拾って下さい。

織月せつな

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問題があるのは私なのでしょうか

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 市役所、ですか? それとも銀行? それから郵便局でしょうか。
 一歩中に入っての感想が、それでした。
 透明な電光掲示板のようなものがあるのか、文字が浮いて見えます。
 窓口がズラリと並んで、その奥にはたくさんの机と椅子が並んでいます。机の上はどれも紙の束が山積み状態です。
 そのズラリと並んだ窓口の一つ一つに、数人ずつの列がありました。私も掲示板の案内に従って窓口の列に並びます。「初めて登録される方 Ⅰ」の列です。

「あんた、何もこんな時期に登録しなくてもいいんじゃないの?」

 手続き中のご家族でも待っているのでしょうか。備え付けの椅子に座っていた女性が、心配そうに私に近付いて言いました。

「あんたくらいの器量なら、民間のギルドじゃなくて、国家直属の騎士団で働けるだろうに。あそこなら労働ギルドに登録しなくても仕事が貰えるし、上手くいけば騎士様に囲って貰うくらいになれるんだよ?」
「……はあ」

 囲う、というのは、私が思いつくアレのことでしょうか。本妻より妾がいいとは思えませんが、騎士様の本妻になれるような身分ではないので、妾になれればハッピーという認識なのでしょう。
 いえ、私を囲うようになったら、その騎士様は相当女性に縁のない可哀想な人ということになってしまいます。可能性は限りなくゼロに近いですが、世の中趣味嗜好の変わった方もおりますから「上手くいく」ようなことは避けたいです。

「バローさん、おかしな勧誘はやめて下さいとお願いした筈ですが?」

 私が反応しないのを迷っていると捉えたのでしょう。女性は騎士様の魅力を語っておりましたが、職員さんらしき若い女性が来て、バローさんという方を注意しました。

「いいじゃないか。この半年近く、新しく登録する子たちはみんな戦闘ギルドに入れちまうって話じゃない。そんな危ないことさせるより、こっちで働いて貰った方が、給金だっていいし、見初められたらいい暮らしが出来る。女の子にとって悪い話じゃないだろう?」

 こっち? ということは、バローさんはギルドに用があるのではなく、まだ未登録の女の子に手当たり次第声を掛けて回っていたのですね。敵地に乗り込んでの青田刈りというものでしょうか。
 ……間違いではありません。私は優秀な人材ではないので、青田買いではなく青田刈りなのです。

「彼女は自分の意志でギルドを選んだのです。これ以上勝手な真似をされるなら、大公殿にご相談させていただきますよ?」
「! 全く、何かあればそうやって大公殿の名を出して。卑怯者っ」

 捨て台詞だったのでしょうか。憎々しげに言い放つとバローさんはハイヒールの靴音高く、去って行ったのでありました。

「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません。担当の者が承りますので、どうぞお進み下さい」
「あ、はい」

 お二人の様子を眺めている間に順番が来たようです。私はペコリと頭を下げて「初めて登録される方 Ⅰ」の窓口に立ちました。

「……?」

 しかし、担当者さんらしき姿がありません。
 先程の女性に訊ねてみようと振り返りかけた時「うんしょ」と可愛らしい声がしてサバトラ柄のにゃんこさんが現れました。

「にゃー?」
「ああ、わたくし猫になる呪いを受けておりまして、大変申し訳ありません。貼り紙をしていたのですが、落ちてしまったようですね」

 そう言って、また姿が見えなくなったにゃんこさんが再び現れると、紙を咥えておりました。

 ――呪術系の罠による変化により、只今の担当者は猫の姿をしております。ご了承下さい。

 何ですか、その素敵な罠は。私もにゃんこさんになってみたいのです。幼い頃からの夢の一つであります。

「まさか、猫になりたいとお考えですか? 変化の罠は何に変わってしまうか分からないものですから、なりたい姿になれるものではありませんので、見つけても迂闊に触れないで下さい」
「……はい」

 にゃんこさんから厳重注意されました。夢が叶えられず残念ですが、今はそれより目の前のにゃんこさんを撫でたくて仕方ありません。

「先ずは年齢を確認させていただきますが、十五歳以上であることに偽りはありませんか?」
「あ、はい。身分証はありませんから証明出来ないですけど、十六歳です」

 答えると、にゃんこさんは目線を右上にずらしました。

「はい。無事に偽りなしと認証されました。それではこちらのシートに利き手を押し当てて下さい」

 右上に何があるのか気になりますが、指示に従ってクリーム色の紙に右手のひらを押し付けました。

「……うん?」

 にゃんこさんが首を傾げます。ちょいちょい、とシートを前足で叩くと再び首を傾げて、新しいシートにまた手のひらを押し当てるよう言われました。

「うみゅー……」

 ぱたぱたと尻尾を揺らしています。可愛いです。触れないのが辛いです。

「何か問題がありましたか?」

 悩んでいる様子のにゃんこさんに、先程の職員さんがシートを「拝見致します」と断ってから覗き込みました。

「キアラさん、こんなの見たことあります?」
「いいえ。シートが古いのでしょうか」
「ここにあるの全部? だって、えーっとオグラ様の前の方は問題なかったんですよ?」

 困りました。いえ、困っているのはにゃんこさんとキアラさんと呼ばれた職員さんの方かもしれませんが、立て続けにおかしなことばかり起きているので、そろそろ精神的なゆとりが欲しいです。
 先行きが不安過ぎて、今ならちょっとくらい泣いてもいいのじゃないかと、弱気になってきました。
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