彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第二章

終わったと思ったその先に

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 楽しい団欒(?)を終えて再び歩き出した私たちだが、言葉による魔力というか、フラグを立てるということについて思い知らされていた。
 あの時私がもしも「これで入り口に戻っていたら」といったことを口にしていれば、歓迎出来るその言葉通りになって、このような窮地に陥らずに済んだかもしれない。
 ただ本心から出た「それだけは避けたい」という思いで口走っていた「ダンジョン主には遭遇したくない」という言葉を、逆にそうなるようにという希望として受け取られた状態になってしまうなんて、意地が悪いにも程がある。
 来ちゃったよダンジョン最奥の主の元に。嫌だと思っていた通りに強そうなんだよ。
 どうしてこういう時にだけそうなっちゃうかな。叶えて欲しくて強く願ったりしても叶わないものばかりなのにさ。

 掘削モグラ。土属性。アーヴィンいわくレベル60。魔法攻撃無効のおまけ付き。
 ということは剣しか武器のない(杖は魔法だし回復だから)私は、ひたすら斬撃か打撃といったことをすればいい訳だが、やること分かってもなかなか踏み込めない。
 普段戦ってる魔物とのレベル差が大き過ぎて、足が竦んでいる。おまけに威圧というスキルを使っているのか、重圧感と恐怖感に見舞われて粗相をしてしまいそうだ。

「女の子一人に任せる訳ないだろ」

 ここは私が! なんて言いながらも身動き一つ出来ないでいる私の肩を、アーヴィンがぽんぽんと叩く。
 その背後には、やはりいつもの禍々しい闇の広がりはなく、大剣を構えたその横顔はやつれて見える。

 ……うん?

 アーヴィンの構えた大剣。否、それは大剣と言うより巨大な剣だ。刃が自分の体の倍もあるものなんて、どうしたら持ち上げられるんだ!

 ドシンッ、と掘削モグラがこちらに向かって歩いて来る。ヤツも全体的に巨大だけど、何だろうか、アーヴィンの大剣を見て口をあんぐりと開けてるうちに、さっきまでのどうしようもなかった恐怖感が薄れていた。

「こいつでアイツの爪を防いでおくから、後は頼むな」
「うんっ」

 もしかしたら、その巨大過ぎる大剣を一閃させただけで、掘削モグラを両断出来ちゃうんじゃないか、なんて思ったりしてみたが、今のアーヴィンに無理をさせるつもりはない。
 体の大きさに比例して爪も巨大だから、一撃が重い。それを防ぐだけでも重労働なのに、バカみたいに巨大な剣で受けるとなれば、最早それは自殺行為だ。
 逝かせませんぞ、絶対に。

「とりゃあぁぁぁぁぁぁっ」

 豺の牙でもって、先ずはアキレス腱の辺りを狙う。
 モグラということで目が小さく、動くものへの反応は嗅覚と聴覚に頼るばかり。
 叫びながら走る私に気付き、振り下ろして来た爪を、音もなく滑るように背後に来ていたアーヴィンの大剣が遮る。

 ギィンッ!

 背筋がザワッとしたのは、その音質からだけでなく、頭上スレスレの位置から聞こえたからでもあった。

「くっ」

 思わず振り返った視界に、アーヴィンが弾かれたように仰向けに倒れそうになって、どうにか踏みとどまる姿が映った。
 走りながらそれを一瞥した私は、アーヴィンに二撃目を入れようとする掘削モグラの腹部に滑り込むようにして通り過ぎ、回り込んで目指す箇所へ豺の牙を打ち込もうとしたが、何気なく見上げた、見た目毛の生えた壁でしかない背中の上部に、常とは違うものを見つけた。
 否、ちゃんと視認出来ている訳じゃないんだが、立ち上がった際に首の下辺りに光るものが見えるのだ。
 ええい、ドスンドスンと動くから煩わしい。

「おりゃあっ」

 当初の目的通りにアキレス腱の辺り(正確な位置はちょっと分からない)をぶっ叩く。
 そして叩く、叩く、叩く、叩く叩く叩く叩く!

 ミギャアァァァァッ!

 何とも言えない掘削モグラの悲鳴を聞きながら、ゼイゼイと肩で息をする私。かなりの体力が削られた気がする。相手のものではなく、私の方の。ったく、我ながら情けない。

「うわわっ」

 ドスンと横倒しになり、余程痛かったのか転げ回るものだから、余計に面倒臭いことになった。
 魔法攻撃が無効でさえなければ、すぐに仕留められずとも動きを止めることくらいは出来たのに。

 ガツンガツンガツンと地面に爪を立てる。掘って地下に潜ろうというのではなく、これもやはり痛みから逃れようとしているのだろう。お陰でアーヴィンが跳ね上げられた土砂で攻撃を受けている状態だ。防御に魔法が使える分、問題はなさそうだ……なんてことはない。多分アーヴィンは魔力が残り少ないんだ。無理をさせたら倒れてしまう。

「暴れるなっ」

 ゴロンゴロンと身を捻るタイミングを測り、どうにか背中の上に乗っかる。直ぐ様、光っていたものを探して首の近くまで迫った瞬間、掘削モグラが唐突に立ち上がった。

「!」

 落ちる。

 豺の牙は既に納めていたのだから、他の剣でも何でも抜いて、ヤツの背中に突き立ててやれば良さそうなものだが、咄嗟にそう上手くいかない。
 チクショウ。内心でそう自分に毒づいたところで、ふわりと体が浮いて落下が止まった。
 アーヴィンが何かしてくれたのかと思ったが、違った。
 私のマジックバッグから、意図せず勝手に出てきた物のお陰らしい。
 ……多分。ソレに何でそんな力があるのか分からないが、先ずはソレ自体が勝手に出てきて私と同じように浮いているのが証拠だ。
 ――ソレ。つまり、鍵。
 あの青白い空間で手に入れた謎の鍵。まるで意思でもあるかのように現れ、私を助けてくれたと思ったら、掘削モグラの首の辺り――例の光る何かの方へ飛んでいく。
 まあそれはいいとして。私はいつまでこのように浮かんだ状態にさせられているのだろうか、と少し呑気に考えた時、鍵が、例の光る何かに吸い込まれ、カチリと音がしたかと思うと、途端に浮かぶ力が消えて落とされた。――酷い。

「ぶぎゃっ」

 惨めな声を上げたけど、衝撃の割には痛みはなかった。思い切りお尻を打ったけれど無事であるようだ。
 一瞬、妙に静まり返ったことを不審に思っていると、上方で小さくまたカチリという音が聞こえた。
 そうかと思うと、まるで風船が萎んでいくように、しゅるるるる、と掘削モグラの体が縮んで行くではないか。

 なん?

 目を剥いて眺めていた私だったが、視線をアーヴィンに移すと、なんとも幼い表情になっている。可愛いぞ、こんにゃろめ。出来ればもっと近くで見たかった。

 グキャッ、ミギャッ

 こちらは可愛いげの欠片もない声をあげて、小さくなった自分に混乱しているのか、その場をぐるぐる回りながら地面に爪を突き立てたり、立ち上がって仰向けに倒れたりしている。

「ルナ、何したの?」
「知らん。私じゃなくて、鍵が何かしたみたいだ」
「鍵?」

 大剣を納めてこちらに近付いて来たアーヴィン、足元で七転八倒状態の掘削モグラを見下ろして、ちょっと困った顔をした。

「これじゃあ、爪を持ち帰っても大した値にならないな」

 掘削モグラの爪は、農耕機具として重宝されている。あれだけの巨大なものならば、さぞや喜ばれたことだろう。
 グサリと通常の剣でトドメを刺して、案の定小さな爪がドロップしたのを拾い上げると、蓄積された疲労がそうさせたのか、盛大に溜め息をついた。

「鍵を手に入れられていたら、誰にでも攻略出来たってことで、鍵を手に入れられなかったら絶対に倒せないっていうのは、やめて欲しいなぁ。あちこち飛ばすのは、鍵を探させる為? そもそもそういう不思議魔物がいなきゃいいだけのことじゃないか?」

 ぶつぶつ呟くアーヴィンがやさぐれたオーラを放っている。

「な、なんとかなったのだから良かったじゃないか。さぁ出よう。早く出よう。とっとと出よう!」

 呆気ない結末に、こちらとしても「なんじゃそりゃあぁぁっ」と叫び出したい気持ちを抑え、肩を組んで明るくそう言って促し、闇水晶を破壊してダンジョンから離脱する。
 アーヴィンにかかる負荷はダンジョンから出ただけでは変わらない。というより、外に出たところで、その顔色の悪さがハッキリと見えるようになり、思わずあげかけた悲鳴を咄嗟に呑み込む。

「背負って行こうか?」
「……」

 立っていられるのが不思議なくらいの状態に、そう提案してみたのだけど返事がない。

 目の焦点が合ってないようだと気付いた時、それは足音もなく、気配も感じさせることなく、私たちの上から影を落とした。

 ――どうしてその可能性に考えが至らなかったのか。
 外に蔓延っている筈の魔物の姿がなかったことの理由。
 別の場所に移動したというのではなく、冒険者や狩人によって倒されたものでないとするならば。
 何もそれはダンジョンの中だけに限られたことではなかったのだ。
 魔物同士の共食い。
 倒したら食材や素材になるという魔物たちが、生きたままの状態で相手を貪り食らうといったことで成立するそれが、「外」では行われないという理屈は生じていない。

「あ……」

 私がその存在を認識したのと、隣にいた筈のアーヴィンの体が殴り飛ばされたのと、果たしてどちらが先であったか。

 ゴズンッ、という鈍い音と共に弱りきっているアーヴィンを攻撃したそいつは、私を見てねちゃりとした笑みを浮かべた。
 生理的嫌悪に背筋が粟立ち、総毛立つ。
 女性の肉を好んで食らうというその魔物の名は裂帛れっぱくオーガ。
 きぬのように獲物を裂いて食べることや、耳を劈く奇声を発することからそう呼ばれている。
 その最低レベルは50。ならば、共食いを繰り返した末のこいつは一体どれくらいだというのか。

 体が、動かない。

 海月も眠ったままなのか何も言ってくれない。
 アーヴィンは無事だろうか。
 否、そんなことよりも……。

「――!」

 裂帛オーガの太い腕が伸び、私の体をむんずと掴む。
 目線の高さまで持ち上げ、満足そうにまた笑うそいつを、私はカチカチと歯を鳴らしながら見ていることしか出来なかった。
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