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第6章 第2節 危険の予感~未来からの来訪者
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あおいは今、実験機をどのようにして壊すかを考えていた。
「今、実験機はどこにあるのかな。やはり奏太の家の部屋かな。さすがに奏太の部屋に置いてあったら壊すのは無理だよね……。でも実験機を調べている限り……きっと奏太は、実験機を再び研究所に持ってくるに違いない。実験機を壊すチャンスは、奏太が実験機を研究所に持ってきたとき以外にない...」
しかしあおいは、この時代にやってきて、新たにわかったことがある。
あおいが本来、住んでいる世界では、奏太が行っていた実験にはほとんど関心がなかった。
ただ、高校時代の奏太と話して、奏太が実験機の研究にあれほど夢中になる理由がよくわかってきたのだ。
奏太のおじいちゃんを大バッシングし、父を失う原因をつくったマスコミへの深い確執が、実験に夢中にさせていることもある。しかしそれ以上に、霊界通信機をつくることに奏太自身が強い使命感をもち、生きがいとしていることに、あおいは気づかされたのだ。
「――もし実験機を壊してしまうと……あたし、奏太の生きがいまで奪ってしまうんだろうな……あ~あ、なんだかあたし、複雑……」
あおいはその日の夜のうちに、奏太にメールし、明日の正午、奏太と会う約束をした。
待ち合わせ場所は、昨日と同じ河川敷のグラウンドだ。
――次の日の正午になった。
今日の天気は曇りで、それほど暑くはない。あおいはキャップをかぶり、ペンダントを身に着け、河川敷グラウンド近くの木陰で奏太を待っていた。
するとスクーターが近づいてくる。スクーターはグラウンド前で止まって、男はスクーターから降りてきた。ヘルメットを脱ぐとそれは奏太だった。
「あれ~、奏太。スクーターの免許、持っていたんだ」
「ああ、数日、スクーターを修理に出しててね。今日の午前中に修理が終わったから乗ってきたんだ。ここは田舎だからね。買い物や外出するのに、自転車だと不便で……。あと、一様、二人乗りもできるから、何かと便利なんだ」
「そうなんだあ」
それから二人は、土手の草の上に並んで座った。ちょうどそこは木陰で涼しい。奏太もだいぶ慣れてきたためか、今日は昨日ほど緊張している様子はない。それに奏太も、あおいとたくさん話をしたいようだ。
奏太「海ちゃん!」
あおい「え? ひょっとしてそれ、あたしの呼び名?」
奏太「そうだよ。呼び名ないとやっぱり困るから、俺、考えたんだ」
あおい「まあ、海女よりはいいかな、クス」
** *
たわいもない会話を30分ほど行った。あおいは思った。
(これでは昨日と一緒で何も聞き出せないわ。思いきって実験機のことを聞き出さないと……)
あおいがそう思ったとき、なんと奏太の方から実験機について話しかけてきた。
「あおいちゃん、霊界って信じるかい?」
「霊界?」
「ああ、霊界さ」
「霊界? さあ、よくわかんないけど、でも...」
あおいは急に寂しそうな表情をした。それを見た奏太は、少し心配した。
「でも、もし死んでも魂がなくならないなら……霊界があったら、亡くなった大切な人は霊界に住んでいるんだよね」
「そういうことになるね……」
「あたしは……亡くなった大切な人に会ってみたいな。会えなくなる寂しさだけは耐えられないから……声だけでも聞きたいって思うよ」
あおいは寂しそうな表情を続けている。
亡くなった大切な人……それはまぎれもなく奏太のことだ。
奏太を生き返らせたい。奏太ともう一度会いたい。その思いだけであおいはタイムマシンで過去にやってきた。しかし目の前にいる奏太は、過去の世界の奏太だ。あおいの生きている時代に奏太はもういない。あおいは目をうるうるして、今にも涙がこぼれそうだった。
奏太は、きっと彼女には何か深い事情があるのかなと思った。
「うみちゃん、君さえよければだけど……、俺の実験手伝ってみない?」
「え?」
「ひょっとしたら、その願い、叶うかもしれないよ!」
「奏太……」
「なんだか、訳ありみたいだから。うみちゃんが寂しそうな顔をしているのって、俺、やっぱり見たくないなあ。俺、ちょうど実験を行うところなんだ。今日、実は、君を誘ってみようかなって思ってたんだ」
あおいにとって思いがけない展開だった。あおいから実験機のことを聞き出そうとしたが、奏太から話を持ち出してきたのだ。
「信じないかもしれないけど、俺がやろうとしている実験は霊界通信なんだ。ある実験機を使ってね。とんでもない話に聞こえるかも知れないけどね」
「うんうん、あたしは信じてるよ。奏太のこと……」
どうやらあおいは、元気な表情を取り戻した感じだ。その様子を見て、奏太はほっとした。
それから1時間、奏太は霊界通信機を見つけたことや原理について、あおいに話をする。
あおいはうんうんと、うなずきながら聞いていた。
あおいは、奏太の声を聞けるだけでしあわせだった。あおいのいる世界では、奏太の実験にはまるで関心がなかったが、霊界通信機にも関心がいくようになったのだ。
なぜなら、あおいは未来からやってきたからだ。タイムワープを体験した。きっとおじいちゃんの実験品だから霊界通信だって夢ではない。いや、すでにおじいちゃんのいた未来の世界では当たり前に存在しているから、おじいちゃんはこの時代でも霊界通信機をつくろうとしたんだ。
そして奏太自身も、あおいが霊界通信機の実験に興味をもってくれたことが本当にうれしかった。こんな突飛もないことを、同級生や先生はもちろん、優秀な科学者だって信じてくれないだろう。昨日出会ったばかりで、一目ぼれの彼女に理解してもらったことが、何よりもうれしかったのだ。
「おっともう3時だね。ちょっと待ってて。近くのコンビニでアイスとジュース買ってくるから」
あおいは自分の分くらいは自分で払おうと、財布からお金を出そうとした。
「いいよ、気にしないで。俺が出すよ。10分くらいで戻ってくるから」
「うん、じゃあ。お言葉に甘えて、おごってもらっちゃおうかな」
「ちょっと待っててね。スクーターで買いに行ってくるから」
奏太はヘルメットを被らないでスクーターを発進しようとした。
「奏太、ヘルメット被らないと違反よ!」
「なあに、コンビニはすぐ近くだよ。警察に見つからないって」
「ったくもう!」
奏太はヘルメットをかぶらず、スクーターを発信してしまった。
奏太のスクーターは、土手の上の道を快適に走っている。あおいは、奏太のスクーターが、あおいの視界から見えなくなるまで、奏太を見ていた。
そのとき……奏太の姿を、ある男が目撃する。その男は土手のすぐ脇にある道路にいた。
「あのガキは確か……昨日、あの女と遭遇する直前に見かけたガキだ。こんなところに……」
その男は、急いで土手を走って上り、奏太がやってきた方角を眺めた。すると……河川敷のグラウンドに人がいるのを見つけた。どうやら女だ。男は携帯バッグから眼鏡のようなものを取り出して顔に装着した。そして眼鏡についている小さなスイッチを押した。その眼鏡は拡大鏡の役割をもっているようだ。男はその眼鏡で河川敷のグラウンドにいる女性を見た。
「あの帽子、やはり……」
その男は、未来からやってきたタイムポリスの部隊長ボルトンだ。ボルトンは、現代人が着るような服装をしている。もちろん、未来からやって来たことが万が一ばれないようにするための変装だ。
そして左手の中指にはめている指輪は、もちろんただの指輪ではない。それは未来型の拳銃、つまりショックガンだ。見た目はただの指輪にしか見えないが、調整次第で人を気絶させたり、殺傷することさえ可能だ。
ボルトン部隊長は左手の中指の指輪をしっかりはめ直し、あおいに見つからないようにあおいの死角から静かに近づいていった。
……そしてあおいから距離10メートルの背後まで近づいた。ここには木が何本もあるので、ボルトンにとって身を隠すのには最適だった。
(あの面、あの帽子。やはりそっくりだ)
ボルトン部隊長は眼鏡の照準を彼女に合わせボタンを押した。すると何か計算しだしたようだ。そして計算結果が出た。
「適合率98.66%」
(やはりこいつだ。間違いない)
ボルトン部隊長が使ったアイテムはもちろん、未来で発明されたものだ。300年後の研究所で見つけた彼女の映像から、顔の輪郭、身長、体重などの体格、身に着けているもの、眼の輝きから体のあざなどの体の特徴を割り出し、本人と一致しているかを調べられる、まさに未来のアイテムだ。解析の結果、あおいと未来の研究所の写真映像は同一人物とほぼ断定したのだ。
さらにボルトン部隊長は、あおいのすぐ真後ろまで近づいたが、あおいは未だ気づかない。
ボルトン隊長は声をかけた。
「ようやく見つけたぞ。おまえ、何者だ!」
あおいはびっくりした。人がこんなに近くにいるなんて思わなかった。あおいは後ろを振り向いた。もちろんあおいが知らない男だ。ボルトン部隊長はさらに尋問してきた。
「なんの目的でこの時代にやってきた! タイムマシンはどこに隠した!」
あおいは思った。
(なぜこの男は、あたしがタイムマシンでやってきたこと、知ってるの?)
しかしその男が、あおいにとって危険な人であることは直感で察知できた。あおいは、とぼけようと思った。
「なんのこと? タイムマシンなんて、あたし、しらないわよ」
「シラを切るな!、きさまを今ここで連行する!」
ボルトン部隊長は、あおいの右腕を強く掴んだ。
「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!」
「どぼけるな! どうせガドムの手の者だろ。それに連邦防衛軍の許可なしでのタイムワープは極刑だ! おとなしくしろ!」
あおいは、その男が何を言っているのか、本当にわからなかった。
「あなた、何を言ってるの? ガドムだの、極刑だの? あたし、本当になにもしらないわよ!」
「いいから来るんだ!」
「キャー、やめて!」
ちょうどそのときだった。
ブオーン
奏太が戻ってきた。ボルトン部隊長もあおいを捕まえるのに集中していたためか、スクーターの接近に気づかなかったのだ。奏太も怪しい雰囲気を感じ、極力、スクーターの音が大きくならないように近づいていた。そのため、ボルトン部隊長は奏太の接近に気づかなかったのだ。奏太は、男の前でさらにスピードを加速させ、力の限り、ボルトン部隊長の体をおもいっきり足で押し出した。
ぐわ!
ボルトン部隊長は不意を突かれ、体をおおきく飛ばされ、地面にたたきつけられた。
「うみちゃん、後ろに乗って、早く!」
「う、うん」
あおいは奏太の後ろに乗った。
「しっかり俺に捕まっててね!」
スクーターは猛ダッシュで逃げていった。
「こ、このガキたちめ……」
飛ばされたボルトン隊長は起き上がり、左手のこぶしを奏太のスクーターに向けた。
ボルトンはショックガンを撃とうと体を構えたが、奏太のスクーターは、すでにショックガンの射程距離外だった。
ボルトン隊長は、ショックガンを撃つのをあきらめた。
「ちっ、やはり奴はあの女の仲間だったか。こんなに早く戻ってくるとはな。油断したぜ」
二人が乗ったスクーターは、ボルトンの視界から完全に消えた。
「これならはじめから、ショックガンを使っていればよかったか」
「部隊長ー」
次に何者かが車でグラウンド内に入ってきた。車をグラウンドに止めて、若い男が車から出てきた。その男は、タイムポリス隊の若き隊員、アナンだった。
「ボルトン部隊長、先ほど連絡があって、急いで駆けつけたのですが、例の女性がみつかったのですか?」
「ああ、このあたりは人が少なく、河川敷の茂みあたりにタイムマシンを隠してないか探していたら、奴らを見つけた。あの姿、帽子、間違いない。データとほぼした。
それと仲間もいた。女と同じくらいの年の男だ。タイムワープしたスパイは他にもいるようだな。やつらはタイムマシンを複数保有している可能性がある」
「ボルトン部隊長……」
「アナン、ガキ二人の写真は逃げるときに、眼鏡の自動撮影機能で撮れたぞ。こちらのほうが研究所の画像より鮮明だ。ガキの女も男もはっきり撮れたぞ」
ボルトンは、アナンに二人の映像を送った。アナンの眼鏡はボルトン部隊長の映像写真を受信した。このメガネは望遠鏡やカメラ、パソコン機能までついている。それに目に見えない磁力やエネルギーまで見ることができるのだ。
300年後の未来で撮影したあおいの映像は、三次元と四次元空間の境目でとらえたため、映像が鮮明ではなかった。しかしさきほどボルトン部隊長が捉えた映像は、鮮明に撮影できている。
「アナン、奴らを見つけたらショットガンを使ってもよいからな。ただし、タイムマシンに乗っていた女のガキは生かしておくんだ。なぜこの時代に、そして日本にやって来たのか。目的は国家転覆か。何名、タイムワープさせたか。タイムマシンはどこに隠したか。すべて吐かせるんだ!」
アナンは、未来型眼鏡のスイッチを押して、ボルトンから送られた二人の映像写真を見てみた。すると大気中に二人の写真映像が映し出された。それを見たアナンは、苦虫を噛んだ。
(二人とも高校生くらいではないか……)
アナンには、彼女たちが、連邦防衛軍が主張するような悪い人間には見えなかった。
「本当に国家組織のスパイなのか。そもそも本当に悪い人たちなのか。それに彼女のかぶっているキャップ、やはりどこかで見たような……」
アナンは、あおいのかぶっているキャップをずっと見つめていた。アナンは、連邦防衛軍の決定に疑問をもち始めていたのだ。
「今、実験機はどこにあるのかな。やはり奏太の家の部屋かな。さすがに奏太の部屋に置いてあったら壊すのは無理だよね……。でも実験機を調べている限り……きっと奏太は、実験機を再び研究所に持ってくるに違いない。実験機を壊すチャンスは、奏太が実験機を研究所に持ってきたとき以外にない...」
しかしあおいは、この時代にやってきて、新たにわかったことがある。
あおいが本来、住んでいる世界では、奏太が行っていた実験にはほとんど関心がなかった。
ただ、高校時代の奏太と話して、奏太が実験機の研究にあれほど夢中になる理由がよくわかってきたのだ。
奏太のおじいちゃんを大バッシングし、父を失う原因をつくったマスコミへの深い確執が、実験に夢中にさせていることもある。しかしそれ以上に、霊界通信機をつくることに奏太自身が強い使命感をもち、生きがいとしていることに、あおいは気づかされたのだ。
「――もし実験機を壊してしまうと……あたし、奏太の生きがいまで奪ってしまうんだろうな……あ~あ、なんだかあたし、複雑……」
あおいはその日の夜のうちに、奏太にメールし、明日の正午、奏太と会う約束をした。
待ち合わせ場所は、昨日と同じ河川敷のグラウンドだ。
――次の日の正午になった。
今日の天気は曇りで、それほど暑くはない。あおいはキャップをかぶり、ペンダントを身に着け、河川敷グラウンド近くの木陰で奏太を待っていた。
するとスクーターが近づいてくる。スクーターはグラウンド前で止まって、男はスクーターから降りてきた。ヘルメットを脱ぐとそれは奏太だった。
「あれ~、奏太。スクーターの免許、持っていたんだ」
「ああ、数日、スクーターを修理に出しててね。今日の午前中に修理が終わったから乗ってきたんだ。ここは田舎だからね。買い物や外出するのに、自転車だと不便で……。あと、一様、二人乗りもできるから、何かと便利なんだ」
「そうなんだあ」
それから二人は、土手の草の上に並んで座った。ちょうどそこは木陰で涼しい。奏太もだいぶ慣れてきたためか、今日は昨日ほど緊張している様子はない。それに奏太も、あおいとたくさん話をしたいようだ。
奏太「海ちゃん!」
あおい「え? ひょっとしてそれ、あたしの呼び名?」
奏太「そうだよ。呼び名ないとやっぱり困るから、俺、考えたんだ」
あおい「まあ、海女よりはいいかな、クス」
** *
たわいもない会話を30分ほど行った。あおいは思った。
(これでは昨日と一緒で何も聞き出せないわ。思いきって実験機のことを聞き出さないと……)
あおいがそう思ったとき、なんと奏太の方から実験機について話しかけてきた。
「あおいちゃん、霊界って信じるかい?」
「霊界?」
「ああ、霊界さ」
「霊界? さあ、よくわかんないけど、でも...」
あおいは急に寂しそうな表情をした。それを見た奏太は、少し心配した。
「でも、もし死んでも魂がなくならないなら……霊界があったら、亡くなった大切な人は霊界に住んでいるんだよね」
「そういうことになるね……」
「あたしは……亡くなった大切な人に会ってみたいな。会えなくなる寂しさだけは耐えられないから……声だけでも聞きたいって思うよ」
あおいは寂しそうな表情を続けている。
亡くなった大切な人……それはまぎれもなく奏太のことだ。
奏太を生き返らせたい。奏太ともう一度会いたい。その思いだけであおいはタイムマシンで過去にやってきた。しかし目の前にいる奏太は、過去の世界の奏太だ。あおいの生きている時代に奏太はもういない。あおいは目をうるうるして、今にも涙がこぼれそうだった。
奏太は、きっと彼女には何か深い事情があるのかなと思った。
「うみちゃん、君さえよければだけど……、俺の実験手伝ってみない?」
「え?」
「ひょっとしたら、その願い、叶うかもしれないよ!」
「奏太……」
「なんだか、訳ありみたいだから。うみちゃんが寂しそうな顔をしているのって、俺、やっぱり見たくないなあ。俺、ちょうど実験を行うところなんだ。今日、実は、君を誘ってみようかなって思ってたんだ」
あおいにとって思いがけない展開だった。あおいから実験機のことを聞き出そうとしたが、奏太から話を持ち出してきたのだ。
「信じないかもしれないけど、俺がやろうとしている実験は霊界通信なんだ。ある実験機を使ってね。とんでもない話に聞こえるかも知れないけどね」
「うんうん、あたしは信じてるよ。奏太のこと……」
どうやらあおいは、元気な表情を取り戻した感じだ。その様子を見て、奏太はほっとした。
それから1時間、奏太は霊界通信機を見つけたことや原理について、あおいに話をする。
あおいはうんうんと、うなずきながら聞いていた。
あおいは、奏太の声を聞けるだけでしあわせだった。あおいのいる世界では、奏太の実験にはまるで関心がなかったが、霊界通信機にも関心がいくようになったのだ。
なぜなら、あおいは未来からやってきたからだ。タイムワープを体験した。きっとおじいちゃんの実験品だから霊界通信だって夢ではない。いや、すでにおじいちゃんのいた未来の世界では当たり前に存在しているから、おじいちゃんはこの時代でも霊界通信機をつくろうとしたんだ。
そして奏太自身も、あおいが霊界通信機の実験に興味をもってくれたことが本当にうれしかった。こんな突飛もないことを、同級生や先生はもちろん、優秀な科学者だって信じてくれないだろう。昨日出会ったばかりで、一目ぼれの彼女に理解してもらったことが、何よりもうれしかったのだ。
「おっともう3時だね。ちょっと待ってて。近くのコンビニでアイスとジュース買ってくるから」
あおいは自分の分くらいは自分で払おうと、財布からお金を出そうとした。
「いいよ、気にしないで。俺が出すよ。10分くらいで戻ってくるから」
「うん、じゃあ。お言葉に甘えて、おごってもらっちゃおうかな」
「ちょっと待っててね。スクーターで買いに行ってくるから」
奏太はヘルメットを被らないでスクーターを発進しようとした。
「奏太、ヘルメット被らないと違反よ!」
「なあに、コンビニはすぐ近くだよ。警察に見つからないって」
「ったくもう!」
奏太はヘルメットをかぶらず、スクーターを発信してしまった。
奏太のスクーターは、土手の上の道を快適に走っている。あおいは、奏太のスクーターが、あおいの視界から見えなくなるまで、奏太を見ていた。
そのとき……奏太の姿を、ある男が目撃する。その男は土手のすぐ脇にある道路にいた。
「あのガキは確か……昨日、あの女と遭遇する直前に見かけたガキだ。こんなところに……」
その男は、急いで土手を走って上り、奏太がやってきた方角を眺めた。すると……河川敷のグラウンドに人がいるのを見つけた。どうやら女だ。男は携帯バッグから眼鏡のようなものを取り出して顔に装着した。そして眼鏡についている小さなスイッチを押した。その眼鏡は拡大鏡の役割をもっているようだ。男はその眼鏡で河川敷のグラウンドにいる女性を見た。
「あの帽子、やはり……」
その男は、未来からやってきたタイムポリスの部隊長ボルトンだ。ボルトンは、現代人が着るような服装をしている。もちろん、未来からやって来たことが万が一ばれないようにするための変装だ。
そして左手の中指にはめている指輪は、もちろんただの指輪ではない。それは未来型の拳銃、つまりショックガンだ。見た目はただの指輪にしか見えないが、調整次第で人を気絶させたり、殺傷することさえ可能だ。
ボルトン部隊長は左手の中指の指輪をしっかりはめ直し、あおいに見つからないようにあおいの死角から静かに近づいていった。
……そしてあおいから距離10メートルの背後まで近づいた。ここには木が何本もあるので、ボルトンにとって身を隠すのには最適だった。
(あの面、あの帽子。やはりそっくりだ)
ボルトン部隊長は眼鏡の照準を彼女に合わせボタンを押した。すると何か計算しだしたようだ。そして計算結果が出た。
「適合率98.66%」
(やはりこいつだ。間違いない)
ボルトン部隊長が使ったアイテムはもちろん、未来で発明されたものだ。300年後の研究所で見つけた彼女の映像から、顔の輪郭、身長、体重などの体格、身に着けているもの、眼の輝きから体のあざなどの体の特徴を割り出し、本人と一致しているかを調べられる、まさに未来のアイテムだ。解析の結果、あおいと未来の研究所の写真映像は同一人物とほぼ断定したのだ。
さらにボルトン部隊長は、あおいのすぐ真後ろまで近づいたが、あおいは未だ気づかない。
ボルトン隊長は声をかけた。
「ようやく見つけたぞ。おまえ、何者だ!」
あおいはびっくりした。人がこんなに近くにいるなんて思わなかった。あおいは後ろを振り向いた。もちろんあおいが知らない男だ。ボルトン部隊長はさらに尋問してきた。
「なんの目的でこの時代にやってきた! タイムマシンはどこに隠した!」
あおいは思った。
(なぜこの男は、あたしがタイムマシンでやってきたこと、知ってるの?)
しかしその男が、あおいにとって危険な人であることは直感で察知できた。あおいは、とぼけようと思った。
「なんのこと? タイムマシンなんて、あたし、しらないわよ」
「シラを切るな!、きさまを今ここで連行する!」
ボルトン部隊長は、あおいの右腕を強く掴んだ。
「ちょ、ちょっと! なにすんのよ!」
「どぼけるな! どうせガドムの手の者だろ。それに連邦防衛軍の許可なしでのタイムワープは極刑だ! おとなしくしろ!」
あおいは、その男が何を言っているのか、本当にわからなかった。
「あなた、何を言ってるの? ガドムだの、極刑だの? あたし、本当になにもしらないわよ!」
「いいから来るんだ!」
「キャー、やめて!」
ちょうどそのときだった。
ブオーン
奏太が戻ってきた。ボルトン部隊長もあおいを捕まえるのに集中していたためか、スクーターの接近に気づかなかったのだ。奏太も怪しい雰囲気を感じ、極力、スクーターの音が大きくならないように近づいていた。そのため、ボルトン部隊長は奏太の接近に気づかなかったのだ。奏太は、男の前でさらにスピードを加速させ、力の限り、ボルトン部隊長の体をおもいっきり足で押し出した。
ぐわ!
ボルトン部隊長は不意を突かれ、体をおおきく飛ばされ、地面にたたきつけられた。
「うみちゃん、後ろに乗って、早く!」
「う、うん」
あおいは奏太の後ろに乗った。
「しっかり俺に捕まっててね!」
スクーターは猛ダッシュで逃げていった。
「こ、このガキたちめ……」
飛ばされたボルトン隊長は起き上がり、左手のこぶしを奏太のスクーターに向けた。
ボルトンはショックガンを撃とうと体を構えたが、奏太のスクーターは、すでにショックガンの射程距離外だった。
ボルトン隊長は、ショックガンを撃つのをあきらめた。
「ちっ、やはり奴はあの女の仲間だったか。こんなに早く戻ってくるとはな。油断したぜ」
二人が乗ったスクーターは、ボルトンの視界から完全に消えた。
「これならはじめから、ショックガンを使っていればよかったか」
「部隊長ー」
次に何者かが車でグラウンド内に入ってきた。車をグラウンドに止めて、若い男が車から出てきた。その男は、タイムポリス隊の若き隊員、アナンだった。
「ボルトン部隊長、先ほど連絡があって、急いで駆けつけたのですが、例の女性がみつかったのですか?」
「ああ、このあたりは人が少なく、河川敷の茂みあたりにタイムマシンを隠してないか探していたら、奴らを見つけた。あの姿、帽子、間違いない。データとほぼした。
それと仲間もいた。女と同じくらいの年の男だ。タイムワープしたスパイは他にもいるようだな。やつらはタイムマシンを複数保有している可能性がある」
「ボルトン部隊長……」
「アナン、ガキ二人の写真は逃げるときに、眼鏡の自動撮影機能で撮れたぞ。こちらのほうが研究所の画像より鮮明だ。ガキの女も男もはっきり撮れたぞ」
ボルトンは、アナンに二人の映像を送った。アナンの眼鏡はボルトン部隊長の映像写真を受信した。このメガネは望遠鏡やカメラ、パソコン機能までついている。それに目に見えない磁力やエネルギーまで見ることができるのだ。
300年後の未来で撮影したあおいの映像は、三次元と四次元空間の境目でとらえたため、映像が鮮明ではなかった。しかしさきほどボルトン部隊長が捉えた映像は、鮮明に撮影できている。
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(二人とも高校生くらいではないか……)
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「本当に国家組織のスパイなのか。そもそも本当に悪い人たちなのか。それに彼女のかぶっているキャップ、やはりどこかで見たような……」
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誰もが、そう思っていた。
ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。
風は時の流れに身を任せていた。
時は風の音の中に流れていた。
空は青く、どこまでも広かった。
それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで
世界が滅ぶのは、運命だった。
それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。
未来。
——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。
けれども、その「時間」は来なかった。
秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。
明日へと流れる「空」を、越えて。
あの日から、決して止むことがない雨が降った。
隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。
その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。
明けることのない夜を、もたらしたのだ。
もう、空を飛ぶ鳥はいない。
翼を広げられる場所はない。
「未来」は、手の届かないところまで消え去った。
ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。
…けれども「今日」は、まだ残されていた。
それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。
1995年、——1月。
世界の運命が揺らいだ、あの場所で。
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