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第一章
この感覚は何だろう?
しおりを挟む〈ままま、マジで行くのか? あいつ化け物だぞ?〉
翌朝、すっかり出掛ける準備が出来たところで、ようやくお目覚めの海月にアーヴィン先輩との約束を話すと、やたらに動揺した風に言い、背筋を粟立たせた。
「先輩は化け物じゃなくて呪われてるだけだよ。闇の水晶に」
〈呪われてるなんてのは化け物と一緒だ!〉
「あんたが言うな」
〈ワタシは化け物じゃないぞ! ただ死んでからこっちに来ちゃっただけだぞっ〉
……そっちの方が化け物っぽいじゃないか。
〈断固として違ーう!!〉
口に出そうと出すまいと、考えていることは海月には筒抜けなのだった。
海月の考えていることがこちらにも筒抜け、という感じはしないのだけれど。
〈やはりお前もイケメンがいいのか。面食いか。顔が良ければ何でもいいのかっ。ルナの前世の人間としてワタシは情けないぞ!〉
イケメンって何? 分からないと察したから面食いって言い直した感じか? 面食いは分かるけど、私は面食いじゃない。
「今日は暴れられないと思うけど、我慢出来る?」
〈しない!〉
ああ、そう。
「ところで、海月にはどんな風に見えてんの? 先輩の背後辺りの感じとか」
〈背後?〉
私の言葉ではいまいちピンと来なかったらしい海月だが、イメージが伝わったのかややあってから〈ああ〉と返され。
〈ちょっと待って。見せるから〉
そう言われた後に、フッと目の前のにいる筈のない先輩が現れた。背景があの「揺らぎの魔窟」のものだったから、海月の意識が見えたそのままを映し出されているのだ。
他の人にはそう見えているらしいと聞いていたもののようだった。
つまり、先輩の背後に先輩より大きな柩がある。
棺ではないのは、中に何かが潜んでいるからだ。
ややあってから、柩の中からぶわりと広がるものがあった。うねうねと動く様は髪の毛のようで気持ち悪い。
そしてそれが先輩の四肢に伸び、ぐるぐるぐるぐると巻き付いて覆い隠していったところで、視界が「揺らぎの魔窟」から自分の部屋に戻る。
「……ヤバくない?」
多分、私が見えていたのは、あれの輪郭部分だったのだろう。より恐ろしく見えるものが省かれたものだったから直視出来たけれど、あんなものがはっきりと見えてたら、とてもじゃないけど先輩の傍に行こうとは思えない。
それでも先輩をパーティーに誘う人がいるとしたら、その人たちには私のとは違った形で簡略されたものが見えているのかも。
そして海月は、彼女自身が霊体という、私たちとは違う次元の存在にあるからだと思われる。
「もしかして、さっきの我慢しないっていうのは、先輩と魔物狩りを競争するつもりだっていうのじゃなくて……」
〈ワタシはあの少年には会わない。無理。下手したらワタシまであの柩に引摺り込まれそうだからな!〉
「そっか」
だったら仕方ない。
〈待て。ルナ〉
「?」
〈ワタシが魔物を蹂躙する場を与えてくれるならば、ルナが少年と仲良くしようと何しようと邪魔はしない〉
「海月……」
先輩とのダンジョン巡りを諦めようと思いかけたことを察したのだろう。
〈ワタシの所為でルナがボッチになってしまったのを、本当に申し訳なく思ってるんだ。だから、少年が呪われていようが化け物だろうが、ルナがワタシを受け入れてくれたように、少年を受け入れようとすることに駄目だなんて言える訳がない〉
「有難う。先輩とも相談してみるよ。まあ、そんなに続かないだろうから、海月のことそんなに待たせなくて済むと思うよ」
話が一応纏まったところで部屋を出る。
エイダさんに籠を返してお礼を言ってギルドの正面玄関に急ぐ。
「あっ」
先輩は既にそこにいて、知り合いだろうパーティーに手を振って見送っているところだった。
〈町中では柩は見えないみたいだな。あれさえなければ、押し倒してやりたくなるイケメンなんだが〉
海月はまだ眠らずにいたらしく、そんな感想を漏らした。
〈……げ。目が合った。あいつ、ワタシが見えるのか?〉
なんか、わたわたしている。妙なこと考えたりするから気不味いんだろうな。
「ごめん。遅れた」
「いいよ。連れが俺に会うのを嫌がったんじゃないか? 俺のことが怖いらしいからな」
眼福ものの麗しい顔に、意地の悪い笑みを浮かべて言う。
〈お前なんか怖くないぞ。怖いのは柩の中の奴だからな!〉
「……?」
先輩の目が私の頭上に向けられたまま、こてんと首を傾げる。
だからそれをやめろ、クソ可愛すぎるからっ。
「何か言ってるみたいなんだが、さすがに声までは聴こえないみたいだ」
「怖いのは先輩じゃなくて、柩の中にいる奴だって言ってる」
「ほう。ダンジョン行ったら……否、その前に町を出たら覚えてろよ」
〈残念、ワタシはもう寝るのさ! 眠りの森の美女になるのだよ、わはは〉
「――」
「ごめん。ちょっと何言ってるのかよく分からない」
先輩に目で促されたから、一応そう前置きしてから海月の言葉をそのまま伝える。
「眠りの森って何処だ?」
「さあ」
「美女ってのがミツキのことを言ってるなら、身の程を弁えろよって伝えといて」
「うっ……」
それは私のことも言ってるよね? 遠回しに私にも言ってるよね、こんにゃろめ!
もう寝たらしい海月に伝えといて。っていうことは、また無駄に私が傷つくのも計算の上か。
「何でお前が変な顔するんだ? ミツキはもう成長しないんだろ? ルナよりは年上みたいだけど、美女っていう年齢じゃないからな。そういうこと自分で言う奴はあまり好ましく思えないけど、言うなら美少女にしとけ」
「……先輩」
「ん、何だ?」
「もうちょっと言葉を選ぼうか」
「うん?」
「身の程を弁えろじゃ、言葉がキツすぎるから。全面否定に思えるからっ」
「……ははっ」
おおぅ。何故そこで笑うかな。
「お前、面白いよな」
「は?」
そんなこと、初めて言われたんだけど。
否、海月にならあったかな、そんなようなこと。しかし少なくとも異性から言われたことはなかったかな。
「ああ、そうだ。持って来たぞ。光属性の装備品」
「え、本当に?」
「中に入ってから見せてやるよ」
「うんっ」
玄関から入ってすぐに待ち合いスペースがある。
大小の丸テーブルが点在し、室内の端に積まれている椅子を自分で持ってきて座る。椅子は出ていく際に必ず自分で片付けなければならない。
出来なければ罰金で、回数を重ねる度に額は増えていくという。
外にいた時からそうだったけど、ギルド内に入ると距離が近いからか、先輩に注がれる視線の多いこと多いこと。
ついでに私に突き刺さる視線も気にならないくらいに、半端ない。
やっぱり美少年は眺めておくべきだよね。
「Cクラスまでの回復系魔法が使える杖。体力回復、解毒、その他状態異常の解除は『ヒール』で杖が勝手に判断して魔法を発動させてくれる。但し、石化や腐蝕には効果がない……そういえば、昨日はどうやって解除させたんだ? 目眩が酷かったよな?」
「――聞かないでくれ」
乙女の粗相とやらを口にしたくない。
「男前な喋り方するのは癖なのか? まあいいか。それからこれが光属性の魔法ダメージを軽減させるブレスレット」
「わあ、綺麗」
テーブルの上に銀色の杖と金銀二重のブレスレットが置かれた。
杖は基本杖差しに入る大きさだから、長さは15センチで太さは1センチから3センチまでの物である。
杖差しに入らないくらいに大きな物もあるが、それの殆どは1メートルくらいあって、木製。ここ数十年普及していないものだから、かなりの年代物となるそうだ。
「やっぱりこっちの方がいいか。ダメージを軽減させる物で額当てもあるんだけど、女子だからな」
「うんうん」
「最後に、闇属性の魔物に効果的な光属性の小太刀」
コトリと置かれたそれは、杖やブレスレットに比べると地味な物だった。鞘なんて木製で薄茶色だし。
この中から選ぶなら、これかなと思う。そりゃあ、杖もブレスレットも欲しいけど、全部くれと言うのは強欲だろう。
「これだけあれば文句ないだろ? ミツキはそのまま寝かせておいて、お前は荷物係と闇の水晶破壊係な」
やっぱり私が荷物係か。先輩が魔物を独り占めするから仕方ないけど、今回は軽いといいなぁ。何気に結構な量入るんだよね、言いながら渡されたこの袋が。
……袋……否、違う。
「これ、全部貰っていいの?」
「その為に見繕って来たんだろうが。俺は使わないから、誰かに遣るか売るかしようって思ってたんだ」
「アーヴィン様、太っ腹」
「やめろ。お前も言葉を選べ。太っ腹は響きが嫌だぞ」
「先輩、細いっていうか薄いもんね」
「その言い方も誤解を招きそうだな」
「えーっ。じゃあ何て言えばいいんだ?」
「素直に有難う、だろ?」
「――有難う」
「ん。交渉成立」
交渉なんてしてないんだけど。
気を遣わせたかな。売れば結構な値段がつきそうな物ばかりで、私が遠慮すると思って。
顔だけの男じゃないんだな。話してると楽しいし、優しい。呪われてさえいなければ、先輩の周りにはもっとたくさんの人が集まっていて、何処かのパーティーにおさまっていただろう。
呪われていたから、私なんかと組む羽目になったのに、自分もそうだからか私にも普通に接してくれる。
ずっと一緒にいられたらいいな。
不意にそう思ったこの感覚は何だろう。餌付けでもされたか?
だけど、海月から見た先輩の姿を知って、まともに先輩のこと見られないかもしれないと危惧したのに、それがなかったことに安心しているからかもしれない。
きっと、それ以上の意味なんてない筈だ。
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