晴れのち智くん

ももゆき

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(あぁ…どうしよう…)

青木智は、朝の出来事以降ずっと席から立ち上がれずにいた。
休み時間の度に、本田が来てくれるのでは無いかと期待していたが虚しく時間は過ぎていった。
授業も1ミリも頭に入らないまま、気づけばもう昼食の時間になっていた。

(どうしよう…どうしよう…)

食欲は無いが、膀胱は限界に近い。
でも、席を立ち上がるのが怖い。
誰かに見られるのが怖い。
でもこのまま席にいても、また多田達が来て何か言われるかもしれない。

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう


「青木ー?大丈夫?」

「っ…!」
急に声をかけられたことに驚き、智は俯いたまま大きく跳ねた。
聞き覚えのない声に、恐る恐る顔を上げる。

「!!!」
声の主は綾野統万だった。
多田やまなみを取り巻いている男からの声掛けに、智は体を強ばらせた。

「…青木?」
一向に返事をしない様子のおかしい智に、綾野は再び呼びかける。

整った顔が智の目を真っ直ぐに見つめてくる。

(あぁまずい、どうしようっ。今顔が赤くなったらやっぱりホモだと笑われる…!)

絶対赤面したくない!と強く思えば思うほど、智はどんどん顔に血が集まっていくのを感じた。

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…!)

「ごっ、ごめん!トイレ行くから…!」

智はガタっと勢いよく立ち上がると逃げるように教室を出た。


智は教室を出るなり先程の行いを後悔した。
一軍のトップの綾野に失礼な態度をした事をネタに絡まれるかもしれない。
そうでなくても、あんなに慌てて席を立って教室を飛び出したのを多田達に見られたら揶揄いのネタになるだろう。

智は出来るだけ人の目を避けようと、遠く離れた別棟のトイレに行くことにした。


トイレに着くと、やはり誰もおらず静かで智は安心できた。
したいのは小便だけだったが、身体が重く座りたい気分だったので個室を利用することにした。

(……戻りたくないなぁ。)
智は用が済んでも便座から立ち上がれずに居た。
このまま放課後までサボってしまおうかと考えたが、荷物はあるのに本人が居ないとなると捜索されるだろうな、と考え止めた。

誰の目もない空間で1人落ち着いた為か、今度はお腹がすいてきた。
既に結構時間が経っており、昼休憩中に腹ごしらえする時間は無さそうだが、まぁ1限くらいはサボってもいいか。と意を決してトイレから立ち上がり個室をでる。

(でも…教室に弁当取りに行くのはヤダな…)
そんな事を考えながら手を洗っていると

「あっ青木ー!良かった、結構出てこなかったから心配してたんだよね」
と明るい声が降ってくる。

「ひっ…!?」
誰もいないと思っていたのに急に声をかけられた事よりも、声の主が綾野だった事に、智は驚きを通り越して恐怖した。

「な、な、なん、なんで」
混乱と恐怖で全く口が回らなかったが、綾野は察して「あぁ」と口を開く。

「いやぁ~青木があんまり青い顔で飛び出してったからさ、心配で追いかけちゃった…」
えへへと笑う綾野は「あ、そういえば…」と小さめの手提げを智の前に掲げる。

「あ?…え、それ、何で…」
智はさらに顔を曇らせる。
綾野が掲げたのは智のランチバッグだった。

「青木がトイレ終わったら声かけるつもりで待ってたんだだけどさ、中々出てこないからお腹すいちゃって(笑)
青木とご飯食べたいなーって1回弁当取りに戻ったんだよね~。あ、勝手に持ってきちゃったけど、青木の弁当ってこれで合ってるよね?」

目の前でベラベラ喋る綾野の事が、智はただただ恐怖だった。

(何でこんなところまで着いてきてる?)
(何で出てくるまで待ってる?)
(何で勝手に人の弁当もってきてる?)

「まぁもうすぐ昼休憩終わっちゃうけど、腹が減っては何とやらって言うじゃん!
だからさぁ、一緒にご飯しちゃおっ?☆」

綾野は始終ルンルンとご機嫌に話しかけてくる。
智の怯えた表情など見えていないようだ。

智はこの場から逃げたかったが、トイレの出入口を塞ぐように綾野が立っていて逃げれそうにない。
その上、教室でも綾野から逃げてしまった事を、今しがた後悔したばかりなのを思い出した。

(でも逃げたい…!)

堂々巡りの思考の中、そろそろ綾野も痺れを切らすのではないかと焦り
「わ、かった…。」
と漸く絞り出すように答えた。

「やったー!」
満面の笑顔で喜ぶ綾野は、「じゃあ行こっか」と智に背を向け歩き出す。
智も戸惑いながら後に続いた。

(何で綾野はこんなに俺に構うんだろう…。)
チラリと綾野の背中を見つめる。
綾野は智の少し前を、今にもスキップしそうな足取りで歩いてた。
今なら逃げ出せそうな距離感だ。

『やっぱ授業に戻る!』

なんて言って走り去る勇気もなく、綾野の後に着いて歩くしか出来ない自分が情けなく智は心で泣いた。



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