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痛みと記憶
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「……っ、……!」
誰かの――私を蹴っている人の声が聞こえていましたが、全身に響く音と痛みにばかり意識が向いてしまう為に、何を言っているのか分かりません。
暴力を受けるのは初めてではありませんが、蹴ったり踏みつけたりされるのは初めてでした。
同じことが起きている訳ではないのに、その時のことを思い出してしまいます。
『可愛。お前調子乗ってんじゃねーよ』
『坂本は綾乃のだって知ってて手ぇ出すとか、本当サイテー』
『あたし、二年もずっと好きだったのに。可愛に相談だってしてたのに、どうしてあたしの坂本くん取っちゃうの? やっと勇気出して告白したのに「巨椋さんが好きだから」って断られたのよ? 酷すぎるよ、裏切りだよ』
『そんなに男好きなら援交すれば? 動画録ってネットに流してやるよ。百万出すなら顔にモザイクかけてやるくらいしてやってもいいけど、どうする?』
『松崎とかにヤらせる? そっちの方が面白くない?』
『取敢えず裸にしようよ。写真撮って坂本くんに見せるの。可愛はこういうこと平気でする子だって』
叩かれて、髪を捕まれて、腕を捻られて、制服を脱がされそうになりました。私の頭が机の角にぶつかって、こめかみの辺りから血が流れるのを見て、驚いて逃げて行って貰えたから、それだけで済んだのです。
確かに私は綾乃ちゃんが坂本くんを好きだと知っていました。でも私はその坂本くんと話したこともないのです。手を出したなんて酷い誤解でした。
中学を卒業する前のことだったので、私はそれきりみんなと会っていないのです。入院まではしませんでしたが、安静にしていなければならないくらいに頭痛が酷かったので、卒業式にも出席出来なかったのです。
高校も女子校に入ったのは私だけでしたから、こちらが連絡を絶てば誰も会いに来てはくれません。
憎まれるのは辛いです。
私は何をしてしまったのでしょう。
いつも、私が何かをしたからだと教えてはくれますが、覚えのないことばかりなのです。まるで、私のドッペルゲンガーが現れていたかのように。
「ハハッ、あー疲れた。悲鳴くらいあげろよ。つまんねーだろ」
衝撃が止みました。けれど痛みは重く浸透していきます。
「死んだのか?」
仰向けに転がされました。
声が聞こえても、誰のものか思い浮かびそうにはなりますが、すぐに消えてしまいます。
見上げても、よく見えませんでした。
ガッ、と胸の下を蹴り込むようにして爪先があたります。体重をかけて踏み抜こうとしていると思ったのは何故でしょう。
殺される。そう思いました。
「なあ、お前、気付いてる? さっきから野次馬がいるんだけどさー、誰もお前のこと助けようとしないんだ。そりゃそうだよな。俺の家は爵位があるけど、お前にはないもんな。偉い方の機嫌を損ねて罰を与えられてる訳だから、邪魔しようなんて馬鹿な奴はいないってことだよ。たとえ、お前が死んでもな」
「!」
やっぱり殺されてしまうようです。
けれど、これでもう終わりですよね? 死んだら、辛いことも怖いこともないですよね?
「その足を退けろ」
「あ? 誰だよ、邪魔すん……!」
別の誰かの声がしました。低い声だったからか、ロロさんが来て下さったのではないかと思ってしまいます。
お陰で踏まれていた重さから解放されました。
「爵位が何だって? お前みたいに家の名を穢すだけの阿呆が、偉そうにするなよ」
「お前、俺が誰か分かってて言ってんのか?」
「そっちこそ、分からないなんて言わないよな? 去年の年始以来だが、まさか顔を忘れたか?」
「――否……えっ……な、んで……」
二人の会話があまりよく聞こえません。
眠くなってきました。痛みが薄れて来たのでしょうか……?
「向こうに戻らなくて良かった……。遅くなってごめん。こんなになるまで、我慢させてごめんな……」
ふわりと身体が浮き上がったように感じたのは、半分夢の世界に入り込んでいるからなのでしょう。
意識を手放してしまう前に聞こえたのは、ドラクロワさんの声に似ている気がしました。
誰かの――私を蹴っている人の声が聞こえていましたが、全身に響く音と痛みにばかり意識が向いてしまう為に、何を言っているのか分かりません。
暴力を受けるのは初めてではありませんが、蹴ったり踏みつけたりされるのは初めてでした。
同じことが起きている訳ではないのに、その時のことを思い出してしまいます。
『可愛。お前調子乗ってんじゃねーよ』
『坂本は綾乃のだって知ってて手ぇ出すとか、本当サイテー』
『あたし、二年もずっと好きだったのに。可愛に相談だってしてたのに、どうしてあたしの坂本くん取っちゃうの? やっと勇気出して告白したのに「巨椋さんが好きだから」って断られたのよ? 酷すぎるよ、裏切りだよ』
『そんなに男好きなら援交すれば? 動画録ってネットに流してやるよ。百万出すなら顔にモザイクかけてやるくらいしてやってもいいけど、どうする?』
『松崎とかにヤらせる? そっちの方が面白くない?』
『取敢えず裸にしようよ。写真撮って坂本くんに見せるの。可愛はこういうこと平気でする子だって』
叩かれて、髪を捕まれて、腕を捻られて、制服を脱がされそうになりました。私の頭が机の角にぶつかって、こめかみの辺りから血が流れるのを見て、驚いて逃げて行って貰えたから、それだけで済んだのです。
確かに私は綾乃ちゃんが坂本くんを好きだと知っていました。でも私はその坂本くんと話したこともないのです。手を出したなんて酷い誤解でした。
中学を卒業する前のことだったので、私はそれきりみんなと会っていないのです。入院まではしませんでしたが、安静にしていなければならないくらいに頭痛が酷かったので、卒業式にも出席出来なかったのです。
高校も女子校に入ったのは私だけでしたから、こちらが連絡を絶てば誰も会いに来てはくれません。
憎まれるのは辛いです。
私は何をしてしまったのでしょう。
いつも、私が何かをしたからだと教えてはくれますが、覚えのないことばかりなのです。まるで、私のドッペルゲンガーが現れていたかのように。
「ハハッ、あー疲れた。悲鳴くらいあげろよ。つまんねーだろ」
衝撃が止みました。けれど痛みは重く浸透していきます。
「死んだのか?」
仰向けに転がされました。
声が聞こえても、誰のものか思い浮かびそうにはなりますが、すぐに消えてしまいます。
見上げても、よく見えませんでした。
ガッ、と胸の下を蹴り込むようにして爪先があたります。体重をかけて踏み抜こうとしていると思ったのは何故でしょう。
殺される。そう思いました。
「なあ、お前、気付いてる? さっきから野次馬がいるんだけどさー、誰もお前のこと助けようとしないんだ。そりゃそうだよな。俺の家は爵位があるけど、お前にはないもんな。偉い方の機嫌を損ねて罰を与えられてる訳だから、邪魔しようなんて馬鹿な奴はいないってことだよ。たとえ、お前が死んでもな」
「!」
やっぱり殺されてしまうようです。
けれど、これでもう終わりですよね? 死んだら、辛いことも怖いこともないですよね?
「その足を退けろ」
「あ? 誰だよ、邪魔すん……!」
別の誰かの声がしました。低い声だったからか、ロロさんが来て下さったのではないかと思ってしまいます。
お陰で踏まれていた重さから解放されました。
「爵位が何だって? お前みたいに家の名を穢すだけの阿呆が、偉そうにするなよ」
「お前、俺が誰か分かってて言ってんのか?」
「そっちこそ、分からないなんて言わないよな? 去年の年始以来だが、まさか顔を忘れたか?」
「――否……えっ……な、んで……」
二人の会話があまりよく聞こえません。
眠くなってきました。痛みが薄れて来たのでしょうか……?
「向こうに戻らなくて良かった……。遅くなってごめん。こんなになるまで、我慢させてごめんな……」
ふわりと身体が浮き上がったように感じたのは、半分夢の世界に入り込んでいるからなのでしょう。
意識を手放してしまう前に聞こえたのは、ドラクロワさんの声に似ている気がしました。
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