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ゲームはレベル上げを重視するタイプでした
しおりを挟むここはセントアリアドネー国の西方の砦と呼ばれる、カルナックという街なのだそうです。
はい、もう国の名前も私の辞書にはありません。だけどどちらも聞いたことがあるような気はします。
何故ここが砦なのかというと、街を囲む二重の壁の外には深い森があり、その奥に聳える、かつては「剣闘士の塔」であった遺跡が、魔獣の住み処になってしまっているのだそうです。
はい、ここで一旦中断します。
剣闘士に魔獣ですか? そういえば鎧姿の人や弓を背負った人などがいましたね。あの方たちがもしかしなくても戦闘ギルドに所属しているということですかね?
遺跡というからには、今はそのように使われていないからこそ、魔獣さんのお家になってしまったのでしょうが、これもゲーム的なもので考えると、経験値がたくさん貰えるとか、強化に必要なアイテムが貰えるとか、そういった剣闘士さんを強くする試練の場所みたいなものだったのでしょうか。
……としますと、私、何かのゲームの世界にいたりしますか? ならばチュートリアルからお願いしたいのです。
「最近、これまでそうでもなかった奴らが、妙に活発な動きを始めたものだから、戦闘ギルドに所属する者は全員討伐に出されている。ある程度抑え込んだら戻って来れるが、それだって一部だけだ。戦えない状態にある奴と食糧などの調達班、それから新たな人材を送る為の新人訓練を行うギルドマスター。見た目や経験は関係なく、ギルドに登録しに来たってだけで、強制的に訓練生にさせられるんだ。カナルには無理だろ」
ドラクロワさんは、私を絶対にギルドに行かせたくないようですが、ダンディさんは違います。
「だが、訓練中で見極められるだろう。ギルドマスターの『カルナックの盾』とやらは、無駄死にさせないように戦闘に向いていない奴を、訓練の途中で帰らせるそうじゃないか。その上、訓練に参加した日数で幾らか寄越してくれるってんだから、下手に他のギルドに入るより、すぐに稼げる分いいと思うんだがねー」
「訓練って言っても、実地でだぞ? いきなり魔獣を相手にするんだ。カナルなんか一撃で終わるだろ」
「けど、訓練中の死亡者はいないと聞いてるぞ?」
「その死亡者第一号にする気かよ」
「こう見えて強いかもしれないじゃないか。奇妙な体験をしているようだから、もしかすると『加護持ち』かもしれんだろう」
「…………」
喉の奥で唸るような声をあげながら、ドラクロワさんが私を凝視しました。
ダンディさんは何を勘違いしているのでしょう。私は籠なんて持っていません。
「装備はギルド側が用意したものがあるし、何かあってもギルドマスターが一緒ならば安心だろう。ギルドに登録すれば最低限の衣食住はギルドが面倒を見てくれる。お金がないお嬢ちゃんにはいいところだと思うがね」
背に腹は代えられない。と言いますが、次へ進む為の指針を持たない私には、その一歩目をお二人に頼る他ありません。
戦闘なんて、ゲームではよくあることですが、実際にするとなると怖いし、遠慮したいです。でも、ダンディさんの「戦闘に向いていない奴を、訓練の途中で帰らせる」という言葉に、少しだけ安心しています。お話の中でのギルドマスターさんは優しそうなので、それにも安心です。
新参者を有無を言わせず戦闘ギルドに配属させるのは、それほど魔獣の活発化が人々にとって危険ということなのでしょう。まだ現実というものを理解していないだけだからこんな風に思えるのかもしれませんが、お手伝い出来ることがあればさせて欲しいです。
でもやっぱり、出来ることなら戦闘は避けたいのです。ゲームでも、序盤でひたすらレベルの低いモンスターを一撃で倒せるようになるまで、グルグルグルグルとお城の周りをひたすら回ってから先に進んだものでした。
小学生の子がレベル4くらいで最初のボスを倒せているのに、私はレベル10までボスのいる洞窟の周囲を、やはりグルグルグルグルと回っていた程の慎重派……というより、情けないヤツだったのです。
なのでレベルに上限がある作品のは、エンディングどころか中盤から先に進めた試しがありません。なので、エンディングムービーを見せて貰うか、話を聞いて終わるということばかりでした。
「後の選択肢は、放置して路頭に迷わせるか、楼閣に預けるかくらいしかないんだぞ? 仮に俺のところで世話するにしても、結局は労働ギルドに登録しなきゃ、違反者扱いで捕まるか、最悪街の外に放り出される。森の方に出すことはないだろうが、外は何処も安全とはいかない。だったら『カルナックの盾』を信じて託してみるのが一番いいんじゃないかねえ」
私が過去のことを懐かしんでいる間も、ダンディさんはドラクロワさんを説得しています。
ドラクロワさんがここまで渋るのは、私の身を案じて下さっているからなので、軽くホームシックになりかけましたが、ここでうっかり泣いたりしてはいけません。
「カナル、ちょっと手を見せてくれ」
「え? は、はい」
不意にそう言われたので、両手のひらを突き出すようにドラクロワさんに向けると、何だか手相を見るように私の手を取って眺めました。
左右を何度も見返して、その度に小首を傾げる様子がワンちゃんのようで可愛らしいです。
「――まあ、これならすぐに帰される、か……」
何かしら分かったようなのは、ドラクロワさんが実は占い師さんだったりするからなのでしょうか。
「仕方ないから連れてく。最悪、大声で泣き喚けば二度と戦闘ギルドとは関わらないようになるだろうから、頑張って叫べよ、マンドラゴラ」
不機嫌そうな表情ではありましたが、案内をして下さることになったようなので、ダンディさんにお礼とさよならの挨拶を告げ、ドラクロワさんにはまた宜しくお願いしますと頭を下げます。
お利口さんにしていたフルールちゃんを連れて、途中屋台で果肉の食感を楽しめるドリンクをご馳走になり、圧倒的に巨大な建物……ショッピングモールから華やかさを欠いた感じでしょうか……を前にしてドラクロワさんとお別れをした私は、教えていただいた通りに「初めての方専用扉」をゆっくりと押し開けたのでした。
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