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第二章

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「見えなくなっちゃった」
「追いますか?」

 音守の勢いのスゴさに、つい見送ってしまったというか、呆気に取られて反応出来なかったところで、あっという間にその姿が視界から消えてしまった訳だけれど、特に慌てたり焦ったりはしなかった。
 否、羽咲についての心配は勿論あるんだけど、ああ見えて逞しく、黒檀さんに攻撃する際に、よくボールみたくなってたりしているのを見ていたから、音守から落ちたりさえしなければ大丈夫なんじゃないかと思う。

 ……うん。心配ない心配ない。

「――アキ様?」
「うん? あ、下に行って貰っていいかな? 人が集まって来ちゃったね」

 見えなくなってしまった音守と羽咲の向かった方を見ていたのは、僕の感覚としては一瞬だったのだけれど、笑琉に呼び掛けられた時には、橋の先に武装した感じの人たちが10人を下らない程集まっていて、リーダーらしき人の指示によって何人かが何処かへ向かわされた様子が見えた。
 そうして残った5人が待ち構える様子を見せたので、萌志にそこまで行くようお願いする。

 ぽんっ、という軽い衝撃ではありながら、視覚的な恐怖に負けて思わず目を瞑ってしまった僕が、再び目を開けると、それを待ってくれていたように(或いは猛獣姿の萌志を警戒したのか恐れたか)先程のリーダーっぽい人が、こちらに一歩近付く。

「何だかお騒がせしてしまって、すみません」

 笑琉の支えを解いて貰い、萌志から下りて頭を下げると、険しい表情をしていたその人は一瞬戸惑ってから、僅かに表情を和らげてくれた。
 ちょっと強面な感じだったからドキドキしちゃったよ。

「中に渡り人が来てるって話は聞いていたが、よくそんな獣連れて混乱騒ぎにならなかったもんだ」
「ああいえ、この子たちは……」
「!」

 いつもはこの姿ではないのです。と説明しかけたところで、空気を読んだのか萌志と笑琉が羽咲に合わせた小さな姿に戻ってくれた。
 言葉で説明するより早いし正確だから助かる。

「こ、これはまた……」

 リーダーっぽい人の声が微かに震える。
 腰をやや屈めて中途半端に手を伸ばしている辺り、怯えたりしているのではなく、二人の可愛さに負けて、触りたくてウズウズしているんだろう。
 分かりますよ、その気持ち。

「あのぅ、もしかして先程何処かへ向かわれた方々は、羽咲……猪を追いかけて行って下さったのでしょうか」

 笑琉は僕の後ろに隠れてしまったから、萌志をリーダーさん(もう確定でいいよね)の目の前まで抱き上げながら訊ねる。
 ちょっとだけ触らせてあげてね。と萌志に囁いてお願いすると、萌志は「グァオゥ」と控えめに鳴いた。

「さ、触ってもいいのか?」

 鳴き声に対して「可愛いなぁ」とザワザワしていた皆さんが、リーダーさんの言葉にそのざわめきをピタリと止めた。何気なく後ろに並び始めたのは、順番待ちということかな?

「魔物の対処なんてのは、渡り人が連れてる動物にはお手の物だろうが、この先に近頃『地中主』が棲みついちまったから、間違いなく穴に落ちると思ってな」
「ちちゅうぬし、ですか」
「ああ。奴らが姿を見せてる間は気持ち悪くて仕方ないが、姿を見せないでいる時には足元に注意しなきゃならねぇ。あっちからもこっちからも顔出すものだから、こっちは隙を見て穴埋めするのが日課になってる。退治出来ればいいんだが、火も水も恐れねぇもんだから、1日に一匹倒せりゃ上々ってくらいなんだよ」

 萌志の頭を撫で、両手で握手をし、鼻を触ろうとして噛みつくぞと威嚇(その様子すら可愛い)されて、気分を良くしたリーダーさんが説明してくれている間、僕は黒檀さんから貰った文庫本に、そんな名前の魔物が載っていたことを思い出していた。
 イラストが、あまり怖くなかったから記憶にあるのだけれど、その時の第一印象は「チンアナゴみたい」だった。
 水族館の水槽で、砂から顔出してゆらゆら揺れてる姿にそっくりだったんだよね。まあ、あのイラストだと人面のミミズが地面に垂直に突き刺さってる、といった気持ち悪い発想も出来たのだけれど、僕はそっちよりチンアナゴの方を推すよ。

「どれくらいの大きさですか?」
「地面から出てるのだけで、兄ちゃんくらいはあるな」
「えっ」

 ……それは可愛くないねぇ。
 音守が穴に落ちると思われたっていう話を、僕は何となく片足がズボッとはまるくらいだと勘違いしていた。
 どうして早く追いかけようとしなかったのだろう。羽咲たちが捕食されてしまうかもしれないのに。

「アキ様」

 自ら警邏隊の皆さんの中に飛び込んで愛でられている萌志に、戻っておいでと呼び掛けようとしたところで、僕の体を伝い上って来た笑琉に呼ばれた。

「そうだよね。僕の間抜けな判断の所為で、羽咲と音守が大変なことに――」
「その様なことにはなっておりません。戻って参りました」
「へ?」

 急かされているのだと思ったのだけれど、そうではなかったらしく。笑琉の視線の先に目を向けると、音守を先頭にしてこちらにやって来るのは、先程何処かへ向かわされた警邏隊の人たちで。
 そのうちの一人の頭上で弾んでいる白いものは羽咲だろう。

 良かった。無事だった。

 そう安堵したのも束の間、何人かで引き摺るようにして運んでいるものに気付いた僕は、自力で橋を引き返してでも戻りたいと思ってしまった。

 チンアナゴならぬ地中主の死骸と思われるそれの体長は、僕の身長の倍はありそうな程に長く、どう見ても巨大なミミズに人の顔がついたとしか思えないものだったのだ。
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