彼が冒険者をやめるまで。

織月せつな

文字の大きさ
上 下
8 / 27
第一章

この感覚は何だろう?

しおりを挟む

〈ままま、マジで行くのか? あいつ化け物だぞ?〉

 翌朝、すっかり出掛ける準備が出来たところで、ようやくお目覚めの海月にアーヴィン先輩との約束を話すと、やたらに動揺した風に言い、背筋を粟立たせた。

「先輩は化け物じゃなくて呪われてるだけだよ。闇の水晶に」
〈呪われてるなんてのは化け物と一緒だ!〉
「あんたが言うな」
〈ワタシは化け物じゃないぞ! ただ死んでからこっちに来ちゃっただけだぞっ〉

 ……そっちの方が化け物っぽいじゃないか。

〈断固として違ーう!!〉

 口に出そうと出すまいと、考えていることは海月には筒抜けなのだった。
 海月の考えていることがこちらにも筒抜け、という感じはしないのだけれど。

〈やはりお前もイケメンがいいのか。面食いか。顔が良ければ何でもいいのかっ。ルナの前世の人間としてワタシは情けないぞ!〉

 イケメンって何? 分からないと察したから面食いって言い直した感じか? 面食いは分かるけど、私は面食いじゃない。

「今日は暴れられないと思うけど、我慢出来る?」
〈しない!〉

 ああ、そう。

「ところで、海月にはどんな風に見えてんの? 先輩の背後辺りの感じとか」
〈背後?〉

 私の言葉ではいまいちピンと来なかったらしい海月だが、イメージが伝わったのかややあってから〈ああ〉と返され。

〈ちょっと待って。見せるから〉

 そう言われた後に、フッと目の前のにいる筈のない先輩が現れた。背景があの「揺らぎの魔窟」のものだったから、海月の意識が見えたそのままを映し出されているのだ。

 他の人にはそう見えているらしいと聞いていたもののようだった。
 つまり、先輩の背後に先輩より大きな柩がある。
 棺ではないのは、中に何かが潜んでいるからだ。
 ややあってから、柩の中からぶわりと広がるものがあった。うねうねと動く様は髪の毛のようで気持ち悪い。
 そしてそれが先輩の四肢に伸び、ぐるぐるぐるぐると巻き付いて覆い隠していったところで、視界が「揺らぎの魔窟」から自分の部屋に戻る。

「……ヤバくない?」

 多分、私が見えていたのは、あれの輪郭部分だったのだろう。より恐ろしく見えるものが省かれたものだったから直視出来たけれど、あんなものがはっきりと見えてたら、とてもじゃないけど先輩の傍に行こうとは思えない。
 それでも先輩をパーティーに誘う人がいるとしたら、その人たちには私のとは違った形で簡略されたものが見えているのかも。
 そして海月は、彼女自身が霊体という、私たちとは違う次元の存在にあるからだと思われる。

「もしかして、さっきの我慢しないっていうのは、先輩と魔物狩りを競争するつもりだっていうのじゃなくて……」
〈ワタシはあの少年には会わない。無理。下手したらワタシまであの柩に引摺り込まれそうだからな!〉
「そっか」

 だったら仕方ない。

〈待て。ルナ〉
「?」
〈ワタシが魔物を蹂躙する場を与えてくれるならば、ルナが少年と仲良くしようと何しようと邪魔はしない〉
「海月……」

 先輩とのダンジョン巡りを諦めようと思いかけたことを察したのだろう。

〈ワタシの所為でルナがボッチになってしまったのを、本当に申し訳なく思ってるんだ。だから、少年が呪われていようが化け物だろうが、ルナがワタシを受け入れてくれたように、少年を受け入れようとすることに駄目だなんて言える訳がない〉
「有難う。先輩とも相談してみるよ。まあ、そんなに続かないだろうから、海月のことそんなに待たせなくて済むと思うよ」

 話が一応纏まったところで部屋を出る。
 エイダさんに籠を返してお礼を言ってギルドの正面玄関に急ぐ。

「あっ」

 先輩は既にそこにいて、知り合いだろうパーティーに手を振って見送っているところだった。

〈町中では柩は見えないみたいだな。あれさえなければ、押し倒してやりたくなるイケメンなんだが〉

 海月はまだ眠らずにいたらしく、そんな感想を漏らした。

〈……げ。目が合った。あいつ、ワタシが見えるのか?〉

 なんか、わたわたしている。妙なこと考えたりするから気不味いんだろうな。

「ごめん。遅れた」
「いいよ。連れ・・が俺に会うのを嫌がったんじゃないか? 俺のことが怖いらしいからな」

 眼福ものの麗しい顔に、意地の悪い笑みを浮かべて言う。

〈お前なんか怖くないぞ。怖いのは柩の中の奴だからな!〉
「……?」

 先輩の目が私の頭上に向けられたまま、こてんと首を傾げる。
 だからそれをやめろ、クソ可愛すぎるからっ。

「何か言ってるみたいなんだが、さすがに声までは聴こえないみたいだ」
「怖いのは先輩じゃなくて、柩の中にいる奴だって言ってる」
「ほう。ダンジョン行ったら……否、その前に町を出たら覚えてろよ」
〈残念、ワタシはもう寝るのさ! 眠りの森の美女になるのだよ、わはは〉
「――」
「ごめん。ちょっと何言ってるのかよく分からない」

 先輩に目で促されたから、一応そう前置きしてから海月の言葉をそのまま伝える。

「眠りの森って何処だ?」
「さあ」
「美女ってのがミツキのことを言ってるなら、身の程をわきまえろよって伝えといて」
「うっ……」

 それは私のことも言ってるよね? 遠回しに私にも言ってるよね、こんにゃろめ!
 もう寝たらしい海月に伝えといて。っていうことは、また無駄に私が傷つくのも計算の上か。

「何でお前が変な顔するんだ? ミツキはもう成長しないんだろ? ルナよりは年上みたいだけど、美女っていう年齢じゃないからな。そういうこと自分で言う奴はあまり好ましく思えないけど、言うなら美少女にしとけ」
「……先輩」
「ん、何だ?」
「もうちょっと言葉を選ぼうか」
「うん?」
「身の程を弁えろじゃ、言葉がキツすぎるから。全面否定に思えるからっ」
「……ははっ」

 おおぅ。何故そこで笑うかな。

「お前、面白いよな」
「は?」

 そんなこと、初めて言われたんだけど。
 否、海月にならあったかな、そんなようなこと。しかし少なくとも異性から言われたことはなかったかな。

「ああ、そうだ。持って来たぞ。光属性の装備品」
「え、本当に?」
「中に入ってから見せてやるよ」
「うんっ」

 玄関から入ってすぐに待ち合いスペースがある。
 大小の丸テーブルが点在し、室内の端に積まれている椅子を自分で持ってきて座る。椅子は出ていく際に必ず自分で片付けなければならない。
 出来なければ罰金で、回数を重ねる度に額は増えていくという。

 外にいた時からそうだったけど、ギルド内に入ると距離が近いからか、先輩に注がれる視線の多いこと多いこと。
 ついでに私に突き刺さる視線も気にならないくらいに、半端ない。
 やっぱり美少年は眺めておくべきだよね。

「Cクラスまでの回復系魔法が使える杖。体力回復、解毒、その他状態異常の解除は『ヒール』で杖が勝手に判断して魔法を発動させてくれる。但し、石化や腐蝕には効果がない……そういえば、昨日はどうやって解除させたんだ? 目眩が酷かったよな?」
「――聞かないでくれ」

 乙女の粗相とやらを口にしたくない。

「男前な喋り方するのは癖なのか? まあいいか。それからこれが光属性の魔法ダメージを軽減させるブレスレット」
「わあ、綺麗」

 テーブルの上に銀色の杖と金銀二重のブレスレットが置かれた。
 杖は基本杖差しに入る大きさだから、長さは15センチで太さは1センチから3センチまでの物である。
 杖差しに入らないくらいに大きな物もあるが、それの殆どは1メートルくらいあって、木製。ここ数十年普及していないものだから、かなりの年代物となるそうだ。

「やっぱりこっちの方がいいか。ダメージを軽減させる物で額当てもあるんだけど、女子だからな」
「うんうん」
「最後に、闇属性の魔物に効果的な光属性の小太刀」

 コトリと置かれたそれは、杖やブレスレットに比べると地味な物だった。鞘なんて木製で薄茶色だし。
 この中から選ぶなら、これかなと思う。そりゃあ、杖もブレスレットも欲しいけど、全部くれと言うのは強欲だろう。

「これだけあれば文句ないだろ? ミツキはそのまま寝かせておいて、お前は荷物係と闇の水晶破壊係な」

 やっぱり私が荷物係か。先輩が魔物を独り占めするから仕方ないけど、今回は軽いといいなぁ。何気に結構な量入るんだよね、言いながら渡されたこの袋が。
 ……袋……否、違う。

「これ、全部貰っていいの?」
「その為に見繕って来たんだろうが。俺は使わないから、誰かに遣るか売るかしようって思ってたんだ」
「アーヴィン様、太っ腹」
「やめろ。お前も言葉を選べ。太っ腹は響きが嫌だぞ」
「先輩、細いっていうか薄いもんね」
「その言い方も誤解を招きそうだな」
「えーっ。じゃあ何て言えばいいんだ?」
「素直に有難う、だろ?」
「――有難う」
「ん。交渉成立」

 交渉なんてしてないんだけど。
 気を遣わせたかな。売れば結構な値段がつきそうな物ばかりで、私が遠慮すると思って。

 顔だけの男じゃないんだな。話してると楽しいし、優しい。呪われてさえいなければ、先輩の周りにはもっとたくさんの人が集まっていて、何処かのパーティーにおさまっていただろう。
 呪われていたから、私なんかと組む羽目になったのに、自分もそうだからか私にも普通に接してくれる。

 ずっと一緒にいられたらいいな。

 不意にそう思ったこの感覚は何だろう。餌付けでもされたか?
 だけど、海月から見た先輩の姿を知って、まともに先輩のこと見られないかもしれないと危惧したのに、それがなかったことに安心しているからかもしれない。
 きっと、それ以上の意味なんてない筈だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...