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第3章 第6節 奏太のラブレター

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あおいは、奏太の死を知った。奏太は部室で亡くなっていた。死亡推定時間は深夜の12時から1時。あおいが奏太に連絡した時間は10時だったので、それからわずか2、3時間後の出来事だった。

警察の話では、原因は実験中に足を滑らせ、頭を強打したとのこと。朝、見回りに来た当直の人が、朝なのに部室の明かりがうっすらとついていることに気づき、入口のドアを開けたら実験機が置いてあるテーブル手前の床に奏太が倒れていたのを発見した。

奏太が倒れていた床には、直径2mほどの星と円が重なった五芒星が描かれた厚紙が敷かれてあった。実験機の電源はついていて、ウインウインとディスクが回ったような小さな音を立てながら動いていたが、暴発や異常電圧が発生した様子はなかった。

検視の結果、後頭部を机の角にぶつけた痕跡が見つかった。出血はほとんどなく、見た目では外傷があるかどうかさえ、わからないくらいだった。当たりどころがよっぽど悪かったとのことだ。人と争ったり、外部から危害を受けた様子もなく、事件性はないと警察は判断し、死因は実験中の転倒事故で処理された。



* *  *



数日が経過し、奏太のお通夜と告別式を終えた。あおいは今、自分の部屋にいる。奏太の父は、奏太が幼い時に交通事故で亡くしている。葬儀中、奏太の母は、一人息子の奏太まで亡くしてしまった悲しさを隠し切れず、ずっと泣きたい気持ちを堪えていたように見えた。目は常に赤く、誰もいないときに一人で泣いていたのだろう。

そして実験のパートナーであり、一番の友人でもあった兄も肩を落とし、ずっと涙を流していた。しかし、あおいは葬儀中、一度も涙を流さなかった。あおいは、現実を受け入れることができなかった。いや、受け入れようとしなかった。

(これは夢……、そうだ。これはきっと悪い夢なんだ……)

あおいは葬儀の間、ずっと自分の心に何度もこのように言い聞かせていた。

しかしお通夜が終わり、告別式が終って、次の日の朝になって目が覚めても、奏太はいなかった。

(悪い夢がなかなか覚めない……夢ではないの?)

あおいは、奏太が亡くなった現実を受け入れようとしたとき、どっと涙が溢れるように流れた。

「そうた……ぐずん、え~ん、え~ん、え~ん」

あおいは一日中、部屋でただ一人泣いていた。



* *  *



さらに1週間が過ぎた。すっかり元気を失くしてしまったあおいと兄の栄一も、少し落ち着きを取り戻したようだ。これまでは、自宅であおいと栄一が会っても、奏太のことは口にしなかった。奏太のことを思い出すとあおいは涙が抑えられない。

そして、栄一もつらい気持ちをどうしても抑えられなかった。二人はお互いにその気持ちが理解できるので、あえて奏太のことを言わないようにしていた。いや、そもそもささいな会話さえできていなかった。

あおいも栄一も普段の調子を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかしいつまでも悲しんではいられない。栄一は奏太が亡くなってから1週間が経過し、あることを決断した。それは実験を中止し、エジソン研究室を閉鎖することだった。

栄一は部室に置いてある実験機を見るたび、奏太のことを思い出してしまう。そして栄一には常にあることが頭によぎってしまうのだった。

「なぜ奏太は二人で実験を行う約束を破ってまで、一人で実験を行ったのだろうか…」

本来、実験は昼の明るい時間、二人で行う約束だった。しかし、奏太は一人で夜の時間に実験を行ったのだ。

「きっと、俺が反対していたから、奏太はやりづらくなって、一人で決行したのだろう……。俺がもう少し、奏太の気持ちに気づいてやれば……」



警察は、実験機のトラブルや外部犯行の線はないと判断し、実験機は警察に没収されずに部室にそのまま残っている。ただ初期の段階で、警察が唯一気がかりにしていたことは、奏太が倒れていた床に、逆さ五芒星が描かれた厚紙が敷かれていたことだった。

当初、警察は、奏太に恨みがある人物による犯行の可能性を視野に入れていた。しかし調査を進めていくうちに、他殺の可能性はないと判断した。

兄も警察から参考人として事情聴取を受け、『黒魔術の秘宝~死者を召喚する逆さ五芒星の作り方』という本に書かれた、死者を召喚する実験を行う予定だったことを説明した。しかし栄一は、深夜一人で、奏太が実験を行っていたことを知らされていなかった。栄一のアリバイももちろん調べられた。

栄一は、奏太が亡くなった時間の少し前に、自宅近くのコンビニで買い物をしていたことが確認されたので、すぐに容疑者から外されていた。警察は、「安室奏太君は一人で実験を行い、不運にも転倒事故にあった」と判断した。

死者を呼び出す実験と死因が関係するというオカルト的な判断を、日本の警察は絶対にしない。栄一も警察が非現実的な判断をしないことはわかっていた。実験のことについては、警察は学生の研究、つまり遊びの延長上のようなものとしか扱わなかったのだ。

しかし栄一は、自分のミスで、奏太を死なせてしまったのではないかという自責の念で苦しんでいた。もう、実験を継続できる心の状態ではなかった。栄一は実験を中止させ、エジソン研究室を閉鎖することにした。





午後1時。あおいは、エジソン研究室に向かって歩いている。

今日の朝、兄から奏太の机や棚の中にある資料や本を片づけてくれないかと頼まれた。兄から奏太の研究のことについて話があったのは、奏太が亡くなってからはじめてのことだった。

あおいは歩きながら、朝、兄が語ったことを思い浮かべていた。

今日の朝、兄はあおいにいくつかのことを話してくれた。

「奏太が死者を召喚して、霊界通信を行う実験をしようとしていたこと」

「結局、奏太が一人で実験を行い、それを兄が止められなかったこと」

「エジソン研究室を閉鎖すること」



これらのことを兄から聞いた。

確かにあおいも一度、奏太が本を見ながら五芒星の図面をパソコンで描いていた姿を見ていた。しかしその実験と奏太の死因が直接関係したとまでは、到底思えなかった。

あおいは、兄を元気づけた。

あおい「お兄ちゃん、そんなに自分を責めちゃダメよ。奏太が死んだのと実験のことは関係ないと思うから。警察だって言ってたでしょ。死因は転倒による頭部への強打だって……」

栄一「そうだな……」

兄の返事にいつものような明るさはなかった。

栄一「俺は今日、奏太の母親のところに挨拶にいくよ。このことはきちんと伝えないといけないから。あと明日、明後日も大学の先生に実験のことで呼び出しされていて、部室の閉鎖とかもあっていろいろとあるから……。悪いが、奏太の机や棚にある本や資料の整理をやってくれないか」

あおい「うん、いいよ」

栄一「本当にすまないな、あおい。段ボールや手提げ袋は部室に置いてあるから、その中に入れておくだけでいいよ」

あおいは、兄がとても辛い気持ちでいることもわかった。兄は奏太が亡くなったことについて関係者にきちんとけじめをつけようとしている。きっとあたしよりも、もっと辛い立場なんだ。

あおいは心の中で思っていた。



* *  *



さて、あおいは大学に到着し、部室に入った。

部室に入ると中央テーブルには兄が言われた通り、段ボール箱や手提げ袋がいくつか置いてあった。つい1週間前まではこの場に奏太がいた。そしてあおいは、奏太に弁当をつくって、持っていった。あおいが来ると賑やかになったその部室は、今や静寂に包まれていた。あおいは、奏太がいつも座っていた机の上にひょこんと座って、奏太が生きていた時を思い出していた。



奏太といつも喧嘩していたこと。

弁当を食べてもらったこと。

中学のときに二人で海辺を見たこと。

そして、発表会が終わったら、二人で海辺に行く約束をしたこと……。



ぐずん

あおいは、奏太が生きていたころを思い出したら、また涙が出そうになった。しかしあおいは、泣きたい気持ちをぐっと堪こらえた。いくら泣いても奏太は戻らない。とにかく今は、兄から頼まれた机回りの整理をすることを考えるようにした。

あおいは、奏太の座っていた机とその近くの棚に入っている本や資料、小物類を段ボールや手提げ袋に入れていった。そして、机2段目の引き出しに入っている小物を片付けているとき、あおいが手に取った一冊の本の隙間から、白い封筒がぽとっと床に落ちた。

「あれ、こんなところに封筒が……」

あおいは、床に落ちた白い封筒を拾った。その封筒の表面には手書きで「あおいちゃんへ」と書かれてあった。

「これは……」

あおいは封筒を開いて、中の手紙を取り出して読んでみた。それは、まぎれもない……奏太からあおい宛の手紙だった。手紙には次のように書かれてあった。





【あおいちゃんへ

お弁当ありがとう。俺たち、いつも喧嘩ばかりしていたけど、俺、本当はすごく嬉しかった。

いつも、あおいちゃん、来ないかなって楽しみにしていた。

実験に行き詰まったときや考えがまとまらなかったとき、あおいちゃんと話したり、喧嘩したりすると、解決策が見つかったことも本当に多かった。お弁当を食べているときに、アイディアがひらめくことも多かった。



あおいちゃんは、俺にとっての心の支えだった。

ささいなものだけど、君にペンダントをプレゼントするよ。



本当はもっと早くプレゼントを渡そうと思ったけど……

部室でいざ、プレゼントを渡そうと思ってもなかなかできなかった。

だから、一つの研究を成し遂げ、研究発表を成功させ、少しは一人前になったら、あおいちゃんに告白しようって俺は思っていた。



俺の心からのお礼、ぜひ、あおいちゃんに受け取ってほしい。

このペンダントを……。



最後に

君を愛してる



11月11日 安室奏太



……



それは、明らかに奏太からあおいへの告白だった。そして日付が書いてあった。

日付は11月11日。その日は、奏太があおいと海辺を一緒に見る約束をした日だった。

あおいは、もう一度、手紙が入っていた机の引き出しを見てみた。すると引き出しの奥からリボンがついたおしゃれな箱が見つかった。

あおいは箱をあけてみると、手紙のとおり、とてもきれいな宝石がついたペンダントが入っていた。そのペンダントには神秘的できれいな宝石がついていた。

奏太は、11月11日にあおいにペンダントを渡し、告白するつもりだったことをあおいは知った。

「奏太、別に一人前にならなくても……あたしはいつでもOKしたよ」



あおいは、奏太が亡くなる前の夜、奏太との電話のやり取りを思い返した。

……

奏太「死んでも嫌だよ』

あおい「じゃあ、死んじゃえ~」

……

あたしがあんなこと言っちゃったから……奏太、死んじゃったのかな。

あおいはペンダントをぎゅっと握りしめた。



ぐずん、ぐずん……

あおいはぐっと堪えていた涙がこらえきれず、どっと涙があふれてきた。



「そうた、わ~ん、わ~ん」



あおいは大声で泣きだした。しかしいくら泣いても、部室は静寂だった。あおいの泣いている声が響くだけだった。部室の静寂はいつまでも続いたが、あおいの泣いている声だけが、その静かな空間をしばらく満たしていた。



そしてペンダントの宝石は、まるであおいを慰めるかのように、優しく光っていた。
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