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ロロさんとドラクロワさん
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「ドラクロワさん、ドラクロワさんっ」
呼び掛けた後、私はドラクロワさんの口許に顔を寄せて耳を澄ませました。
鎧さんを脱がすことが出来そうにないので、呼吸音を確認する為にしたのです。
「…………」
自分の呼吸を押し殺すようにしながら聞いておりますと、眠っているかのように規則正しい音が届きました。
スキルの使い過ぎで体力が限界に来てしまったのでしょうか。それとも魔力の涸渇というものでしょうか。
中継地点まで戻りたいところですが、鎧さんと一緒のドラクロワさんは、どう考えても運べそうにありません。先程、水袋を思いの外軽々と扱えましたから、出来心で挑戦してみましたが、ドラクロワさんを持ち上げることすら叶いませんでした。
「誰か、いませんかー?」
確か、そろそろどなたかがこちらに戻って来る筈です。なので、その方に助けを求めたつもりでしたが。
パキッ
「!」
小枝を踏み締めるような音に、カーテンから顔を覗かせますと、十メートルと離れていない距離にシルバーウルフがいました。
単体です。
向こうがこちらに気付いているようでしたので、隠れて遣り過ごすことは出来ません。
一匹なら、私だって……!
自分を奮い起たせて飛び出しました。
向こうも吠え声を上げて走って来ます。
タンッと軽やかに、それでも力強く地を蹴って、私の喉元に牙を突き立てようとするその鼻面に、盾さんを突き出しました。
ギャンッ!?
悲鳴をあげ、弾かれたように勢いよく飛んだシルバーウルフは、木に激突してずり落ちた後、勾玉に変わりました。
今のは多分、スキルではありません。盾さんの持つ高い防御力が相手の突撃した勢いを借りて弾き返しただけでしょう。
「ふぅ。びっくりしました……」
勾玉を拾い、戻って来た人はいないかと辺りを見渡した私は、一気に戦慄を覚えました。
そうです。単体なんてことはありません。
シルバーウルフは群れで来るから、恐ろしいのです。
「っ」
奥歯を噛み締め、剣を抜き放ちました。
戦えるのは、私だけです。でも、ここにいるのは私だけじゃありません。
ドラクロワさんに兜を被せてあげれば良かったと後悔しました。そしたら、私が倒れたとしても、フル装備の状態のドラクロワさんを襲うことは困難な筈です。それまでにはきっと、どなたかが戻って来てくれる筈なのです。
ならば私は、時間稼ぎをしなければなりません。
グルルルル……
唸り声が幾つも重なり、目算で六匹のシルバーウルフが時間差を使いながら一斉に飛び掛かって来ました。
「んっっ」
歯を食い縛り、先にふくらはぎを狙ってきた相手の首に剣を突き刺し、背後を回って来た相手の側頭部を思わず蹴りつけてしまって冷や汗をかきながら、続いてやはり腰から低い位置を狙って来た相手に盾さんを叩きつけます。
今度は背後で既に牙か爪が迫っている気配を感じた瞬間。
「カナル」
背後のものが吹き飛ばされた気配と、別の位置から迫って反応しきれずにいた相手の牙を漆黒の籠手が受け止め。
「すまない。こちらの計算ミスだ」
背中の大きな剣を抜くまでもなく、拳一つでシルバーウルフを倒してしまったドラクロワさんは、兜を被っているからか、私への話し方が、ロロさんになってしまっていたのでした。
「助かりました。ありがとうございました」
「否、礼を言わなければならないのはこちらの方だ」
「……」
「……ふむ」
ロロさんは私を暫く見つめると、少し間を開けてから。
「バレてるなら、今更か」
と、砕けた調子になって私の頭に手を伸ばしかけ、加減をしながらゆっくり撫でてくれました。
「兄さんが騎士団にいて、弟がギルドにいるっていうのを、面白く思わない奴らがいてね。だから名前を変えてるんだ。都合のいい装備も手に入った上に、後にこれまた都合のいいスキルが使えるようになったから、調子に乗って色々してたら、いつの間にかギルドマスターになっちゃったんだよ」
「私がお会いしたドラクロワさんは、回復役のドラクロワさんですか?」
「えっ? なんだ、知ってたのか。なら話は早い。回復役っていうか、他の奴らの目を誤魔化す為のものだな。じゃなきゃフルールの散歩ばっかり行ってないよ。よくぶっ倒れるからおっさんのところに世話になってるんだけど、おっさんの術がこっちの身体にまで影響を与えているのは確かだ」
「さっき意識なかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ああ。さすがに色々酷使し過ぎたみたいで、失敗した」
そこで、あははと小さく笑ったのだと思いますが、溜め息のようにも聞こえました。
「まだ休んでいた方がいいですよ」
「そうだな。カナルも強くなったしな。スキルがなくても戦えていたじゃないか。本当にお前は『掘り出し物』だな」
「!」
まさに掘り出された訳ですが、マンドラゴラから出世した気分です。
つい頬がゆるんで笑顔になりますと、兜の中から、今度は本当の笑い声が聞こえて来ました。
呼び掛けた後、私はドラクロワさんの口許に顔を寄せて耳を澄ませました。
鎧さんを脱がすことが出来そうにないので、呼吸音を確認する為にしたのです。
「…………」
自分の呼吸を押し殺すようにしながら聞いておりますと、眠っているかのように規則正しい音が届きました。
スキルの使い過ぎで体力が限界に来てしまったのでしょうか。それとも魔力の涸渇というものでしょうか。
中継地点まで戻りたいところですが、鎧さんと一緒のドラクロワさんは、どう考えても運べそうにありません。先程、水袋を思いの外軽々と扱えましたから、出来心で挑戦してみましたが、ドラクロワさんを持ち上げることすら叶いませんでした。
「誰か、いませんかー?」
確か、そろそろどなたかがこちらに戻って来る筈です。なので、その方に助けを求めたつもりでしたが。
パキッ
「!」
小枝を踏み締めるような音に、カーテンから顔を覗かせますと、十メートルと離れていない距離にシルバーウルフがいました。
単体です。
向こうがこちらに気付いているようでしたので、隠れて遣り過ごすことは出来ません。
一匹なら、私だって……!
自分を奮い起たせて飛び出しました。
向こうも吠え声を上げて走って来ます。
タンッと軽やかに、それでも力強く地を蹴って、私の喉元に牙を突き立てようとするその鼻面に、盾さんを突き出しました。
ギャンッ!?
悲鳴をあげ、弾かれたように勢いよく飛んだシルバーウルフは、木に激突してずり落ちた後、勾玉に変わりました。
今のは多分、スキルではありません。盾さんの持つ高い防御力が相手の突撃した勢いを借りて弾き返しただけでしょう。
「ふぅ。びっくりしました……」
勾玉を拾い、戻って来た人はいないかと辺りを見渡した私は、一気に戦慄を覚えました。
そうです。単体なんてことはありません。
シルバーウルフは群れで来るから、恐ろしいのです。
「っ」
奥歯を噛み締め、剣を抜き放ちました。
戦えるのは、私だけです。でも、ここにいるのは私だけじゃありません。
ドラクロワさんに兜を被せてあげれば良かったと後悔しました。そしたら、私が倒れたとしても、フル装備の状態のドラクロワさんを襲うことは困難な筈です。それまでにはきっと、どなたかが戻って来てくれる筈なのです。
ならば私は、時間稼ぎをしなければなりません。
グルルルル……
唸り声が幾つも重なり、目算で六匹のシルバーウルフが時間差を使いながら一斉に飛び掛かって来ました。
「んっっ」
歯を食い縛り、先にふくらはぎを狙ってきた相手の首に剣を突き刺し、背後を回って来た相手の側頭部を思わず蹴りつけてしまって冷や汗をかきながら、続いてやはり腰から低い位置を狙って来た相手に盾さんを叩きつけます。
今度は背後で既に牙か爪が迫っている気配を感じた瞬間。
「カナル」
背後のものが吹き飛ばされた気配と、別の位置から迫って反応しきれずにいた相手の牙を漆黒の籠手が受け止め。
「すまない。こちらの計算ミスだ」
背中の大きな剣を抜くまでもなく、拳一つでシルバーウルフを倒してしまったドラクロワさんは、兜を被っているからか、私への話し方が、ロロさんになってしまっていたのでした。
「助かりました。ありがとうございました」
「否、礼を言わなければならないのはこちらの方だ」
「……」
「……ふむ」
ロロさんは私を暫く見つめると、少し間を開けてから。
「バレてるなら、今更か」
と、砕けた調子になって私の頭に手を伸ばしかけ、加減をしながらゆっくり撫でてくれました。
「兄さんが騎士団にいて、弟がギルドにいるっていうのを、面白く思わない奴らがいてね。だから名前を変えてるんだ。都合のいい装備も手に入った上に、後にこれまた都合のいいスキルが使えるようになったから、調子に乗って色々してたら、いつの間にかギルドマスターになっちゃったんだよ」
「私がお会いしたドラクロワさんは、回復役のドラクロワさんですか?」
「えっ? なんだ、知ってたのか。なら話は早い。回復役っていうか、他の奴らの目を誤魔化す為のものだな。じゃなきゃフルールの散歩ばっかり行ってないよ。よくぶっ倒れるからおっさんのところに世話になってるんだけど、おっさんの術がこっちの身体にまで影響を与えているのは確かだ」
「さっき意識なかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」
「ああ。さすがに色々酷使し過ぎたみたいで、失敗した」
そこで、あははと小さく笑ったのだと思いますが、溜め息のようにも聞こえました。
「まだ休んでいた方がいいですよ」
「そうだな。カナルも強くなったしな。スキルがなくても戦えていたじゃないか。本当にお前は『掘り出し物』だな」
「!」
まさに掘り出された訳ですが、マンドラゴラから出世した気分です。
つい頬がゆるんで笑顔になりますと、兜の中から、今度は本当の笑い声が聞こえて来ました。
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