43 / 44
第二章
14
しおりを挟む「見えなくなっちゃった」
「追いますか?」
音守の勢いのスゴさに、つい見送ってしまったというか、呆気に取られて反応出来なかったところで、あっという間にその姿が視界から消えてしまった訳だけれど、特に慌てたり焦ったりはしなかった。
否、羽咲についての心配は勿論あるんだけど、ああ見えて逞しく、黒檀さんに攻撃する際に、よくボールみたくなってたりしているのを見ていたから、音守から落ちたりさえしなければ大丈夫なんじゃないかと思う。
……うん。心配ない心配ない。
「――アキ様?」
「うん? あ、下に行って貰っていいかな? 人が集まって来ちゃったね」
見えなくなってしまった音守と羽咲の向かった方を見ていたのは、僕の感覚としては一瞬だったのだけれど、笑琉に呼び掛けられた時には、橋の先に武装した感じの人たちが10人を下らない程集まっていて、リーダーらしき人の指示によって何人かが何処かへ向かわされた様子が見えた。
そうして残った5人が待ち構える様子を見せたので、萌志にそこまで行くようお願いする。
ぽんっ、という軽い衝撃ではありながら、視覚的な恐怖に負けて思わず目を瞑ってしまった僕が、再び目を開けると、それを待ってくれていたように(或いは猛獣姿の萌志を警戒したのか恐れたか)先程のリーダーっぽい人が、こちらに一歩近付く。
「何だかお騒がせしてしまって、すみません」
笑琉の支えを解いて貰い、萌志から下りて頭を下げると、険しい表情をしていたその人は一瞬戸惑ってから、僅かに表情を和らげてくれた。
ちょっと強面な感じだったからドキドキしちゃったよ。
「中に渡り人が来てるって話は聞いていたが、よくそんな獣連れて混乱騒ぎにならなかったもんだ」
「ああいえ、この子たちは……」
「!」
いつもはこの姿ではないのです。と説明しかけたところで、空気を読んだのか萌志と笑琉が羽咲に合わせた小さな姿に戻ってくれた。
言葉で説明するより早いし正確だから助かる。
「こ、これはまた……」
リーダーっぽい人の声が微かに震える。
腰をやや屈めて中途半端に手を伸ばしている辺り、怯えたりしているのではなく、二人の可愛さに負けて、触りたくてウズウズしているんだろう。
分かりますよ、その気持ち。
「あのぅ、もしかして先程何処かへ向かわれた方々は、羽咲……猪を追いかけて行って下さったのでしょうか」
笑琉は僕の後ろに隠れてしまったから、萌志をリーダーさん(もう確定でいいよね)の目の前まで抱き上げながら訊ねる。
ちょっとだけ触らせてあげてね。と萌志に囁いてお願いすると、萌志は「グァオゥ」と控えめに鳴いた。
「さ、触ってもいいのか?」
鳴き声に対して「可愛いなぁ」とザワザワしていた皆さんが、リーダーさんの言葉にそのざわめきをピタリと止めた。何気なく後ろに並び始めたのは、順番待ちということかな?
「魔物の対処なんてのは、渡り人が連れてる動物にはお手の物だろうが、この先に近頃『地中主』が棲みついちまったから、間違いなく穴に落ちると思ってな」
「ちちゅうぬし、ですか」
「ああ。奴らが姿を見せてる間は気持ち悪くて仕方ないが、姿を見せないでいる時には足元に注意しなきゃならねぇ。あっちからもこっちからも顔出すものだから、こっちは隙を見て穴埋めするのが日課になってる。退治出来ればいいんだが、火も水も恐れねぇもんだから、1日に一匹倒せりゃ上々ってくらいなんだよ」
萌志の頭を撫で、両手で握手をし、鼻を触ろうとして噛みつくぞと威嚇(その様子すら可愛い)されて、気分を良くしたリーダーさんが説明してくれている間、僕は黒檀さんから貰った文庫本に、そんな名前の魔物が載っていたことを思い出していた。
イラストが、あまり怖くなかったから記憶にあるのだけれど、その時の第一印象は「チンアナゴみたい」だった。
水族館の水槽で、砂から顔出してゆらゆら揺れてる姿にそっくりだったんだよね。まあ、あのイラストだと人面のミミズが地面に垂直に突き刺さってる、といった気持ち悪い発想も出来たのだけれど、僕はそっちよりチンアナゴの方を推すよ。
「どれくらいの大きさですか?」
「地面から出てるのだけで、兄ちゃんくらいはあるな」
「えっ」
……それは可愛くないねぇ。
音守が穴に落ちると思われたっていう話を、僕は何となく片足がズボッとはまるくらいだと勘違いしていた。
どうして早く追いかけようとしなかったのだろう。羽咲たちが捕食されてしまうかもしれないのに。
「アキ様」
自ら警邏隊の皆さんの中に飛び込んで愛でられている萌志に、戻っておいでと呼び掛けようとしたところで、僕の体を伝い上って来た笑琉に呼ばれた。
「そうだよね。僕の間抜けな判断の所為で、羽咲と音守が大変なことに――」
「その様なことにはなっておりません。戻って参りました」
「へ?」
急かされているのだと思ったのだけれど、そうではなかったらしく。笑琉の視線の先に目を向けると、音守を先頭にしてこちらにやって来るのは、先程何処かへ向かわされた警邏隊の人たちで。
そのうちの一人の頭上で弾んでいる白いものは羽咲だろう。
良かった。無事だった。
そう安堵したのも束の間、何人かで引き摺るようにして運んでいるものに気付いた僕は、自力で橋を引き返してでも戻りたいと思ってしまった。
チンアナゴならぬ地中主の死骸と思われるそれの体長は、僕の身長の倍はありそうな程に長く、どう見ても巨大なミミズに人の顔がついたとしか思えないものだったのだ。
0
お気に入りに追加
923
あなたにおすすめの小説
魔法公証人~ルロイ・フェヘールの事件簿~
紫仙
ファンタジー
真実を司りし神ウェルスの名のもとに、
魔法公証人が秘められし真実を問う。
舞台は多くのダンジョンを近郊に擁する古都レッジョ。
多くの冒険者を惹きつけるレッジョでは今日も、
冒険者やダンジョンにまつわるトラブルで騒がしい。
魔法公証人ルロイ・フェヘールは、
そんなレッジョで真実を司る神ウェルスの御名の元、
証書と魔法により真実を見極める力「プロバティオ」をもって、
トラブルを抱えた依頼人たちを助けてゆく。
異世界公証人ファンタジー。
基本章ごとの短編集なので、
各章のごとに独立したお話として読めます。
カクヨムにて一度公開した作品ですが、
要所を手直し推敲して再アップしたものを連載しています。
最終話までは既に書いてあるので、
小説の完結は確約できます。
皇后はじめました(笑)
ルナ
ファンタジー
OLとして働く姫川瑠璃(25)は誰かに押されて駅の階段から落ちてしまう。目覚めると異世界の皇后になっていた!
自分を見失わず、後宮生活に挑む瑠璃。
派閥との争いに巻き込まれながらも、皇后として奮闘していく。
神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜
和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。
与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。
だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。
地道に進む予定です。
収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~
SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。
物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。
4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。
そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。
現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。
異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。
けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて……
お読みいただきありがとうございます。
のんびり不定期更新です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
辺境の町バラムに暮らす青年マルク。
子どもの頃から繰り返し見る夢の影響で、自分が日本(地球)から転生したことを知る。
マルクは日本にいた時、カフェを経営していたが、同業者からの嫌がらせ、客からの理不尽なクレーム、従業員の裏切りで店は閉店に追い込まれた。
その後、悲嘆に暮れた彼は酒浸りになり、階段を踏み外して命を落とした。
当時の記憶が復活した結果、マルクは今度こそ店を経営して成功することを誓う。
そんな彼が思いついたのが焼肉屋だった。
マルクは冒険者をして資金を集めて、念願の店をオープンする。
焼肉をする文化がないため、その斬新さから店は繁盛していった。
やがて、物珍しさに惹かれた美食家エルフや凄腕冒険者が店を訪れる。
HOTランキング1位になることができました!
皆さま、ありがとうございます。
他社の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる