彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第二章

やっと休憩

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「そうだアーヴィン。残念なお知らせがあるんだ」

 さらっと口にされた褒め言葉に、私は免疫がなくて意識を遥か彼方まで散歩させかけてしまったが、きっとあれは私のことではなく、私のこの無駄に目立つ暖色系の色の髪に飾られた、髪飾りを褒めただけのことだったという勘違いだと察して(海月は勘違いじゃないと言うが、冷やかしたいだけだろうから却下だ)意識を引き返させた私は、そこで大事なことを思い出し、銀の筒をアーヴィンに差し出す。

「うん? 腹減ったのか。けど、軽い休憩なら兎も角、ここで食事をするのは避けたいなぁ」
「違う。あー、確かに空腹だがそうじゃなくて、これ、もしかしたら食えんかもしれん……」

 臭みを取る為に、牛頭羊ごずひつじのミルクに漬け込まれた垈鶏ぬたどりのレッグ肉。
 その保冷用の銀の筒に、うっかりでは済まされないことをしてしまったのだ。
 腐乱人形と遭遇した際に、鳳凰の剣を振り回して燃やし尽くしたその炎熱で、中の肉が大変なことになっているに違いない。
 泣きべそに近い(或いはそのもの)私の顔を見てか、アーヴィンがくすりと笑う。
 しかし、こちらとしては笑えない。笑い事ではないのだよ。

「これ、耐熱性が高いから平気だよ。鳳凰の剣が放つ威力じゃ、直接炎を受けても筒の外側すら熱することは出来ない」
「へっ?」

 カポリと開けて筒の中を覗いたアーヴィンは、しかし微妙な表情でまた笑った。

「但し、衝撃には耐久性に欠けるかな?」

 言いながら見せて貰ったその中身は、切れ目を入れただけの筈が、骨から外れるなどして形を崩していた。
 ……否、しかし。見た目なんかどうでもいい。

「食べられる?」
「勿論」
「ならいいや」
「……」

 再度銀の筒を受け取り、蓋を閉めて腰のベルトに提げる。
 アーヴィンがちょっと変な顔をしているが(呆けたような無防備な顔だ)気にしない。肉が無事で何よりだ。

「いつもそうやって笑ってればいいのに」
「ん?」
「食べ物以外ではそうならないのか?」
「『そう』とは何ぞや?」
「……」

 溜め息つかれた。しかも盛大にだ。
 失礼な。とは思ったが怒ったりはしないぞ。後でアーヴィンにご飯作って貰う身だからな。

「ところで、この道は出口に向かっているという解釈で良いものかな。出来ればダンジョン主には遭遇したくないんだが」

 何故ならばアーヴィンがあまり戦えなさそうな状況の中、これまで戦った魔物のレベルを考えれば(だいたいの基準値だから正確ではない)主はきっと私一人では勝てないくらいのものに違いないんだ。

「それは分からないな。また別々の場所に移動させられるかもしれないし。何しろ、複数人のパーティーをバラバラにするくらいだからね。普通に彷徨っても辿り着けない場所に、貴重な何かが入ってる宝箱があって、悔しい思いをすることになるかもしれないよ?」
「宝箱はこの際どうでもいい。取り敢えず今は――ご飯が食べたい」
「あはは。じゃあ……」

 そこでアーヴィンは辺りを見渡し、暫く先も来た方向からも何も来そうにないことを確認してから、休憩を許可してくれた。
 但し、何か起きた際には私が対処に向かうという条件つきで。
 そこで条件を飲まないのはバカだ。何があろうと料理中のアーヴィンは守る。

 という訳で、私は無事に垈鶏のレッグ肉の香草焼きをはじめとした料理を、空っぽのお腹に詰め放題することが出来たのだった。
 魔熊の串焼きの一部が取り置き用だったなんて、食べ終えてから言われても困る。
 しかもそれは、私がまた空腹を訴えた時の為のものだったなんてさ。どうせ食べるのは私なんだからいいじゃないかと開き直るのもどうかと思うし、いつの間にかなくなっていたからマジックバッグにしまったのかと思われていたのには参ったし、おやつが自分の所為でなくなったのだと思うと凹むし……。
 そんなこんなで、膝を抱えてどんよりとした空気を纏っている。
 アーヴィンは片付けをしてから、暫く私の様子を窺っていたようだったが、やはり蓄積されている疲労が回復されていないのだろう。とろとろと眠りに落ちそうだ。

 うとうとしてるアーヴィン可愛い。

 そんなことを思いながらガン見してたら、視線に気付いたのか目が合ったと同時にビクリと肩を揺らして目を見開かれ、立ち上がって休憩の終了を告げられた。……ちっ。

「舌打ちしない」
「えっ。してないよ。『ちっ』て思っただけだよ」
「思ったのか」
「! 適当に言ったのか」
「ルナは表情に出易いからな。ミツキと一緒で」
「何っ?」

 思わず自分の頭上を振り仰ぎ見てしまう。
 またか。またやってしまったのか。見上げたところで海月の姿は私には見えないというのに。
 っていうか、まだ海月は起きてたんだな。大人しいから眠ってしまったのかと思っていた。

〈否、ワタシも大人だからな。仲睦まじい二人の邪魔などせんよ。そんなことしたら馬に蹴られて……うん? ワタシの場合だと生き返るか? さすがに肉体はないから転生でもするのか? ちょっと試してみよう〉
「どうでもいいけど、馬がいないだろ」
〈oh……盲点デシタ……〉
「……馬? ダンジョン内を馬に乗って移動する奴はいないぞ?」

 うん。仕方ないよな。アーヴィンには私の声しか聞こえてないんだから。
 私と海月は繋がっているというか一心同体な感じだから、こうして会話が成り立つが、アーヴィンは聞こえない。でもアーヴィンは海月の姿が見えているようだから、海月が何か訴えてるのは分かるし、企んでそうな表情とか寝顔とか見れたりする。……で、私はその逆である。
 何が言いたいのかというと、アーヴィンと私はどちらかの点で仲間外れな気分になってしまうということだ。気分的な問題だし、そんな深刻なものでもないし、アーヴィンにとっては全く気にもならないことかもしれないからいいんだけど――何か微妙に、微妙な感じなんだ。
 嫌な感じというのとは違うし、不愉快というのも違う。寂しいというのが近いけれど、それは掠っているだけでそのものとは違うようだし、だからといって全然別物だとも言い切れない。
 だから「微妙」なんだ。

 おかしいな。海月とは長いこと一緒にいるけど、こんな風に考えたのは初めてかもしれない。

二人で・・・何か考えごとか? 眉間にシワ寄せて」
「えっ? あ、否……」

 何でもない、とアーヴィンに手を振り、海月にも筒抜けだったろうけど、気にしないで欲しいと頼む。

〈その「微妙」の中にはのぅ〉

 多分お伽噺に登場する仙人的なものをイメージしているんだろう。声の調子を変えながら芝居じみた感じで海月が言う。

〈恐らくは嫉妬というものが混じっておるのじゃろうなぁ。けへっけへっけへっ、若いのぅ。エエのぅ〉

 また訳の分からないことを。

〈じゃが心配には及ばんぞ。例え少年の目がワタシに釘付けになっていたとしても、ワタシとルナはそっくりなのじゃからのぅ。今よりちょびっと大人の自分を見せているとでも思えば良かろう。今は美少女であるルナが、やがてはワタシのような類稀なる美女へと成長するのだから! ウケケケケ!〉

 あと、笑い方おかしい。

「ミツキ……」

 何か勘違いしているらしい海月が、おかしな笑い方で鬱陶しくなり始めたところで、アーヴィンが向けた一言が彼女を黙らせた。

「お前今、自称してる『美女』とはかけ離れた酷い顔になってるぞ」
「!」

 心底呆れたような表情で言われたことで、さすがの海月も落ち込んだのだろう。今度こそ眠ってしまったのだとしたら、不貞寝か傷心の涙で泣き疲れた所為だと思う。
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