彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

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第二章

髪が宝物って?

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 髪を短くしたくらいでエイダさんにあんなに心配されるとは思っていなかった。

 「不落の迷宮」のダンジョン主ハサミ蛇足との戦闘中、水溜まりに仕掛けられた罠……というか水の特性? によって、髪が不格好な有様になった為に、調髪専門店でさっぱりざっくりやって貰ったのだが、一夜明けてギルドに向かいかけた私に、何処かから戻って来た様子のエイダさんが、いきなり私の両肩を掴み、何があったのかと問われた時には、逆に何かありましたか? と訊ね返してしまっていた。

「髪、どうして切っちゃったの?」
「ちょっとヘマをしまして」
「アーヴィンくんとケンカ?」
「ううん」
「短い方が好きって言われたの?」
「?」
「アーヴィンくんに、切れって言われたの?」
「ああ、うん。あ、はい。お金もくれて――」
「何てことでしょう! 女の子の髪は宝物なのにっ」
「……」

 いつもおっとりしてるエイダさんの慌てん坊振りにびっくりだ。話聞いて下さいよ。
 このままだとアーヴィンが悪者にされそうな気がして(何故なのだろう)出来る限りで説明してみる。ついでに昨夜調髪専門店の帰りに会った時、アーヴィンから責任を取った方がいいかと訊かれたことについても、その意図が知りたくて話してみたら、途端にエイダさんはいつものエイダさんに戻って落ち着いたようだった。

「そう。アーヴィンくんがそんなことを……あらあら、ふふふ」

 否、「ふふふ」じゃなくて。

「じゃあ今日も頑張って行ってらっしゃい。あまり遠出はしないでねぇ」

 最終的に私の髪型を「可愛い」と褒めてから、そう言って帰って行く。
 そんな、取って付けたようなお世辞なんかいらないから、何で髪が女の子の宝物になるのかとか、教えて欲しかった。

「! まさか、売れるのか?」

 もしもそうなら、調髪専門店は二重で儲けられるということになるな。
 髪を切ったり調えたりして、技術料として儲けた後に、ゴミになるだけと思われた髪の毛を売って儲けるということか。そしてその髪の毛でカツラが作られるのだな。
 女の子の髪が命とか宝物というのは、やはり若い子の方が髪に艶や弾力があるからで、あとは長さがあるから男の子のものより重宝されるということだな。うん。きっとそうだ。そういうことだったんだ。

「ルナ?」

 考えに没頭しながら歩いていたら、目の前にアーヴィンがいた。
 今日も素晴らしく麗しい顔だ。何だか不思議そうな表情をしているけど。

「考え事してるみたいだったけど、ミツキが妙にニヤニヤしているのはその所為か?」
「えっ?」

 アーヴィンの目線を追って、つい仰ぎ見てしまったが、そこに海月の姿がある訳ではない。

「何でニヤニヤしてるの」
〈ルナが面白過ぎるからだろ〉
「答えになってない」
「二人で話されると、対応に困るんだが」

 そうだった。アーヴィンには……私以外には海月の声は聞こえないのだった。姿が見えてるらしいから、つい失念してしまう。
 仕方なく、とても面倒臭かったけれど、ギルドの建物の前で、それでも他の冒険者たちの邪魔にならないところに移動して、エイダさんに言われたことからの、自力で答えを導いた私の冴えた閃きを語って聞かせる。

「……ぶっ」

 笑われた。

「何で?」
「お前って本当に――否、最高でした」
「ごちそうさまでした、みたいに頭を下げるな。何だ、その反応は。何が違うんだ」
「女の子っていうか、女性が髪を切るのは何かの決意表明だとか、絶望した時だとか、色々言われてることを知らないんだな。人にもよるし、ルナみたいに気にしていない人もいるんだろうけど、いつも短い子がちょっと伸びて来たからって切るのと、ある程度まで伸ばしていた子が短くするのとじゃ、印象が違うんだよ」
「……まぁ、そうだね」

 言われてみれば、どうして切っちゃったのかと後者には訊いてしまうかもしれない。

「それに女性は髪を大事にしているって。男だってそれなりに大事にしてるものだけど、女性にとっては思い入れが違ったりするものなんだろ? だから、まさかここまで短くするとは思わなかったから……」
「?」

 アーヴィンが話している途中で、海月が妙な話をして来た。

〈中学の時、修学旅行で乗った電車に髪切り魔がいたらしくてさぁ、腰まで伸ばしてた子の髪とか、ポニーテールにしてた子の髪を園芸用のハサミでガッツリ切られちゃって、可哀想だったなぁ。ちょー号泣してたし〉

 ちょっと知らない単語が出て来たけど、イメージを伝えられたから、どれだけ悲惨だったかが分かった。犯人はすぐに捕まったらしいが、許せん。

「聞いてたか?」
「うん。許せん」
「え、俺?」
「違う。髪切り魔」
「何の話だよ」

 呆れるアーヴィンに海月から聞いた話をすると、アーヴィンも思いきり不快そうな表情になった。

「それは酷いな。……えーと、ルナさん」
「あい」

 急に「さん」なんて付けられたものだから、びっくりする。

「中入ろうか」
「……あい」

 髪の話はおしまいにしようということらしい。
 ギルドの建物に入ると、一部の冒険者に指を差されたりしたけど、私の髪は言われる程長くなかったと思うから、髪の毛の崇拝者なのかもしれないな。女の子は迂闊に髪を切ってはいけないって教わっていたのだろう。大変だな。ずっと伸ばしてなきゃならんのか。
 そんな風に悪態をつきながら、アーヴィンの後についてゴドフリーさんのところに行くと。

「ルナさん、一体何があったんですかぁっ!?」

 ゴンッと強かに広い額を柱に打ち付けた上でのその反応に、

「お前もか!」

 とツッコミそうになったが、彼の頭を前にすると、とても申し訳ない気持ちになった。


 ~・~・~

「あんなに綺麗で見事な髪なのに、勿体ない……」
「『不落の迷宮』の主を倒した代償だってよ」
「ぐぬぬ、許せん。次は俺がハサミ蛇足をギタンギタンに痛め付けて殺してやる」
「攻略方開示されたか?」
「否、まだだろう。闇の水晶が復活した頃じゃないか?」
「全ハサミ蛇足を俺は憎む」
「スハラの海岸行くか? ダンジョンじゃなくても増殖してるらしいから、駆除依頼来てるらしいぞ」
「行くか!」
「おおっ」

 当人があまり好んでいないルナの赤い髪は、密かに人気のあるものだった。
 紅玉の粉をまぶしたようだと言う者もあったし、紅蓮の炎のようだと言う者もあった。
 ルナの戦い振りについて、見聞きした様々なことはあるが、そんなものはどうでも良かった。
 ただ、美しいと惹かれるものに、そんな情報は必要ないのだ。
 サイドテールにすることが多かったが、たまに編み込まれてアップにしているのも良かったと、一部の冒険者たちは回想する。
 そして、短いのも良かろうと、絶世の美少年の後についてウキウキした様子でギルドを出て行くルナを見送り、そう結論付ける。
 誰もアーヴィンを悪く言う者はいなかった。
 確かにルナと二人きりだなんて「うらやまけしからん」と思うが、パーティーを転々としている際の、物憂げな様子を眺めるよりはずっといい。

「俺たちも行こうぜ」

 ギルド職員に依頼を請けることを伝え、スハラの海岸にいるハサミ蛇足の駆除、というより蹂躙しに行く為に、彼らは立ち上がった。
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