、ガガ、ありがとう、

さいごに、ガガ、あ、い……しガガガ……」



そこであおいの霊体も通信機も切れてしまった。

再び倉庫は沈黙の空間となった。



「あ、あおいちゃん」

奏太は小さく叫んだ。

「あおいちゃん! あおいちゃん!!」

奏太は叫ぶようにあおいの名前を何度も呼んだ。しかしあおいから返事はなかった。



倉庫の沈黙がより一層、あおいはもうこの場には来ないということを知らせていた。さっきまではあおいの霊はこの場にいて、霊界通信機とベガ光石の力が重なって霊界通信機が作動していた。しかしベガ光石の効力を失った今、あおいの霊体を霊界通信機はとらえることができなかった。



うわああ

奏太は大泣きした。倉庫はしばし、奏太の深い悲しみで覆われていた。
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