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第7章 第1節 あおいの憂鬱~あおいの葛藤

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奏太とあおいの兄が初めて会った次の日。あおいと奏太の二人は、普段通り、研究所にいる。今、奏太は、栄一について、あおいに話している。

「うみちゃん! 栄一君と昨日、はじめて会えてね。俺たち、とても気が合ったんだよ!

栄一君、霊界通信機の研究にすごい興味を持たれてね。『これが証明できたら、間違いなくノーベル賞ものだよ』って言っていたよ」

「そうなんだあ」

「栄一君は理系の天才、物理の天才と言われているだけあってね。霊界通信機の本体を見せたら、実験機の原理や構成にびっくりしてね。そして彼も『重要になるのは、センサーの開発だね』と、俺と同じ結論になったんだ。

ただ、このセンサーだけどね。栄一君の父、つまり岬教授の開発したセンサーはそのままでは使えないだろうって。岬教授の開発したセンサーに改良を加え、詳細な基礎実験が必要だってね。それは俺にもわかっていたけど……。

ただ栄一君は、父の実験手法にピンと来てね。それを採用すれば、数年の実験で、ある程度のところまで証明できるんではないかって話に至ったよ。今後、一緒に実験することになったんだよ!」

奏太はとてもうれしそうだった。

「よかったね! 奏太!」

「ああ、本当によかったよ! それで今日から、今後の実験計画案を作ろうと思ってね。時々、栄一君と連絡を取りながら、計画案を作っていく予定だよ」



奏太は、おとといまで実施していた、材質調査の研究を一旦保留にして、実験計画案をつくることから始めるようだ。奏太は、栄一から何かヒントを得たようだ。栄一は、奏太が知らない知識をもっていた。それは栄一の父、岬教授の影響が大きかった。特に実験の進め方については大いに参考になった。

奏太は、おじいちゃんと同じく直感的に実験を行う傾向が強かった。実はおじいちゃんが生きていた時、社会問題になったおじいちゃんの実験は、十分な実証実験を行わず、直感的に作ってしまい、そこをマスコミや教授陣に追及されたのだ。

栄一は、岬教授の息子だけあって、実験計画を進める知識については、奏太より数段優れていた。栄一は、論理を立てて実験を進めていくことにたけていたのだ。栄一の父は、奏太のおじいちゃんがマスコミと教授たちに叩かれた当時の事件をよく知っていた。ただ、栄一の父は、当時、おじいちゃんの発明品を高く評価していた。

しかし、教授陣を説得するだけの証明実験を行っていなかったことに、問題の本質があると、当時の若い岬教授は結論づけていた。

その事件を教訓にして、岬教授は常に、実証実験の手順にはとくに注意をはらっていた。

マスコミや教授を納得させるだけの資料を常に意識していた。その結果、科学雑誌で岬教授の実験が、未完成にも関わらず紹介されたのだ。それはマスコミや教授陣を十分に納得させるだけの準備をしていたからに他ならない。



栄一は、今のまま、直感で実験を進めてもおじいちゃんと同じ二の舞になると、奏太に説明した。そこでマスコミや教授陣を納得させるために、論理だてて実験することを提案した。栄一は、父と同様、その方面の知識に長けていた。奏太も栄一の提案に全面的に賛成した。奏太は、栄一の提案を踏まえて計画案を立て、栄一にチェックしてもらうことにしたのだ。奏太は目を輝かし、生き生きしている。

(クスッ、奏太って本当に発明好きなんだね……すっかり霊界通信機の証明実験に命かけているんだね)

あおいは生き生きした奏太を見てうれしくなると同時に、不安な気持ちも出てきた。それからあおいは、奏太の実験計画案の作成を、すぐそばで静かに見守っていた。



* *  *



このような日々がさらに2日続き、3日後の午前中のこと。

この日は奏太と栄一が千葉市で再び会う約束をし、あおいは奏太と会う約束がない日だ。

奏太は14時に千葉駅近くで打ち合わせをする予定で、午前中は研究所で実験をし、昼前に出かけるとあおいに伝えていた。



あおいは今、深刻に悩んでいた。お昼近くになるのに、地下室のベットの上に寝転んでいる。あおいは自分に言い聞かせていた。

(あおい、何のためにこの時代にやってきたの? 霊界通信機を壊すためでしょ! 奏太を助けるためだったんじゃないの? 本当にこのままでいいの?」)

あおいが過去の世界にやってきて1週間が経った。いずれあおいは、自分のいた世界に帰らないといけない。そのためには、一番の目的である霊界通信機を壊す必要がある。

本来あおいは、奏太が霊界通信機を見つける前に壊す計画だった。しかしタイムワープにずれが生じてしまい、先に奏太が実験機を発見してしまった。

さらにあおいは、トラック衝突回避の件から、すっかり奏太と仲良くなってしまい、一緒に実験の手伝いをするようになった。大学のときの奏太も好きだったが、あおいと同じ年齢の奏太と接しているうちに、高校時代の奏太に対しても、とても愛おしくなっていた。



さらに、あおいにはもう一つの疑問が生じ始めていた。

(もしこれから霊界通信機を無事に壊せたとして……お兄ちゃんと奏太は、もう会うことなくなるのかな。そうなると、9月連休の旅館の打ち合わせも中止になり、奏太と中学2年のあたしが出会うこともなくなってしまうのよね。そうなると、あたしが元の時代に戻っても、奏太とあたしが出会っていない世界が出来上がってしまうのかな……。

そもそも今度の9月連休で中学2年のあたしと出会ったら、奏太、どう思うかな。

それはあたしであって、あたしでないから……。この時代の中学2年のあたしは、奏太のことを知らないから、奏太は困惑するよね。実験機を壊して、タイムマシンであたしのいた世界に戻れても、あたしの望んだ結果になっているのかなあ

……いつまでも、この時代に残っていてはだめよね。でも……もし、実験機を壊したらこの時代の奏太の夢を、あたしが壊してしまうことになるんだよね)



あおいは、実験機を壊して元の世界に戻った後、この時代の奏太のことを考えると、とても悲しくなってしまった。





時はお昼になった。

(気分転換に外でも行こうかな。もう、奏太はとっくに千葉に向かっているから、町で会うこともないしね。最近、あの怪しい男とも遭遇しないから、もうあきらめたかな。一人でも大丈夫そうね)

あおいは研究所を出て、自転車でホームセンターに向かった。あおいはホームセンターのそばにあるパン屋さんでサンドイッチと飲み物、スイーツを買った。あおいはこのパン屋さんがとても好きだった。

あおいは地下室で食べようと、それから研究所に戻った。ちょうどそのとき、少し遠くからあおいを見ている男がいた。なんとそれは奏太だった。



「な、なんで今日、うみちゃんがこの町にいるんだ……」
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