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二日目、来訪者
しおりを挟むギャンッ!?
薄絹の向う側からシルバーウルフの特異体のものと思われる悲鳴が聞こえました。
ほぼ同時に狂ったように吠え、鳴き出す別の声と、皆さんの驚きの気配。それからフォーレさんの「今だ!」の合図の後に響いた剣をふるう戦いの音。
焚き籠めたような血の臭いに鼻がおかしくなってしまったのでしょうか。どんどん気にならなくなっていきます。
「うっ……」
下から呻き声が上がりました。
「いたたた……くないっ!?」
「ひゃあっ!」
「痛っ、てか、ごめんっ」
突然、跳ねるように起き上がったカミーユくんに、私はビックリして転んでしまいました。それも、カミーユくんを下敷きにしてです。
「ご、ごめんなさい。すぐ退きますからっ」
転んだ拍子に、頭に盾さんが落ちて来てぶつかりましたが、それほど痛くありません。それよりカミーユくんの方が一大事です。と、慌てて傍らに移動して土下座しようとしましたところ。
「……?」
不思議そうに胸や腹部を確認するカミーユくんが、先程までの酷い怪我を負っていないことに気付きました。
爪で引っ掛けられて壊れた胸あての下は、鞣革の下着すら裂いた程の痕がありますが、それだけです。腹部の抉られたような痕跡もありません。
「???」
「うわ、ちょっと、カナルちゃんっ?」
血の汚れはあります。けれどそれもサラサラに乾いていて、傷を負った筈の肌はとてもきれいです。
「カナルがカミーユを襲っている」
「へ?」
ぼそり、と耳元でフォーレさんの声が。
ハッとして気付きますと、カミーユさんの腹部をまさぐっていた私は確かに痴漢のようです。
でも違うのです!
「ご、ごごごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
ここは平謝りです。お許しをいただくまで頭を上げてはいけません。
「否、そこまでしなくてもいいよ、カナルちゃん」
笑いながらカミーユくんからお許しをいただけました。
パッと顔を上げますと、皆さんがカミーユくんの元に集まっています。
薄絹は盾さんの中に消えており、シルバーウルフたちの姿もありません。
「俺、死んだかと思った」
改めて自身の身体を確かめ、少しばかり呆然としたようにカミーユくんが言います。
「カナルさんのお陰だね」
「わ、私、ですか?」
レオくんの言葉に皆さんも同意しますが、それは違うと思います。
「盾さんのお陰です! 盾さんがカミーユくんを助けて下さったのです!」
ペカーッと効果音が鳴るように(実際は鳴りませんが)盾さんを掲げ持ちます。盾さんから出された薄絹が私たちを包み込んだら、それだけであれだけの怪我が治ったのです。これは奇跡の力なのですと私は力説致します。
「否、その『シェムハザの盾』はカナルさんにしか扱えないし、君の魔力でスキルが発動したんだと思うから、奇跡じゃないよ?」
「もう奇跡でもいいよ。盾崇めてるカナル、面白いから」
「変な子だね」
「変な子だよ。あたし知ってた」
「俺も何となく知ってた」
「あたしの方が先」
「先とか関係ない」
「オグラさんが変なのはともかく、君たちも相当だからね。順番取り合ったりしないよ、そういうの。先に知ってたから偉いとかないからね?」
「えっ? 先に知ってる方がカナル貰えるんだよ?」
「何それ」
「貰えませんよ? そもそも、そういうのはありませんし、私を貰ってもいいことないですから!」
皆さんお疲れのようで、何を言ってるのか分からなくなっているのでしょう。危うく景品になってしまうところでした。
「しかし、さっきのはどういう仕組みかな。盾から布みたいなものが出て、二人を隠してしまったと思ったら、特異体が急に体から血を噴き出して倒れたみたいだったんだけど」
「ギルドマスターの話では、それは『反射』のスキルということになります。同時に『回復』のスキルを使ったことで、彼の傷が治ったのか、『反射』されたから治ったのかは分かりませんが……カナルさんは分かる?」
アレグレさんの質問にレオくんが答えてくれましたが、最後に私に振られても、申し訳ないことに首を傾げることしか出来ません。
「魔力の方は大丈夫?」
グレンくんに訊かれましても、数値が見える訳ではありませんから、答えられません。取敢えず手を見てみます。
……やっぱり分かりません。
「顔色は良さそうだから、まだ余裕はありそうだね。良かった。俺の所為で倒れちゃったりしたら悪いもんな」
カミーユくんがそんなことを言いますが、全然そんなことありません。
「魔力切れは困るかもしれませんが、カミーユくんが助からない方が嫌です。私の魔力で盾さんが皆さんを助けて下さるなら、いくらでも魔力を注ぎます!」
「……うん。やっぱり『盾さん』なんだ」
「カナルだから諦めようよ」
私、今良いことを言った気がするのですが、どうして呆れられているのでしょう?
でも、皆さんと仲良くなれたようで嬉しいのです。これからも頑張れる気がします。
ほわわっと何だが胸が温かくなったところで、不意に皆さんが何かに気付いたように整列しました。
よく分からないまま振り返ると、そこには白い軍服姿の方々が白馬に乗ってこちらに向かっている姿が見えて。
「やあ、来ちゃった」
ドラクロワさんのお兄さんが、とてもいい笑顔でそう仰有ったのでした。
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