拾って下さい。

織月せつな

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便利な恩恵

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 訓練用に張られた結界は、半径一キロメートルというのですから、なかなかの広さだと思います。迷子になることはないというのはジネットさん(そう呼んでいいと団長さんが言ってくれました!)の言ですが、私は一人だったら全力で迷子になる自信があります。

「これを巻いておけ」
「あ、ありがとうございます……?」

 包帯を受け取りました。私が盾を抱えているのがおかしいと思って、気になっていたようです。そして手を取られて確認された後のことでした。

「ああ、否、私が巻いてやろう。気付いてやれずにすまなかったな。お前はこんなに小さいのだから、気をつけてやらねばならなかったものを」

 盾を木の根元に立て掛け、どう巻けばいいのかとモタモタしていたのを見かねたのか、ジネットさんが包帯を私の手から取った後に、また気が付いたらタオルを手にしていて、濡れた私の手やら腕やらを拭ってくれました。
 私を小さいというのは、やはり身長のことでしょう。でも一五三センチ八ミリは全然小さくないです。お友だちに一五〇センチに満たない子がいましたから、他の子が大きいだけなのです。
 いいえ、それより。

 ガントレットをしたまま器用にくるくると包帯を巻いていくジネットさんの手に、先程のタオルがありません。いつの間にか消えていたのです。勿論、その辺に放り投げてある訳ではありません。
 タオルは何処にいきましたか? この包帯は何処にあったのでしょう。

「よし。これでいいだろう」
「ありがとうございます……?」

 またお礼を口にした後で疑問符をつけてしまいました。
 両手に包帯を巻いて貰ったのですが、途中、ハサミもなく包帯が切られ、余った包帯も切られた後に消えてしまったのです。一体どんなマジックでしょう。

「どうした? さっきから辺りを気にしているようだが。魔獣の気配ならば今は近くにないぞ? 他の奴らもかなり奥に向かったようだが、霧の所為で魔獣の方もあまり動かずにいるのかもしれんな。ボーンシューターは視界が利かなければ虫ケラと変わらんし、アシッドベアは鼻が利くから関係ないように思えるが、同じ中級レベルではあるが要警戒種のシルバーウルフを苦手としているから、迂闊うかつにうろつかぬようにしているんだろう」
「要警戒種、ですか?」
「ああ。奴らは群れるからな。狩りは単独では行わない。どういう仕組みか知らんが、魔獣同士で殺り合った場合、魔魂は残らず逆に仕留めた奴らの餌になる。長年研究されているが、誰もそれを解明出来ずにいるんだ。何しろ、隸属れいぞくさせた魔獣で倒した場合もまた魔魂だけが残るのだからな」
「そうなんですか……」
「だからシルバーウルフは侵入不可になっている。奴らの群れとアシッドベアが殺り合うのを、後学の為に見学させられれば良かったんだがな」

 と説明して下さったのはありがたいのですが、そうではないのです。それではなかったのです。

「あの……先程の包帯やタオルは何処から来たのでしょうか」

 ジネットさんはまさにバルキュリーといった、女性的な曲線の滑らかさのある美しい鎧を纏い、他のしっかり着用されている装備の何処にも余分なものは見えません。左腕に嵌まっている小さな盾の裏側が少し怪しいですが、そんなところに物を隠し入れているのは考えられません。

「カナルは魔力値に異常があるのだったな。まあ、通常でもレベルが10に到達しなければ得られない恩恵だが、自分の持ち物であれば、何処にあろうと意のままに持ち出せるし戻すことも可能になる。また、さっき使ったタオルは洗濯籠に、包帯の切れ端などいらなくなったものは屑籠に、やはり意のままに投じられる。片付けの出来ない者にはうってつけの恩恵だな。また、戦闘時に武器が損傷した際、或いはより相手に効果のある別のものと取りかえることが可能だ。これには相当助けられている」

 意のままに、ということは、アイテムボックスが頭の中に入っているようなものでしょうか。それはとても便利です。

「うっかりさんでも忘れ物をしなくて済むのですね?」
「ふふ。まあ、そういうことだ」

 思いがけず、すっかり和んでしまいました。
 一瞬、何をしにここに来たのか忘れてしまいそうになった程です。これではいけません。

 今度はあまり汚れていなかったので、盾を握りますと、包帯のお陰でだいぶ持ち易くなっていることに気付きました。
 でも、やっぱり重いです。

「あの……これでは魔獣が来ても戦えそうにないです」
「む? そうか。お前の細い腕では支えるのもやっとといったところだしな。ロロは何故、お前にこれを渡したのだろう」

 私の情報は得ているようですが、盾のことまではご存知でないようです。
 両手で持ち手の部分を握らなければ、持ち上げることもかなわない重量の大きい盾。これでどうやって戦えばいいのでしょう。

「ちょうどいい。クレイスライムだ。あれで試してみるぞ」
「ええっ!?」

 ヌッチャ、ヌッチャ、と霧の向こうから聞こえてきた音に、ジネットさんが事も無げに言いましたが、相手は三体です。そしてジネットさんが腰のレイピアを抜く気配はありません。
 どうやら本当に私一人で試さなければならないようです。
 私は、及び腰になるのをどうにも出来ないまま、盾を正面に構えて、じりじりとクレイスライムとの距離を詰めて行きました。
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