拾って下さい。

織月せつな

文字の大きさ
上 下
47 / 73

ロロさんとドラクロワさん

しおりを挟む
「ドラクロワさん、ドラクロワさんっ」

 呼び掛けた後、私はドラクロワさんの口許に顔を寄せて耳を澄ませました。
 鎧さんを脱がすことが出来そうにないので、呼吸音を確認する為にしたのです。

「…………」

 自分の呼吸を押し殺すようにしながら聞いておりますと、眠っているかのように規則正しい音が届きました。
 スキルの使い過ぎで体力が限界に来てしまったのでしょうか。それとも魔力の涸渇こかつというものでしょうか。
 中継地点まで戻りたいところですが、鎧さんと一緒のドラクロワさんは、どう考えても運べそうにありません。先程、水袋を思いのほか軽々と扱えましたから、出来心で挑戦してみましたが、ドラクロワさんを持ち上げることすら叶いませんでした。

「誰か、いませんかー?」

 確か、そろそろどなたかがこちらに戻って来る筈です。なので、その方に助けを求めたつもりでしたが。

 パキッ

「!」

 小枝を踏み締めるような音に、カーテンから顔を覗かせますと、十メートルと離れていない距離にシルバーウルフがいました。
 単体です。
 向こうがこちらに気付いているようでしたので、隠れて遣り過ごすことは出来ません。

 一匹なら、私だって……!

 自分を奮い起たせて飛び出しました。
 向こうも吠え声を上げて走って来ます。
 タンッと軽やかに、それでも力強く地を蹴って、私の喉元に牙を突き立てようとするその鼻面に、盾さんを突き出しました。

 ギャンッ!?

 悲鳴をあげ、弾かれたように勢いよく飛んだシルバーウルフは、木に激突してずり落ちた後、勾玉に変わりました。
 今のは多分、スキルではありません。盾さんの持つ高い防御力が相手の突撃した勢いを借りて弾き返しただけでしょう。

「ふぅ。びっくりしました……」

 勾玉を拾い、戻って来た人はいないかと辺りを見渡した私は、一気に戦慄を覚えました。
 そうです。単体なんてことはありません。
 シルバーウルフは群れで来るから、恐ろしいのです。

「っ」

 奥歯を噛み締め、剣を抜き放ちました。
 戦えるのは、私だけです。でも、ここにいるのは私だけじゃありません。
 ドラクロワさんに兜を被せてあげれば良かったと後悔しました。そしたら、私が倒れたとしても、フル装備の状態のドラクロワさんを襲うことは困難な筈です。それまでにはきっと、どなたかが戻って来てくれる筈なのです。
 ならば私は、時間稼ぎをしなければなりません。

 グルルルル……

 唸り声が幾つも重なり、目算で六匹のシルバーウルフが時間差を使いながら一斉に飛び掛かって来ました。

「んっっ」

 歯を食い縛り、先にふくらはぎを狙ってきた相手の首に剣を突き刺し、背後を回って来た相手の側頭部を思わず蹴りつけてしまって冷や汗をかきながら、続いてやはり腰から低い位置を狙って来た相手に盾さんを叩きつけます。
 今度は背後で既に牙か爪が迫っている気配を感じた瞬間。

「カナル」

 背後のものが吹き飛ばされた気配と、別の位置から迫って反応しきれずにいた相手の牙を漆黒の籠手が受け止め。

「すまない。こちらの計算ミスだ」

 背中の大きな剣を抜くまでもなく、拳一つでシルバーウルフを倒してしまったドラクロワさんは、兜を被っているからか、私への話し方が、ロロさんになってしまっていたのでした。

「助かりました。ありがとうございました」
「否、礼を言わなければならないのはこちらの方だ」
「……」
「……ふむ」

 ロロさんは私を暫く見つめると、少し間を開けてから。

「バレてるなら、今更か」

 と、砕けた調子になって私の頭に手を伸ばしかけ、加減をしながらゆっくり撫でてくれました。

「兄さんが騎士団にいて、弟がギルドにいるっていうのを、面白く思わない奴らがいてね。だから名前を変えてるんだ。都合のいい装備も手に入った上に、後にこれまた都合のいいスキルが使えるようになったから、調子に乗って色々してたら、いつの間にかギルドマスターになっちゃったんだよ」
「私がお会いしたドラクロワさんは、回復役のドラクロワさんですか?」
「えっ? なんだ、知ってたのか。なら話は早い。回復役っていうか、他の奴らの目を誤魔化す為のものだな。じゃなきゃフルールの散歩ばっかり行ってないよ。よくぶっ倒れるからおっさんのところに世話になってるんだけど、おっさんの術がこっちの身体にまで影響を与えているのは確かだ」
「さっき意識なかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ああ。さすがに色々酷使し過ぎたみたいで、失敗した」

 そこで、あははと小さく笑ったのだと思いますが、溜め息のようにも聞こえました。

「まだ休んでいた方がいいですよ」
「そうだな。カナルも強くなったしな。スキルがなくても戦えていたじゃないか。本当にお前は『掘り出し物』だな」
「!」

 まさに掘り出された訳ですが、マンドラゴラから出世した気分です。
 つい頬がゆるんで笑顔になりますと、兜の中から、今度は本当の笑い声が聞こえて来ました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

夫と愛人が私を殺す計画を立てているのを聞いてしまいました

Kouei
恋愛
結婚してから3か月。 夜会である女性に出会ってから、夫の外出が増えた。 そして夫は、私の物ではないドレスや宝飾の購入していた。 いったい誰のための物? 浮気の現場を押さえるために、クローゼットで夫と愛人と思われる女性の様子を窺っていた私。 すると二人は私を殺す計画を立て始めたのだった。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...