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第5章 第7節 二人の会話~未来のあおいと過去の奏太

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あおい「奏太、ここで立っているのも暑いから、あの木陰でちょっと座らない?」

奏太「そうだね」

二人は一緒に木陰に向かった。あおいは先に木陰に行き、草の上に座った。しかし奏太は座るのをためらっている。

あおい「どうしたの? 奏太も隣に座ったら?」

奏太「えっ」

あおいにとっては、奏太と日常から普通に会って会話をしていたので、違和感なく奏太と接している。しかし奏太は違う。奏太は、彼女の隣で座ることに緊張していた。ましてや今日、一目ぼれしたばかりの女子ならなおさらだ。



あおい「ん?」

あおいは「どうしたのかな?」という表情をし、目を大きくして奏太を見つめた。

奏太はドキドキしながら、あおいの横に座った。

ドキドキ

奏太の心臓はドキドキしていた。するとあおいが話しかけてきた。

あおい「ねえ、奏太」

奏太「なんだい」

あおい「奏太って将来の夢とかある?」

奏太は、一呼吸おいて答えた。

奏太「夢……あるよ」

あおいには、奏太の顔が少し引き締まったように見えた。

奏太「俺はおじいちゃんのような科学者になりたいんだ。俺の大好きなおじいちゃんのようにな。そして世界的な発明品を作りたいと本気で思っているよ」

あおいはノートのことを思い出した。

あおい(おじいちゃんって……あのノートを書いたおじいちゃんのことね……)



再び二人は、会話を続ける。

あおい「ふーん、夢があるんだあ」

奏太「俺のおじいちゃんは立派な科学者だった。ただマスコミのやつらがな……。そいつらが俺の家族を……」

奏太の表情がさらに険しくなった。奏太の過去のことは兄の栄一から聞いていたので、あおいはある程度の事情はわかっていた。

奏太がまだ小さい頃、おじいちゃんが世紀の発明をしたことに嫉妬した教授たちが、マスコミを使っておじいちゃんを貶おとしめたこと。連日、新聞からテレビまで、日本中のマスコミが特集を組んで、おじいちゃんを詐欺師として扱ったこと。奏太の父の住まいまでマスコミが押し寄せ、そのことが原因で父が過労で事故死したことなど……。

あおいは、いくら奏太と親しくしていても、そのことだけは口にしたことはなかった。奏太は険しい顔をしたまま、黙っている。そんな奏太を見守るように、あおいは奏太を静かに見つめている。



しばらく間をおいて、あおいは応えた。

あおい「あたしは信じているよ。奏太のおじいちゃんのこと」

奏太「え?」

あおい「だって奏太、研究熱心で一生懸命でしょ。そのわりにはよくおもしろい冗談いうしね。おじいちゃんにほんと、よく似てるよ」

今、あおいは、おじいちゃんのノートを思い出していた。あの「ちょんまげー」の発信合図を思い出し、思わずクスッと笑ってしまった。

あおい「それにお父さんが亡くなってから、ずっとおじいちゃんが父がわりに育ててくれたんだよね」

奏太「そうさ。とてもおもしろく、発明の天才でもあったんだ。ん?」



奏太は思った。

(なんで俺の家族のことを知っているんだ。やはり、俺が小さい頃の知り合いなのかな……)

奏太は彼女のことを詳しく聞こうと思っていたが、なにか事情があって隠しているようだ。ムリに聞くとまた逃げられる……そう考えて、奏太は彼女についての質問をやめることにした。

(今は彼女の正体を探るより、普通の話題をしよう)

奏太はむしろ、普通に会話していたほうが、自然に彼女のことをわかってくる気がしたのだ。奏太はおじいちゃんの話で暗くなってしまったので、話題をそらした。

奏太「ところで君、名前、なんて呼んだらいいかな。あだ名とかないの?」

本当の名前は知られないほうがいい。あおいはそう思っていた。奏太もそのことに感づいて、気を遣ってくれているようだ。奏太の気遣いは、あおいにとってもありがたかった。

あおい「そうね、呼び名ねえ。どうしようかな。あだ名はとくになかったしねえ……」

あおいは、友達からは「あおい」「あおいちゃん」と呼ばれていた。しかしその呼び名だと名前がばれてしまう。あおい自身も、自分をなんて呼んでもらえばよいか思いつかない。



ここで奏太は、あおいからラインでもらった謎のメッセージを思い出した。

そのメッセージから、ある呼び名が浮かんだのだ。

奏太「そうだ! 俺、いい呼び名、思いついたよ!」

あおい「え、本当!」

奏太「ああ、あのラインの謎のメッセージ。君が気に入ってるメッセージでしょ」

あおい「え、あ、うん……」

奏太「そこから思いついたんだ!」

あおいは頬が赤くなった。

あおい(やだ、奏太。あのメッセージの意味、わかっちゃったのかしら)

奏太「じゃあ、言うね!」

あおい「うん……」

奏太にあのメッセージの真意がばれてしまったのではないかと、今度はあおいがドキドキした。

奏太「海女う・み・お・ん・な」

ズコッ

あおいは座っている姿勢でずっこけた。

あおい(う、うみおんな~)

海女とは海に住む化け物のことである。あおいは、以前に奏太から「お化け」といわれ、奏太を辞書で頭を思いっきり叩いたことがあった。あおいはそのことを思い出した。



ゴゴゴ

あおいは怒った。

あおい「奏太! なんでいつもあたしを、化け物みたいな言い方すんのよ!」

あおいは立ち上がって、いきなり大きな声を張り上げてきたので、奏太はびっくりした。

奏太「え、え、君にぴったりかなあって……」

あおい「なにがぴったりよ! どこをどう考えたら、海女なんて化け物みたいな呼び名になるのよ!」

奏太「ご、ごめん。だって『私と海と女』ってメッセージ送ってきたじゃん。だから海と女をとって海女って……」



ぐぬぬ

あおいは余計に切れた。

(普段はきちんと記憶しているのに、こんな大事なメッセージに限って……)

あおい「『私と海と女』じゃないわよ!『私と海と電話』でしょ! 勘違いにもほどがあるわよ!」

奏太「ひえー」

あまりの声のでかさに、奏太は耳をふさいでしまった。奏太は本当にネーミングのセンスがなかった。

あおい「ったく、奏太の感性にはいつもながらあきれるわ。もっとかわいらしい呼び名とかあるでしょ! だいたい奏太はね、ブツクサブツクサ……」

あおいは奏太に説教を続けた。さすがに奏太もむっとして嫌気がした。



奏太(ちっ、なんだよ。せっかく俺が考えてやったのによ。怒鳴ることないだろ。そうだ、よし!)

あおい「ブツクサブツクサ」

あおいは相変わらずぼやいていた。すると……。



ヒュヒュヒュー

あおい「ん?」

口笛を吹くような音がする。あおいは奏太を見てみた。奏太は相変わらず耳を両手でふさいだままだ。しかもわざとらしくすました表情をしている。「君の話なんて聞こえてないよー」と、明らかにあおいを小バカにするような態度だ。



ムカー

あおい「奏太!! まじめに聞く気あるの!!」

あおいはさらに大きな声を出した。

奏太「ひえ~ごめん。俺が悪かった」



奏太(それにしても、なんて大きな声だ)

奏太はずっと両手で耳をふさいだままだ。

あおい「いつまでも耳をふさいでいない!」

あおいは頭にきて、奏太の右耳をつかんで引っ張った。

「いてて、ごめん。もう悪ふざけしないから」

あおい「ったく、この男は!――ん……あれ?」

あおいは、奏太の右の首元が見えたとき、心にひっかかったことがあった。奏太の右の首元には薄黒いアザがあったはずなのに、アザがなかったのだ。

あおい「あれ? 奏太。右首のアザがなくなっているけど」

奏太「え? そんなの元からないよ」

あおい「うそ!たしかにあったわよ!」



以前にあおいは、大学の部室で奏太を背後からどついたとき、奏太の右首にアザがあったのを見えたことがある。あおいは、今から1年前のことを思い出してみた。





――(1年前の部室での会話)――

あおい「あれ? そうた。首元にアザがあるね。このアザってなんなの?」

奏太「ああ、このアザか。以前に……」

――(1年前の部室での会話、終わり)――





(そうた、あのときなんて言ってたっけ。う~ん、思い出せない。まあいいか)

あおいは1年前に奏太がなんて返事したか思い出せなかった。

あおい「いや、なんでもないのよ。気にしないで……」

とりあえずあおいは、首元のアザのことは脇においた。



* *  *



2時間ほど、二人は話をした。

その後の二人の会話は、奏太が発明家としての夢を語り、あおいは「うんうん」とうなずいて聞いている感じだった。あおいがいた未来では、奏太は大学2年だが、こんなに情熱的に語らない。いやむしろ全くと言っていいほど、将来の夢についてあおいに話したことは一度もなかった。

しかし、頻繁に昼食を忘れて実験に没頭していたくらいだ。奏太は実験や発明に無我夢中になっていることは、奏太が説明しなくてもわかっている。あおいは、実験に対する奏太の情熱がよく理解できた気がした。



東の空は暗くなりかけている。二人の会話は、時間の流れさえ忘れさせてしまう。

二人とも、もっと話を続けたい気持ちはあった。そしてお互いに知りたい大切なことがあった。しかし二人はお互いに、肝心なことを聞けなかったのだ。



あおい「じゃあ今日はこれで。また会えるよね」

奏太「ああ、もちろん」



先に奏太が自転車で帰り、あおいは見送った。奏太が視界から見えなくなったのを確認した後、あおいは隠していた自転車に乗る。そしてキャップをかぶり、研究所に向かって走り出した。



あおいが自転車で土手の道を走っているとき、歩道を歩いていた、ある人物とすれ違った。その人物はあおい、いや、あおいのかぶっているキャップを見るなり、するどい目線でギロッとにらんだ。その直後、その人物は180度振り返り、あおいを走って追いかけた。



しかし自転車のスピードが早く、市街地に入ってしまったため、その人物はあおいを見失ってしまった。

「ちっ、見失ったか! しかしようやく見つけたぜ」

あおいはその人物の存在に、今はまだ気づいていない。
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