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『学生ラグナロク教』編
第49話《1対3》
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異次元空間のバトルフィールド、最上階にて。
福本アヤノンの前に飲み込めない光景が当たり前のようにそこにあった。辺りが霜でぼやけているが、それはまるで見え隠れする現状を表してるかのように深いものになっている。
「───どうしましたか。何を驚かれているのです?」
とある悪魔が口をフワッと開く。
「………………あ、あぁ?」
「…………現状が飲み込めない、といった顔ですね。まさか刑事から話を聞いてないのですか?」
「は、話って…………………」
「ふむ……………そちらのお仲間の刑事は、話を勿体ぶる癖でもあるのですかね。まぁ、よろしい」
そう言って悪魔は足を踏み鳴らす────と思いきや。
『まずは私たちから相手になってもらいますか』
と、黄色の瞳をしたマリナーラが淀んだ声で前に出る。
『そう、それがよろしい。その方が遊びがいがあるというもの』
カクテル刑事が同様な瞳で続く。
ひどく、ふらついた足取りで二人はグレー=ルイスを庇うように立ちはだかる。
別に死んでいる訳ではない。生きてはいる。だからと言ってアヤノンの知ってる二人の自己像幻視という訳でもない。
それなのに────。
それなのに二人はアヤノンの知っている二人ではない気がした。
グレー=ルイスの怨念に心が飽和状態にでもなったのか、二人の意識はそれに押し潰されてるような……………。
「……………っ!?」
我にかえったアヤノンは、勢いよく鞘から刀を抜き取る。右手に柄を握らせ、だがおのが意識だけは前方に向けて。
「……………二人とも、なに…………してんの?」
「「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」
返事は来ない。置物のようにただそこに二人は立っていた。
「……………なあ、マリナーラ。さっきはお前だけ置いて行って悪かった。『暗闇恐怖症』の俺のことだから、おもいっきり暴れちまってよ」
「……………………………………………………………………………」
「…………なぁ? 悪かったよ。だから、その…………黙ってないで答えろよ。お前、なんでそっち側についてんの?」
「……………………………………………………………………………」
アヤノンは刑事にも声をかけてみる。
「け、刑事さん! お前よくも俺たちを騙したな! エレベーター普通に使えんじゃねーかよ!」
「……………………………………………………………………………」
続く黙秘。しかし少女はただひたすらに繰り返す。
「……………おい、まさかグレー=ルイスの話を聞いて同情したくなったとか言い出すんじゃねーよな?」
「「………………………………………………………………………」」
「………………頼むから何か答えろよ! お前らなにしてんだよ!?」
「別に。ただお体を借りているだけですよ」
今口を開いたのは誰だったか。
二人の口調とは同調しない、まったく違う波を伴ったこの声は────。
『私の声が聞こえていますか?』
まただ。また声が聞こえた。
しかし今までと違うところがある。
アヤノンは聞こえた直後、マリナーラの口が開閉しているのを見たのだ。
「………………マリナーラ…………?」
『フフフ……………いいえ、違いますよ』
『私はグレー=ルイス本人です』
直後。
刑事は隠し持った魔導ガンを取りだし、容赦なくアヤノンに向けて発砲してきた。
「─────っ!?」
魔導ガンから放たれた、楕円形を横に伸ばしたような美しいエネルギー砲がアヤノンの右横を掠める。エネルギー砲はそのまま少女の背後の奥へと消えていく。
しかしそれを確認する暇もなく、マリナーラが選手交替で魔法書を開く。
迷いのない手付きで、あるページを開いた。
「『ナンバー762.ステップロック』」
瞬間。アヤノンの足元に禍々しい術式の帯のようなものが絡み付く。
それに気を配らず動こうとする。すると足が思うように動かず、そのまま体を前に倒してしまった。
「────っ! いっつ…………!!」
カランカランと刀を放り出してしまった。
糸かロープで繋がれたかのようにびくともせず、アヤノンの足は痙攣を起こすだけでその機能を完全に失っていた。
石造りのフィールドに二人の足音が響く。
「どうですか。お仲間から攻撃を食らう思いは」
数メートル離れたところから、グレー=ルイスは言った。見上げれば相変わらずゾンビのような二人がこちらへゆっくりと近づいてくる。
「お前っ………………この二人に何をした!?」
「何をした………………ですか。まぁ、そうですね。例えば────」
グレー=ルイスは右手を上へ高く突き上げる。するとそこから黄緑色の眩い光が柱のように出現した。
「────こんなこと、ですかね」
ゾンビの二人が突然キレの付いた動きで横に避けると、
謎の光の柱がアヤノンめがけて振り落とされた。
一瞬。
その時のアヤノンの心情を表すならば、まさに『一瞬』が相応しいだろう。
なぜ感情的形容詞を使わないのか?
それはアヤノンが何か思う前に、すでに彼女の目の前に柱は迫っていたからだ。
「─────うぉっ!!」
体の軸を横に回し、体ごと避けることで何とか少女は光の柱を回避した。不格好な回転で横にドタドタ回ると同時に、光の柱はそのまま頑丈そうなフィールドを抵抗なく真っ二つに引き裂いていった。
フィールドは静かに揺れを発生させる。分断されたフィールドは何とかその形を保とうと奮闘しているように感じた。
「フィールドが……………真っ二つに……………」
今まで初級レベルの魔法しか使ったこと、見たことのないアヤノンには目を疑うような光景に違いなかった。今自分の命が危機に晒されていたというのはそっちのけで、真っ二つになったそれを凝視する。
気づくと足の謎の呪縛は解けていた。少女は夢現な顔で立ち上がる。
「おや、避けてしまいましたか。それは残念だ」
グレー=ルイスは引き裂かれた一方のフィールドに立っていた。そこには彼と刑事の姿しか見当たらない。
「……………マリナーラはどこに……………」
『こちらですよ、フフフ………………』
後ろか! と振り返った次の瞬間、アヤノンの体は頬辺りを力点として後方に吹き飛ばされた。
深い痛みを伴いながら体が無感情に転がり、そして地に伏した。
アヤノンは殴られたのだ。
彼女の友人、マリナーラに。
「マ、マリナーラ………………おまえ………………」
頬に痣を残しつつ、アヤノンはマリナーラを睨み付ける。
『フフフ………………これは滑稽な展開ですね』
マリナーラは言った。いや、マリナーラではない別の誰かが言ったのだ。
アヤノンは放り出された刀を再び手に取ると、マリナーラの姿をした誰かに向けて刀の刃を向ける。
「お前……………誰だぁ………………!」
滲ませた声に、目の前の少女はこう答えた。
『あなたの知ってるマリナーラ………………の体を少々拝借しているグレー=ルイスですよ』
それはおかしいと、アヤノンは疑い深く柄を握りしめる。グレー=ルイスなら分断されたフィールドにいるはずだ。それに目の前にいるのは紛れもなくマリナーラ本人だ。見間違いではない。間違いなくそう断言できるのだ。
しかし、この目の前の少女は気になる事を言っていた。
「……………体を拝借してるってどういうことだ?」
『はい。まぁ正確に言えば彼女たちの体の『神経』を操ってる、ですがね』
「し、神経を………………操る?」
「そうです。それが私の得た『力の能力』ですから」
「………………? 『力の能力』?」
だがそこで会話は途切れることになる。
背後のフィールドにいる刑事が再び魔導ガンを放ってきたからだ。
狙いの定まっていない発砲が背後から飛び交ってくる。
「くそっ……………よく分かんねーけど、刑事さんもマリナーラも正気じゃないってことか!」
握りしめた刀に力を注ぎ込む。するとポケットに控えた精霊フォルトゥーナを介して魔力が湧き出てくる。それを刀の刀身自身に流し込むと、刀身は魔力のオーラを纏い、ジリジリと魔力を微かに滲ませた。
アヤノンは振りかえり、そのフィールドを力一杯踏みつけて走った。
分断されたフィールドの間は対して広くはなかった。勢いついたジャンプで充分である。
魔力を滲ませた刀を右手で握りながら、アヤノンはグレー=ルイスがいるフィールドに入った。
もちろん、狙いはグレー=ルイスただひとり。
彼女の目が見据えているのも、グレー=ルイスただひとり。
だがそこに横から割り込んだ者がいた。
刑事である。
『グレー=ルイス一人だと思わないことですよ』
刑事は笑みを浮かべつつ、魔導ガンを少女一直線に放った。
ぶれることのない真っ直ぐな軌跡を描きながら、砲弾は少女に襲いかかる。
「邪魔だあぁぁぁアぁぁぁ!!」
アヤノンは刀を縦に斬り倒し、砲弾を真っ二つにする。しかし一発だけではない。魔導ガンは次々とエネルギー砲を放ってくる。その度に彼女の刀は目覚ましい活躍を見せた。
『ほう…………中々やるようですね』と刑事が口にする。
「しかし、これならどうでしょう?」
グレー=ルイス本人が冷たい言葉を吐き捨てると、再び右手から黄緑色の光を産み出した。電撃のように眩い光がビリビリと空間を通じてアヤノンの肌に感じてくる。
アヤノンはまたあの光の柱かと思い、腰を低く取る。
「フフフ……………残念ながら今度は違いますよ」
男が産み出したのは光の柱────ではなく、無数の小さな光の玉だった。
「!!?」
「フフフ……………………行け」
男が右手を振り払うと、無数の玉が素早いスピードで少女に飛んできた。
自分の動体視力ではあの数の玉は回避できないとアヤノンは勘づいた。すぐさま魔法書を開き、
「『ナンバー032.電磁盾』!」
少女の目の前に網目上の電磁盾が出現する。まるで親鳥が雛を守るかのように、盾はしっかりと光の玉を受け止めた。ぶつかる度に四方八方に受け流されるように玉は拡散していく。
だが一難去ってまた一難。
背後ががら空きであった。
忍び寄ってきたマリナーラに、首をガシッ! と締め付けられた。
「むぐっ!!!? ────ぐ、ングググぐぎ!?」
『フフフ……………素早い判断対応ですが、隙だらけですね』
妖しく耳元で呟くマリナーラはさらに締めを強くしていく。
「────だ、がが、ググイギギィ!?!」
意識が段々薄れていくのを感じる。
これはマズイ。
アヤノンは刀を逆手に持ち直すと、柄の頭をマリナーラに突き刺す。
すぐに体勢が崩れた。そのまま少女の体を他方のフィールドへと投げ飛ばす。
休む間などなかった。
今度はグレー=ルイスが左腕を真横に一直線であげる。すると光が今度は鋭い巨大な剣のような形を象った。
グレー=ルイスは無言でそれを横一杯に振り回した。
もちろん、その刃はアヤノンのところにまで届くくらい巨大なものだった。
少女は刀で危機一髪で受け流すと、光の剣は空を切った。続いて振り子のようにそれは少女のもとへ再びやって来る。
もちろんアヤノンはケンカや剣のプロではない。既に息はあがっていた。
「あーもうしつけーよ!!」
腰を低くし、それも刀で何とか受け流す。
「……………何だか飽きてきましたね。次で大体はきめますか」
グレー=ルイスがそう呟くと、光の剣はパッと気化して消えていった。
そして右手の手のひらを少女アヤノンに向け、
「─────王手です」
グレー=ルイスの右手は光を集積し始める。小さな光がやがて大きなものとなり、
それは巨大なエネルギー砲となってアヤノンに襲いかかった。
「──っ、間にあわな───」
少女は刀を無闇に振り回した。振り回した刀身とエネルギー砲がぶつかり合い、一つの衝撃波を生み出す。
エネルギー砲の威力が相乗していくのを感じる。刀では押さえきれない。
「ぐ、ぐぬ………………だはっ!?」
あまりの威力に耐えきれず、刀は力の作用で宙を舞った。と同時にエネルギー砲は消えていった。
「なっ────あっ!!? 刀が────」
宙でグルグルと回転する刀。それを手にせんと右手を伸ばす少女であったが。
その刹那、少女はがら空きになった背後から魔導ガンで射ぬかれてしまった。
「あ──────グブッ、グファァ!?」
少女は口から血を微かに吐き出した。射ぬいたエネルギー砲が背中と腹を突き破ったのを感じる。
「あ────アァああァあ」
視界が暗くなる。体からは謎の倦怠感があふれでてくる。呼吸が徐々に小さくなっていく。視界がさらに暗くなる。倦怠感がさらにも増していく。呼吸がさらに衰弱していく。視界が────。
そのループを得て、
福本アヤノンはその場に倒れた。
応援ありがとうございます!
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