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『学生ラグナロク教』編

第50話《その時》

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      *


「……………ん、んあ……………」
 意識がうっすらと蘇るのを感じながら、マリナーラは声をこぼした。
 やけに体がキシキシと痛みを発している。頭もまるで殴られたかのようにズシズシと痛む。


 目を開ければ、彼女は石造りの広大なフィールドに横たわっていた。


「……………ここは、」
 見覚えのない世界だ。魔法の中に入ってしまったような感覚が彼女を支配する。目に映るもの全てが夢の産物のような気がして────。
「…………………、あれ、あれは……………」
 顔を上げて少女は気づいた。
 自分の目の先に誰かが横たわっている。
 この広大なフィールドのある一点にポツンと、寂しそうにうつ伏して。
 その誰かは動かなかった。ただひたすらうつ伏している。
 マリナーラはふらっと立ち上がると、その『横たわった何か』を凝視してみる。
 長い茶髪にラサール魔法学校の制服を着た少女だ。置物のようにやはりその少女は動かなかった。
「…………………あ、」
 それが少女のよく知る人物、『福本アヤノン』だと気づいたのは数秒くらい経ってからだった。
 福本アヤノンがそこにぐったりとしている。
 先ほど居なくなったはずの福本アヤノンが、今目の先にいる。
 それだけで少女の頭は混乱を覚えた。
(私は……………えっと……………確か最上階を目指してて……………)
 目的は覚えている。
 アヤノンが怖がって先に行ってしまったのも覚えている。
 しかしその先の記憶の糸が途切れていた。
 いや────正確に言えば記憶の糸がと言うべきか。
 記憶を紡ぎ出す糸は切られたのではなく、実際には
 不安を微かに覚えながら、マリナーラはアヤノンに歩み寄ってみた。
 フィールドが途中で分断されていたのには驚いたが、アヤノンの方が気にかかる。だからそれをひょいと飛び越え、アヤノンがいるフィールドに飛び乗った。
「アヤノンちゃーん? 何してるのですー?」
 しかし少女は応答しない。
 気づかないのか体の反応もない。
 やはりそこでぐったりとしていた。
「…………むぅ。無視するなですー!」
 駆け寄り、少女の体に触れようとしたその時。


 うつ伏せの少女の背中から赤い液体がにじみ出ていることに気がついた。


「………………………………………………………。ふぇ?」
 その瞬間。マリナーラは大気に染み込んだ異臭に気づいた。
 
 体が拒絶反応を起こし、ツン、と鼻につく。
「……………………………………え。えぇ? ちょ、ちょっと」
 そんな。まさか。
 なんで? いやおかしい。絶対おかしい。
 なぜこんなことになっている? いやそもそも何があった?
 マリナーラは腰を下ろし、アヤノンの肩を揺さぶりながら、
「アヤノンちゃーん、起きるのですよー………………」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
 まったくの反応なし。まるで少女の戸惑った様子を楽しむかのように、
 アヤノンはやはりぐったりとしていた。
「………………。アヤノンちゃん?」
「…………………………………………………………」
「………………うそ、そんなっ…………!?」
 すべてを悟ったマリナーラはアヤノンを抱き上げる。


 アヤノンは腹辺りから血を流して、気を失っていた。


「し、しっかりして………………! だ、ダメ! 死んじゃダメ!」
 激しく肩を揺さぶるが、アヤノンはまぶたを開こうとはしない。息はあるようだが、それは惨めなほど弱々しく、痛々しい。
 どうやらアヤノンは銃弾か何かでやられたようだった。腹の中間辺りに何かが貫通した跡がある。そこから泉のように血が吹き出ているのだ。
 マリナーラは自分のハンカチを当て、止血を試みた。だが出血は思いに反してドクトクと出てくる。
「な、なんで……………? なにが、どうなってるのです……………!?」





 ギクリと。背中に走る悪寒を受け流しながら、涙目のマリナーラは声がした方を向く。
 灰色のスーツに身を染めた男が、いかにも楽しそうに笑っていた。
「あなたは………………………」
「ああ、申し遅れましたね。私───」



「────っ!」
 マリナーラは立ち上がり、負傷したアヤノンを庇うように彼の前に立ちはだかる。
「……………もしかして、あなたがやったのです?」
「…………? はて、何のことでしょう?」
「とぼけないでっ! アヤノンちゃんにこんな傷を負わせて、シラを切るつもり!?」

「だからが殺ったのだといっているでしょう?」

 空気が凍りついた。
 グレー=ルイスから暴露された衝撃の事実。
「う、うそ…………………っ。そんなのうそに決まってるのです!」
 信じられない。信じたくない。
 例えそれが事実だとしても、マリナーラ自身はアヤノンを間違っても殺そうとするなんてことは絶対にしない。
 自信というより、確定に近かった。
 そんなことがあってたまるか。あってはならないんだ。
「ふむ……………信じられません、か。ならば証明して見せましょう」
 グレー=ルイスは牙を剥いた狼のように笑みを浮かべると、その口を開いた。
。そうですね……………
「は? 何を──────」
 その時。
「え?  ────えぇ!?」
 別に彼女の脳が指令を下してる訳ではないのに、それでも右手の隅から隅までが一つの生命体として動き出す。五本の指がクネクネと動き、その手は次の瞬間
「むっぐ!? ─────ググッングぐ!?」
 左手で剥がそうとするがびくともしない。右手に次第に力が入っていく。その首を潰さんと言わんばかりの馬鹿力が右手という『生命体』からみなぎってくる。
 意識が飛びそうになるのを必死にこらえ、何とか右手を引き剥がした。
「ぶはっ!! …………………はぁ、はぁ………………」
「いかがですか。私の能力、『』は」
 男はそう言った。
 途切れる息を繋げながら、少女は顔を上げた。
「はぁ…………はぁ…………これ、魔法なのです?」
「魔法……………ではないそうです。私が聞いた限りでは」
「はぁ、はぁ…………それってもしかして………『』っていうやつなのです……………!?」


「…………………………………。『』」


 男は聞き慣れない言葉を発した。
「私にこの力を与えてくれた女性が言っていました。これは『神殺し』という名の力だと」
「かみ、ごろし……………………………」
「詳しいことは知りませんがね。その女性も亡くなったという話ですから。ただ一つ言えることは────」


「その力によって私はということです」


「……………それって」
「はい、だから私は言ったのです。
 少女の心はそこでパキンと音をたてて割れた。
 自然と足の力が抜けていき、気づいたら膝をついて言葉をなくしていた。
「…………………………………………………………………、」
「なに、気に病むことはありませんよ。たまたま暇であったので少々楽しいことをしようと思っただけですから」
 怒りすら覚えなかった。
 どんなに彼を恨んだところで、憎んだところで、ある一つの真実に狂いはないのだ。

 

「いや、そこの少女は頑張ったほうだと思いますよ」
 何の慰めか。グレー=ルイスは思い返すように頭を捻らせる。
「私はこう見えて魔法変則型特殊人種アノマリーでしてね。魔法変則型特殊人種アノマリーは知っていますよね?」
 マリナーラもそれは知っている。
 アノマリー………………別名、
 もともと魔法というものは二大神の一人、『ゼロ』という神が作ったものだった。『ゼロ』が世から消えた後、先人たちはそれを人間にも使えるよう工夫や改良を加えた。それが『術式』である。
 魔法は術式を書くことで発動する。しかし問題なのはその術式を書くのには時間がかかることだった。先人たちは魔法の術式を覚えなければならない、書かなければならないという問題点を改善するため、『魔法書』というものを作り出した。
 魔法書には『いくらかの魔力消費が増加する』というデメリットはあるが、つまりは魔法書がなければ人間は魔法を使うことができないのだ。
 ────しかし、
魔法変則型特殊人種アノマリー。ただしある程度生み出す魔法には限りがありますし、また魔力消費も激しい。中にはどんな魔法も作り出せるアノマリーがいるようですけどね」
 グレー=ルイスは右手を掲げる。するとそこから激しい電気のような光がまぶしく発光する。
 マリナーラはそれを見て静かに反応した。
「私のアノマリーはまぁまぁ強いのですよ。私は電気に関係する魔法であればどんなものでも自由に創造できます。魔法書というがあるあなた方に勝つ可能性なんてなかったのですよ。もっとも、そこの少女も中々粘り強かったですよ」
 グレー=ルイスが足を踏み鳴らす。
 
「───っ!? 来ないでっ!」


「────取り押さえなさい」


 すると彼の背後から先に行ったはずのカクテル刑事が飛び出してくる。マリナーラの体を素早く捕まえると、体を押し倒し、そのまま腕に手錠をカチャンと掛けてしまった。
「んん!? 刑事さん!? は、放して!」
「………………………………………………………………」
 刑事は手加減なく取り押さえてくる。その瞳を黄色に染めながら。
(刑事さんも操られているの…………………!?)
 マリナーラの頭に何かが突きつけられた。魔導ガンだった。
「大人しくしていてください」アヤノンに近寄りながらグレー=ルイスは言う。「でなければあなたの命があの世に召されることになりますよ」
「な、何をするのです!? もうアヤノンちゃんは──────」

 アヤノンから数メートル離れたところで男は立ち止まる。そして右手の光がよりいっそう強く放たれる。
「私の神経操作は。この少女にはまだ一度も当たっていないのです」
 右手を異空間の空へと突きつける。
 またさらに光が強く放たれた。
「なのでこれで当てれば……………。…………そうだ、これから行う計画の一人として参加させますか。安心してください。マリナーラあなたの意識が回復したのも、私がわざとそうさせただけですから。すぐにその体も好きなように使わせてもらいますよ」
 光の柱が出現した。アノマリーの創造した魔法はどこまでも続く異空間の空に突き刺さる。

 そして。

 マリナーラの『やめて』という叫びとともに、

 光の柱は振り落とされた。


      *


 (………………ちくしょう)
 体は動かない。
 体に貯まった謎の倦怠感けんたいかん。体にかかる謎の負荷。無意識ながらも突き進んでいく『死』へのバージンロード。
 びくともしない体にムチを打つが、重力に引っ張られた体は重く、一ミリも動かせない。
 福本アヤノンの意識はまだ微かにあった。
 しかしそれは夢の中でなのか、はたまた現実でなのかは本人にも分からない。
 ただ、先ほどから耳に入ってくる少女の声。
(誰の声だ……………? さっきから叫んでる…………けど、何だか落ち着く……………)
 『誰か』の声を聞いて、不思議と心が休まった。

 ───立たなければ。

 立たなければならない。戦わなければならない。
 今もセリアは病院で『死』と休みない戦いをしている。
 それなのに自分はこんなざまだ。
 情けない。悔しい。
 石造りのフィールドに足音がコツコツと響く。
 今……………目の前に誰かがいるのか。
 おそらく……………グレー=ルイスだろう。
 そう、あの男にアヤノンは負けた。それが何よりも悔しい。だがそれ以上に、自分は所詮しょせんこんな程度なんだと知ってしまったことが悔しかった。
 ────勝ちたい。
 あの男を倒して────皆でまた普通にワイワイ騒いでいたい。
 マリアやシーナの姉妹の絆も修復してやりたい。
 福本アヤノンは決して善人でもなければヒーローでもない。
 ただ、自分の思いに従っているだけだ。
 そんな彼女だからこそ、強く望んだのだった。


 グレー=ルイスあの男に勝ちたい、と。







 ────────インストール、開始


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 公式.4925681.

 対象.神殺し

 使用者.福本真地

 ─────────インストール終了 データの確認

 確認中────────

 確認、完了。データの試運転を行います。福本真地を使用者として承認しますか?


 ───回答、『YES』と確認しました


 数値の確認を開始します 『602』タイプでよろしいですか?


 ───回答、『YES』と確認しました


 すべての条件確認が終了


 これより、『破滅払いデルタクローラー』を用い、敵の殲滅せんめつを開始します───




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