世界の終わりでキスをして

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どのくらい俺は、流華をそうして抱きしめていただろうか。

時間にしてみれば、1分もなかったのかもしれない。

けれど俺にとったら永遠にも思えるような時間だった。

流華が消えてしまわないように、蝋燭の火を消さないように優しい力で抱きしめた。 

流華がどんな表情をしてるかは俺にはわからなかったが、俺は1人幸福の中で酔いしれていた。





、、、俺の未曾有ちに蹴りが入るまでは。

「うっ、、、」
流華が俺の未曾有ちを蹴ったのだ。

「何してんのよ!恭弥!」
えっーーー!!

「ちょっと待ってよ!そっちから抱きついてきたんじゃん!流石に酷くない!?」

俺が叫ぶと、流華が心なしか赤い顔をして俺に言う。

「私が、恭弥に抱きつくわけないでしょう!」

と何故か怒られて俺は呆然とする。
何だったんだ今のは。

流華は何故か怒って歩いて行ってしまう。
俺はそのままそこで立ち尽くしていたが、だんだん笑えてきた。

本当に理不尽で納得いかない。
いつも振り回されてばっかりだ。
けど、アンドロイドのような完璧な彼女が俺の前だと少し人間らしくなってきてるような気がする。
それがたまらなく、可愛くて嬉しかった。

俺は走ってまた流華の隣りを歩いていく。

流華はまだ何故か怒った顔をしながら
「次やったら足蹴りよ。」
と言っている。

笑っている俺をみて
「気持ち悪いからやめて!」
とさらに怒る。

それが心地良い事この上なかった。


俺と流華はその後もなんだかんだ言いながら自宅へ戻った。

とりあえず、今日の浮気調査はここまでにして帰る事にした。

今日は父さんの誕生日で、里さんがご馳走を作って待っていてくれる事になっているのだ。

父さんも今日は仕事を早めに切り上げて自宅に戻ってるはずだ。

自宅に戻る途中に、父さんの研究所があった。

「流華、ここが父さんの職場だよ。」
と教えると、
「家から近いわね。」
と流華が言う。

確かに。歩いて15分くらいだろうか、この距離を帰ってくるだけでも研究の時間が惜しいのだろう。

そこまで熱中できる物があるのは幸せな事なのかもしれないが。
俺にはよく理解ができなかった、

「あれ、健一叔父さんじゃない?」
と流華が言う。

確かに、父さんの研究所の門を入っていく叔父さんがいる。

「父さんに何か用事かな?もう家に帰ったと思うけど。」

俺は自分でそう言って、そんなわけがない事に気がついた。

叔父さんが父さんに会いにいくわけがない。

きっと、何か他の用事だろう。
声をかけようと思ったが俺は辞めておいた。
なんとなく、その方がいい気がした。

「声かけないの?」
流華が俺に聞いてくる。

「いや、いいや。何か仕事なのかもしれないし。叔父さん最近なんかいらだってるしね。」

そうなのだ、最近の叔父さんは何処か変だ。
妙にいらついていて、いつも以上に俺と流華に仕事を押し付けるし。

何か大きな案件を抱えているのか、事務所にもあまり戻らず忙しくしている。

「叔父さん何かあったのかしら、、、。」
流華が言う。
「俺達にも言えないやばい案件なんじゃないかな?」

俺と流華はそのまま早足で家に帰った。
里さんが誕生日パーティーの準備をしてくれていた。
テーブルには沢山のご馳走が並び、ケーキまで作ってくれていた。

「久しぶりに気合いが入っちゃいましたよ。」
と里さんが笑う。

「祝ってもらう様な年齢じゃないんだけどね。」
と父さんが笑う。

「誕生日は年に関わらず祝うもんなんですよ。」
と言って、里さんがシャンパンを開ける。

父さんがこんなに嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだった。
特に母さんが死んでからは、父さんが笑う事は殆どなかった。

流華もいる事が大きいのかもしれない、客がいるだけで、その場が明るくなるものだ。

「昔は、恭一さんと、健一さんと、尚美さんで奪い合うように、ケーキを食べてましたっけ?」
里さんがケーキを切りながら懐かしそうに言う。

「おいおい、いつの話しをはじめるんだよ。」
と笑いながら父さんが言う。
「いいじゃないですか。いつも3人で遊んで、誕生日は必ず3人で祝ってね。可愛かったのよ。」
里さんが懐かしそうに話す。
そんなにぎやかなか時期がこの家にもあったのだ。
いや、もし母さんが死んでなければ今も明るい家だったかもしれない。

母はそこにいるだけで、周りを明るくさせる様な人だった。

いつも活発で、父さんなんかよりずっとずっと元気だった。

母の死でこの家はまるっきり変わってしまった。
父と叔父さんの関係も修復できないものになってしまった。
里さんはそれが寂しいのだろう。

俺達は里さんの作ったケーキを食べてお茶を飲んだ。

そこで流華が父さんに質問する。
「あの、新薬の研究って、どのくらい時間がかかるんですか?」
と聞く。
「そりゃあ、もの凄く莫大な時間とお金がかかるよ。何回も何回も数え切れない程、実験を繰り返して、それでも完成は程遠い、自分が生きてるうちに完成するかもわからないんだからね。」

父さんの話しを聞いていると、本当に骨が折れる話しだ。
どんなモチベーションでそんな事を続けていけるのか。
強い信念がないと到底無理な気がする。

「父さんは、何の為にそこまで頑張って研究をするの?はっきりいって今まで家庭も顧みず研究に打ち込んで、何が父さんにそこまでさせるの?」

俺は小さい時から、聞きたくても聞けなかった事を、やっと今日聞けた気がした。

父さんは俺にそう言われて、少し困ったようだったが、俺の方をまっすぐに見て言った。

「尚美を助けたかったんだ。」

意外な答えだった。
母さんを助けたかった?


里さんも初めて聞く話しのようで驚いていた。

「俺は、尚美が病気だとわかった頃からただひたすらに尚美を助けたいと言う一心で研究を続けていたんだ。」

「母さんの病気を治す薬を開発してたって事?」

父さんは少し笑いながら話す。

「まあ、母さんの病気だけじゃないが、根本が治る様な薬の研究をしてた。俺は沢山の命を救うような、だいそれた研究をするつもりはなかったんだ。
ただ尚美の病気だけを治したいと思う気持ちだけでここまできたんだ。」

それは、初めて聞く父さんの、母さんへの想いだった。

「それ、叔父さんは知ってるの?」
俺は父さんに聞く。
だから、あの日危篤の母さんにも会いに来ず、父さんは研究を続けていたんだ。
ただ1人、母さんを救う事を諦めずに自分に出来る事を最後までやり通したんだ。

「言ってないよ、健一には。」
「なんで言わないんだよ。叔父さんだって知ってたらきっと、、、。」

2人が、こんなにこじれる事はなかったのに。

「結局、間に合わなかったんだ。今更何を言っても遅いだろ。言い訳にもならない。結局まだ完成もしていないしな。意地でここまできたが、身体を壊したら意味がないしな。」

そう言って父さんが疲れた様にまた笑う。
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